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本は『愛人』、私は『――』

作者: 犬飼春華

私の彼氏は変わっている。


彼を知らないは『どこが?』と尋ねる。

彼を知る人は『知っている』と口をそろえて答える。


私と彼は『恋人同士』であることに間違いない。

しかし彼には『愛人』がいるのだ。


ある日の午後。


私は彼とデートに行く予定『だった』。

なぜ過去形になっているか?

それは彼から送られてきたメッセージが原因。


『愛人が呼んでいる』


たったこれだけ。

でもこれで私のデートはないのだと知る。

しかもこの文章だと、かなり勘違いをされる内容だ。

実際、この文章を送った過去の恋人と喧嘩をしたことがあるとかないとか。

私が彼と喧嘩をしないのは彼の『性癖』を熟知しているからだ。


「また『愛人』かあ」


メッセージを読んだあと、スマホをしまう。

今日はどこの『愛人』に捕まったのか。

私は記憶をたどりながら、ぶらぶらと歩き出す。

うまくけば彼を捕まえられる。

そしたらデートをやり直せばいい。


ただ問題はどこの『愛人』に捕まったからだ。

ここで一番彼の『愛人』がいる場所と言えば……?


「お姉さん、本に興味ない?駅前にブックカフェがオープンしたんだけど」


ティッシュを配るバイトさんに声をかけられる。

ブックカフェ……?

私はティッシュとチラシを受け取りながら、チラシの地図を見る。

ここから歩いて数分の距離。


間違いない。


彼はここの『愛人』に捕まった。

私はスマホを取り出すと、案内アプリを開く。

住所を打ち込み、ナビ開始。

ルートを見る限りでは、待ち合わせ場所に彼が行っていた様子がうかがえる。

真面目にデートしようとして『愛人』に捕まるとは……。

彼の浮気性には呆れてしまう。


たどり着いたブックカフェ。


おしゃれな雰囲気に、読書をする人々。

オープンしたばかりなので、とてもキレイだ。


「……いた」


『愛人』と逢瀬……もとい大量の本を乱読している男がいる。

本で顔が隠れているものの、関連性のない本を山積みにして読むのは彼くらいだ。

私はそっと近づき、彼の前に座る。

彼は気づかないまま、ページをめくる手を止めない。


「今回の『愛人』はどんな(ひと)ですか?」


ピタリ。

彼の動きが止まる。

そしてチラリを私を見て、視線を戻す。

全く悪いと思っていないらしい。


「今回はミステリー。湯煙サスペンスなんて古いと思っていたけど、これは新しい」


なるほど。

今回は『謎解き美女』に誘われたようだ。

しかし彼が読んでいるのは、旅行マップ。

多分温泉の地名を見て、その温泉の特徴が知りたくなったようだ。

だから『本命』の手を止めて、温泉街を調べているのか。

私は小さくため息を吐いた。


「私とのデートは?」

「本が読み終わったら、行くよ」

「中断の選択肢はないの?」


彼は無言のまま、ページをめくる。

ここで私が別れ話を持ち出しても、彼は手を止めることはないだろう。

私も変わった男に惚れてしまったものだ。


「何か飲む?私はコーヒーを頼むけど」

「同じく。ミルクと砂糖たっぷりで」


ぺらり。

またページをめくる彼。

私は店員を呼ぶと、コーヒーを注文する。

その間、彼は無言で読書。

まあ、本物の女性と浮気をしない分、マシな男かも知れない。

私は思い直して、本を選ぶために席を立つ。


私もだが、彼も相当な読書家。


彼の1週間で読む読書量は、私の3倍くらいはある。

最初に出会ったのは図書館。

本のピラミッドを作って乱読する彼に一目ぼれした。

彼の容姿は、ハッキリ言って『神の最高傑作』。

何よりも本を優先にしなければ、女性に困ることはないだろう。

そんな私がなぜ彼と付き合うことになったのか?

イマイチ思いだせない。


「……ねえ、どうして私が好きなの?」


本を選んで、コーヒーが運ばれてきて。

私は今まで思っていたことを口にした。

彼は無言のまま、ミルクと砂糖を入れてかき混ぜる。

あ、なんか怒っているかも。


「……忘れたの?」

「うん。というか、私がなんで君と付き合っているのかも不明」

「……はあ……」


ぱたん。

彼がようやく本を閉じる。

そして本のピラミッドの上に置くと、私を見る。

その双眸は真剣だ。


「俺が『付き合って』って言った時、覚えている?」

「図書館で私が『スゴイ本の量ですね』って言ったあとだったかと」

「そのあと、言った」


その途端、彼が私の手を握る。

獲物を射るような瞳。

思わず緊張した。


「俺は、言った。『神の最高傑作が本を持って立っている。俺には愛人がたくさんいるけど、誰よりも大切にします。付き合ってください』だ」


もう二度と言わせないでくれ。

彼はそう言って、しおりの挟まれた本に手を伸ばす。

耳まで真っ赤なのが、見て分かる。


失言。


彼の最愛の『愛人』は私らしい。

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