終;われはわたしや
雲一つない晴れ渡った空。朝の澄んだ空気は張り詰めて冷え切っていたが、そよと吹く風は微かに花の香りを含んでいる。北国にも春が駆け足でやって来たのだ。
真っ黒に陽焼けした男はそんな空を腕組みして見上げていたが、やがて視線を地上に戻す。そこには三つの白い顔があった。
男が三人。年の頃は三十前後。見遣る男は瞬時に三人の素質を見抜く。今回は多少楽が出来そうだ。
「なら、ぼちぼち行くかい」
男は不安げにこちらを見つめる三対の目に頓着なく、まるで隣の畑にでも行こうかといった感じで告げる。
「いい天気だな。この分なら明日の今頃は『彼方』に抜けられるわ」
ほっとしたように三人が頷き立ち上がった。その中で一番背の高い、粗末な旅姿が全く似合っていない男が声を上げる。
「ひとつ宜しくお願いする。拙者、奥州は角館の――」
「名乗るな」
陽に焼けた男が手を振って遮る。憮然とした上士階級の雰囲気を隠し切れない男に、陽に焼けた男は語り掛けた。
「そんなことおれには言わんでいい。聞かねえ方が助かるんだ。名前を呼ばきゃならねえ時は、あんたのことはカシラ、と呼ぶ。で、そっちのあんたはイチタ、そちらはニタ、だ。いいかね?」
男たちは顔を見合わせ三人三様、不審げに男を見やるが渋々と頷いた。するとイチタと名付けられた男が、
「では、貴様のことは何と呼べばよいのだ?」
問われた男は不敵に笑む。ちらり青空を仰ぎ見ると朗々と吟じた。
われはわたしや
せんじょうのたに まんじょうのやまをゆく
かの いわど かなたのもん
くぐりぬけたい わたりびとはいねえか
じごくのさたもかねしだい
おのがいのち きんいちもんめ
まかなうおあしがあるのなら
きっちりみごとにわたしやしょう
われはわたしや
なんぎはしょうちのうでだのみ
われはわたしや
たすけたいのちはかずしれず
われはわたしや
われはわたしや
イチタとニタは呆気にとられ、カシラは鼻を鳴らす。すると男は煙に巻いた渡人を見やり、さらり名乗った。
「おれのことはヤブと呼べばいい」
鳶が一羽、ピーヒョロと鳴声を上げ快晴の空を過ぎって行く。
終