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episode 1




         ☯




 此処、第1都市エイン・タックスはこの国で1番大きな都市だ。


 この街には、何でも揃っている。


 食料品や日用品、家電製品や娯楽用品などの物質的な事は勿論、良い事も悪い事も、良い人間も悪い人間も全て揃っていた。


 そう、この街にないものはない。


 今日の空は昨日と同じ、真っ青に晴れ渡っている。


 今日の街も昨日と同じ、大勢の人々で賑わっている。


 世の中はこんなにも平和だと言うのに、ヴィエスタ=コスタの心中は穏やかでなかった。


「ま、こんっなに煙草の煙が充満した部屋に1日中籠もってれば、誰だって心中穏やかではなくなるよねぇーっ…」


「って言うか、何処にいたって1日中煙草口に銜えっぱなしなんだから、部屋ん中が煙だらけだろうが何だろうが、関係ないと思うんだけど…」


「あ、そっかぁ…あったまいーっ、アンちゃんっ!」


 そう言って、スパイラス=ネイスはアンギーリカ=メリカの頭を撫でた。


「ラッスは、いつもそれね…」


 スパイラスの手を振り払ったアンギーリカは、ドカッとソファーに腰掛ける。


「つれないなぁ、アンちゃんはぁ…」


 肩を竦めながら、スパイラスはヴィエスタの向かいに座った。


 朝起きてからのヴィエスタはと言うと、ダイニングテーブルの椅子に腰を据え、煙草を銜えて頬杖をついたきり動こうとしない。


 立ち上がったアンギーリカは、ヴィエスタの袖を引っ張った。


「ねえ、ヴィエ…どっか、遊びに連れてってよ…」


「じゃあ、僕と遊び行こうよーっ!」


 スパイラスはニコニコしながらそう言ったが、アンギーリカはソファーに再び腰掛けると、口を尖らせ呟いた。


「ラッスとじゃ、つまんない…」


「ガーンっ!」


 頭を抱える、スパイラス。


「って言うか女ってさぁ、アンタみたいに妙に優しいのよりぃ、ヴィエくらい素っ気無いのの方が、妙に気になっちゃったりすんのよねぇ…」


 そう語りながら部屋に入って来たのは、風呂上がりで白いバスローブを着た、エルフィーレ=ユエレだった。


「えーっ、そんなぁーっ!じゃあ…もしかして、エルさんもそう言う男の方が好き?」


「さあ、どうでしょう?」


 エルフィーレは、洗い立ての髪をタオルで拭きながらアンギーリカの隣に座った。


「アタシは勿論だけどぉ、アンだってもう男の良し悪しくらいは分かるわよねぇーっ?」


「ま、まあ…ね」


 アンギーリカは、少し頬を染めながらそっぽを向いた。


「そっ、そんなぁーっ!」


 情けない顔をするスパイラスを見ながら、エルフィーレは再び立ち上がった。


「そんな事より、ヴィエ!アンタ、朝起きてからずーっとその調子じゃないっ!ったくもう、しっかりしてよねっ!下の事務所、ティノが1人で番してんのよ?」


「じゃあ、お前も行ってやれよ…」


「それにほら、もうお昼じゃなぁーい!アタシ、朝御飯も食べてないんだからさぁ、せめて昼くらい何か食べさせ…って、え?」


 エルフィーレの喋りが、止まった。


「ヴィエ…アンタ今、何つった?」


「お前も行ってやれよ、事務所」


 煙混じりにモソッと呟く、ヴィエスタ。


「はぁぁーっっっっっ?」


 エルフィーレは、部屋中に響き渡る声を上げた。


「ちょっとっ!それ、本気で言ってんのっ?アタシ、事務仕事は向いてないんだけどっ!アンタが1番良く知ってる筈でしょ、違う?」


 ヴィエスタはようやく銜えていた煙草を放し、灰皿に押し付けた。


「そうだったっけか…ふわぁーっ…と」


 大きなあくびをし、伸びをしながら立ち上がったヴィエスタは、クシャクシャと頭をかきながらのっそりとキッチンへ入って行った。


 その後ろ姿を見ながら、エルフィーレは溜息をつく。


「ったく…この中で、料理が出来るのがヴィエしかいないってのが問題よねぇ。早急に誰か1人、料理が出来るようになってもらわなきゃ」


「普通さぁ、料理って女の人がやるもんじゃなぁーい?」


 そう言ったスパイラスを、エルフィーレはキッと睨んだ。


「あーら、女性を大切にするラッスらしからぬ発言ねぇ?それ、男女差別じゃなぁーい?」


「えっ?い、いやぁ、ほら…僕はただね、エルさんのような綺麗な女性に毎日料理作ってもらえたら、幸せだろうなぁって思っただけでぇ…まあ、そのぉ…出来れば、そのバスローブを脱いだ状態でエプロンを…」


 スパイラスは、エヘラエヘラと笑っている。


「格好なんて、どーでもいいけど…アンタが作ったっていいのよ、ラッス」


 エルフィーレが冷たくそう言うと、スパイラスはブンブンと首を横に振った。


「とっ、とんでもないっ!心優しい僕は幼少の頃、風邪をひいた母に林檎を剥いてやろうと思い、その際に使った包丁で指の薄皮を、ほんの爪の先ほど剥いちゃった事がありましてねぇ…それがトラウマになって以来、包丁は2度と握れない体になってしまったんですよぉ!」


「なぁーに、言ってんだか…包丁も握れない男が、いくら仕事とは言え銃を握る?」


「うっ…」


 言葉に詰まったスパイラスは、静かに肩を竦めた。


「あ…それに、女性は此処にもいるじゃない?ねえ、アン?」


 エルフィーレはアンギーリカを見下ろし、ニコッと笑った…しかし。


「13歳のか弱い少女に掃除と洗濯押し付けといて、更に料理までさせる気?はっきり言って児童虐待よ、それ…訴えてもいいんだから」


「なぁーに、言ってんだか…そんなか弱い少女が、いくら仕事とは言え人を殺す?」


「なっ…」


 今度は、アンギーリカが言葉に詰まる。


 エルフィーレは、溜息をついた。


「ま、いいわ…ティノに、頼んで来るから」


 ダイニングを出て、階段を下りて行くエルフィーレの足音を聞きながら、スパイラスは溜息混じりにグターッとテーブルに突っ伏した。


「全く…何やかんやと理由つけて、結局自分はなーんにもやんないんだからなぁ」


「ほんと、エルらしいわ…」


 アンギーリカの呟きに肩を竦めながら、スパイラスはキッチンへと歩いて行った。


「ヴィッエさぁーんっ!僕、何か手伝いますよーん!」


「来んでいいっ!テメェがいると、折角の美味い飯が不味くなるっ!」


「ひっでぇーっ!やっぱ僕、いいのって顔だけなんですかねぇ…」


 ボカッと頭を殴るいい音が、キッチンから聞こえる。


「…はぁ」


 アンギーリカは窓辺に立ち、雲1つない空を見上げて溜息をついた。






「ティーノっ!」


「ちょっ…エっ、エルさんっ、やめて下さいよっ!」


「何で?ノーブラの胸が背中に当たるのが、そんなに嫌ぁ?」


 突然後ろからエルフィーレに抱きつかれ、事務所の自分の席でコンピュータを弄っていたモスティノ=ビーノは、焦りながら顔を赤らめた。


 その拍子に、モスティノの肘がキーボードに当たる。


「あっ!」


【ピピピピピピピピ…不適切な操作により、現在使用中のファイルを強制終了します】


「ちょっ…ま、待った待ったっ!」


 コンピュータから聞こえた音声に、モスティノは慌ててキーボードを叩いた…しかし。


【ピピピ…強制終了しました。作成中のファイルが、消去された可能性があります】


「だぁーっ…」


 モスティノは頭を抱え、ガックリと肩を落とした。


「何?どうしたの?」


 呑気にコンピュータを覗き込む、エルフィーレ。


 モスティノは、ムッとしながら言った。


「もう…エルさんっ!貴女は、僕が朝から朝食もとらずに頑張って作ったファイルを…消したんですよっ?」


「あら…そう。だったら、また作り直せばいいじゃない」


 エルフィーレの言葉に、モスティノの怒りは頂点に達した。


「いいですかっ?もう、僕達には半年も給料が出てないっ!何故だか、分かります?」


「え、えーと…」


「依頼人から頂いた報酬や、仕事に掛かった費用などを計算し、其処から僕達の給料を割り出すように、ぼ・く・が!プログラミングしたファイルを、あ・な・た・が!誤って、消してしまったからですよっ!」


 へーっ…などと適当に相槌を打ちながら、タオルで髪を拭くエルフィーレ。


「それを僕は此処1ヶ月、ずっと直し続けて来て…そして、今日っ!今日の今、この時間っ!貴女が此処に来るか来ないかの、この瞬間に僕の苦労は報われる筈だったんですよっ!それなのに…それなのに、貴女と言う人はっ!」


「ああ、ああ、分かった分かった…」


 ウザそうに耳を塞ぎながら、エルフィーレは事務所の奥にある


『ミュレのおへや』


 と言うプレートの掛かったピンク色のドアを、ノックした。


 モノトーンでまとめられたこの事務所には、不釣り合いのドアである。


「ミュレ、いるんでしょ?開けて頂戴」


 中から可愛らしい返事が聞こえ、ミュレシーア=バウアが出て来た。


「あ、エルおねえちゃん…どうしたの?」


「あのさぁ、忙しい所悪いんだけど…レイル、いる?」


「レイルは今、メンテナンス中だけど…どうしたの?」


 ミュレシーアが訊き返すと、エルフィーレは嫌そうな顔をしながらモスティノを見た。


「まあ、メンテ中なら仕方ないか…アンタ、今ティノが弄ってるファイル直してやってくんない?」


「お給料の?だってあれは今日中には直るって、ティノおにいちゃんが…」


「ああ、直る予定だったさっ!ほんの、数秒前まではなっ!」


 ドンッ、とデスクを叩くモスティノ。


「でーもっ!どっかのっ!機械オンチさんのっ!せいでっ…1ヶ月掛かって直したファイルが、全部パーだっ!」


「彼、ちょっとカルシウム不足なんじゃなぁーい?もっと、栄養のある物を食べさせた方が…あ、そうだった!」


 此処で本題を思い出したエルフィーレは、モスティノの両肩に手を置いた。


「ティノ!アンタ、今日から料理を覚えなさい!」


「はぁーっ?」


 モスティノは、思い切り声を裏返らせた。


「貴女、これ以上僕に難題を押し付けて、一体どれほどの恨みがあるって言うんです?」


「なぁーに言ってんのよぉーっ、恨みなんかある訳ないじゃなぁーい!さっきアンにもね、これ以上仕事を押し付けると虐待で訴えるだとか何とかって言われたんだけどぉ、アンタ達みぃーんなアタシの事…なぁーんか、勘違いしてなぁーい?」


「勘違い出来る事なら、してみたいもんですよ…」


 モスティノは、冷めた表情で眼鏡を押し上げている。


 エルフィーレは、苦笑いしながら言った。


「とにかく、ミュレかレイルに頼めば一発なんだから、大人しく直してもらいなさい!」


「何、呑気な事言ってんですかっ!ミュレもレイルも、何処かの機械オンチさんと違って、忙しいんですっ!こんな事、とてもじゃないけど頼めませんよっ!」


「ああ言えば、こう言う!はぁ…こんな風に育てた覚えはないんだけど、やっぱり反抗期ってヤツかしらねぇ…」


 溜息をつくエルフィーレを見て、モスティノは怒りを爆発させた。


「貴女に育てられた覚えは、これっぽっちもありませんっ!」


「当ったり前でしょっ!アタシ、こう見えても花の独身よ?それに、こっちだってアンタみたいなでっかい子、産んだ覚えはありません!」


 逆ギレ(?)しながらエルフィーレは事務所を後にし、ドカドカと階段を上って行ってしまった。


「全く…何やかんやと理由つけて、結局自分はなーんにもやんないんだからっ!」


 誰かと似たような台詞を吐いて、怒りを露にするモスティノを見ながら、ミュレシーアは何故だか妙におかしくなってふふっと笑った。


【レイル、メンテナンス終わりました】


 其処へ突然ミュレシーアの部屋のドアが開き、色白の綺麗な顔立ちをした12、3歳の少年が出て来た。


「おつかれさま…」


 ミュレシーアは、自分をレイルと呼ぶその少年のプログラムを最終点検している。


 散々迷っていたモスティノは、溜息をついて言った。


「はぁ…仕方ない。悪いけどレイル、これの修復手伝ってくれないかな?」


【かしこまりました、モスティノ】


 レイルは、アンドロイドだ。


 この事務所の助手として、機械に強いモスティノとミュレシーアが共同で開発した、優れ物である。


 本名(?)はM2―SP―J16Aだがそれでは呼びにくいので、古語ルオ語で弟と言う意味の『レイル』を愛称としている。


 結局はミュレシーアにも協力を仰ぎ、3人は再び給料計算ファイルの修復に取り掛かった。






 午後も1時を過ぎた頃、6人はようやく朝食兼昼食をとった。


「とにかく、早いトコ給料計算を何とかしなきゃな…」


 ヴィエスタがそう呟いた途端、モスティノが物凄い形相でキッと睨んで来た。


「あ、いや、まあ…あ、後でいいか、給料なんて…ハ、ハハハ」


 思わず苦笑いする、ヴィエスタ。


「それより、仕事よ!仕事っ!昨日来た依頼、まだ片付けてないじゃない!さっさと、やっちゃおう!何だったら私、行くけど?」


「うーん…」


 エルフィーレの言う事に、ヴィエスタは曖昧な返事をする。


「もう…何?何なの?そのやる気のなさっ!見てると、イッライライッライラして来んのよねぇーっ!もういいっ、アタシ勝手に行って来るからねっ!」


 そう言い残して、エルフィーレはダイニングを出て行った。


「ちょっ、エルさんっ?今回の件はまだ、何も計画を立ててな…って、行っちゃったよぉ」


 エルフィーレを止められず、スパイラスはガクッと肩を落とした。


 サーモンのクリームスパゲッティーをフォークに巻き付けながら、アンギーリカが訊く。


「昨日の依頼だったら、今週いっぱい猶予があるんだからそんなに急がなくたっていいのに…どうしちゃったんだろう、エル…」


「いいんだ。アイツは最近仕事が少ないせいか、妙にイライラしてる。やりたいように、やらせてやれ」


 そう言って、ヴィエスタは煙草に火を点けた。


 しかし、スパイラスは腕を組んで首を傾げる。


「イライラしてんのは、本当に仕事のせいだけかねぇ…僕は、アレじゃないかなぁと思うんだけど…ねえ、同じ女の子としてアンちゃんはどう思う?」


「バカっ!そんな事、私に訊かないでよっ!」


「え、何で?エルさん、先月の仕事で女の子の命である自慢のロングヘアー、火薬で焦がしちゃって切る羽目になっちゃったでしょ?僕は勿論、どんな髪型のエルさんも素敵だとは思うけどさぁ、何気に気にしてイライラしちゃってんのかなぁって思っただけだよ?」


 すると顔を真っ赤にしたアンギーリカは、すかさず手のひらを振り上げた。


 ダイニングに、アンギーリカの怒鳴り声と頬をピシャッと叩くいい音が響き渡る。


「痛っ!ひっ、酷いよぉーっ!アンちゃーんっ!僕が、何をしたって言うのさっ!」


「うるさいっ!考えなしの、セクハラ男っ!」






 6人は、この街の路地裏にある古い3階建てビルで探偵事務所を営んでいた。


 外壁は薄水色だったらしいが、所々剥げて灰色が混じっている。


 一応『リファナズ探偵事務所』と言う名があるが、看板も何も出してはいない。


 1階は事務所、2階が共同生活スペース、3階がそれぞれの個室だ。


 仕事の内容は、事務所に来た客の依頼を受ける…ただ、それだけの事。


 宣伝もしなければ広告も出していないので、このビルが何なのか、中に誰が住んでいて何の仕事を請け負っているのか、同じ街に住んでいたって知らない人は全く知らない。


 しかし…知る人は勿論知っているので、何処からともなくやって来る客は定期的にこのビルを訪れていた。


 現在、所員は6名。


 男女3名ずつ…と、アンドロイド1体。


 ヴィエスタ=コスタ(33歳。通称ヴィエ)。


 スパイラス=ネイス(23歳。通称ラッス)。


 モスティノ=ビーノ(18歳。通称ティノ)。


 エルフィーレ=ユエレ(28歳。通称エル)。


 アンギーリカ=メリカ(13歳。通称アン)。


 ミュレシーア=バウア(8歳。通称ミュレ)。


 M2―SP―J16A(アンドロイド。外見年齢12、3歳。通称レイル)。


 所長は、一応ヴィエスタと言う事になってはいる。


 だが、これはただ単に彼が6人の中で1番年上だと言うだけの事であって、実際は仕事の面では行動派のエルフィーレが、金銭管理の面では頭脳派のモスティノがそれぞれ切り盛りしていた。


