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封・印!

作者: 藤乃花

某田舎町と云っても深い田舎ではなく、かと云っても都市ほど文化は進んではない……そんな素朴な場所に『文具ひろば』という小さな文具店が在る。兄、影野瞬かげのしゅんと弟、影野静かげのせいの二人兄弟が営み、店は文具以外にちょっとした物も扱われている。「陣さん、お茶は麦茶で良いですか?」瞬がグラスに注いだ麦茶をちゃぶ台に置き……。「ありがと」「わらび餅、どうぞ。冷えてます」静が小皿に乗せたわらび餅を運んでくる。「おおっ……黒蜜が、かかってて良いね」店の私室にて近所に住む陣田与一じんだよいち、通称陣さんは植木屋の作業着を纏い、二人のおもてなしを受ける。仕事帰りの陣さんは最近の困り事について、彼らを頼って店を訪れたのだ。「今日来たのは、最近出来た新聞社の勧誘についてだ。住民の皆を代表して頼む……二人の力で撃退してくれや!」瞬も静もその事だと予想していた。駅の近くに新たに出来た『月日つきひ新聞社』という新聞社の勧誘に皆、困り果てている。「しつこいらしいですね……一日置きに来るという事を聞きました」瞬は頭のしっぽ髪を本当にしっぽの様に揺らし、陣さんの斜め前に座ると渋い顔を見せた。「この辺り顧客にするつもりですね。きっと……」静は壁にもたれ、ダラーンと座り込んでいる。そして眼鏡の奥の細い瞳を凛と光らせる。「勧誘の奴の動きだと、今日辺りここに来ると思う」新聞社の者の巡回と長年生きてきた勘により、『文具ひろば』が次なる標的だと陣さんは見抜いた。陣さんの勘はだいたい当たる。「町の平穏を乱す輩は、このオイラ達が許せねえ!」静の眼鏡の奥の瞳が光る。「徹底的に排除してやりますぞ」怒りのあまり、瞬のしっぽ髪が逆立つ。その形、まるで角。「ありがてえっ。頼まれてくれるか!」パアアアアッ!陣さんは満面の笑みを見せた。「封筒のつくもがみ様……」瞬の角(実際はしっぽ髪)がユラリとなびき……。「印鑑のつくもがみ様……」静は瞳をギラリと光らせ……。「「待ちくたびれたわ!」「押して押して押しまくるわよ!」部屋の引き出しが、ガタガタと小刻みに動き出した。「「文具の裁きを御願いするでござる」」兄弟の表情、口調が変化する。「「任せて」」

そこへ陣さんが一言。「そんじゃ、タイトルコールといくか」兄弟、陣さん、つくもがみの二人が声を重ねた。<ふてえ輩は闇へと消えろ>

夕方頃、陣さんの予想通り月日新聞社の勧誘の者が訪ねてきた。しかも二人組だ。「ごめん下さい」「月日新聞社の者ですがー」入り口の前で並び、中へと声をかける。『月日新聞社』とプリントされたユニフォームを着、勧誘と同時に宣伝をもしているようだ。「は―い!」「いらっしゃいまし」瞬と静は営業スマイルを振り撒き、何も知らない顔で彼らを出迎えた。「私共こういう者です」「初めまして」名刺を差し出す姿は、とても誠実。背の高い方は「柊正道」で彼よりやや低い方は「日比野徹平」という。「ほう……新聞社の方ですか……」「最近この辺りに支社を構え始められたらしいですね」兄弟二人、芝居が上手い。「そうなんですよ、今後とも宜しくお願いします」「ところでお宅ではどちらの新聞をご利用されていますか?」勧誘する際、どの職業でもそれは聞かれる。違う新聞社の名を出そうものなら、ウチの新聞でしたら……などと売り込み始める。どう応えるかで相手の次の一手が決まるのだ。「あ、『月日新聞』とってますよ」「いつも御世話になってます。読者コーナー『バッチンガムお悩み相談』いつも楽しく読んでますよ!」商品の補充をしながら瞬が言うと、続いて静も思い付きでありもしない内容の感想を述べた。彼らから新聞定期購買の主張を

受けた正道と徹平は満足な表情で答えた。「それはそれは、御世話になっております」「今後とも『月日新聞』を宜しくお願いします」と言い、去っていった。……が、一瞬で踵を返し、怒りを見せた。「って、嘘言ってんじゃねえよ!新しく出来たって説明しただろ⁉」「だいたい何だよ⁉『バッチンガムお悩み相談』って!そんなコーナーねえわ!」軽くおちょくられ、二人共ビジネス用の笑顔を捨て、怒り心頭剥き出しの姿になっている。「あ?バレました?」「バッチンガム知りませんか?玩具のガム裏に金具が付いてるイタズラグッズです」「「そこじゃねえよ!」」二人の怒りは鎮まらない。「初対面でこけにしやがって!」「定期購買の契約結ぶまで、帰らねえからな!俺たちゃな……ガムテくれえ、!しつけえんだ」さて、あしらい作戦失敗。ならばやはり、本気で追い返すしかないようだ。瞬は胸ポケットから封筒を出し……静は先程から手に忍ばせていた印鑑を出す。奇妙な展開に不可解な面持ちを見せる二人だか、印鑑を目にし契約の動きを感じ取った。「何だ……初めから素直に契約してくれりゃ、怒鳴る事ないんだよ」「封筒は要らねえよ」やや穏やかだが、言葉づかいは不躾だ。対してこちら側、瞬と静は本気で怒り、本来の姿を表に出し始めた。瞬は角をギラリ……と見せつけ、静の方は瞳を見開き、鋭利な牙を露にした。「お二方……お願いするでござる」「とことん力を見せつけて欲しいでござるよ」低い声、鋭い表情、禍々しい圧が本性を出した兄弟から伝わりつつある。何かを察知しヤバいと感じた二人だが、すでに手遅れだった。兄弟の怒りモード一億パーセント突入。「封!」「閉じるわよ!」瞬が叫び、封筒のつくもがみもお茶目に叫ぶ。「印!ときたもんでござる!」「封じるわよ!」続いて静が唱えると、印鑑のつくもがみも可愛く叫んだ。店内の空気が一変したかと思い、封筒から強烈な吸引力が働き、正道、徹平は吸い込まれていった。「えええええ……っ?」直後隙を見せず、印鑑が封の部分に印を押す。はい、これにて悪徳新聞社の社員の封印は完了した。厄介者である二人は改心するまで、当分封に閉じられたまま店内の机の引きだしに閉じ込めるつもり。勧誘の悩みを解決させた事を、兄弟は住民達へ報告して周って行った。陣さんも大喜びで彼らを絶賛した。「ありがてえっ!良いねえ……妖しってのは。どんなやつにでも対抗出来るから、羨ましいねえ!」今度は陣さん宅にて彼が瞬と静に夕飯をご馳走している。魚料理を頬張り、瞬、静ははにかんで答えた。「またまたあ、こちらからすれば人間さん方の方が羨ましいです」「平凡、素朴なのが一番ですよ」彼らは人間より、人間らしく笑って見せた。











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