曖昧なモノ
下校時はまだ明るく、陽も高い。
心地よい秋風を受けながら、ふたりを乗せた軽装馬車は程良い速さで進む。目深に帽子を被った御者は青年にしか見えないが、例の婚約者らしい。
ナサニエルの話によると、やはりオリヴァーは骨に戻ってしまったらしかった。
「宮廷魔術師様達の予測では日の入りでしたが、日が傾き出すともう」
「時間縛りではないのね。 でもそれも想定の範囲内だったのでしょう?」
「ええ、よくわかりましたね?」
「ほら、『逢魔が時』とか言うじゃない。 もしかして悪魔と契約でもしたのかしら……」
ここで言う『悪魔』とは、慰霊祭に呼ばれる『魔族』と少々異なる。ソレは魔族である場合もあるし、人の魂が狭間に留まったまま悪霊と化した者などの時もある。ケースバイケースだ。
定義付けするなら『自分の利の為に人心を惑わす、力を持った人外のナニカ』といったところ。
イヴェットの言う通り、今回の呪いにはその『ナニカ』が関わっていると推察された。
それは『逢魔が時』──夕方からオリヴァーが骨に戻ったことによる。
大掛かりな『呪い』には術式を組み込む場合も少なくないが、術式で指定するのは通常『時間や時刻』、或いは日の入りという『完全に太陽がなくなる状態』といった確かなモノ。絶対にできないわけではないが、『夕方』という不確かな時間帯を指定すると、術式は非常に複雑化する。呪いが目的ならあまりに不適当だ。
おそらく力が強まる時間帯から、呪いの力も強まるのだろう……と考えた方が良い。
悪魔との契約が成されるには、当然悪魔を呼び出す必要がある。イヴェットはそこに対して以前から抱いていた疑問を吐露した。
「前から思ってたのだけれど、アレは召喚術の範疇ではなくて? 魔術師様でも対応できるのでは……」
「それが逆に厄介なようです。 なんだか呪いにお詳しい様子ですが……召喚術はそうでもないのですね?」
「だって挿絵に骨が出てこないもの」
「あ、成程」
曰く、魔術師達は『呪い』に『術式』が使用されていても『呪術』とは簡単に言わないそう。
「中でも悪魔召喚は一般的な召喚術と同じように高度な術式を用いる場合と、それ自体が児戯に過ぎない場合があることから安易に当て嵌めないそうなんですね。 まあ、彼等は術式にこだわりとプライドがありますから」
「児戯?」
「ええ。 まじない程度のモノでも来る時があるので本当は『召喚』とも言い難い。 ……騙される場合もあるように、奴等の方が付け込み易い相手との繋がりを求めているので、その隙があれば向こうからやってくるのです」
『児戯のような召喚術』をわかりやすく言うなら、『異世界こっくりさん』と言ったところ。無論、こちらにこっくりさんはないけれど。
要は、向こうとこちらを繋げる隙がありさえすればいい──それが児戯程度の術式であれ、術者にあたる者との波長が合いさえすれば、繋がる。
また悪魔との契約は魂などを対価に成される場合もあるが、騙されてなにかを奪われるだけのこともあるようだ。
「それは契約じゃなくて詐欺よねぇ。 確かに召喚術と一緒にされたくないわ……」
「でしょう?」
児戯程度の場合、知識は必要なく術の特定は難しい。そしてわかったとしても、それが解決には直結しない。
「……魔術師様方では難しいというのは、一事が万事そういったことばかりだからなのね」
イヴェットは小さく溜息を吐いた。
「門外漢と強調されてましたしね。 ご活躍されるとしても、専門家の指示ありきになるのでしょう」
具体的なことは魔女に診てもらってから。
それでも今のところの指示役は、彼等にお願いしているそう。魔女を専門医とするなら彼等は認定医。病気で言うなら対症療法に頼るしかない。
そのひとつの処置として、オリヴァーは謹慎継続。王族の居住区域の警備と人の出入り制限も当面そのままらしい。日中姿が戻るようになったとはいえ、呪いは完全に解けておらず仔細は不明なまま。学園へ赴くことは危険であると判断された。
「それは……殿下はご不満でしょうねぇ」
「そうですね。 なにしろ骨だった時ですら行こうとして自室謹慎になったくらいなので」
「まあ! 骨なのに?!」
「はい。 何故か意気揚々と」
「うふふ、なんだか殿下らしいわ」
(──今思えば、犯人よりイヴェット様の度胆を抜きたかったのかもな。 心なしかちょっと嬉しそうだったし)
そう思うナサニエルの横でイヴェットは、
(やっぱり殿下は無意識で骨の魅力に気付いていたのね……!)
と勝手に納得し、勝手に喜んでいた。
まあ、無意識なのは合っている。対象物が違うだけで。
そうこうしているうちに、王宮へ着いた。