 表向きは探偵業だが、金の為なら裏で殺しもやってのける。


 勿論、悪の為に正義を消さねばならぬ時も多々あるが、依頼人が絶対のこの仕事では正義だの悪だのと、つまらない事に拘る訳には行かないのである。






「考古学者をしている両親を、殺せ?」


 その依頼が来たのは、昨日の午後。


 皆で、ヴィエスタお手製のバナナケーキを食べていた時だった。


 エルフィーレは、食事中に邪魔されるのが1番嫌っ!と言い張り、絶対に席を離れようとしない。


 モスティノは給料計算ファイルの修復で徹夜が続き、この日はこれが初めての食事。


 甘いモノが大好きな幼いミュレシーアも、ヴィエスタのバナナケーキは大好物だ。


 レイルは…屋上で、洗濯干しの最中である。


 スパイラスは考えた。


 依頼人は20代半ばの女性で、昨年結婚したばかりだと言う。


 人妻とは言え、女性と聞いたからにはスパイラスとしても行かない訳にはいかない。


「やーっぱ、その女性を安心させてあげる為にもぉ…此処は、僕のような優しい男が行くべきだよなぁ?」


 其処でスパイラスは、皆が自分の作ったものを美味しい美味しいと言うのを見ながら機嫌良く皿洗いをしているヴィエスタと、ヴィエスタの料理を食べる事が生き甲斐だと言うアンギーリカを無理矢理引っ張り、下の応接室で待っている女性の元へ駆けつけた。


「考古学者のご両親ってのは、貴女のですかぁ?それとも、ご主人のぉ?」


 歳の近い女性相手とあって、スパイラスはご機嫌な様子で優しく語りかける。


「わ、私の…です」


 女性は、遠慮がちに答えた。


 隣にはムスッとした顔のヴィエスタが踏ん反り返ってソファーに座り、同じくムスッとした顔のアンギーリカが紅茶のカップを配っている。


「なるほどぉ、貴女のですかぁ…」


「夫の両親は、遺跡を改造した遊園地を経営しておりまして…」


「ええ、ええ、存じておりますっ!子供達にも大人気の、夢の様な遊園地ですよねーっ!」


 大袈裟に頷いて見せるスパイラスを見て、頭を抱えるヴィエスタとアンギーリカ。


「じ、実は、その…そもそもその遺跡は、考古学者をしている私の両親が、仲間達と発見したものでして…」


「ほほぉーっ、貴女のご両親がっ?」


 スパイラスは、驚いて見せた。


 女性は一瞬こちらを見たが、気にせず話を続ける。


「歴史的文化財だから、国に協力を仰いで研究を続けようとしたんですが、リゾート会社を経営していた夫の両親が、過去の遺物を今更調べても仕方がない、それより今の子供達が安全に楽しめる場所として提供した方が、有益だと…」


「ふんふん、なるほどねぇーっ!」


 ニコニコしながら、スパイラスが相槌を打つ。


「両親は、祖先への冒涜だと断固反対しました。ですが…何と夫の両親は、莫大な資金を両親に提供してくれたんです。どうせ将来は親戚になる間柄だから、この金は今後の発掘作業にお使い下さいと…」


「金、ねぇ…」


 意味深げに呟く、ヴィエスタ。


「正直、大金を積まれて両親はかなり悩みました。発掘や研究を進めて行くのに、資金が足りないのは事実でしたし…でも遺跡は国の宝だし、自分達の一存で金に変えていいものかどうか…」


「確かに、悩み所ですなぁ…」


 スパイラスは、腕を組みながらうんうんと頷く。


「しかし…夫の両親は、今回発見した遺跡は場所や交通の便、環境も含めてリゾート施設に向いているし、確実に儲かると踏んでいましたから、貴方達にも損はさせないと自信満々でした」


「まあ、そうでしょうねぇ…あの会社の数々の業績は、誰もが知っていますしぃ…」


 頷くスパイラスを見ながら、女性は深刻な表情を浮かべた。


「夫の両親は…今回の遺跡を遊園地に変えて儲けが出れば、この資金とは別に今後も発掘作業に掛かった金を、全部肩代わりしてもいいとさえ仰って下さったのです。お金の心配をせずに作業が続けられるなら、と両親も心が揺らぎました…」


「究極の選択、と言うヤツですね?」


 スパイラスはそう言ったが、女性は首を横に振った。


「いえ…やはり応じる事は出来ないと、後にはっきり断りました」


「当然、だな…」


 再び呟く、ヴィエスタ。


「ですが夫の両親と提携している大企業が、遺跡を遊園地にする案は面白いと言って、次々と協力を申し出て来たんです。両親は、遺跡を守る為に彼らと法の下に戦う事を決意したのですが、力の差は歴然でした」


「それって…ど、どういう事です?」


 恐る恐る訊くスパイラスに、女性は答える。


「大企業は裏で手を組み、両親達をとことん潰しに掛かって来たのです。もう、こちらが折れるより他に手はありませんでした」


「はあ…それは、お気の毒に…」


 其処で女性は、鞄から手紙を数通取り出して見せた。


「これは?」


「嫌がらせの手紙です…これはほんの一部で、自宅にはまだこれが山のように…」


 皆が、眉を顰める。


「遺跡を夫の両親に売った途端、住民の方々からこのような手紙が多数寄せられるようになりました。歴史や祖先を重んじる方々の怒りや、遊園地建設時の騒音が酷くて困るなど、全ての苦情が金で遺跡を売った両親へ向けられたんです」


「何ですって?」


 驚く、スパイラス。


「暴力を振るわれそうになり、命の危険を感じた事もあったそうです」


「酷い…」


 アンギーリカが、呟く。


「両親は、頼むから中止してくれと言ったのですが、今更やめる気はないと夫の両親は取り合いませんでした」


「でしょうねぇ…」


「すると…ついに耐え切れなくなった私の両親は、強引な方法で弱者から土地を取り上げてのし上がって来た夫の両親の会社の実態や、今回自分達を脅して遺跡を取り上げた事などを、全て暴露すると言ったのです」


「あー、アハハ…やっぱあくどい事してたんですかぁ、お宅の会社?」


 苦笑いする、スパイラス。


 女性は、沈んだ声で言った。


「夫の両親は、私の両親の口を塞ぐのに何かいい手はないかと日々悩んでいました。私自身も、思い出すのは来る日も来る日も砂を掘ってばかりの、汚らしい両親の姿ばかり…」


 ヴィエスタの眉が、ピクリと動いた。


「幼い頃から親らしい事など何もしてくれず、泥だらけになって好き勝手やってる両親が、憎かったので…丁度、いいと、思い…」


「それで、うちに依頼して来たんだ…」


 アンギーリカにジッと見つめられ、女性は少し尻込みした。


「し、仕方がないじゃないですか!商売を続けて行くのに、両親は邪魔なんです!最近じゃ、私まで夫の両親に嫌な目で見られて…」


「なるほど…難しい問題ですねぇ、それは…」


「難しくなんかねぇだろ…」


 スパイラスの意見に反論したヴィエスタは、ポケットから煙草を取り出し口に銜えた。


「考古学者にとって、祖先が残した遺跡は命より大事な夢であり宝だ。発掘や研究を進めながら過去の人々の生活を知る事が、現在を生きる俺達皆の未来に繋がる。アンタだって考古学者の娘なら、遺跡が人類にとってどれだけ大事か、分かってん…」


「そんな事…一切、関係ありません!」


 女性は、強い口調で言い切った。


「私だって、年中薄暗い穴に引き籠もって砂遊びしているような人間の元に、生まれたくて生まれて来た訳じゃありませんので!」


 ヴィエスタは怒りから来る震えを何とか抑え、冷静に言った。


「いいか…よく、考えてみろ。弱者脅して土地取り上げたり、アンタの親が苦労して発見した遺跡をメチャクチャにしたのは、旦那の親だろうが。どっちが悪者かなんて、バカでも分かるぜ…」


「でもっ!どうして、私までが夫の両親から邪魔者扱いされなきゃならないんですかっ?こんなの、両親同士の問題であって、私には関係のない事じゃないですかっ!私は…私は、何も悪い事してないのにっ!」


 それを聞いたヴィエスタは煙草に火を点け、ゆっくりと煙を吐いた。


「ふーん…そう…」


 途端に女性はハンドバッグからハンカチを取り出し、口を押さえる。


「ちょっとっ!煙草、やめてもらえませんっ?」


「あぁ?…何だとっ!」


「ま、まあまあ、落ち着いて…」


 ガバッと跳ね起きたヴィエスタを押さえ、スパイラスは無理矢理愛想笑いを浮かべた。


「ね、ヴィエさぁーん?」


「いーやーだっ!」


「ヴィエっ!」


 拒むヴィエスタに怒鳴ったのは、アンギーリカだった。


「っ…ああ、はいはい!ったく…んな怖い顔しなくたって、いいだろうがっ…」


 イライラしながら頭をグシャグシャかき、勢いよく立ち上がったヴィエスタは、灰皿を持って窓際へ歩いて行った。


「ア、アンちゃんも、落ち着いて…ね?」


 スパイラスはそう言ったが、アンギーリカは怖い顔のまま窓際へ行き、黙ったままヴィエスタから煙草と灰皿を取り上げた。


「おい、何すんだよ」


「煙草、やめてくれって言われたでしょ!」


「あぁっ?」


 アンギーリカは、キッとヴィエスタを睨み付けている。


「チッ…」


 舌打ちしたヴィエスタは、腕を組んで窓の外へと視線を投げた。


 スパイラスは、慌てて場を取り繕う。


「ア、アハハハハ!た、大変失礼致しました。そ、それですねぇ、そのぉ…まあぶっちゃけ、邪魔になってしまったご両親を殺して欲しいと…そう言う事で、宜しいですね?」


 女性は口を押さえたまま、俯いた。


 立ち上がったスパイラスは、戸棚から紙とペンを取り出し再びソファーに座った。


「これ、契約書です。一応、こちら側が決めた約束事が何個か書いてありますんで、守って頂けるようでしたらサインお願いします」


「は、はい…」


 女性は、契約書に目を通した。


 基本的にリファナズ探偵事務所は、内容がどんなものであろうと依頼料は一律628万モールと決めている。


 追加料金を取るか否かは、その場の状況次第となる。


「この場合…依頼主は私、対象者は両親、引受人は貴方達と言う事で宜しいんですね?」


「まあ、そう言う事になりますかねぇ…」


 ニコニコと笑う、スパイラス。


「3番目の、628万もの大金が全て対象者に行ってしまうと言うのが、ちょっと納得出来ないんですけど。しかもそれが、貴方達の意思でって言うのは一体どう言う…」


「契約書の内容に不満があるなら、俺達に依頼しなきゃいい」


「ヴィエさんっ!もう…」


 一々棘のある言い方をするヴィエスタを、困った顔で見つめるスパイラス。


 窓の外を見たままのヴィエスタを少し睨みながら、女性は言った。


「いえ、こんな事頼めるのは此処しかないし…それに、もう628万用意して来たんです」


 女性はハンドバッグから分厚い封筒を出し、テーブルの上に置いた。


「はぁ、左様で御座いますか…」


 スパイラスは、封筒を手に取った。


「ではお代の方頂きますので、こちらにサインをお願いします。契約書イコール受領書になりますので、紛失なさらないように…」


「わ、分かりました…」


 女性は、言われるがままサインした。


「これで、契約は成立です。ご依頼の件、必ず実行致しますのでご安心を…あ、そうそう。ご猶予は、どれほど頂けますか?」


「早ければ、早いほどいいですけど…出来れば、今週中にお願いします」


「今週中ですね、分かりました。それでは、お帰りはあちらです」


 立ち上がったスパイラスは、親切に女性を外まで見送りに出た。


「ねえ、ヴィエ…」


 紅茶のカップを片付けながら、アンギーリカが窓際のヴィエスタに話し掛ける。


「どうしたの、あんな態度取って…らしくないよ」


「らしくない?だったら、俺らしいって何だ…」


「思い出してたの?」


 その言葉に、ヴィエスタは黙り込んだ。


「いいよ…思い出せる思い出があるだけでも、ヴィエは幸せだと思うし…」


 俯くアンギーリカに、フッとヴィエスタの表情が緩む。


「慰めてんのか?ガキのクセに、生意気だ」


「ガッ…ガキじゃないもん、私っ!」


 頬を膨らませるアンギーリカの頭を撫で、ヴィエスタは微笑んだ。


「ジジイの相手はもういいから、上の2人に依頼内容伝えて来い」


「ジジイじゃないもん、ヴィエはっ!」


 カップを乗せたお盆を、ドンッと机に置いたアンギーリカは勢いよく事務所を出ると、ドカドカと階段を上って行ってしまった。


 戻って来たスパイラスが階段を覗き込み、眉間に皺を寄せる。


「ど、どしたの、アンちゃん…」


「さあな…さーてと、夕飯の買い物でもして来っか」


 大きく伸びをしたヴィエスタは、ポケットの中のコインをチャリチャリ鳴らしながら出て行った。


 その後を、すぐにスパイラスが追う。


「あ、僕も行っきまぁーっす!」


「お前は、来んでいいっ!」






 と、此処までが昨日の話だ。


 この依頼を受けてから、ヴィエスタは何処となく覇気がない。


 エルフィーレは、そんなヴィエスタにイライラしながら事務所を出ると、所狭しと並んでいるビルの屋上や家々の屋根を転々と飛び越え、住宅街から少し離れた原っぱまでやって来た。


 近くに立つ木の上へ飛び移り、ジッと様子を伺う。


 人気のない原っぱの隅で夫婦が2人、楽しそうに砂を掘っていた。


「あの2人が、対象者って訳ね」


 其処でエルフィーレは、ふとヴィエスタの事を思った。


「大体あの男は、いざって時に役に立たないのよっ!所長、失格っ!」


 とその時、依頼主が対象者の元へやって来た。


 2人の為に食事を運んで来たらしく、バスケットの中のサンドイッチを3人で食べ始めた。


 嬉しそうな対象者の表情とは逆に、依頼主には笑顔すらない。


「何か…」


 虚しい…エルフィーレは、溜息をついた。


「エル」


 突然の声にハッと振り返ると、いつの間にかアンギーリカが真後ろの枝に立っていた。


「ア、アン…相変わらず、気配消すのがうまいわね…な、何か用?」


「用って…別に…」


 そう言ったきり、アンギーリカは黙り込んだ。


 エルフィーレも黙り、再び監視を始める。


「ねえ、エル…」


 暫くして、アンギーリカが口を開いた。


「ヴィエの事、だけど…」


「分かってるわよ」


 エルフィーレは、対象者の方を見たまま言った。


「どうせ今回の依頼、乗り気じゃないんでしょ?いつもなら、ガンガン捌いて行くクセに…だから意気地がないって言ってんのよ、私は!」


「そう言う問題じゃないよ、エルっ!」


 アンギーリカは、声を荒げた。


「ヴィエだって、悩んでるんだよっ?」


「でも、仕事でしょ?そう割り切って、私達だって今までやって来たんじゃないっ!それが、何?対象者が考古学者だってだけで、あの腑抜けた有り様…見てらんないわ!」


「エルは、いいよね…」


 息巻くエルフィーレに対し、アンギーリカは静かに言う。


「だってエルは、他人だったんだか…」


 パシッ。


 鈍い音が響く。


 アンギーリカは、赤くなった自分の頬を押さえた。


 叩いた手を震わせながら、エルフィーレは小さく呟く。


「ア、アンタ…もう、2度とそう言う事言うんじゃないよ…次言った時、アンタに何するか分からない…」


 エルフィーレの潤んだ瞳を見て、アンギーリカは申し訳なさそうに黙って頷いた。






「だぁーからさぁ、言わんこっちゃないのよねぇ…」


 少し離れた木の上で、スパイラスがエルフィーレとアンギーリカのやり取りを見ていた。


 無理矢理連れて来られたミュレシーアが、スパイラスの袖を掴む。


「ねえ、ラッスおにいちゃん…今回のお仕事、断るの?」


「んー、どうだろう…」


 スパイラスは、エルフィーレ達の方を窺いながら腕を組む。


「やっぱ、ヴィエの意識の問題じゃないのかなぁ…あの人、未だに引きずってんだねぇ。本人に、その自覚はないみたいだけどさぁ。だぁーって、両親殺してくれってのは多々あったけど、考古学者は初めてじゃない?」


