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拾;死闘

 薄衣が一枚ずつ剥がれるように雲が飛散して行く。月明かりは半月といえども直近での闇を思えば天地の違い、今や渡人たちの吐く白い息や大地と枯れ草との境まで見通せるようになった。中天の月は白々と冷たく朱ヶ原あけがはらを照らし、そこに潜むもの、徘徊するものを浮き彫りにする。明かりが差したことでこの風景は見るものに不気味で凄惨な有様をありのままに知らしめることになった。その彼処かしこに揺れる黒い影。蠢く影は時折月明かりを受け、その剛毛や爪、眼をきらり光らせた。


 またもや何の合図もなかった。ふらり黒い浮き彫りの一角が揺れ、たちまち崩れ、グォーと咆哮を上げるや固まって潜む者たちへ迫った。

「いいか、絶対に離れるな!」

 ヤブは背後に一声、白刃を月光に煌めかせるや最初に躍り掛かった一匹へ一閃、月光に黒い血飛沫が光り、掛かる粘液がその顔を汚す。返す刃でもう一匹を払い、更に廻り込んだ一匹に強烈な廻し蹴りを喰らわせる。頭を抱えて縮み込んだイチタの耳に、人妖の叫びが、ヤブの息遣いが届く。人妖の恐ろしく甲高い声にきつく目を閉じ、ヤブの次第に乱れる息音に耳を覆う。そうすることで全てが夢の彼方の出来事と変じるかのように。

 それはヒメやカシラも同じ、頼もしい役者や風体からは想像外の粘り強さを見せるニタに庇われ、身を寄せ合い互いに手を取り、この世のものとも思えぬ凄惨な光景から目を逸らす。役者は火龍を構えざま弧を描くように一射、まずは焔の壁を作ると、ゆるり槍を構える。その姿をちらり見遣ったニタも小刀を前に左右を見渡す。すると左側、焔の壁が途切れた辺りに踊り上がる影。役者がそこに火焔を向けるとたちまち数体の山守に火が点き燃え上がった。のたうつ人妖の上げる断末魔の叫び。それを覆さんばかりの吼声が上がり、踊る焔の脇を素早く駆け抜け人妖が飛び掛って来る。迷うことなく役者の槍が突き出され先端がその人妖に当たったかと見るや役者は槍を横へ振る。切っ先に裂かれた山守の首は僅かに掠めたばかりに見えた槍で落とされ転げた。その残された身体から迸り出る血潮を避け、飛び上がった役者はその後ろに続く山守の胸倉目掛け槍を繰り出す。目にも止まらぬ、流れるような槍の舞に思わずニタの目が留まる。と、役者は振り返りもせずに一声、

「気を逸らすな!」

 はっと我に返るニタの前に山守の爪が現れるや、横殴りに振りかかる。鋭く黒光りする爪が、仰け反って避けたニタの眼前を過ぎり空を切った。すると横合いから再び爪。

(しまった)

 突然ニタの時がゆっくりと流れ出す。伸びる爪が左肩に食い込み、蓑を千切る。その同じ爪は彼の肩を掠め旅衣と襦袢と共に肩の肉を裂く。鋭い痛みにニタは呻き意識が霞む。しかし同時に小刀を逆手に人妖の内懐目掛け突き出した。

 グエッ!ヒキガエルの声に似ていなくもない嫌な一声と共に、その山守は横に広い口からどす黒い血を吹き出す。その血に濡れるのも構わず、ニタは刀をぐいっと捻るや横様に引き抜いた。どう、と斃れる山守に気を散らす間もなく横様から再び爪。これに得物ぶきを縦に一閃、瞬時に爪は消え人妖の悲鳴が響いた。


 山守とヤブたちの死闘を前にスミたちには為す術がない。撃とうにも弾は僅か、この状況下無闇に放つ訳にはいかない。どうすると問い続けるサブの頭を拳固で叩いて黙らせたシン。無言で眼下の闘いを睨んでいたが押し寄せる人妖に奮戦するヤブたちの姿がはっきりと見渡せる視界に別の動きを捉えるや、はっと緊張し声を上げた。

