親友・モイラの婚約②
──一昨日。
イヴェットが帰る直前あたりの騎士団の演習場でのこと。
「なんてことするんですか!?」
モイラの実家であるヘザー子爵家へ実家から釣書が送られていたということを、レナルドはこの時、上司である騎士団長から告げられていた。
聞いたばかり──当然、レナルドの意思だとかは確認されていないので、彼が声を荒らげるのもまた当然である。
「え? 嫌なの?」
「嫌なわけがないでしょう!!」
嫌なわけがないらしい。
あまりにも強引であることに怒っている……というか、なんなら怒ってもいない。
ただ単に動揺しているのだ。
「だってお前に聞いたらグズグズ悩むでしょうが」
その言い分は非常に的を射ていた。
団長は勿論皆も知らないが、既にレナルドは『モイラに声を掛けてみるか否か』でひとりグズグズ悩んでいたので。
なんせレナルドはモテない。
そんな自分が若く可憐な貴族令嬢から、一際熱い視線を送られているとなれば、どうしても意識はする。
それでも女の子とは思わせぶりなモノ。
レナルドは長年の騎士団所属により『実際にはモテていないのに、浮かれた本人や実情を知らない人から見たら、ちょっとモテているように見えたり感じたりしてしまう』というのを当人としても第三者としても数多く経験している。
浮かれたら危険。それは罠だ。
疑り深いレナルドは『自意識過剰だ』と思うようにしていたが、部下も残念がりながら「副団長を見る目だけ違うんすよね……」「あの子真面目な子って聞きますよ~」などと吐かし、レナルドを惑わせた。
彼にしてみれば悪魔の囁き。
だがレナルドがこうしてグズグズしてる間に、当人関係ないところで事態は動いたのである。
団員達の声を耳にした団長が、ノリノリで「ようやくレナルドに結婚のチャンスが来たか!」とレナルドの両親に話し、そこで『28にして嫁どころか、女性の影もかたちも見受けられない息子』を心配していたレナルドの母が大興奮。
こうして勝手に釣書は送られた。
──そして当人への報告に至る。
本人が後回しにされるのは貴族の婚約・婚姻あるあるだが、別に政略でもないという異例パターン。
ましてや本人は28で副団長。
如何に家族や周囲に『コイツ嫁の来手がないな』と心配を掛けていたかが窺い知れる。
「……ですが! 彼女はまだ16ですよ?!」
「普通じゃん」
レナルドが16の時。
女の子にも興味はあったが関わりはなく、それでも鍛錬や勉強に忙しく充実していたし、男同士でわいわいするのも楽しかった。
おそらく目の前のことに必死で、結婚なんてずっと先の気がして考えもしてなかった筈。
自分がそんなだっただけに、まだ16の女の子にイキナリそんな話を持ち出すことに、レナルドは及び腰だった。
しかし相手は、貴族令嬢。
団長の言う通り、16での婚約は全然普通。12歳差も割とある。
「なに? なんか不満なの??」
「うう……」
グズグズ悩んだだけあって、レナルドは自身の気持ちを自覚していた。
好意を向けられて嬉しいだけに、それが憧れであり偶像崇拝に似たなにかな場合、偶像でなくなることで失われるのが嫌だったのだ──というしょうもない欲望を。
「その、折角なのでせめてあと一年くらいは『あれ? もしかして俺、好かれてない?』みたいなのを続けていたい……っていう」
要は、コレだった。
「馬鹿なの?」
まさに。
でかい図体でモジモジしつつ、そんなことを吐かすレナルド(28)に呆れる団長。
「可愛い娘だって言うじゃない。 貴族令嬢の婚約は早い、そんなことしてる間に売れちゃうよ? 残ってるのが奇跡的なんだからね?」
「うっ……!」
「副団長! 例の彼女が見に来てます!」
「いつものツレの娘が帰ったんで、今一人ですよ!」
「話し掛けるチャンスです!」
「よよ、よし……わかった、行く」
上司に煽られ部下には後押しされ、レナルドはモイラのところへ向かった。
傷付きたくないレナルドは、割とダイレクトに婚約の是非を尋ねたところ、まさかの快諾。
そんなワケで、今彼は滅茶苦茶浮かれているのだけれど……
勿論そんなこと、モイラは知る由もない。
「……でも、筋肉が好きなことは隠した方がいいかしら?」
モイラの悩みはコレだ。
「あら、なんで?」
「だって……好意がバレてたからこそ、婚約を申し込んでくれたのよ? その好意が筋肉からだなんて、その……か、身体目当てだとか思われないかしら?!」
「ああ~」
それは確かにわかる。
イヴェットもオリヴァーに流れで婚約の話を再度出したところ、『君は私の骨が好きなんだろう!』と怒られてしまったし。
まあ、モイラと違いイヴェットは気にしてないけれど。
「ガッカリされたり変な女の子だと思われそうで……急にそれが気になるの」
「モイラ……」
「推しだっただけの時はバレても良かった……というか、なんならその魅力について語り倒して差し上げたくらいなのに」
「モイラ……」
2回目の『モイラ……』は『わかる』と続くやつである。
だが1回目については、『わかるようなわからないような』と言ったところ。
マイナージャンル好きのイヴェットだ。骨好きを知られたい反面、『隠した方がいいのでは』という気持ちはわかる。
それに『=』で繋がるのは『変な奴と思われたくはない』という気持ち。
モイラの気持ちは近いが、やや異なる。
言葉は似通っていても、彼女のそれは『婚約者』という特定の異性に対して『嫌われたくない』『好かれたい、よく思われたい』という気持ちだ。
ズバリ言うと恋愛相談である。
「モイラ。 その気持ちはきっと自然なことだわ」
「イヴェット……」
「だって──『推しの筋肉である副団長』と、『それを含めた婚約者の副団長』では主語と修飾する部分が逆だもの。 副団長の婚約者としては、いい変化なのではないかしら」
そう言ってイヴェットは微笑む。
なかなか彼女らしい(※揶揄)、的を射た喩えだ。
「イヴェット……!」
その言葉にモイラは胸を詰まらせ、小動物を彷彿とさせるクリクリした瞳から、涙を溢れさせた。
はたから見たらどこに感動要素があるのか謎過ぎる遣り取りだが、ふたりの絆はそれぞれの愛から育まれたモノ。
「それでも私の筋肉愛は変わらないわ……これからも仲良くしてくれる?」
「馬鹿ね、モイラ。 当然じゃない!」
云わば、モイラだけ一足先に卒業してしまった感じなのだった。
声までは聞こえないが、たまたま近くで食後の散歩をしていた男子生徒達の目に映ったのは、愛らしい令嬢ふたりが陽だまりの中、抱き合う姿。ひとりは涙を流し、もうひとりは微笑んでそれを拭う。
「どうしたのかな、あのふたり……」
「だが……尊い……!」
「同意……!!」
彼等はその光景に新しい扉を開けたと言う。