 小さく頷く、ミュレシーア。


「何だかんだ言ってさぁ、僕達みぃーんなヴィエを中心にして動いてんのよ。ま、所長として認めてるかどうかは別としてね。だからヴィエがあんなだと、僕達もああ言う風になっちゃう訳」


 スパイラスはそう言って、大きく伸びをした。


「ヴィエに内緒で…殺る?」


 そのミュレシーアの言葉に、スパイラスはハッと目を見開いた。


 ミュレシーアは、スパイラスをジッと見上げている。


 スパイラスは、苦笑いした。


「あ、あれぇ…ミュ、ミュレちゃん、大胆だなぁ!」


「だって…今ならティノおにいちゃんとレイス以外、みんな此処にいるし…」


 エルフィーレとアンギーリカの方に視線を移すミュレシーアを見て、スパイラスは肩を竦めた。


「じゃま、取り敢えず合流します?」


 ミュレシーアは、黙って頷いた。






「え…それって、やっていい事?」


 ミュレシーアの意見を聞いて、アンギーリカは少し戸惑った。


 しかし、エルフィーレはポンとミュレシーアの肩を叩いて微笑んだ。


「ミュレ、言うじゃない!そう言う潔い意見、待ってたのよ!」


「潔いって言うのかなぁ…ヴィエさんを騙す事になるんですよぉ、僕達ぃーっ…」


 スパイラスは、あまり乗り気ではないようである。


「そんな事言ったって、依頼人は私達のお客様なのよ?お客様の言う事は、絶対なの!これは仕事なんだから、割り切れずにグズグズしてる奴は邪魔なだけよ!だからさ…私達だけで、さっさと殺っちゃいましょ!」


「大胆だなぁ、女性陣は…」


「一緒にしないでよ」


 意気込むエルフィーレを見ながら呟くスパイラスに、アンギーリカは反論した。


「私は、反対。殺るなら、3人で殺って」


「じゃあ、そうさせてもらうわ。いいわよね?ミュレ、ラッス」


 黙って頷く、ミュレシーア。


「え、えーと、僕はぁ…」


「来るの?来ないの?どっちよっ!」


「え?あ…い、行きます、はい。エル姉さんに、ついて行きます…」


 スパイラスは、そう答えざるを得なかった。


「じゃあ、私…帰るから」


 アンギーリカはそう言って、元来た枝を伝って行ってしまった。


「私達は、取り敢えず作戦会議と行きましょ」


 エルフィーレとミュレシーアは、これからどうするかを話し合い始めた。


 スパイラスは、去って行くアンギーリカの背中を見つめる事しか出来ずにいた。






 事務所に戻って来たアンギーリカは、コンピュータの前で格闘しているモスティノとレイルの背後に立った。


 気付いた2人が、振り返る。


【お帰りなさい、アンギーリカ】


 頭を下げる、レイル。


「お帰り、アン…あれ、エルさんは?」


「まだ、監視してる」


「そっか…妙に、息巻いてたもんなぁ。ま、ヴィエさんがあれじゃあ無理もないけど」


 アンギーリカは、辺りを見回した。


「ねえ、ヴィエは?」


「上に、いるんじゃない?そろそろ夕食だから、支度してるかも。あ、そう言やあ僕、エルさんに料理覚えろって言われてたんだっけ。でも何だかんだ言いながら皆、ヴィエさんの料理が1番好きだし、ヴィエさんだって料理に関しては誰にも口挟まれたくな…」


「ねえ、聞いてっ!」


 モスティノの話を途中で止めたアンギーリカは、真剣な表情で言った。


「エル達、勝手に依頼遂行しようとしてるのっ!」


「え…えぇーっっっ?」


 モスティノの眼鏡が、ずり落ちる。


【それは一体、どう言う事ですか?】


「ほら、今回の依頼のせいで何となく、ヴィエの様子がおかしかったでしょう?だから、エルがイライラして来ちゃって、それで…」


「それで、って…だって、ラ、ラッスは?あ、そう言えば、ミュレも姿が見えないじゃないか!」


 無言のアンギーリカが、モスティノの疑問を肯定していた。


「何てこった…上、行こう!レイル、此処宜しく!」


【かしこまりました、モスティノ】


 モスティノは慌てて階段を駆け上がり、アンギーリカも後を追った。


「ヴィエさん!ヴィエさん!」


「んだよ、うっせぇなぁ…料理くらい、静かにさせてくれよ」


 キッチンの方から、声がする。


 モスティノとアンギーリカは、慌ただしく駆け込んだ。


「ヴィエさん!大変なんですよ!」


「何が…」


「エルさん達、勝手に依頼を遂行するつもりらしいんです!」


 モスティノの言葉を聞いて、ヴィエスタの野菜を切る手が一瞬止まった。


「ヴィエが乗り気じゃないから、自分達が殺るしかないって言ってるの!」


 アンギーリカも、不安そうな表情でヴィエスタを見つめる。


 しかし、ヴィエスタは野菜を切り続けながら言った。


「あっそ…」


 モスティノとアンギーリカは、思わず顔を見合わせた。


「い、いいんですか?」


「いいんじゃないの、別に。1件の依頼に、全員がお手々繋いで行く事もないだろ?素人じゃあるまいし…俺がいなくたって、もうそれぞれ仕事はこなせる筈だ。それにガキじゃねぇんだから、今更保護者面も気色悪いっつーの」


「子供、いるけどね…」


 ボソッと呟く、アンギーリカ。


「とにかく…好きにさせておけ」


 それっきり、黙って料理に集中してしまったヴィエスタに対し、モスティノもアンギーリカも言葉が出なかった。






 暫くして、エルフィーレ、スパイラス、ミュレシーアの3人が帰って来た。


【お帰りなさい、エルフィーレ、スパイラス、ミュレシーア】


 レイルが、頭を下げる。


「たっだいまぁーっ!あーっ、疲れたぁーっ!」


 伸びをするエルフィーレに、モスティノが早速訊く。


「エ、エルさんっ!まさか…まさか、もう殺ったんじゃ!」


「アンったら、喋ったわね…大体、昨日の今日で出来る訳ないでしょ。今日は、あくまでも監視と作戦会議よ」


「そ、そうですか…」


 少しホッとしながら、モスティノは再び自分の席に座った。


「ああ、お腹空いたなぁーっ…ヴィエさん、上ぇ?」


 腹を押さえながら、スパイラスは階段を上って行く。


 エルフィーレは、壁の時計を見上げた。


「あーそっかぁ、もう夕食ねぇ…またヴィエにドヤされない内に、さっさと上に行きましょ。レイル、あと宜しく」


【かしこまりました、エルフィーレ】


 頷くレイル。


 エルフィーレに続き、モスティノ、アンギーリカ、ミュレシーアも共に上へ向かった。


 ダイニングテーブルの上には、既に何品かが並べられている。


「お、今日は珍しく呼ばれなくても来たんだな」


 皿を運びながらヴィエスタがそう言うと、エルフィーレは鼻で笑った。


「私達だってバカじゃないんだから、何度も言われればそれくらいいい加減学習するって」


「へぇ、そうかよ。だったら…事務所内の規律を乱すな、と何度か言えばそれもいい加減学習出来る時が来んのか?」


 皆の表情が、瞬時に強張る。


 ヴィエスタは、溜息をついた。


「別に、怒ってる訳じゃねぇ。ただ…自分でも、少し驚いてんだ。こんなにも気が進まないと思える依頼が、この俺にもあったのかってな…」


 皆は、黙ってヴィエスタの顔を見ている。


「事務所を引き継いで、今年は丁度5年目…初めてだ。情けないが、俺は引き際かもしれないと考えてる」


 突然の爆弾発言に、緊張が走る。


「ちょっ…なっ、何、それっ!ヴィエ…嘘、でしょ?」


 アンギーリカが、目を丸くする。


 ヴィエスタは、フッと笑った。


「別に、事務所ごと潰そうなんて思っちゃいないさ。お前らは今まで通り此処に残って、今まで通り仕事を続けて行けばいい。所長の座は、エルに譲る」


「バッ…バカ言ってんじゃないわよっ!」


 エルフィーレは、テーブルを思い切り叩いた。


 並べてあったコップや皿が、カタカタと揺れる。


「アンタが、其処まで腑抜けとは思ってなかったわっ!バッカじゃないの?対象者が考古学者ってだけで、其処まで頭ん中飛躍しちゃってた訳?情けないったら、ないわっ!」


 ヴィエスタは、黙って食事の支度を続けている。


「私が此処に入ったのは去年、でもアンタは26年も此処でのうのうと生きて来たんでしょっ!その間、どれだけ人殺してると思ってんのっ?」


「エ、エルさん、もうそれ以上は…」


 苦笑いしながらスパイラスが止めようとするが、エルフィーレは引き下がらない。


「それが、初めて考古学者が対象者に上がったからって、事務所辞めるですって?ハハハ…もう、笑いすら起こらないわ!アンタ、失格よっ!所長失格っ!」


「だから、辞めるって言ってんだろうがよ…」


 ウザそうな顔をしながらそう呟くと、ヴィエスタは煙草を銜えた。


「大体、テメェに文句言われる筋合いねぇだろ?そのたかだか1年前に入ったばっかの、ペーペーのお前に全部譲るっつってんだから、いいじゃねぇか。それとも、何か?年下だがキャリアは13年のテメェの大先輩、ラッスを任命した方が良かったか?」


「ヴィ、ヴィエさん、それは…」


「そう言う問題じゃ、ないでしょっ!」


 力なく笑うスパイラスを横目に、エルフィーレは怒鳴る。


「事務所はこれだけの人数がいるんだから、アンタ1人が消えた所で何も変わりゃしないわよっ!そんな事より、アンタ自身の頭ん中を問いたい訳っ!分かるっ?」


 ヴィエスタは、面倒臭そうに答えた。


「だから、自分で自分が情けなくなったんだよ。それだけだ。お前を選んだ理由は、その勢いと行動力。お前には、この仕事に対する意欲が感じられる。かつての俺もそうだったんだろうな、恐らく…」


「…捜すの?」


 そう訊いたのは、ミュレシーアだった。


 ヴィエスタの体が、少しだけ反応する。


「な、何の話だ…」


「…ザンの事…」


 そのミュレシーアの答えに、皆が固まった。


「流石、ミュレには全部お見通しって訳か…」


 ヴィエスタは、笑い混じりに煙を吐いた。


「ヴィ、ヴィエっ!だから…だから、事務所を辞めるって言うのっ?」


 アンギーリカが訊く。


「…さあな…」


 まだ吸える煙草を無造作に灰皿に押し付け、ヴィエスタはサラダを盛りつけ始めた。


 皆は、黙ってその様子を見ている事しか出来ない。


 ふと顔を上げたヴィエスタは、スパイラスを見た。


「どうしたラッス、手伝うって言わねぇのか?」


「えっ?あ、ああ…も、勿論、手伝いますよぉ!」


 ハハハと笑いながら、スパイラスは慌てて手伝いの続きを始めた。






 その日の夜。


 ヴィエスタは、屋上で煙草を吸っていた。


 煙が、夜風と共に星の向こうへ立ち昇って行く。


 もう季節はとっくに春を迎えたと言うのに、まだ少し肌寒かった。


「ヴィエ…」


「ん…?」


 その声に、後ろを振り返る。


 クマのぬいぐるみを抱いた、寝巻き姿のミュレシーアだった。


「ミュレ、か…」


 ミュレシーアは、ヴィエスタの横に立った。


「ヴィエ…本当に、行っちゃうの?」


 自分を見上げるミュレシーアの視線を感じつつも、ヴィエスタは彼女の顔を見ようとはしない。


「やっぱり…行っちゃうんだ…」


 ヴィエスタは、ミュレシーアの頭を優しく撫でた。


「すぐ、帰って来るさ…」


「嘘っ!」


 そう怒鳴ったのは、いつの間にか後ろに立っていたアンギーリカだった。


「嘘よっ!もう、帰って来る気なんかないクセにっ!」


 以前、ヴィエスタから無理矢理奪い取った彼のお古のパジャマの少し長い袖で、アンギーリカは涙を拭った。


「お、おい、アン…お前、泣いてんのかっ?うっわぁ、らしくねぇなぁ…」


「だったらっ…だったら、私らしいって何よっ!」


「そう来ました、か…」


 参った様子で、ヴィエスタはフッと笑った。


「まあさ、この年になると色々と考える事が多くなって来る訳よ…分かるか?って言っても、お前らにはまだ分かんねぇか…」


「そんなの…分かりたくないっ!」


 アンギーリカは、まだ怒っている。


「とにかく、もう決めたんだよ…男に二言はない、俺は此処を出る…」


「ザンも…今のヴィエと、おないどしだったんでしょう…」


 ミュレシーアが呟く。


 ハッとする、ヴィエスタ。


「ミュレ、どうしてそれを…」


「私が…教えたの」


 アンギーリカはそう言って、ヴィエスタの隣に立った。


 もう、時計の針は午前2時を回ろうとしている。


 街の灯りもほとんど見えず、ただ月だけがやけに明るかった。


「で、でも、お前はまだ…」


「私、もう8歳になってたもん。大体の事は、話聞いて分かってたよ。ただ、本当に詳しい話は後にラッスから聞いたんだけどね…」


 アンギーリカの話を聞いて、ヴィエスタは頭を抱えた。


「あのバカ、子供にまで余計な事喋ってやがったのか…」


「だから、子供じゃないってばっ!」


 アンギーリカの拳が、ヴィエスタの脇腹に入る。


「くっ…い、いい、パンチだ…」


 脇腹を摩るヴィエスタを見ながら、アンギーリカは呟くように言った。


「私、分からなかった。ザンは、ずっとずっといてくれると思っていたから…でも、ザンはいなくなった。どうして皆、いなくなるの?残された、私やミュレはどうすればいいの?」


 俯くアンギーリカ。


 ヴィエスタは、黙っている。


「ミュレ、守るよ…守るよ、アンを…」


「え?」


 アンギーリカが顔を上げると、ミュレシーアが真っ直ぐに自分を見つめていた。


「ミュ、ミュレ…どうして…」


「ミュレ、アンよりはずっと平気だから…だから…」


「ごめんな、ミュレ…」


 謝ったヴィエスタの表情は、少し辛そうだった。


「俺が、ミュレの…」


「ヴィエに謝られたら、せっかくの決心がにぶるよ…ヴィエは、悪くないんだから…何も悪い事してないのに、簡単に謝ったらだめだよ…」


「ミュレ…」


 ヴィエスタは、泣きそうな顔をしている。


「分かったよ、ヴィエ…」


 アンギーリカは、長い袖をギュッと握った。


「最後の最後に、私と言う人間が分からず屋だったなんて記憶、ヴィエに残して欲しくないから…全然これっぽっちも納得してないけど、何とか納得したフリはしよう…と、思う…」


「アン…」


「もう、寝る。だから…だからお休みのキス、して…」


 ヴィエスタは、少し戸惑った。


「だ、だってお前、3年前に子供じゃないんだからもうするなって、俺に怒鳴ったろ?」


「いいのっ!」


 アンギーリカは、少し顔を赤らめて怒鳴った。


「子供じゃないから…して欲しいんじゃない…」


 ヴィエスタは首を傾げながら肩を竦め、アンギーリカの耳元で優しく囁いた。


「お休み、アン…いい子で、寝ろよ…」


 そして、アンギーリカの頬にそっとキスをした。


「い、痛いよ、ヴィエのヒゲ…しかも、煙草臭いっ!」


「え、ああ…そうか?」


「もう、知らないっ!バカヴィエっ!」


 アンギーリカは、赤くなった顔を見られない内に踵を返し、屋上を出て行った。


「何だ、アイツ…小さい頃は、もうちょっと聞き分けが良かったけどなぁ…」


「ヴィエ…」


 アンギーリカは、ヴィエスタの袖を引っ張った。


「ザンをさがして、どうするの?」


 ヴィエスタは、煙草をフェンスに押し付けた。


 いつもフェンスの同じ場所で煙草を消す為、すっかり焦げ痕が残ってしまっている。


「訊きたい事がある」


「ザンが出て行った、ほんとうの理由?」


 ヴィエスタは、目を丸くしてミュレシーアを見た。


「お前…ひょっとして俺の心、読める?」


「読めたら、苦労しないよ…だけど、わかるよ…ヴィエは、ミュレのすべてだから…」


 そう言って微笑むミュレシーアが、ヴィエスタには少し眩しかった。


「お前にそう言われちゃうと俺、返す言葉ねぇや…」


「アンは、さっきウソだって言ってたけど、ミュレは信じてる…ヴィエは、きっとまたここに帰って来るよ…ザンとヴィエは似ているようで、ほんとうは違うって思うから…」


 ヴィエスタは、夜空を見上げた。


「そう、かな…」


「そう、だよ…」


 ミュレシーアは、真っ直ぐヴィエスタを見つめている。


「正直さ、俺はアイツに憧れてた。アイツみたいになりたいって、ずっと思ってた。アイツは、俺の全てだったんだよ。俺は、今の今までアイツのように生きて来たと思っていたが…そっか…お前が違うって言うんなら、まだ俺はアイツになりきれてなかったって事だよな…」