「来やがった!」

 ヤブたちを取り囲み渦を巻くように押し寄せる一団の山守、その外側で参加する機会を窺っているような集団、それがゆるり二手に割れる。割れた片方、少ない方は中心で受け止めるヤブたちに向かい既に硬く締まったような渦の外に加わり厚みを増す。残りは何かに操られるかのごとくふらりふらりと渦から離れ次第に……

「おい、澄!」

 緊迫したがらがら声に焦りも滲ませ進が問う。

「分かってるって!」

 吐き捨てる澄の心は暗い。深い吐息と共に左手に握り締めていた『神弓』を構え、焦る進や三には自信がないようにおどおどとして見える動作で、緩やかに登る坂へ差し掛かった先頭の人妖に照星を合わせる。すーっと息を吸い、ゆっくりと吐き出す、その瞬間、引き金を引く。

 パーン。

 再び響く銃声が彼女たちの戦いの烽火ノロシだった。

「次!」

 放った神弓を三に放り出すように渡し、装填された二挺目を受け取る。三挺目と交換に一挺目を受け取った進は逸る心を鎮めようと慎重に弾込めの棹を取る。

「あと三十」

 二匹目の山守が斃れた直後、三が声を上げる。先程は斃した人妖を数えたススキの枝が今度は残りの弾を数えるために引かれて行く。

「よく狙えよ」

 三は澄にそう言うと、ともすれば震えそうになる身体に強いて動くなと念じ、次第に大きくなる人妖の立てる枯れ草を分ける音を意識の外へ追いやった。

「絶対に当てろよ」

「うるさい!」

 パーン。狙った山守に変化はなく、未だ先頭でこちらに向かう。

「ちっ!黙ってろ、気が散じる!」

 外した腹いせに三を小突くと銃を取り替える澄。構える動作も何時になくもどかしく、狙う先の山守は月明かりの下だというのにぼやけて見える。知らずに腕が震え、狙いが定まらない。定まらないからなお焦る。

「ちっくしょう」

 呟く悪態も力がない。

 パーン。今度は当たったが急所を外れ、標的の人妖はもんどり打って倒れたもののすぐに跳ね起き、後から押し寄せ抜かして行った同属に続く。

「に、二十八」

 澄にはその甲高く震える三の声が忌々しい。落ち着けと心に命じるものの腕の震えはいっかな納まらず、心の臓の鼓動は痛みを伴うほどに激しい。本当に自分も泣き喚きたいのだ。絶体絶命の正念場。このような時、頼もしい兄貴たちはどうするのだろう……


 ふと、澄の頭に重吉が語った言葉が浮かぶ。それは澄が神弓を初めて手にした時のこと。

銃砲ぶきは手足のように馴染ませないといけない。そうしないと頼みの時にそっぽを向いちまう。もしもそいつがそっぽを向いたら、その時はご機嫌を伺う」

「鉄砲に?」

 まだ数え十一の澄に火縄衆切っての神弓の使い手はにやりと笑んで、

鉄砲こいつは生きているんだ。だからこっちに腕があれば従うし腕がなけりゃ従わない。落ち着いていれば静かだが落ち着きをなくせば暴れる。当たるもんも当たらねえ。そういうもんだ」

「ふうん」

 そうして重吉は半信半疑の澄へ、動揺した時に銃を自分の手足に戻す呪いを教えたものだ。

「諸神よ、護神よ、我の揺らぎを押さえ給え。猛るものよ、之神よ、我の小心を奮わせ給え……澄、言ってごらん」


(もろかみよ、まもりかみよ、われのゆらぎをおさえたまえ。たけるものよ、ゆきがみよ、われのしょうしんをふるわせたまえ)

