嬉しい筈の出来事②
「呪い……解けたのですか?」
「わからない」
長いローテーブルには、本来応接間で頂くモノでもないような、豪華なお茶の準備がなされている。
朝食を摂ってきたイヴェットはお茶だけで充分だが、オリヴァーはスコーンにクロテッドクリームをたっぷりと乗せて食べている。今食べたくはないけれど、美味しそうだ。
彼は上品にスコーンを咀嚼し嚥下してはいるが、ひとつが小さいとはいえ食べるのがとても早く、あっという間になくなった。流石にモサモサするのか、茶を少し飲んでからオリヴァーは話を続ける。
「……だが、今朝起きたら戻っていた。 これから宮廷魔術師が来る、君もできれば付き合って欲しい」
「それは勿論……ですが」
「なんだ」
「あんまり嬉しそうじゃないですね?」
「…………そんなことはない」
嬉しいは嬉しい。だが──
「……嬉しくない筈がないだろう」
かつての無自覚な恋心。(と、失恋)
当時はまだ子供だったし、友人と思って交流してきたことや、イヴェットの好きな相手が骨だったことでわけがわからなくなった……という王太子の考察は概ね当たっている。
だとしても、もう子供ではない。少し考えれば自覚は容易にできる。
(そうだ、嬉しい筈だ……)
しかし、
「──というか、嬉しいに決まっている!」
オリヴァーは無意識下でそれを拒み、思考を停止させていた。
謎のままにしたモヤモヤから、ややキレ気味に言う。
その勢いに目をぱちくりさせてから、「ですよねぇ~」と呑気に微笑むイヴェットがまた、可愛小憎らしい。
(クソッ……なんだこの気持ちは……!)
『何故かつての想いへの自覚を拒んだのか?』という問への解がきっと、その答えでもあるけれど、理解を拒むという選択も無意識下で行ったのである。
結局かつての想いに無自覚なままのオリヴァーには、今のモヤモヤも何かわからない。
ただ、なんだかとても悔しい。
イヴェットが可愛くて小憎らしい。
可愛小憎ら悔しい。
もう字面からも、ひと目で複雑とわかる……オリヴァーは拗らせの更なる高みへと、足を踏み入れたのだ。
あまりよろしくない拗らせ進化である。
「……ガッカリしたのは君の方じゃないのか? イヴェット」
「え?」
「君は骨が好きだろう」
(くっ……! なんだこの質問は……イヴェットが骨が好きだからなんだと言うんだ!?)
皮肉のつもりで言った質問と補足。骨だっただけに、なかった筈の皮と肉は、こんなところでも自らに返ってきた。
「ああ……そうですよね……?」
(そういえばそうよね。 でもあまり嬉しいとは思わなかったわ、どうしてかしら)
そしてそれは小首を傾げたイヴェットにも、ほんの少しだけ自分の知らない自分への、気付きを与えたようだった。
だが──
(驚きが勝っていたし、呪いだもの。 確かに素敵な骨だったけれど、戻りたがってる人に対してガッカリとは……あ、冗談では言ったかしら? 昨日)
イヴェットの方も『いずれ婚約者』という意識はあっても、それは有事からの決意。
流石にそう簡単に異性として意識することはない。
産まれてから10代までの成長は大人のそれとはスピードが違うと言うのに、7年ぶりに交流した異性と以前と同じ様に仲良くできるだけのことはある。
イヴェットはそれよりも、意外とオリヴァーがあまり喜んでいないようなのが気になった。
「……あっ、もしかして殿下も骨の魅力にお気付きに?」
「ハァ? なわけ──」
「でも考えてみれば、昨日も別の人だとノリノリで装っていたではないですか」
「それは……!」
──イヴェットを驚かせたかったから。
今度はすぐ正しい答えが頭に浮かんだ。
しかし無意識下の保身が邪魔をする。
(いや待てよ……? まだ『慰霊祭』前だ、驚かせたいのは当然だな?)
振り返ればオリヴァーは子供の頃、造形的に骨を『カッコいい』と思っていた。だからこそイヴェットと仲良くなったのだ。
それに実際に骨になってみたら、便利と言えばそう言えないこともない──ような気もする。
「心なしかそんな気もしてきたような……少なくとも、仮装としては最強だしな」
「ああ成程! 皆驚きますよね。 流石の私もアレには驚きましたから」
「フッ、やはりそうか」
なんだか納得してしまったふたり。
どちらもポンコツである。
「だが戻った以上、慰霊祭の装いは改めて考えねばならんな。 イヴェット、君はもう決めたのか?」
「う~ん、私は無難にクラシカルドレスと仮面になりそうです。 本当は長い黒のローブと牛の骨で魔法使いの仮装をしたいのですが、父が嫌がって買ってくれないのですよね~。 何故か狼の骨は買って貰えそうですが」
「狼? アレでは顔が出るぞ? 仮面には向いてないだろう」
「ですよねぇ……」
そして話題はそのまま仮装の話に流れ、お茶をしつつそれが盛り上がってきたところで、宮廷魔術師がやってきた。