「ザンみたいになんて、ならなくたっていいよ…ヴィエは、ヴィエでいてほしいよ…ほんとうは…いなくなってほしくない…そんな所まで…ザンのまね…しなくたっていい、よ…」


「ミュレ…?」


 ミュレシーアの瞳から、一粒涙が零れた。


 しゃがんだヴィエスタは、ミュレシーアをぬいぐるみごと抱きしめた。


「ミュレ…ごめんな…」


 ミュレシーアは黙ったまま、ギュッとヴィエスタを抱きしめ返した。






「どーして皆、ヴィエさんがいいんでしょうねぇーっ…」


 事務所のデスクにグターッと突っ伏しながら、スパイラスが呟く。


 エルフィーレは、カチャカチャと慣れない手つきで、キーボードを叩きながら言う。


「そんなの、訊くだけ野暮でしょ…」


「えっ…ちょ、ちょっと、待って下さいよっ!」


 ガバッと跳ね起きる、スパイラス。


「どして?ひょっとして…エルさんも、ヴィエさんの事カッコいいって思ってんの?」


「なっ…何、言ってんのっ?」


 慌てたエルフィーレは、思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。


「んな事…お、思ってる訳ないじゃない!」


「もーっ!だったら、訊くだけ野暮なんて言わないで下さいよぉ!同じ男として僕、自信失くしちゃいますからぁ…」


 落ち込むスパイラスを見て、エルフィーレはケッと笑った。


「なぁーに、心にもない事言ってんだか…天地が引っ繰り返ろうがどうなろうが、自分が一番イイ男だと思ってるクセに…」


「あ、バレましたぁ?」


 ニヤニヤしながら、スパイラスは大きく伸びをした。


「しっかしなぁ…思った以上に、アンちゃんはショックを受けている御様子でぇ…」


 スパイラスとエルフィーレは、先程まで屋上でのやり取りを陰からずっと見ていた。


 しかしアンギーリカが泣きながら駆け込んで来たので、慌てて事務所に逃げて来たのである。


「ねえ、ラッス…」


 エルフィーレはコーヒーを飲み干すと、向かいのデスクに座るスパイラスを見た。


「何ですか…あ、お代わり?」


「違ぁーうっ!」


 軽く咳払いした後、エルフィーレは静かに言った。


「アンタ…知ってる事、全部教えなさい…」


 ギクッとする、スパイラス。


「13年も、此処にいるんでしょっ?私は、1年しかいないから何も知らないのよっ!ザンって人の事だって名前と、初代所長だって事と、この事務所をヴィエと一緒に設立した人だって事しか知らないし…ねえ、過去に何があったの?」


「そ、それは、ですねぇ…」


 キョロキョロと辺りを見回した後、スパイラスは小声で言った。


「本当の事言うと、僕も何も知らないんですよ…」


「…マジ、殺すよ?」


 エルフィーレの目は、仕事をしている時の目だった。


「い、いや、エルさん…本当なんですってばっ!本当に、何も知らないんですってばぁっ!」


 一生懸命言い訳をするスパイラスに、エルフィーレはデスクの向こうから食いついて来る。


「んな訳、ないでしょっ!私は、騙されないわよっ!さっきだって、アンが言ってたじゃないっ!アンタから、色々聞いたってっ!」


「あ、あれはぁ!アンちゃん、まだ小さかったでしょ?どうしてザンは出て行っちゃったんだって訊いて来るから、ザンさんはこれからは1人でお仕事を続けて行くんだよって…まあ、ぶっちゃけ適当な事言ったんですよ。何とか、納得させる為にね」


「じゃあ、アンも本当は何も知らないって事?」


 エルフィーレはそう訊いたが、スパイラスは首を傾げるばかりだった。


「でも…ザンって人が辞めるに至っては、色々と話し合いがあったりしたんでしょ?その内容も、アンタは全く知らない訳?」


 スパイラスは、腕を組んで唸る。


「うーん…って言うか、正確にはザンさんは辞めた訳じゃなくて、ちょっと事務所を空けてるだけなんですよ」


「え、そうなの?」


 驚くエルフィーレに、スパイラスは頷いて見せる。


「現在は、その留守をヴィエさんが守ってるって言う状態なんです」


「ご、5年もっ?そう言うのって普通、行方不明って言うんじゃないの?」


 エルフィーレは、目を丸くした。


「まあ、其処が謎でして…実はかつて此処の事務所のメンバーで、行方不明になった子がいたんですよ…で、ザンさんはその子を捜しに行くと言って出て行ったんですが、どうもヴィエさんはザンさんが事務所を空けた理由は他にあると思ってるようですねぇ…ま、あくまでも僕の想像ですけど」


「そ、そうよね…他に理由がなきゃ、5年も戻らない訳ないし…ところで、ザンって人がいた頃の此処って、どんな雰囲気だった訳?」


「そうですねぇ…」


 エルフィーレに訊かれ、スパイラスは昔を思い出しながら話し始めた。


「僕が入った頃は、事務所の先輩メンバーは3人しかいなくてですねぇ…」


「たったの、3人?」


「あ、もう1人女の子がいましたけど…確か、彼女と僕はほぼ同期で。僕なんかは淋しがり屋ですから、早く先輩方と仲良くなりたかったんですけどねぇ…いやぁ、やっぱりザンさんとヴィエさんの間に入る事は、流石の僕も出来ませんでしたよ…」


「どう言う事?」


「あの2人は、物心ついた頃からずっと一緒だったみたいなんです。で、どうしても教えてくれなかったんですが、2人だけしか知らないある大きな依頼を抱えていて…そもそもこの事務所は、その依頼を解決させる為に開いたらしいんです」


 当たり前だが、エルフィーレは初めて聞く話だった。


「昼間は普通に探偵事務所としての仕事をこなして、皆が寝静まると2人だけで部屋に籠もって、その依頼に関する調べ物をしていたようでした」


「調べ物、ねぇ…」


「だから、正直…今でもザンさんやヴィエさんを前にすると、僕との間に見えない壁があるような気がしまして…同じ事務所の仲間同士なのに、秘密があるって何か悲しいですよねぇ?」


 いつもはあっけらかんとしているスパイラスの笑顔が、淋しげに見える。


 エルフィーレは、スパイラスの弱い部分を少しだけ垣間見た気がした。


「じゃ、じゃあ…アンタはザンって人が何で消えたのか、ヴィエは何で事務所を辞めてまでザンを捜そうとしてるのか…本当の所は、分からないっつーのね?」


 真剣な顔で頷く、スパイラス。


「…本当に本当?もし嘘ついてたら、この場で…撃つよ?」


 エルフィーレの物凄い形相に、スパイラスは笑うしかなかった。


「こ、怖いなぁ…本当ですってばぁ!何で信用ないかなぁ、僕ぅ…」


「んな事、テメェの胸に手を当てて訊いてみなさいよ」


「えーん、酷い…」


 クスンと鼻をすするスパイラスを横目に見ながら、エルフィーレは何かを考えていた。




        ☯




 翌日。


 朝食の時間に、ヴィエスタは言った。


「俺、今日出るわ」


 皆が、ヴィエスタを見る。


 アンギーリカは、ガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がった。


「どうして、そうやっていつもいきなりなのよっ!まだ、昨日の今日じゃないっ!」


「アンも、連れて行くから…」


 突然、ミュレシーアが呟くように言った。


「え?何?」


 スパイラスが、訊き返す。


「ミュレ、ヴィエと行くから…アンも、連れて行くから…」


 目を丸くする、アンギーリカ。


「ミュレ、アンを守ることに決めたの…だけど、ミュレはどうしてもヴィエについて行きたい…でも、ミュレはアンのことも守らなきゃいけない…それで、ミュレ決めたの…ミュレは、アンを連れてヴィエについて行くって…」


「ちょ、ちょっと、待ってよ…」


 苦笑いしながら、エルフィーレが訊く。


「ミュレ、アンタ本気で言ってんの?事務所はどうなんのよ、事務所は!アンタ達まで出て行っちゃったら、私とラッスとティノとレイルだけでどうやって…」


「来ればいいよ…」


「え、え?何、何?」


 訊き返す、スパイラス。


「エルおねえちゃんも、来ればいいよ…ラッスおにいちゃんも、ティノおにいちゃんも…来たかったら、みんな来ればいいんだよ…」


「えーっ、えーっ?なーに、なーにぃーっ?」


「うるさいわねっ、さっきからっ!」


 騒ぐスパイラスに、エルフィーレは怒鳴り声を上げた。


「あのねぇ、ミュレ…アンタは確かに、私より先輩よ。でも、そう言う所がまだ子供ね…ついて行きたいからついて行くって、そんな簡単な問題じゃないでしょ?ヴィエだって、色々考えて決めた事なんだから、私達がぞろぞろとついて行くような…」


「僕は、賛成です」


 そう言ったのは、ずっと黙っていたモスティノだった。


「はぁ?」


 エルフィーレは、声を裏返らせる。


「ティノ…アンタまで、頭おかしくなったの?」


「僕は、昨日一晩ずっと考えていました。考えて、考えて、考え抜いて…そして、決めたんです。ヴィエさんに、ついて行こうって。皆さんが来なくても、僕は1人でついて行くつもりでした」


 もう、エルフィーレは話について行けない。


「で、でも、ミュレ…わ、私は、その…」


「いやなの?ついて来たくないの?」


 迷うアンギーリカに、ミュレシーアは真剣な眼差しを向ける。


「そ、そんな事ない。本当は、ヴィエと離れたくなかった、から…」


「だったら、ついて行けばいい…みんなが何て言っても、ミュレは行く…ミュレが行くってことは、アンも一緒ってことだよ…」


 そう言って、ミュレシーアは微笑んだ。


「う、うん…有り難う、ミュレ」


 アンギーリカも、微笑んだ。


 スパイラスは、口を尖らせる。


「えーっ?僕、どうしたらいいのぉーっ!」


「その前にさぁ…」


 イライラした様子で、ようやくヴィエスタが口を開いた。


「テメェらだけで、勝手に話進めてんじゃねぇよっ!」


 皆が黙り込む。


「俺の行動に、テメェらが口出しする権利なんかねぇんだよっ!」


「けんり?」


 ミュレシーアが、静かに訊き返す。


「権利なんかなくたって、ミュレはヴィエについて行くよ…もう、決めたの…ミュレの行動に、ヴィエが口出しする権利なんかないんだよ…」


「あ、あのなぁ…」


 真剣なミュレシーアを見て、ヴィエスタは反論出来なかった。


「言うねぇ、ミュレちゃん…!」


 スパイラスが、感心したように頷く。


「じゃあ、どうするんですか?ミュレとアンは勿論、僕ももうついて行く覚悟は出来てるんです。レイルは僕が連れて行くつもりなんで、後はエルさんとラッスさんだけですよ」


 モスティノに訊かれ、エルフィーレとスパイラスは顔を見合わせた。


「わ、私は…だぁーっ、もうっ!分かった!行くわよっ!お山の大将じゃあるまいし、誰もいない事務所に1人で威張ってたってしょうがないじゃないっ!」


「んなら、僕もぉ…」


「そう言う訳で…いいですよね、ヴィエさん?」


 2人の意見を聞いて、モスティノがヴィエスタを見る。


 ヴィエスタは、溜息をついた。


「勝手にしろ、バカ野郎共…」


 皆は顔を見合わせ、笑った。






 昼食の時間。


「これが、此処での最後の食事だ」


 そう言って、ヴィエスタは料理をテーブルに並べた。


 午前中の内に荷物を詰め終えた皆も、神妙な面持ちで席に座っている。


「んじゃ、食べるか」


「あの…ちょっと、訊きたいんだけど」


 エルフィーレが言った。


「結局の所…今回の依頼は、どうする訳?今週中に何とかして欲しいって言ってたんでしょ、あの依頼人」


 皆が、顔を見合わせる。


 ヴィエスタは、さっさと食べ始めながら言った。


「お前、ミュレ、ラッスの3人で殺るって決めたんだろ?責任持って、殺れよ」


「ヴィエ…いいの?」


 ミュレシーアが訊くと、ヴィエスタは肩を竦めて頷いた。


「仕方ないだろうが、引き受けちまったんだからよ。但し…悪いが、今回俺は手を貸さない…それでいいだろ、エル」


「え、ええ、勿論…構わないわ」


 エルフィーレも、大人しく従った。






 午後3時。


 事務所の最終整理をしていたヴィエスタの元に、アンギーリカが紅茶を運んで来た。


「どうぞ」


「おう、サンキュ」


「此処で仕事するのも、最後だね…」


 アンギーリカが事務所を見回すと、ヴィエスタは紅茶を1口飲んで言った。


「まあな…全部、データ抜いたか?ティノにも言ったけど、それぞれ手持ちのコンピュータに移し変えとけよ。此処にある機械には、一切残すな。入り切らないのがあったら、レイルに直接入れろ。確か、メンテん時にデータ整理したから相当空いてる筈だ」


「デ、データ、取っとくの?」


「ああ…事務所がなくたって、データさえあれば仕事は出来る」


 それを聞いて、アンギーリカは目を丸くした。


「え…ヴィ、ヴィエ、仕事は続ける気なのっ?」


 ヴィエスタは、書類を整理していた手を止めて言う。


「当たり前だろ?」


「あ、当たり前、って…」


「各地を点々とする、言わば旅ってヤツに出なきゃなんねぇんだ。となるとやっぱ、先立つモノがいるだろ?どっかでまた依頼受けなきゃ、生活費が持たねぇよ。まあ俺1人なら何とかなっただろうが、お前ら皆でついて来るって言うんだから、尚更だ」


 呆然としていたアンギーリカは、溜息をついた。


「まさか、そんな事考えてたなんて…何か、先行き不安…」


「バーカ、今からそんなんでどうする」


 ヴィエスタは、アンギーリカの額を人差し指でツンと押した。


「そりゃあ俺だって、最初は相当迷った。アイツを追った所で本当に俺の中の疑問は解けるのか、ってな。けどその事に関しては、アイツがいなくなってから今まで5年も悩んで来たんだ。だから、もう悩むのはやめていい加減行動に移す事にした。そしたら、ちっとは楽になった…のかな」