 じわじわと寄せる人妖の群れを前に、いつしか澄は神弓を置いて目を閉じていた。何事かを繰り返し唱え、大きく深呼吸、ふーっと息を吐き整える。

「おい!澄!」

 三がその袖を引くが澄は目を閉じたまま。山守の群れは既に小丘の半分ほど、一町を切ってけんの数で間合いを計る距離になっている。

「澄!やつらが来るって!早く撃て!」

 三の甲高い声は最早悲鳴に近い。すると地団駄を踏む三の肩を抑えた進が、

「騒ぐな。澄を煩わすんじゃねえ」

 不思議と落ち着いた態度で装填した神弓を押し付けるように渡す。

「放太のアニキがいつも言ってるだろ?じたばたしたって万事なるようにしかならねえ。腹が据わってねえと之神サンが助けてくれねえ、ってな」

 正に土壇場。澄の姿を見て腹を括った進はポンと弟分の肩を叩くと、

「任せようぜ、澄に」

 するとすくっと澄が立ち上がる。今まで着ていた合羽をはらり落とすと手にした神弓を構える。その動作は緩慢なほどゆっくりだったが、進に肩を組まれた三は言い出したくなる自分をぐっと堪えた。澄の立ち姿は全く普段の彼女に戻っていて、構えた神弓がぴたり下に向けられ、微動だにしない。進は三の肩を離すと片膝を折って澄の一歩後ろに控え、装填された神弓を右手に立てて、じっと迫り来る山守の群れを眼で追っている。そんな二人を見て三も次第に目の前の霞が晴れたような気分になって来た。

 兄弟分が見事に自分を抑えているのだ、負けていられない。自分も「むら」から選ばれて甚の下へ送られた一人なのだから。


 里の子は数え二つで男女の例外なく甚の元に預けられ、五つになるまで甚たち「陣守じんもり」によって育てられた。「甚」という名は代々陣守の頭を意味し襲名されて来た名前だった。陣守の館の裏手にはそうした子供たちが暮らす「守子もりこの里」があり、今は十二人が里から通う女たちによって養われていた。子供たちはそこで暮らしつつ陣守から火縄衆としての生き方を学ぶ。そして数え五つを迎えた子供は里に帰るが、その中で才能を見出されたほんの数人だけが甚のお墨付きを得て「陣子じんご」となり、里で大切に育てられるのだ。澄たち三人も陣子であり、数え十の年の春、昼と夜とが同じ長さとなった日に甚の元にやって来て以来、修行を行なって来た。


(焦っちゃいけない。落ち着け、落ち着け)

 陣子の誇りをかき立て三は心で念じ、込み上げる恐怖と戦った。

 パーン。漸く澄が放ち、その一弾は先頭ではなく群れの中程、周りの同類より一回り大きい人妖の頭を吹き飛ばした。それまでは一目散に澄たちを目指していた山守の動きが一瞬鈍る。斃れた仲間に二、三の人妖が寄り添うように留まり身を屈めた。しかし残りの山守は、その一瞬の後に再び勢いを取り戻し、坂を駆け上がり始める。

「二十七」

 進がそう呟くと三の足元に並ぶススキの「正」から一本取り去り、澄から銃を受け取り替わりに装填済みの銃を渡す。澄は振り返りもせずにその神弓を受け取るや、流れるような動作で立ち撃ちの姿勢をとった。

 一瞬、完全に自分が外されたことにも気付かず、三は二人の動きに見惚れていた。が、たちまち顔を赤らめ、進の肩を叩き自分の場所を取り戻す。進は左手の拳固で軽く三の胸を小突きにやりと笑った。強張りながらも笑顔を返し、三は自分が手にした装填済みの神弓を立て、澄に渡す瞬間を待つ。


 ニタは、後どのくらいで自分が迫り来る人妖を防ぎ切れなくなるだろう、と思った。先程爪に抉られた左肩はカシラが小袖を裂いて渡した布切れで縛り、血は止まった。しかし痺れるような感覚は続き、左腕を上げることが出来ない。多分、この戦いが終わり平常心に戻れば激痛が走るのだろう。戦いが終わるまで生き残ることが出来たらの話だったが。

