感情はひとつじゃない
やってきたのは老齢のベテラン魔術師、ジム・マクグリンと若手の有望株、グレン・ブラックウェルのふたり。
最初にオリヴァーを診たのは、若いグレンの方。ジムはグレンの師匠らしい。
呪いにもよるけれど、身体に紋様が浮かび出るケースは少なくない。先に調べた時は骨だっただけに、見れなかった全身を見る必要があるそう。その為、一旦ふたりと寝室に向かったオリヴァーだが、すぐ戻ってきた。
手招きされたイヴェットはオリヴァー側へ移動し、魔術師ふたりが向かいに座る。
ジムは難しい顔で、真っ白な長い顎髭を撫でながら口を開いた。
「──殿下。 残念ながら呪いは解けておりませんな」
「「えっ?」」
ジムの隣のグレンに目をやると、彼も静かに頷く。
「紋様こそありませんでしたが、魔力の流れがおかしい。 殿下に掛けられた呪いはおそらく微力で莫大、それ故……非常に複雑になっているのです」
なんでもかけられている呪いは複数であり、そのひとつひとつは微々たるものなのだとか。『おそらく』と言うだけに魔力の流れ云々からの見立てだが、確信はあるようだ。
「時間を掛けて蓄積した部分もあるでしょうが、相当な人数から少しずつ呪いを掛けられている状態なのではと推察致します」
「……!!」
これにはオリヴァーもショックを受けたようで、息を飲んだあと押し黙ってしまった。
「ああ殿下、そう意気消沈めされるな。 殿下の思うようなことではござらん……申し訳ない、年寄りになるとどうしても言葉が足らんでしてな。 グレン」
「はい」
グレンの説明によると、『不特定多数から拾った小さな負の感情をなんらかの方法でオリヴァーに向けた』。
或いは『不特定多数からオリヴァーへの感情を拾い、それをなんらかの方法で呪いに変化させた』のいずれかでは──ということだった。
「前者の場合、そもそも殿下への気持ちである必要はない。 後者の場合、殿下になんらかの気持ちさえあればいいのです。 殿下が嫌われているとか憎まれているとかそういうことではありません。 むしろ一方的な羨望や恋情といった想いは呪いに変化させやすい」
グレンの説明に「感情は白黒で割り切れるモノではありませんからな」とジムも続ける。
そこには納得のいくものがあったのだろう。今それに少し安堵し、元々好かれるような振る舞いをしていない自覚はある癖に、思った以上に動揺してしまった自分を恥じるように数秒、目を瞑り、開ける。
「──だが、何故姿が戻った?」
そのオリヴァーの疑問に、ふたりの視線がイヴェットに注がれた。
「ウォーラル伯爵令嬢が、殿下のことを看破したことが原因ではないかと」
「へ? 私ですか?」
急に名指しされ、またイヴェットは目をぱちくりさせる。
「私共も呪いは門外漢、詳しいことは然程わかりませぬが……」
おそらくオリヴァーには複数の呪いが掛けられている、とまずジムが言い、それを補足するようにグレンが少し専門的なことを説明する。
曰く、『呪いを解く』と一括りに言うが、方法としては基本的に『呪いを消す』と『呪いを解除する』の二種類あるのだそう。
前者は所謂『浄化』であり、『呪い』という『有を無に帰す』こと……云わば力技。
後者はそれとは違い、文字通り『呪い』という『問題を解き、取り除く』ことだ。
『〇〇をすれば呪いは解ける』というように問題が予め提示されていることもあるが、今回のようにその限りではない。
魔術を数学、呪術を文学や史学としてその性質を例えたりするのは、解除する為に探る問題についてのアプローチが異なることに起因する。
さて、骨になってしまったオリヴァーが元の姿に戻った理由だが。
「『誰か知らされない状態で看破する』ということで一部解除されたのでは、と考えられます」
推察されるのは、コレ。
「そ、そうなん……ですかね? でも昨日私がいた時はまだ殿下、骨でしたよ?」
今ひとつなにかしたという実感が沸かず、困惑しっぱなしのイヴェットだったが、返ってきたのはジムの溜息とグレンの困り顔。
「……そこなのです」
『殿下は今日……おそらく日の入りにはまた骨になるだろう』──それが魔術師達の見解だった。