「そう…でもヴィエがそう決めたんなら、私も協力する。何とか、見つかるといいね」


「ああ、そうだな」


 ヴィエスタがそう返事をした時、バタバタと階段を駆け下りて来る足音がした。


「ヴィエさん!エルさん達、帰って来ましたよ!」


 モスティノが言い終わるか終わらないかの内に事務所のドアが開き、エルフィーレ、スパイラス、ミュレシーアの3人が入って来た。


「ただいま…」


 ミュレシーアは、すぐに自分の部屋へ入って行った。


「たっだいま…おやぁ、皆さんお揃いで!」


 スパイラスが、ニコニコしながら自分の席に座る。


 エルフィーレも椅子に座ると、大きく伸びをした。


「あぁーっ、疲れたぁーっ!アン、何か飲むモンなぁーい?」


「ったく、人使い荒いんだから…児童虐待っ!」


 アンギーリカはそう叫び、事務所の奥にあるキッチンへ入って行った。


 首を傾げながら、エルフィーレはスパイラスに訊く。


「って言うかさぁ、13歳って児童?」


「さあ…そう言う事、僕に訊かない方がいいですよ?」


 スパイラスは、ニコニコしている。


「あっそ…」


 エルフィーレは腕を組み、ヴィエスタを見た。


「で、いつ出発?」


「うまく殺ったのか?」


「そんな事報告するの、私の仕事じゃないでしょ?レイルが帰って来たら、訊けばいいじゃない」


 其処へ、アンギーリカが3人分のアイスティーを淹れて持って来た。


「どうぞ」


「どーも」


「あ、アンちゃんってば僕の分まで淹れてくれたのぉ?やっさしいなぁーっ!」


 スパイラスは、ニコニコしながらアイスティーを飲む。


 肩を竦めたアンギーリカは、ミュレシーアの部屋へ入って行った。


 エルフィーレは一気に飲み干すと、自分のデスクの中身を確認した。


「よし、何も残ってないわ」


「コンピュータの中身、出したか?」


「は?何で?もういらないんだから、此処出る前にぶっ壊せばいいじゃない」


 ヴィエスタは、溜息をついた。


「ヴワァーッカ、仕事は旅しながらも続けんだよ。お前、仕事なしにどうやって食ってく気だ?」


『えぇーっっっ?』


 エルフィーレとスパイラスは、同時に叫んだ。


「僕、仕事辞めるって言うから、てっきりこの仕事から足を洗うもんだとばかり…」


「アホか!俺達みたいなのは、所詮この仕事でしか食ってけねぇんだよ…一生な…」


 そのヴィエスタの言葉が、少しだけ皆の胸に突き刺さった。


「と、とにかく…データをとっとと移し変えて、出発の準備を急ぎましょう。何だかんだ言ってる内に、もう夕方になっちゃいますから」


 モスティノがそう言った時、ようやくレイルが帰って来た。


【只今戻りました】


「おっ帰りぃーっ、レイリィちゃーん!」


「お帰りなさい、レイル」


 スパイラスとモスティノが出迎える。


 ペコッと頭を下げたレイルは、自分のデスクに黙って腰掛けた。


「レイル…どうだったの?」


 エルフィーレが、不安そうな表情で訊く。


 レイルは、静かに呟いた。


【依頼人の女性は、やはり酷く憤慨したご様子でした…】


「カァーッ、やっぱねぇ…」


 スパイラスがベチッと額を叩き、ガックリと肩を落とす。


 エルフィーレも、呆れた様子で言った。


「ま、そんな事だろうと思ったわ…でも、ちゃんとサインもらったんでしょうね?」


【頂こうと、努力は致しました…が、突然泣き喚き出されまして…】


「ちょ、ちょっと…どう言う事?」


 レイルは、黙り込む。


「アンタ、まさかもらい損ねたんじゃ…」


【いえ…】


 少し間をおいて、レイルは言った。


【何とか宥めまして、落ち着かれた所で無事サインを頂きました…】


 皆が、顔を見合わせる。


「な、なーんだ…もう、びっくりさせないでよ…まあ、取り敢えずお疲れ様!」


 ホッとしたエルフィーレは、早速データを移す作業に取り掛かった。


 時々ではあるが殺人依頼を請け負った場合、依頼を実行しましたと言う証明書を見た途端、自分が間接的に殺人を犯してしまった事を後悔する依頼人がいる。


 何で殺したんだ、あんなの本気じゃなかったのに、この人殺し!…と、刃物を持って逆ギレする人間も、意外と多い。


 そんな危険を避ける為、申し訳なくはあるが依頼実行証明にサインをもらいに行くのは、人間ではないレイルの仕事としている。


 今回の依頼人も、やはり両親を殺してしまった事を今更ながら後悔したらしい。


「自業自得だ…その程度の女だった事は、一目見て分かっていた」


「そうだね…私も、ヴィエと同じ意見」


 煙草を吸い始めるヴィエスタに続いて、丁度ミュレシーアの部屋から出て来たアンギーリカも、頷きながら同意した。


「依頼人見てませんけど…皆さん、その方にあまりいい印象をお持ちじゃないようですね」


 と、モスティノが苦笑いする。


「まあ、少なくともヴィエは…ね」


 小声でそう呟いたアンギーリカは、ヴィエスタを見た。


 彼は、黙って煙草をふかしている。


「でも…何か、可哀想だった…」


 そのアンギーリカの言葉を聞いて、エルフィーレはキーボードを叩く手を止めた。


「は?誰が?依頼人?だとしたら、同情する必要ないわよ。ヴィエの意見じゃないけどさ、大体人殺しを依頼して来る時点で、同情すべき点なんかなくなっちゃうんだから」


「そうじゃなくてね…エルは知らなかったと思うけど、あの人お腹に赤ちゃんいたみたいだったから、その赤ちゃんが可哀想だなーって思って…ほら、今回の事でストレスとか溜まると、やっぱ良くないじゃない?」


「は…?」


 固まる、エルフィーレ。


 スパイラスも、目を丸くする。


「えっ、嘘っ!彼女、妊娠してたのぉーっ?」


「だから言ってたじゃない、煙草嫌だって…」


 そう言って、アンギーリカはヴィエスタを見た。


 ヴィエスタは、黙ったまま煙草を吸っている。


「ああ、あれってそう言う事だったのぉ?」


 スパイラスだけが、ひたすら驚き続けている。


「ま、まあ、とにかくっ!」


 エルフィーレは、ポンと手を叩いた。


「依頼実行証明にサインしてもらったんだから、この依頼はもう片付いたの!これで、おしまい!出発が遅れるから、アンタ達も早く準備しなさいよ!」


 皆は一斉に返事をし、支度を始めた。






「よし…行くか…」


 立ち上がるヴィエスタ。


「ほんとうに、消さなくていいの?」


 ミュレシーアが、再度尋ねる。


 予め、ミュレシーアは自作の爆弾をビルの各所に設置しておいた。


 膨大な仕事の資料を全て残さず持って行くには、流石に限界がある。


 あまり必要のないものは置いて行く事となったが、留守中に空き巣に入られる心配がある。


 其処で証拠を全て吹き飛ばし、ビルごと爆破する予定になっていたのだ。


 その準備をミュレシーアは行っていたのだが、直前でヴィエスタがそれを止めた。


「此処は…この事務所は、俺とザンの家なんだ。もしザンが帰って来た時、此処がなくなっちまってたら可哀想だろ?それに…俺と、お前らだって…」


 そう呟いたヴィエスタを見て、皆は同時に微笑んだ。


 エルフィーレが、思わずからかう。


「へぇーっ…そう言う事までちゃーんと考えてくれてるんだ、お父さん?」


「う、うるせぇよ…行くぞ!」


 皆はぞろぞろと事務所を出て、歩き始めた。


「この先の駐車場に、乗り物が用意してあります。急ぎましょう」


 モスティノに先導され、皆は駐車場へ向かった。


 キルティブと呼ばれるバイク、ビズと呼ばれるスクーターが何台か止めてある。


「ガイーブキルティブ2台、ローミスキルティブ2台、ビズ2台、計6台で移動します。ルージアでもいいと思ったんですが、7人乗りルージアとなるとやはり目立ちますから…」


「待った、待った…」


 モスティノの説明を、エルフィーレが止める。


「ビズって言った?何で、ビズよっ!」


「やはり、多少は小回りの利くものも用意しておかないと、と思いまして…」


 ちなみにルージアとは自動車のような乗り物の事であり、ガイーブは大きい、ローミスは小さいと言う意味だ。


「で、早いモン勝ちか?」


 ヴィエスタが訊くと、モスティノは腕を組んだ。


「と言うか、何方かにはミュレを後ろに乗せてもらわないといけませんので…」


「私、ビズなら乗れるから、こっちの小さいローミスビズに乗る」


 そう言ったのは、アンギーリカだ。


 頷いたモスティノは、小さい方のビズを指差した。


「じゃあアン、君はこのロービズに。レイルは基本的に何でも出来るよう作ってはありますが、体型上ビズの方が扱いやすいでしょうね。レイル、君はこのガイビズに」


【はい、モスティノ】


「僕達4人は、適当に割り振りましょう」


 エルフィーレは、残った4台を見つめながら言う。


「そうねぇ…私は、ガイキルよりローキルの方が扱いやすいかも」


「僕は、断然ガイキルに…ああ、でもローキルの方が楽かなぁーっ…うーん…よし!やっぱ、ローキルにしまーっす!」


 と、スパイラス。


「では自動的にヴィエさんと僕がガイキル、と言う事になりますけど…どうです?」


 モスティノが訊くと、ヴィエスタは無精髭を擦りながら答えた。


「チーム分け、するか」


 ヴィエスタの意見に、皆が目を丸くする。


「丁度、ブルーとグレーの機体が3体ずつある。何かあった時は色別に2手に分かれられるよう、チーム分けしておこうって事」


「じゃあ、どうする訳?」


 エルフィーレが、訊く。


 少し考えてから、ヴィエスタは言った。


「ビズはブルーにアン、グレーにレイルがもう座っちゃってるから、そのままで行こう。ローキルはエルとラッス、ガイキルが俺とティノだ。で…ミュレ、お前はどうする?」


「ミュレは…ヴィエと行く…」


 ミュレシーアの返事を聞いて、ヴィエスタは静かに頷いた。


「分かった…じゃあガイキルの俺とミュレ、ローキルのラッス、ロービズのアンがブルー。ガイキルのティノ、ローキルのエル、ガイビズのレイルがグレーって事でいいか?」


「そうですね…いい振り分けです」


 モスティノは、眼鏡を上げて言う。


「ブルーの方はアンに武器がないのと幼いミュレがいる分、ヴィエさんとラッスさんがいて下されば安心。こちらのグレーは人数が少ない分、レイルの存在は心強いですし、彼のメンテも僕が出来ます」


 ヴィエスタは頷き、頭をクシャクシャとかいた。


「じゃ、そう言う事で…異論は?」


『なし!』


「移動中は、無線で会話する。レプチャーをLF―46に合わせた奴から、出発だ!」


 無線を合わせた後、ヘルメットを被ってそれぞれの機体に乗り込んだ七人はエンジン音を響かせながらエイン・タックスを後にした。






《って言うか、早くも遅れてる…》


 1番小さいローミスビズに乗っているアンギーリカの口から、文句が出始めた。


《仕方ないよぉ、アンちゃーん。僕だってぇ、皆に合わせてゆーっくり走ってるんだよぉ?》


《ああ、そうですか。そりゃあ、お気遣いどうも。その割には、ラッスの姿はとっくの昔に見えなくなってるけど…ま、別に見たくもないけど》


《ア、アンちゃーんっ!酷いっ!》


 アンギーリカに冷たくあしらわれ、落ち込むスパイラス。


《おい、次の街が見えて来たぞ。一旦、休憩だ》


 ヴィエスタの指示で、皆は前方に見えて来た街へ入って行った。


「此処が、第2都市ウア・タックスか…俺達が住んでいたエインから、大体…まあ3時間半、ってとこだな」


 腕時計を見ながら、ヴィエスタが呟く。


 エルフィーレは、辺りを見回しながら溜息をついた。


「はっきり言って、ウアには何もないわね…エインの方が、断然大都市じゃない?」


「確かに、そうですね。キルティブで3時間半も走れば着いてしまうこのウアに、我々があまり来る機会がなかったのは、エインに住んでいれば全てが事足りていたからですよ」


 と、モスティノも同意する。


「まあ、休憩程度に立ち寄っただけなんだからさぁ…取り敢えず、2時間くらいは自由行動にしようよぉ!ねえいいでしょ、ヴィエすわぁーん!」


 縋って来るスパイラスを振り払いながら、ヴィエスタは煙草を銜えて火を点けた。


「好きにしろ」


「うわぁーいっ!」


「但し…きっかり、2時間だ」


 皆は、同時に時計を合わせた。


「2時間後、何処に集合?」


 エルフィーレが訊く。


 ヴィエスタは、地面を指差した。


「此処だ」


「2時間後、街の入口に集合ね…」


 ヘルメットを被ったエルフィーレは再びキルティブに跨り、エンジン音を響かせながら街のメインストリートを颯爽と走り抜けて行った。


「いやぁ!カーッコいいなぁ、エルさぁーん…さーて、僕もぶらっとして来よーっと!アンちゃん、一緒にどう?」


「…お断り」


「ガーンっ!」


 アンギーリカに即答され、ガクンと項垂れるスパイラス。


「じゃあ僕、やっぱりエル姉さんと共に行きます…エッルすわぁーんっ!」


 スパイラスは、そう叫びながらゆるゆると走り出した。


「僕は、其処の食堂でメールのチェックをします。何か、依頼が来ているかもしれないし」


【レイルもお手伝い致します、モスティノ】


「ああ、頼むよ」


 モスティノとレイルは、目の前にあった食堂へ入って行った。


「私は、薬屋へ行くわ。買い足したい医療品、あるから」


 体術を得意とするアンギーリカは、普段の練習において怪我をする機会が多い。


 しかし一々病院に通う訳には行かないので、自分1人でも出来る手当て等を独学で学ぶ内、いつの間にか事務所内の救護係を任されるようになってしまったのである。


「ミュレ、アンについて行ってもいい?ミュレも、欲しいおくすりあるし…」


「えっ…?」


 今回の件以来、少しだけミュレシーアが自分に歩み寄ってくれたような気がする。


 普段から、個人行動の多いミュレシーアがこんな事を言うなんて、と一瞬驚いたアンギーリカではあったが、すぐに微笑み頷いた。


「いいよ…一緒に行こ?」


「うん…じゃあね、ヴィエ…」


 ミュレシーアはバイバイと小さく手を振り、アンギーリカの後ろに乗って行ってしまった。


 そして誰もいなくなり、ヴィエスタはその場に1人ポツンと残された。


「つーか…何なんだ、この虚しさ…へぇ、そっか…気付かなかったけど、うちの事務所って奇数人数だったんだ…」






《エールさんっ!》


《何よ、ストーカー…》


《酷いよぉ、エルさぁーんっ!ストーカーはないでしょーっ?ストーカーはぁーっ!》


 エルフィーレの後を、スパイラスが走って来る。


《そんな事よりエルさん、何処行く気ですぅ?》


《そんなの、アンタには関係ないでしょ…》


《くーっ、冷たいなぁ…まあ、其処がいいんだけどさぁ…》


 スパイラスは、エルフィーレに並んだ。


《何か、情報でも集める気ですかぁ?》


《違うわよ!ロイバー、買いに行くの!》


《え、弾切れ?》


 ヘルメットの奥で、スパイラスは目を丸くした。


 ロイバーとは、銃に込める弾の事である。


《だったら、ジョーさん呼べばいいじゃないですかぁ?》


《あのねぇ…あの物臭ジョーが、こんなトコまで来てくれる訳ないでしょっ!》


 少し考えたスパイラスは、クスッと笑って言った。


《じゃあ、フィーちゃんに頼めばいい。きっと、ジョーさんを引きずって来てくれますよん!》


 それを聞いて、エルフィーレは妙に納得してしまった…が、しかし。


《って、言うか…ウアにいいロイバー売りがいるって聞いたから、探しに行くの!》


《えっ、ホントですかっ?だったら、僕も同じ銃使いとしてお供させて頂きますよぉ!》


 喜ぶスパイラスを見て、エルフィーレはガックリと肩を落とした。


 暫くメインストリートを走った後、脇道に入る。


 人気のない路地裏の途中で、エルフィーレは止まった。


 キルティブから降り、ヘルメットを外す。


 スパイラスも慌てて止まると、そそくさと近寄って来た。


「何、何…此処ですか?」


「多分ね…」


 スパイラスは、辺りを見回した。


「シャッターの閉まってる潰れたような小さな店か、細々とやってる飲み屋みたいなのが軒を連ねてるだけに見えますけどねぇ…此処だって、何の看板も出てない。ただ、建物にドアが付いてるってだけですよ?」


「其処がいかにも、隠れた名店って感じするじゃない。嫌なら、来なくたっていいのよ」


「い、行きます、行きます…」


 エルフィーレは、ゆっくりとドアを開けた。


 正面にカウンターがあり、壁際には銃を飾った硝子ケースが所狭しと並んでいる。


「いらっしゃい…」


 カウンターの向こうに、老人が座っている。


「ロイバー、いいのあるって聞いたんだけど」


 エルフィーレが訊くと、老人はパイプに火を点けてふかし始めた。


「何じゃ…アンタら、カップルで銃使いか?」


「カッ…カップルって何よっ!カップルってっ!」


「ああ…僕は、そう言う解釈でも構いませんが!」


 スパイラスだけが、ニコニコと微笑んでいる。


 溜息をついたエルフィーレは、老人に言った。


「ロイバー、10ケース頂戴」


「10万モール」


「はぁーっっっ?」


 声を裏返らせながら、エルフィーレはカウンターに乗り出した。


「じゅっ、10万ですってっ?ふざけてんのっ?ジョーなら…いや、ふっ、普通の店なら10ケース4、5万で売ってくれるわよっ…たっ、多分っ…それを倍の10万でって、アンタねえっ!」