 山守の数は減ってはいたがまだまだ勢いは衰えず、新手を加えては寄せて来る。自分が傷付け退けた人妖の数を十幾つまで数えはしたが、既にそんな余裕は無くしていた。手にしているのは人妖の血でどす黒く変色した白木の柄に収まる小刀。彼自身の懐刀は七、八体目の人妖を払った直後に刃が欠け落ち、得物ぶきとしての役目を終えていた。いずれにしても最初の襲撃で既に血油に塗れた刀はいくら布で拭っても切れ味が落ちていた。役立たずの懐刀を投げ捨てたニタに、これを、とカシラが恐る恐る差し出した彼女自身の護り刀を譲り受け戦っていたのだ。

 ニタの背後では役者が剣を手に山守に対していた。最前まで手にしていた槍は穂先が欠け落ち、それでも暫くは用心棒を使うかのように、刃のない槍を棒術の如く使いこなして山守を寄せ付けなかったが、一匹に噛み砕かれ折れてしまった。それでも役者は慌てず空かさず、熊皮の袋から一尺ほどの棒を出して握りに付いた掛け金をパチンと外す。すると両に刃の付いた白刃が飛び出し、棒は立派な剣に変わる。ニタは横目でそれを見つつ、次々に新たな得物ぶきを繰り出す役者に半ば呆れ半ば安堵し、背後を任せて来たのだった。

 役者は槍に劣らず剣の捌きも見事だった。役者の剣は下士階級であるニタから見れば型や流派が窺えないものだったが、小柄な身体の役者が振るえば不思議と目を惹くものがあった。その動きは全く無駄がなく、剣を無闇に振り回すことなどない。迫る人妖に切っ先を向け、彼らの得物ぶきである醜い爪と鋭い牙が役者の身体に及ぶ範囲内に入った時にだけ素早く僅かな動きで相手の急所を突き、刎ねる。槍を操った時にそうだったように、やがては人妖も無闇に突き進むことを止め、隙を狙って爪を振るうようになった。こうなれば後は体力と胆力の勝負、わたしやの役者は無尽蔵の体力を持っているかのようで、その表情も驚くほど穏やか、いっかな変わることがない。

 血を失ったことに加え緊張の連続で、既に体力の限界が見えて士としての意地だけに縋る自分と違い、なんというしぶとさ、なんという強さなのだろう。ニタはともすれば掠れる眼を見開くようにして、視線はじりじりと間合いを詰める山守に置いたままそう思った。そういえば、先の襲撃で見事に山守を打ち倒していた鉄砲使いの「助っ人」も、今は自分たちを護るのに必死なのだろうか、銃声は響くが周囲の人妖が倒れる気配はない。自分たちの命は自分たちの力だけで賄うしかなくなっている。時間の感覚は遠に失せ、どのくらい戦い続けているのか定かではなくなった。しかし、中天にあった半月は西に傾いて、時は確実に明けの刻に向かっている。このままの状態で山守を防げば彼らが苦手とする陽が昇る。その時まで一刻半さんじかん一刻にじかんか。それまで自分は、頼みの綱のわたしやは持つのだろうか?


「だ、大丈夫か、ヤブさん」

 イチタの声は掠れ、張りがない。

(遂に「さん」付けかい)

 ヤブは内心苦笑する。無論笑える場面ではない。ずきずきと脈を打つように右手の甲が痛む。最初に寄せた数匹を打ち倒した後、爪に掠られた傷。山守の爪には軽い毒があるという。掠めたくらいでは死ぬほどではないが、きちんと手当てをしなければ傷に入った毒が悪さをする。時が経つに連れ凍えるような、痺れるような感覚が傷を中心に広がるのだった。しかし、そちらは問題としては大したことではない。問題はつい先ほど斃した一匹が冥途の置き土産にとヤブに与えた傷だった。