「うちのは、特殊な弾じゃ。使ってみりゃあ分かるじゃろうが、値段分の価値は十分にある」


「あーら、そぉ…随分な、自信です事ぉーっ!」


 睨み合う、老人とエルフィーレ。


「あ…じゃ、じゃあ、こうしません?」


 見兼ねたスパイラスが、案を出す。


「僕と、5ケースずつ分けましょうよ。僕も、半額出しますから…ね?」


「うぅーっ…」


 口を尖らせながら考えていたエルフィーレは、やがてポケットから札を取り出し、カウンターに思い切り叩きつけた。


「だぁーっ、もうっ!ほらっ、5万モールよっ!持ってけ、泥棒っ!」


「そりゃあこっちの台詞じゃよ、全く…こんな滅多に出回らんいいシロモノ、1ケースたったの1万モールで売っとるんじゃからのぉ…」


 老人も文句をつけながら、ドンッと10ケースのロイバーをカウンターに置いた。


 クスクス笑いながら、スパイラスも金を払う。


「はい、僕も5万モール!」


「毎度あり…シシィ・リヴァール」


「え…?」


 少し驚いたスパイラスは老人を振り返り、微笑んで言った。


「ウディラス・エミューロ…」


 軽く手を上げながら店を出るスパイラスの後を、エルフィーレが慌てて追う。


「ちょっと!何よ、最後のキザなやり取りは…ルオ語なんて、今時流行んないわよっ!」


 この国では、主にルオ語とユーン語が使われている。


 しかし、ルオ語は古語なので使える人間はもうほとんどおらず、現在ではユーン語が一般化してしまった。


 私立や専門等、レベルの高い有名学校に入れば授業の一環として申し訳程度にルオ語を習う事も可能ではある。


「だぁーって…向こうが、先に使って来たんですよぉ?」


 ニッと微笑む、スパイラス。


 エルフィーレは咳払いをすると、ボソボソとスパイラスの耳元で囁いた。


「で…何て言ったの?」


「へっ?」


 驚く、スパイラス。


「あ、れ…エ、エルさん、もしかして…ルオ語、知らないの?」


 途端に、エルフィーレの顔が真っ赤になる。


「どっ、どーせアタシは、育ちが悪いわよっ!ルオ語なんか、いい学校行ってるお坊ちゃんお嬢ちゃんしか習う機会ないじゃないっ!何、厭味っ?喧嘩、売ってんのっ?」


「ち、違いますってば!まあ、落ち着いて…」


 スパイラスは、エルフィーレを宥めながら言った。


「別に、大した事は言ってませんよ。ただ向こうが良い旅をって言ったから、僕は有り難うさようならって返しただけです」


 エルフィーレは、眉間に皺を寄せた。


「そ…それだけ?」


「ええ、それだけです」


 ガクッと肩を落とす、エルフィーレ。


 キルティブの荷台に5ケース分の箱を積んだスパイラスは、残りをエルフィーレに渡した。


「はい、エルさんの分」


「アンタ、あのジジイの言った事…信じんの?」


 スパイラスは、頬をポリポリとかく。


「ああ…これが特殊な弾だ、って話?」


「普通の弾、高額で売り捌いてるインチキジジイなんじゃないのっ?」


 エルフィーレは、閉じられたドアをキッと睨みつけている。


 スパイラスは、箱の蓋を開けてみた。


「ふーん、なるほどぉ…確かに、見た目は普通の弾です」


「やっぱりっ!くっそぉーっ、あのジジイっ!今すぐ、叩き返してやるっ!」


「ちょっと、待った!」


 いきり立つエルフィーレを止め、スパイラスは弾を1つ手に取った。


「こ、これ…っ!」


「な…何よ」


 スパイラスは、ジッと弾を見つめている。


「ちょっと、ラッス!一体、何だって…」


「イ…イヴール・ロイバー…っ?」


 目を見開く、エルフィーレ。


「そっ、それって…ジョーが、前に言ってた?」


「恐らく…」


 頷くスパイラスを見ながら、エルフィーレは前に聞いた話を思い出していた。






 薬屋で医薬品を買った後、アンギーリカは街の中央にあるだだっ広い広場の前で止まった。


《アン?》


 ミュレシーアが、問いかける。


 アンギーリカはビズから降り、ヘルメットを外した。


「一応、何かあった時の為の一般的な医薬品は揃ったけど…ミュレの欲しいものは、普通の薬局にはやっぱり売ってなかったでしょ?だから…これから旅に出るとなると、調達先に不自由する事になるよね…」


「そう…だね」


 頷きながら、ミュレシーアもヘルメットを外す。


 アンギーリカは、腕に嵌めた通信機の画面を開いた。


「フィー、来てくれるかな…」


 不安そうな顔をするアンギーリカの頬に、ミュレシーアは優しく触れた。


「来てくれるよ、きっと…」


 迷っていたアンギーリカはやがて頷き、通信機の番号を押した。


 呼び出し音が鳴り、画面に女性の顔が映る。


《はい、スーヴァニア医院のカルナで…あーっ、アンちゅわーん!》


「フィ、フィー、あの…さ」


《…何処よ…行ったげるから、場所言いな》


 その言葉を聞いた途端、アンギーリカの表情は笑顔に変わった。


「あ、あのね、ウア・タックスに来てるの…」


《ウアぁ?》


「フィーは、何処にいる?」


 画面の女性は、溜息をつく。


《何処って…今日は何処も出掛けてないから、医院にいるけどぉ?》


「じゃあ、ルファ・タックスだね…ルファから此処まで、どれくらいで来れそう?」


《急ぎなんでしょ?だったらしょうがない、エイレーン出すか。そうだな…15分で行く》


 エイレーンとは、セスナのような小型飛行機の事だ。


 腕時計を見たミュレシーアが、心配そうな顔をする。


 アンギーリカは、言った。


「あの…だ、大丈夫?」


《大丈夫も何も、今日はどっちにしたってエイレーンしか乗るモンないんだもーん。キルティブもビズもルージアも、みーんな出払っちゃってんのぉ!》


「って事は…皆、いないの?」


 画面の女性は、クスクスと笑った。


《うちらを忙しくさせてる張本人が、何言ってんのぉ?一体、何があったのよ…アンタ達のビル、もぬけの殻じゃないのさ…》


 ハッとしたアンギーリカとミュレシーアが、顔を見合わせる。


「そ、それって、つまり…」


《皆、エイン・タックス行ったのぉ!アンタ達の行方を、捜す為にぃ!ぶっちゃけ、怒ってんのぉ!分かってる?あ、そうだ…私も、今日は怒ってるんだったよ…忘れてた》


「ご、ごめん…」


 アンギーリカが謝ると、画面の女性は肩を竦めた。


《アンタ達、いつかはこう言う事すると思ってたけど…それが、今日だった訳だ…》


「そ、それは、その…」


《ま、いいや。詳しい話は後で聞くとして、とにかく今すぐ出るから待っててね!それからぁ…可愛いアンちゃんには何かお仕置きも考えとくから、それも待っててね!》


「え、えーと…私達、街の中央の広場にいるから…」


 アンギーリカは慌てて通信を切り、ミュレシーアを見た。


「ヴィ、ヴィエの奴、フィー達に事務所出る事伝えてなかったんだね…」


「たぶん、だけど…フィーちゃんたちに連絡しなかったのは、もし旅の途中でミュレたちに何かあった時に、フィーちゃんたちを巻き込みたくないって言う、ヴィエなりの優しさだったんだと思う…でも…結局はフィーちゃんたちに頼るしかないんだもんね、ミュレたち…」


 ミュレシーアの言葉を聞いて、アンギーリカは黙って頷くしかなかった。






 先程から煙草を吸い続けているヴィエスタに、とうとうレイルが言った。


【失礼ですが、ヴィエスタ…】


「あ?」


【この食堂は、全席禁煙です】


「なっ…ゴホッ、ゴホッ!」


 ヴィエスタが、思わず咳き込む。


 壁には、『ルア・エレブ・トゥイ・ルディーナ』と書かれたプレートが所々かけられていた。


「チッ…このご時世に、ルオ語で書いてんじゃねぇよっ!クソッタレがっ!」


 床に煙草を叩きつけたヴィエスタは、それを思い切り踏み潰した。


 それを黙って拾い、ヴィエスタの為にいつも持ち歩いている携帯灰皿に入れるレイル。


 モスティノは、コンピュータのキーボードを叩きながら言う。


「ああ…ヴィエさんも、ルオ語は苦手ですか?」


「じっくり読みながら、一語ずつ訳して行きゃあ分かるけど、ああやって普段使わねぇ字で書かれてたって、パッと頭に入って来ねぇだろうが…」


「なるほど、確かに…」


 頷きながらメールボックスを開いたモスティノは、あっ!と声を上げた。


「早速メールですよ、ヴィエさん」


「何だ、依頼か?」


「えーと…あ…」


 それっきり、モスティノは喋ろうとしない。


【どうしましたか、モスティノ】


「何とか言え」


 レイルとヴィエスタに訊かれ、モスティノは苦笑いしながらメールを読んだ。


「『おい!お前達、何処で何やってやがる!何故、俺達に何も言わない!今更、他人面か?それも結構だが、どうせならもっと早くにお前達と縁を切りたかったよ!お前達の危険事からはもう既に逃れられない所まで、俺達は首を突っ込まされているんだぞ?普段持った事もない思いやりを見せたつもりだろうが、俺達にそんなものは通用しない!分かったら、さっさと連絡寄越せ!通信機の番号まで、ご丁寧に変えやがって!覚えてろよ!クソッタレ!』だそうです」


「…ギリーか…」


 溜息をついたヴィエスタに、モスティノが訊く。


「ヴィエさん…僕達が出る事、スーヴァニア医院の皆さんには知らせなかったんですね?」


 ヴィエスタが黙って頷くと、レイルは静かに言った。


【ヴィエスタ…どんな危険が待っていたとしても、彼らにだけは知らせるべきでした。知らせる事の方が思いやりだと、レイルは思います】


「分かったよ…ったく」


 通信機の画面を開いたヴィエスタは、番号を押した。


 呼び出し音が鳴ったと同時に、眉を吊り上げた男性が画面に映る。


《何も言うなっ!俺は今、虫の居所が悪いっ!》


「だろうな…」


 力なく笑う、ヴィエスタ。


 画面の男性は、深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせて言った。


《と、とにかく…まず、お前達の通信番号を教えろ》


 言われるがまま、ヴィエスタは全員分の通信番号を教えた。


《それから…今、ウア・タックスにいるんだってな》


「な、何で、それを…」


 呟くヴィエスタの背後で、直接画面に映っていた筈の男の声がした。


「医院に、連絡があったからだ!」


「ギ、ギリーっ?」


 あまりの驚きに、ヴィエスタは椅子から転げ落ちそうになった。


 モスティノも、目を丸くする。


「ギリーさんっ、どうして此処にっ?と言うか…今、医院に連絡があったって言いました?」


 頷いたギリーと言う男は、空いている椅子に腰掛けた。


「さっき、医院にアンから連絡が入ったそうだ。留守番をしていたフィーが、お前達が此処にいる事をアンから聞いて、俺達に連絡して来たんだよ。律儀に朝からエイン・タックスでお前達を捜していた俺達も一旦合流し、こうして此処へ来たと言う訳だ」


「じゃあ、他の皆さんもこちらへ?」


「ああ。フィーも、アンに呼び出されて此処へ来る事になったらしい」


 モスティノにそう答えた男は、目の前にあったコップの中の水を一気に飲み干した。


「あ、それ、俺が…」


 俺が飲んでた水…と言おうとしたヴィエスタだったが、物凄い形相で睨まれたので、とてもじゃないが言えなかった。


「あーっ、いたーっ!」


 食堂の入口でそう叫んだ別の男が、慌てた様子でこちらのテーブルに駆け寄って来る。


 そしてヴィエスタの顔を見た途端、ガックリと肩を落とした。


「あのさぁ、ヴィエちゃん…連絡くらい、してよぉ…」


「悪かったな、ジョー…」


 ヴィエスタは、ジョーと言う名の男に素直に謝った。


【あ…リューさん…皆、此処にいるみたい…です】


「本当だ!皆、こんなトコにいたの?」


 またもや、若い少年が少女を連れて食堂の中へ入って来る。


「リ、リューにターゼか。次から次へと…一遍に来い、一遍に!」


 そう言って、ヴィエスタは苦笑いした。


 先程から度々名前が出ている『スーヴァニア医院』は、第4都市ルファ・タックスにビルを構えている、小さな医院だ。


 現在、メンバーは4名。


 男3名、女1名…と、アンドロイド1体。


 医師のギィーリオ=ナリオ(40歳。通称ギリー)。


 武器屋のジョミーエ=ティーエ(32歳。通称ジョー)。


 薬剤師のフィルルナ=カルナ(27歳。通称フィー)。


 整備士のリュバーツ=マイツ(16歳。通称リュー)。


 YH11―YMOH―4131(アンドロイド。外見年齢10、11歳。通称ターゼ)。


 ターゼの製作者も、レイルと同じモスティノとミュレシーアで、2人がスーヴァニア医院へ日頃世話になっている礼も兼ねて、特別にプレゼントしたものだ。


 ルオ語で弟と言う意味のレイルに対し、ターゼは妹と言う意味である。


 スーヴァニア医院は金があろうがなかろうが、いい人間だろうが悪い人間だろうが、訪れた病人や怪我人は必ず面倒を見る。


 それを信念に、ギィーリオが1人で開業した。


 お金がない貧民街の人間や、裏社会に身を置いているせいで真っ当な病院では見てもらえないような人間が、毎日引っ切り無しに押しかけて来る。


 そんな訳あり患者達との繋がりの中で、自然と今のメンバーが集まった。


 何も訊かずに治療を行ってくれるばかりか、普段手に入らない武器や薬の売買、乗り物や機械類の整備までしてくれるので、貧民街や裏社会では広く重宝されている存在だ。


 勿論、リファナズ探偵事務所の面々とも長い付き合いである。


 彼らの接点は、ギィーリオがリファナズ探偵事務所に、依頼を持ちかけて来た事から始まった。


 それは危険だと評判だった組織の壊滅で、ヴィエスタ達は何とか任務を遂行したが、相当な大怪我を負ってしまった。


 ギィーリオは、彼らの治療をタダで引き受けた。


 入院中の探偵事務所の維持費やその間の分の給料も、全部ギィーリオが出してくれた。


 しかし、ヴィエスタは


『依頼でたまたま負ってしまった怪我であり、もっと注意深く行動していれば負う事はなかった。だから、これは自分達の不注意だ。事務所のお客様である貴方に、其処まで親切にして頂く義理はない』


 と、ギィーリオの厚意を断った。


 だが、ギィーリオは


『医者として、怪我人を放っておく訳には行かない。ましてや、相当危険な依頼で命に関わるかもしれないと分かっていながら、それでも頼んでしまったのはこっちの方だ。だから、貴方達が完治するまでの世話は全てこちらが行う』


 と、言い張った。


 2人ともこの通り、変に意地っ張りな面がある。


 なので中々考えを譲ろうとしなかったが、それが逆に真っ正直で誠意のある人間なのだろうと言う、信頼感を生んだ。


 それ以来、長い間2つの事務所は提携関係を結び、仕事上のパートナーとしてうまくやって来たのである。


 なのに今回、ヴィエスタ達は自分達に内緒で勝手に姿を消した。


 これまでの付き合いを思えば、ギィーリオが此処まで怒るのも無理はないのだ。


「一体、どう言う事なの?きちんと説明してよ、ヴィエさん…僕達、皆が突然いなくなって本当に心配したんだよ?」


 リュバーツが、悲しそうな顔でヴィエスタを見る。


「わ、分かった分かった…今回ばかりは、俺が悪かった」


「ほう…珍しく認めるんだな、自分の非を」


 ギィーリオにジトーッと睨まれ、ヴィエスタは素直にコクリと頷いた。


 モスティノは、クスッと笑って言った。


「では、フィーさん含め他のメンバーが集まるまで、我々は此処で待機しましょう」






 エルフィーレは、通信機の画面を開いた。


「ねえ、ジョーに連絡取りましょうよ」


「…取って、どうするんです?」


 スパイラスがあまりにも冷静に訊いて来るので、エルフィーレは思わず声を荒げた。


「だってアンタ、イヴール・ロイバーだよっ?ジョー、あんなに知りたがってたじゃないっ!」


 しかしスパイラスは、うーんと唸る。


「ですが、ジョーさんが本当に知りたがっているのは、イヴール・ロイバーの製造元です。先程のご老人が、このロイバーを作ったと言う証拠は、何処にもないんですよ?」


「で、でも…とにかく、イヴール・ロイバーがこのウアで手に入るって事くらい、教えておいてあげても損はないでしょう?」


「まあ僕達、普段からジョーさんには相当お世話になってますし…確かに、彼が最も知りたがっていた情報でもありますから、教えておいても悪くはないか…」


 考え直したスパイラスは、手に持っていた弾を箱にしまった。


「一応、連絡だけしときます?」


 頷いたエルフィーレは、番号を押した。


 暫くして、画面にジョミーエが映る。


《あれぇ、エルちゃんでないのぉ!》


「ジョー、ちょっと聞いてよっ!」


《って言うかさぁ、皆もう集まってるからエルちゃんもこっちおいでっての》


 話が掴めず、エルフィーレとスパイラスは顔を見合わせる。


「あ、あのぉ…ジョーさん?」


《おっ、ラッちゃんも一緒か!なら、お前も来い!ヴィエちゃん達、待ってっぞ》


「はぁーっ?」


 思わず声が裏返る、エルフィーレ。


「どう言う事よ!ジョー、ウアに来てんの?」


 ジョミーエは、クシャクシャと頭をかいた。


《つーかぁ、俺だけじゃなくてスーヴァニア医院のメンツは、フィー以外全員集まってんの。ま、フィーもこれからこっちに来るらしいけど。街の入口の食堂で、ヴィエちゃん達と合流したのさ》


 スパイラスは、肩を竦めた。


「よく分かりませんけど、取り敢えず集合場所に戻りましょうか?」


「そ、そうね…」


 溜息をついたエルフィーレは、ジョミーエに言った。


「とにかく、今からそっちに向かうわ」


《あ、そ。んじゃ、待ってんねぇ!》


 其処で、通信は切れた。


「それでは、参りますか」


 そう言ってキルティブに乗ろうとするスパイラスを、エルフィーレは止めた。


「吐かせましょうよ、あのジジイに」


「はぁ?」


「この、ロイバーの出所よ!あのジジイが作ってんだとしたら、そのままジョーを連れてくればいいし、違うトコから手に入れたなら何処かを訊くのよ!」


 スパイラスは、頭を抱えた。


「エルさぁーん…貴女は、いつも無茶な事言いますねぇ」


「だってこれが本当に噂通りの優れ弾なら、私達だってこれから頻繁にこれを買いに来る事になるわ。もうちょっと詳しい事を訊き出しておいても、損はないと思うけど?」


「ま、訊ければ…の話ですけどね」


 スパイラスの意味深な発言を聞いて、エルフィーレは眉間に皺を寄せた。


「ど…どう言う意味よ」


「どうもこうも…もう1度、入ってみたらどうです?」


 顎で店のドアを指す、スパイラス。


 警戒しつつ、エルフィーレはゆっくりと店のドアを開けた。


 すると其処には、たったさっきまで何丁も飾ってあった筈の銃が硝子ケースから全て消え、あの老人もいなくなっていた。


「やっぱりねぇ…姿を消した所を見ると、やはりこれは転売品ですね」


 スパイラスは、溜息をつきながらキルティブに跨った。


「そもそもイヴール・ロイバーは、9年前に製造が中止になっています。作られていた期間は、15年間。使われた分を差し引けば、現在残されている数は限られている。にも拘らず需要は後を絶たない為、相当な高額で取り引きされていると聞いた事があります…」


「そう、らしい…わね」


「恐らくあの老人も、闇ルートからこれを手に入れた筈。僕達が此処で話している事を聞いて、逃げたんでしょうね」


「くっそぉーっ、やられた…っ!」


 悔しそうに、キルティブのシートを叩くエルフィーレ。


 笑いながらヘルメットを被ったスパイラスは、エンジンをかけた。


「とにかく、皆と合流しましょ。短気なのはヴィエさんだけで十分だってのに、加えてギリーさんまでお待ちかねだって言うんですから…」


「そうね…行きましょう」


 2人は、再びキルティブを走らせた。






 きっかり15分後、1台のエイレーンが風と共に広場の中央に降り立った。


 エンジンが止まり、中からフィルルナが出て来る。


「ヤッホー!アンちゅわーん!」


「フィー!」


 慌てて駆け寄って来たアンギーリカを、フィルルナはぎゅっと抱きしめた。


「相変わらず可愛いねぇ、アンちゅわん!ああ、怒る予定だったけどアンタ見たら、そんな気ぃ失せちゃったよぉ!もう、罪な子っ!」


 フィルルナは、アンギーリカにこれでもかと言うほど頬ずりして来る。


「あ、あの…」


 顔を真っ赤にしながらアンギーリカが口を開くと、ハッとしたフィルルナは慌ててトランクケースから箱を取り出した。


「はい、これ…いつものセットで、いいんでしょ?」


 受け取ったアンギーリカは、フィルルナに代金を支払った。


「有り難う、フィー」


「どう致しまして。それよりさ、悪いかなぁとは思ったんだけど…アンタ達の居場所、ギリー達に知らせちゃったんだ。皆、朝から休みなしで捜し回ってたからさ」


「それは…たぶん、問題ないと思う…」


 ミュレシーアがそう呟いた途端、フィルルナはニターッと微笑んだ。


「あらぁ、ミュレちゅわーん!アンタも、相変わらず可愛いねぇーっ!」


 フィルルナは、ミュレシーアを抱き上げた。


「くーっ!可愛いっ!お人形さんみたいっ!」


 顔を真っ赤にする、ミュレシーア。


「そ、それで…どうするの?」


 アンギーリカが訊くと、フィルルナはミュレシーアへの頬ずりをやめた。


「街の入口に食堂があるらしいんだけど、そっちのメンバーもこっちのメンバーも、今頃其処に集まってると思う。早速、うちらも行きますか?」


 フィルルナはミュレシーアを抱きかかえたまま、エイレーンに戻った。


「それじゃあ、ミュレちゃんは後部座席に乗りましょうねぇ!あ、ビズは後ろに乗せて。今、トランクルーム開けるから」


 後ろのトランクルームが開くと、アンギーリカは其処にビズを乗せ、自分は助手席に座った。


「では、出発!」


 3人の乗るエイレーンは風を巻き上げ、空高く飛んだ。






 リファナズ探偵事務所とスーヴァニア医院のメンバーが、食堂に集まった。


 今の所は、誰も何も話そうとしない。


「さてと…」


 ようやく口を開いたのは、ギィーリオだ。


「ヴィエ…説明してくれ」


「あ、ああ…そうだな」


 そう言って、ヴィエスタは立ち上がった。


「まあ、何つーか…取り敢えずさ、込み入った話はこんな所じゃ出来ないし…スーヴァニア医院へお邪魔させてもらうってのは、どうかな?」


「賛成ですっ!」


 スパイラスが、真っ先に手を上げた。


「そうね…ルファは、此処よりはデカイ都市だし…私も賛成」


 エルフィーレも、手を上げる。


「久しぶりに、ヴィエちゃんの手料理食べたいかも…」


 フィルルナもそう言ったが、途端にジョミーエが眉を吊り上げた。


「フィーちゃーん?貴女、俺に喧嘩売ってんのかなぁ?」


 リファナズ探偵事務所の料理担当がヴィエスタであるのに対し、スーヴァニア医院ではジョミーエが担当しているらしい。


 フィルルナは、ぶんぶんと首を横に振った。


「い、いやぁ、喧嘩だなんてとんでもないっ!たださぁ、ジョーちゃんの料理って何か…」


「何か、何だよ…文句あんなら、食わなくてもいいんだぞっ!」


「まあ、落ち着け、2人とも…と言うか、俺達んトコに行くって方向で勝手に話を進めるな」


 2人を宥めながら、ギィーリオは溜息をついた。


「やはりご迷惑が掛かりますよ、ヴィエさん…何しろ、この大所帯ですから」


 モスティノは、困った顔をしている。


 ギィーリオは、慌てて言った。


「い、いや、別にそう言う訳ではないんだが…」


「そうだよ。ヴィエさん達が僕達に迷惑を掛けるのは、今に始まった事じゃないんだから。大丈夫、僕達全然気にしてないよ?だから、気軽に僕達の医院に遊びに来て欲しいな。ね?」


 そのリュバーツの言葉に、皆が静まり返る。


 彼の場合、何の悪気もなくこのような厭味とも取れる台詞を、天使のような笑顔と共にサラリと吐くから、始末が悪い。


 ヴィエスタは、ハハハと笑った。


「そ、そりゃ、どーも…」


「ミュレ、フィーちゃんやターゼと遊びたい…」


 突然、ミュレシーアが呟く。


【タ、ターゼも…です。ギリーさん、駄目…ですか?】


 潤んだ瞳で、ターゼも訴える。


 顔を見合わせたヴィエスタとギィーリオは、同時に溜息をついた。


「ねえ、ギリー…いい加減、腹決めちゃいなさいよ」


 イライラしながらエルフィーレが急かすと、スパイラスもうんうんと頷いた。


「そうですよーん!お邪魔する側の僕達に選ぶ権利はない訳ですから、ギリーさん達が決めてくれなくっちゃ!」


 うーんと唸っていたギィーリオは、ダンッとテーブルを叩いて立ち上がった。


「あぁーっ、もう分かったっ!お前ら皆、まとめてついて来いっ!」


 やったぁーっ!と、皆が手を叩き合う。


 承諾しておきながら、頭を抱えるギィーリオ。


 皆は食堂を出ると、それぞれの機体に乗った。


「ビズに乗ってるアンちゃんとレイリィちゃんとジョーちゃんは、私が預かるから」


 そう言って、フィルルナはエイレーンのトランクルームを開けた。


「3台くらいなら、トランクに乗るからさ。ほーら、アンちゃんとレイリィちゃんとジョーちゃんは、こっちにおいで!」


「おい、フィー。操縦、代わろうか?」


 ジョミーエはそう言ったが、フィルルナは首を横に振った。


「大丈夫だよ、すぐ近くじゃん。まあ…私が心配でどうしても見守りたいってんなら、助手席に乗せてあげてもいいけどぉ?」


「うるせぇよ、バーカ…しょうがねぇから、助手席に乗ってやるっつってんだよ!俺だって命は惜しいんでねぇ、お前の危なっかしい操縦を隣でバッチリ見張っててやるからな!」


 2人のやり取りを聞きながら、ヴィエスタはギィーリオを見た。


「悪いな…」


 ギィーリオは、肩を竦める。


「今更、だろ?どーせ、一晩や二晩泊まる気でいるクセに…」


「一晩や二晩で、済めばいいけどな」


「お、おいおい、本気かよ…」


 慌てるギィーリオを見て、笑いを堪えながらヴィエスタは訊いた。


「フィーがエイレーンなら、奴らが1番先に着くな。他の連中は?」


「俺とターゼがルージア、リューがキルティブ、ジョーはビズだがエイレーンに乗った、と…」


「こっちは俺とティノがガイキル、エルとラッスがローキル、レイルとアンがビズだが…あ、そうだ。俺、ミュレ乗っけてたんだ」


 そう言って、ヴィエスタはミュレシーアを見た。


「なら、ミュレは俺が預かろう。いいな、ミュレ?」


 ギィーリオに訊かれ、ミュレシーアは黙って頷いた。


「ビズ組もフィーが預かってくれるってんなら、こっちの陸路組も割と早く着きそうだな」


 ヴィエスタに頷いて見せながら、ギィーリオは時計を見た。


「それでも、此処からルファまで6時間は掛かるぞ。普段仕事の時は、それこそエイレーンでルファからエインまでひとっ飛びだから30分も掛からんのだが…」


「ま、急ぐ旅路でもあるまいし…たまには、のんびり行こうぜ」


 肩を竦めながら、ギィーリオは皆に言った。


「よし、皆!無線のレプチャーを、SV―11に合わせろ!出発するぞ!」


《じゃあうちら、先行くよ?》


 早速、無線からフィルルナの声が聞こえて来た。


《ああ、頼んだぞ》


 ルージアに乗りながらギィーリオがそう答えると、ヴィエスタがジョミーエに言った。


《ジョー。今日の俺達は、お客様だ。特別美味いもん、頼むぜ》


《あぁん?ヴィエちゃん達の分も、俺が作れってかぁ?》


《当たり前だろ?楽しみにしてるからな》


 ヴィエスタにそう言われ、ガックリと肩を落とすジョミーエ。


《えーっ、やっぱりジョーちゃんが作るのーっ?なーんだ、折角ヴィエちゃんの料理が食べられると思っ…痛っ!ちょっ、ジョーっ!》


《この、クソフィーっ!お前、こうしてやるっ!》


《ひゃらーっ!ギリーっ!ジョーひゃんが、ほっぺたつねるよーっ!》


 イヤホンから、2人の会話を聞いた皆の笑い声が漏れる。


 溜息をついたギィーリオは、エンジンをかけて走り出した。


《お前ら2人は、勝手にやってろ!先、行くぞ!》


《ちょっ、ギリーっ?私を、見捨てる気っ?》


《いいか、フィーっ!お前は、俺の料理だけ食ってろ!ヴィエちゃんがどんなに美味い料理作ってくれても、お前にだけは俺の料理を食わせてやるっ!どーだ、嬉しいだろぉ?》


 他のメンバーも笑いを堪えつつ、出発する。


 フィルルナはウガーッと吠えながら、エイレーンを飛ばした。






 20分後。


 先にルファ・タックスにあるスーヴァニア医院に着いたのは、勿論エイレーンに乗っていたフィルルナ、ジョミーエ、アンギーリカ、レイルの4人である。


 リファナズ探偵事務所とは打って変わり、こちらは小綺麗な淡いオレンジ色の5階建てビルで、ドアや窓枠は淡いグリーン色だ。


 中は1階が診察室、2階と3階が病室、4階が共同生活スペース、5階が個室となっている。


 エイレーンから降りたフィルルナは伸びをし、ギィーリオ達に言った。


「はい、お疲れ!只今、医院に到着!一旦、通信切ります!」


《了解》


 残りの3人も通信を切り、トランクルームからビズを出す。


「先、中入ってるから!お客来るなら、今の内に片付けとかないとねぇ…」


 フィルルナはドアのキーを解除する為、壁のタッチパネルにパスワードを打ち込んだ。


 途端に、フィルルナの顔色が変わる。


 彼女の異変に気付いたジョミーエが、駆け寄って来た。


「フィー…おい、どうした?」


「ジョーちゃん…何かパスワード、弄られてる…かも」


「何ぃーっ?」


 ジョミーエは、何度もパスワードを打ち込んだ…が、しかし。


「あ、開かねぇっ…」


「何?どうしたの?」


 ビズをガレージにしまったアンギーリカが、レイルと共に走って来る。


「留守の間に、誰か入ったらしいなぁ…キー解除のパスワード、変えられてるわ…」


「それって…私達がいなくなった事と、何か関係がある?」


 アンギーリカが、グッとジョミーエの袖を掴む。


 ジョミーエは、分からん…と、首を横に振った。


【パスワードが変えられていると言う事は、レイル達の失踪と関係があると見ていいでしょう…リファナズ探偵事務所とスーヴァニア医院の間にビジネス上繋がりがある事は、裏では既に知られている事ですから。何者かが、レイル達の行方を調べているに違いありません】