「晒を」

 ヤブの声も掠れていたが、こちらは疲れや恐怖のせいではなかった。傷から入った毒で勝手に震えている右手。そのひとつの腕で支える小刀を、取り囲む人妖に振り向け威嚇し、ヤブはイチタに左の腕を差し出した。その二の腕、袖は引き千切られ、脚絆も裂けてむき出しとなった腕には惨い噛み跡が付いていた。血が湧き上がるように流れ腕を伝いポタリポタリと落ちている。イチタは指示通りに晒を取り出して傷に宛がう。震える手は本人の意思とは無関係に手当ての次第を狂わせ、ままならない自分に悪態が零れるが、イチタはなんとか晒を巻き止血することが出来た。

「ああいい具合だ。小便ちびりそうな塩梅あんばいで、こいつは上出来だよ、イチタさん」

 ヤブは囲む人妖に睨みを利かせつつ左腕を二、三回上下に振り、走る痛みに顔を歪めつつも戯言を言い、面伏せたイチタを元気付けようとした。

「すまない」

 またもや頭を下げるだけ。何も出来ない。ただ護られるだけの存在。例えそれが金一匁という大金を差し出した対価にせよ、士の端くれである己の存在という価値観と現状の対比がイチタの小さくはない自尊心を揺さぶる。

(何をやっているのだ、私は)

 わたしやに身を預けるまでの逃避行で既に刀は捨てていた。当初は頑なに拒んだが、目立つ上に山岳部の果てにあるという『きど』への道中の邪魔になるとニタにも諭され捨てて来たのだ。家を捨て、街を捨て、刀を捨て。すると逃げることが全てとなって己が命、掛け買いのない捨てられぬものとなる。士として死ぬことは恐れでなく尊厳を、家名を護るためなら捨てることも厭わなかったはずが、今や下層の民であるわたしや風情に命じられるまま逃げ惑う。何と言う恥辱、何と言う不甲斐のなさ。

(私だって)

 護身にと収めた懐刀。今までは触れはするものの取り出すことをしなかったイチタは今、初めて抜き出し、鞘を払う。腕は震え続けるが刀の切っ先をヤブと並んで人妖に向け、左手で笠の顎紐を解き、払うように取り去る。

「ああいいね、イチタさん」

 ヤブは笑みを浮かべるが、

「でも、前に出るなよ。奴らに命をくれてやることはない」

「やるものか」

 イチタは呟くがその声には張りが戻った。

「私とてかつては殿より知行を許された身なのだ。僅かな田地だったが間違いなく私の土地だった。先祖代々受け継いだ所領だったのだ」

「へえ、イチタさんはお偉いおさむらいだったんだね」

 普段なら身の上を話し出す渡人を遮るヤブが、この時ばかりは止めなかった。

「そんなに偉くはないが、私とて上士として湊の殿に出仕していたこともあったのだ。それを妬んだ愚劣な一党に嵌められた私は切腹こそ免れたものの一切を失った。私と一族郎党は復讐を誓い、そして――」

 イチタは一旦身の上を始めると堰を切ったように止まらなかった。大概の渡人がそうだった。ヤブは意識を山守から外すことなく、イチタの話も聞いていなかったが、イチタに話をさせるに任せた。

 渡人は置かれた身の上に恨みと後悔を抱えている。それは自尊の高い、たとえばこのイチタのような男には恥辱以外何物でもなく、それを吐き出すことは逆に生きる力となる。だから身の上を話すことで恐怖に負けるのを免れるのならば、そのままにさせておいた方が良いに決まっているのだった。

 それにしても、とヤブ思う。そろそろ来て貰わねばいよいよ観念することになるが。そう思った瞬間、唸りを上げて一匹が飛び掛り、それを合図に囲みが揺れ、二匹三匹と山守が襲い掛かった。

「ヒィ!」

「目を閉じるな!」

 思わず屈むイチタを突き飛ばし、イチタに迫った山守の爪を即座に切り落とす。続けて自分に爪を立てようとした反対側の山守に蹴りを入れ、返す刀で正面、三匹目の目を突き刺す。叫びと唸りと血飛沫と。渾然となった地獄絵図の中、ヤブの奮戦は続く。



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