 レイルの言う事に、3人は顔を見合わせた。


【しかもパスワードを変えた犯人は、今現在も医院内にいる可能性があります】


「どっ、どうすんのっ?」


 慌てる、フィルルナ。


【お任せ下さい】


 そう言って、レイルは物凄い速さでキーボードを叩き始めた。


 考えられる全ての数字の組み合わせを、即座に打ち込んで行く。


 やがてピッと音がしてキーが解除され、ドアが開いた。


【開きました】


「レイリィちゃんいて、ほんっと良かったなぁ…」


 ホッとするフィルルナに、レイルは言う。


【まだ、油断は出来ません】


「え…あ、ああ、そっか。まだ、中に誰かいるかもしれないんだっけ。んじゃあ取り敢えずさ、俺の銃…持っとく?」


 ジョミーエはトランクケースから銃を取り出し、フィルルナとアンギーリカに渡した。


「レイリィちゃんは、無敵だもんな」


【高熱レーザーなら、常備しております】


「よーし!んじゃ、行くぞ…」


 ジョミーエは、ゆっくりとドアを開けた。


 その後をフィルルナ、アンギーリカ、レイルが追う。


 壁に背をつけ、廊下を歩く。


「レイリィちゃん…大丈夫かい、これ」


 ジョミーエが訊く。


 レイルは、辺りを見回した。


【生体反応は、ありません】


「人間は、いない…ってか」


 ジョミーエが、レイルを見る。


【電磁反応…ありません】


「オッケーオッケー!」


 聞きたかった答えをレイルが出してくれたので、ジョミーエはウインクして見せた。


 フィルルナは、呆れながら言う。


「分かったからさぁ…次、どう出ればいいか考えなさいよ」


「何ぃーっ?」


 また言い争おうとしている2人を止めて、レイルは言った。


【とにかく…今、目の前にある事務室のドアを開けてみない事には、何とも…】


「そう、だな…」


 レイルの意見に同意したジョミーエは、事務室に続くドアをそっと開けた。


 一斉に、皆が銃を構える。


「あり…?」


 首を傾げる、ジョミーエ。


 部屋の中は、特に変わった所はないように見えた。


 フィルルナも、気が抜けたように銃を下ろす。


「何だ…うちらの考え過ぎだった、ってやつ?」


「一応、コンピュータの中身調べた方がいいんじゃない?」


 そう提案したのは、アンギーリカだった。


【レイルも、そう思います】


 レイルも、同意する。


 其処で4人は、手分けをしてコンピュータを調べる事にした。


「こっちは、特に異常ないけど…」


 と、アンギーリカ。


「こっちもなし」


 フィルルナも肩を竦める。


【こちらも、大丈夫のようです】


 レイルも、そう言った。


 しかし、ジョミーエは舌打ちをしてキーボードをダンッと叩いた。


「くそっ!リファナズ探偵事務所のデータだけ、抜き取られてるっ!」


 皆は、顔を見合わせた。


「じゃあやっぱり私達、誰かに追われてる…」


 アンギーリカが呟くと、レイルは静かに言った。


【レイル達の仕事は、人の恨みを買って当然の仕事です。犯人を特定するには、恐らく…相当な時間が掛かるでしょう】


「そうだね…とにかく私、ヴィエに連絡する」


 通信機の画面を開いたアンギーリカは、番号を押し始めた。






 街を抜けると、だだっ広い草原の真ん中に綺麗に舗装されたアスファルトの道と、全く舗装されていない砂埃の巻き上がるデコボコ道が、次の街まで平行しながら永遠に続く。


 律儀に道の上を通る者もいれば、草原を豪快に突っ走って行く者もいる。


 ヴィエスタ達は…まあ、それぞれが好き勝手に走っていた。


《やっぱ、エイレーンは早いわ…ウア出て、まだ20分だろ?俺達なんかまだ、隣のリース・タックスにすら着いてないんだぜ?俺らもエイレーン、1機くらいは買っときたかったなぁ》


 フィルルナ達の到着の知らせを聞いたヴィエスタが、溜息混じりに愚痴を零す。


 ギィーリオは、笑いながら言った。


《そうは言っても、エインは大都市だ。エイレーンを買ったとしたって、置き場所確保するのも一苦労だろ?》


《確かにビルは密集してるわ、空き地は少ないわ、土地は高いわ、ロクな事ねぇや…》


 肩を竦めるヴィエスタを見て、ギィーリオは嬉しそうに笑みを浮かべた。


《俺達は、ルファに住んでいて良かったよ》


《その代わり、ルファは治安が良過ぎて…退屈だわ》


 エルフィーレが、呟く。


《平和がいちばんだよ…エインは華やかな分、闇もおおいから…》


 そのミュレシーアの言葉に、皆が静まった。


《ま、まあまあ…》


 スパイラスが、宥めるように沈黙を破る。


《とにかく、暫くの間はギリーさん達が泊めてくれるって仰ってますしぃ、僕達もたまにはのんびりした生活ってもんを送りましょうよぉ!》


《だから、何でお前達の面倒を見る方向に話を進めるんだ!》


 ギィーリオが怒り出した、その時。


【来ます!】


 突然ターゼがルージアのサンルーフを開け、顔を出した。


 風になびく髪をかき分けながら、右方向を見る。


【右です!】


 皆が、一斉に武器を構えた。


 上空から、エイレーンが1機飛んで来る。


 途端に、銃弾が雨のように降って来た。


 弾を避けながら、空に向かって銃を撃つエルフィーレとスパイラス。


 エイレーンの窓ガラスは全て割れ、後部座席の人間が1人落ちた。


《こう言う時、近距離派は辛いな…》


 刀で弾を避けるしかないヴィエスタは、苦しい表情を浮かべている。


《ったく、うろちょろ動くんじゃないよっ!クソッタレっ!》


 銃を構えたエルフィーレは、容赦なく撃ち続ける。


《姉さん、張り切ってますなぁ…僕も、負けてはいられないっと!》


 エルフィーレを援護する形で、スパイラスもバンバン銃を撃ちまくる。


《僕達どうすんの、ギリーさんっ!武器、ないんだよっ?》


 焦った様子で、リュバーツが叫ぶ。


 ギィーリオは、とにかく弾に当たらぬよう運転するのが精一杯だ。


《俺に訊くな、俺にっ!それより…何者なんだ、アイツらは!》


 モスティノは、エイレーンを見上げながら言った。


《何者かは分かりませんが、これじゃあキリがない…》


 すると、窓を開けて顔を出したミュレシーアが、手を伸ばして来た。


《エルおねえちゃん…これ、あげる。ロイバー型で、銃にもつめられる爆弾…エイレーン1機くらい、軽く吹っ飛んじゃうから…》


《ミュ、ミュレ…アンタってば、最高っ!有り難く、頂いちゃうっ!》


 ミュレシーアは、ロイバー型爆弾を投げた。


 それをエルフィーレが受け取り銃に込めた時、スパイラスが言った。


《レスドターゼ・サーム・ヴォエール・ウードゥ!》


《ちょっと、アンタ…また、ルオ語っ?何て言ったのよっ!》


 スパイラスは、ムフフと微笑んだ。


《まあ、簡単に言えば…姉さん、愛してる!って感じですかねぇ!》


《…アンタに撃ってやろうか、この爆弾》


《あーんっ、ごめんなさーい!》


 ムカムカしながら、エルフィーレはエイレーンに向けて爆弾を撃った。


 それは見事エイレーンに命中し、機体は瞬時に爆発した。


 粉々に砕け散った破片が、草原に舞う。


《お見事っ!》


 スパイラスが褒めると、エルフィーレは銃をしまって空を見上げた。


《アンタが買った恨みだったら、マジ撃つよ?》


《酷ぉーいっ!僕、恨みを買うような事なんかっ…》


《でも…ミュレたち、きっと数えきれないほど恨み買ってるはず…顧客データの中からそれらしい人、調べる必要あるかも…特に、女性ね…》


 ミュレシーアはそう言って、早速コンピュータを調べ始めた。


《特に、女性って…ミュ、ミュレちゃーんっ…》


《やっぱりアンタ、一発撃たれて来た方が良かったかもねぇ…》


 呆れた様子でエルフィーレはスピードを速め、先へ行ってしまった。


《そっ、そんなぁーっ…ヴィエさーんっ、女の子達がみぃーんな冷たいですぅーっ!》


《俺に泣きつくなっ!早くしないと、日が暮れちまうぞっ!》


 そう言って、ヴィエスタもスピードを上げて行ってしまった。


《ちょっ、ちょっとぉーっ!待って下さいよぉーっ!》


 スパイラスも、慌ててついて行く。


《それより誰か、銃弾受けたりしなかった?お願いだから、気を付けて運転してよね。もし機体に傷付いてたら僕、今夜徹夜だよぉーっ…》


 整備士のリュバーツは、それぞれの機体に損傷がないかどうか、遠目でチェックしている。


 その時、とっくに医院に着いていた筈のアンギーリカから、突然連絡が入った。


《皆、大変なのっ!誰かが、医院内に侵入したみたい!》


《何だってっ?》


 ギィーリオは、目を見開いた。


《それで、そっちの様子はっ!》


 今度は、フィルルナの声がする。


《表のキーパスワードが変更されてたみたいで、開かなくってさぁ…まあ、レイリィちゃんがいてくれたお陰ですぐにドアは開いたんだけど、侵入者がまだ中にいるかもしれないって事で、警戒しつつ入った訳。でも…特に、変わった様子はなかったんだよねぇ》


 それを聞いて、ギィーリオはホッと息をついた。


《じゃあ皆、無事なんだな?》


《いや、それが…》


 続けて、ジョミーエが話す。


《コンピュータ調べたら、リファナズ探偵事務所のデータだけが、抜き取られててさぁ…》


 皆が、ハッとする。


《間違いないのか、ジョー》


 ヴィエスタが確認すると、ジョミーエは頷いて言った。


《間違いない…けどまあ、本当に一般的な顧客データだから、大した内容ではないと言っていいね。盗まれたデータのバックアップだって、タージィちゃんの中に入ってるしさぁ…》


《そうそう、ジョーちゃんの言う通り。住所、氏名、年齢、職業、うちで治療した内容とか、買った武器や薬のリスト、後はキルティブの定期点検一覧表ぐらいだからさ。特にまあ、問題ないっちゃあ問題ないんじゃない?》


 とフィルルナも気楽に言ったが、モスティノは深刻そうな声を発した。


《ですが、問題はそのデータを何に使うのか…ですね。犯人は、僕達の何を知りたかったんでしょうか》


《本当はもっと別の事を知りたかったのかもしれないけど、コンピュータ調べてみたら基本情報しかなかったから、仕方なくそれだけでも抜き取って行った…って事かもしれないね》


 そう言って、リュバーツは肩を竦める。


《まあとにかく、俺達も急いでそっちに戻る。それまで、待機していてくれ。俺達が戻るまでは、警戒を怠るな。皆、少しスピードを上げるぞ!》


 ギィーリオの指示で、皆は徐々にスピードを上げた。






 ようやく全員が到着し、合流した。


 医院の事務室でコーヒーを飲みながら、皆で話し合う。


「キリがないな…」


 キーボードを叩きながら、ヴィエスタが溜息をつく。


「僕達を恨んでいる人間は、それこそ山のようにいる筈です。その中から犯人を探し当てるのは、容易な事ではありません」


 そう言って、モスティノも眼鏡を上げる。


「そうだよね…虱潰しに依頼人を当たるって言っても、限界があるし」


 依頼人の膨大なデータを見ながら、リュバーツは頭を抱えている。


 レイルは、言った。


【ターゼと協力して、指紋や髪の毛がないか調べましたが、何もありませんでした。相手も、レイル達のようなアンドロイドを使っている可能性があります】


「でもさぁ、レイリィちゃんだってタージィちゃんだって、髪の毛あるじゃなぁーい?」


 スパイラスが、レイルとターゼを交互に見比べる。


「だったらそのアンドロイドは、つるっパゲなんでしょ…」


「ダァーッハッハッハ!」


 エルフィーレの発言を聞いて、スパイラスは大笑いしている。


「なっ…何よっ!」


「いやぁ、さっすがエルさん!面白いっ!」


「面白かないわよ、全然っ!」


 ギィーリオは、呆れながら言った。


「と、とにかくだな…今までこの仕事を続けるに当たって、今回のような事は1度もなかった訳だろう?どうなんだ?」


「まあ、ないとは言わないが…此処までしつこいのは、ないな」


 ヴィエスタが、答える。


 ギィーリオは頷き、話を続けた。


「なのにあの場所からお前らが消えた途端、これだ…」


「私達の居場所を、常に把握しておきたい誰かがいるって事?」


 そうアンギーリカが言うと、ミュレシーアが呟いた。


「ザン…」


 皆が、一斉にミュレシーアを見る。


 フィルルナは、慌てて言った。


「ちょっ、ちょっと、待ってよ…今回の犯人はデータを盗むだけじゃ飽き足らず、攻撃まで仕掛けて来たんだよ?ま、まあ、データ泥棒と攻撃して来た連中が、同一人物かどうかは分かんないけどさぁ…でもいくら事務所を抜けたとは言え、ザンちゃんはこっちの味方な筈じゃ…」


「そうとも、限らんぞぉ…」


 ジョミーエは、キーボードを叩きながら言う。


「ザンちゃんだってさぁ、もう5年も行方不明な訳じゃん?今頃何処でどんな風になってるか、分からんだろ?ひょっとしたら、事務所の事なんかとっくの昔に忘れちゃってさぁ、どっかの悪い組織に属しちゃってるかもしれな…」


「ザンに限って、んな事…ある訳ねぇだろうが」


 ヴィエスタは、言い切った。


「冗談でも、言っていい事と悪い事があんだろ…ジョー」


「ヴィエ、ちゃん…」


 ジョミーエの表情が、少し強張る。


「って言うかさぁ…」


 痺れを切らしたエルフィーレが、口を開いた。


「アンタにジョーを責める権利、あんの?」


「あぁ?…んだと?」


 眉間に皺を寄せる、ヴィエスタ。


「大体さぁ、アンタは何様な訳?事務所5年もほったらかして連絡1つ寄越さない人間、いつまでも庇っちゃって…アンタとザンって男が何抱えてるかも教えてくれないクセして、こっちがちょっと不満漏らすとすぐそうやって非難して来てさ…私達って、アンタの何?」


 ヴィエスタは、目を丸くした。


「ただ、たまたま住む場所がないから、一緒にいただけの存在?」


「エ、エルさん…」


 止めようとするスパイラスの手を振り払い、エルフィーレは言う。


「アンタだって言ってたじゃない、ラッス!ヴィエやザンと、自分の間には見えない壁がある。同じ事務所の仲間なのに、秘密があるのは淋しいって!」


「エ、エルさぁーん…そ、それは…」


「ラッス…」


 気まずそうな表情を浮かべるスパイラスを、見つめるヴィエスタ。


「結局さ、ヴィエにとって1番大事なのはザンなのよ。私達だって一緒に精一杯やって来たのに、所詮身寄りのない可哀想な人間としか思われてなかったって訳」


 エルフィーレの言葉を聞いて、皆がヴィエスタを見る。


「自分とザンは、その可哀想な私達を事務所に住まわせてやってる、神様のような存在だと思ってんの。だから私達に、大事な話は一切教えたくないんでしょ?」


「違うよ…」


 ヴィエスタより先にそう言ったのは、ミュレシーアだった。


「いや…いいんだ、ミュレ…違わない。エルの言う通り、俺は…」


「ヴィエは、無理しなくていい…無理して、全部をせおう必要ないよ…」


 ヴィエスタの言葉を制して、ミュレシーアは言った。


「ヴィエは、いつだってミュレたちのことを1番に考えてくれてたよ…ヴィエがミュレたちに何も話さないってことは、ミュレたちが知らなくてもいいことであり、それを知ってしまうとミュレたちに迷惑が掛かってしまうことだからなんだよ…」


「ヴィエさん…」


 モスティノが、悲しげな目でヴィエスタを見つめる。


「それによく考えて、エルおねえちゃん…そうやってミュレたちのことを気づかって、たった1人でザンをさがしに行こうとしたヴィエに、むりやりついて来たのはだれ?」


 ハッとする、エルフィーレ。


 皆も、顔を見合わせる。


「話の流れで何となくこうなったとか、みんなが行くのに自分だけ残ってもしょうがないとか、いろいろ言い訳はあるかもしれないけど…でも、最終的にヴィエについて行こうと決めたのは他のだれでもない、ミュレたち自身なんだよ…違う?」


「そ、それは…」


 エルフィーレは、何も言えなかった。


「ミュレの言う通りだよ…ヴィエは、一緒に来てくれなんて1度も頼んでない。勝手について来たのは、私達の方」


アンギーリカも、静かに口を開いた。


「ザンの事だって…ヴィエは、来る時が来たらちゃんと教えてくれるつもりでいるんだよ。なのに、勝手に教えろ教えろって…色んな事を心配掛けまいとして1人で全部背負ってるのに、そんなヴィエをずっと責め続けて来たのは、むしろ私達の方じゃない?」


 その言葉に、皆は黙り込んでしまった。


「すまない…」


 それだけ言って、ヴィエスタはギィーリオ達が用意してくれた自分の部屋へ、入ってしまった。


 沈黙が、流れる。


「わ、悪い!俺が、変な事言っちゃったから…だよな」


 ジョミーエが、ポツリと呟く。


「いや…お前が気にする必要はないぞ、ジョー」


「そ、そう、かな…」


「ただ…」


 ヴィエスタが去って行ったドアを見ながら、ギィーリオは淋しげに言った。


「アイツに…ヴィエにとって、ザンは…なくてはならない存在、って事だ…恐らく、俺達が考えてる以上にな…」


 誰も、何も言えなかった。


「ま、まあ、あれだ…皆、今日は疲れてる訳だし…飯の時間まで、部屋でゆっくりしたらどうだ?な、そうしよう!」


 ギィーリオは沈んでいる皆を立ち上がらせ、それぞれの部屋へと追い立てた。

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