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ライバル  ――「弓道場」「白雪」「飽く」

お題は「弓道場」「白雪」「飽く」

こちらでは、爽やかな高校生の部活をかきたくて。……ちょっとずれた気がしますが、ご容赦を。。

なお、弓道については完全な想像ですので、細かい所に着いてはご容赦ください。


 その少年は、飽いていた。その少年は、天才だった。何をやらせても完璧で、労せずに結果を手に入れられた彼は、いつも飽いていた。その表情が、大嫌いだった。





 小学生の頃、僕には親友がいた。より正確には、”自称彼の”親友だった。彼が僕を親友と思っていたのかは分からない。でも、当時の幼い僕は親友という言葉に憧れ、勝手に彼を親友認定した。今思えば、どちらかという悪友で、それ以上にライバルとして見ていたと思う。


 親友は、天才だった。勉強も、かけっこも、スポーツも、誰が見ても本気でやっているようには見えなかったのに完璧で、いつもつまらなそうだった。そりゃあ、苦労して努力しなくても上手く出来るのであれば、張り合いも無かろう。成長した今では、仕方ないというか、嫌味かチクショウと思う所ではあるが、当時の僕にとってはただただそのつまらなさそうな顔が気に入らなかった。僕から見た世界は、キラキラと輝いていて、何をしても楽しいのに、彼はすぐに飽きて放り出す。僕がどれだけ頑張っても、それ以上の成績を彼は簡単にたたき出す。面白い訳がない。それが続いたある日、僕は頼まれてもいないのに、勝手に決めて彼に宣誓した。


 「お前に勝つ!そして、そのつまんなそうな顔、なくさせてやる!」


 何というお節介。有難迷惑。赤面ものだ。当時の彼も、呆気にとられていたのを良く覚えている。でも、当時の僕にとっては、これ以上とない命題だったのだ。そうして、僕は彼に付きまとうように、もとい連れ出すようになったのだ。






 「サッカーもだめ。野球もだめ。テニスは……僕が場外ホームランで論外。勉強は、うん、無理。で、絵もナントカって賞とったんだっけ?音楽は僕が寝る。……ねぇ、お前なんなの、完璧超人?」

 「褒めてるの?けなしてるの?」


 その日はついにネタが切れ、とりあえずと家に連れてきた。アレコレ今日の課題を考えるも、いい加減思いつかない。ついに勉強ってヤツに手を付けなきゃダメか、と頭を抱える僕に、彼は呆れた顔をした。その余裕綽々な顔が本当にムカつく。いーと歯を出して威嚇した僕は、やっぱり勉強は最終手段だと周りを見回した。じっとしていられない僕は興味範囲も広く、色々な物であふれた部屋である。そんな中に何か手がかりはないかと見渡して、親にねだって買ってもらったゲーム機に目を止めた。それは、親とある賭けをして手に入れた正当な報酬である。僕は目を輝かせた。


 「どうせお前はゲームとかろくにしたこと無いんだろう!お坊ちゃんはゲームを知らないもの!つまり!僕の勝利だ!」

 「……俺、別にお坊ちゃんじゃないけど。ふつーにゲームするけど」

 余りに完璧すぎて勝手に裕福な家のお坊ちゃん認定していた。え、あれそうだっけ?と今更聞き返しつつ振り返ると、彼は僕との会話に付き合いつつも、何故か窓の外に釘付けになっていた。どうやら何か興味を引かれるものがあったらしい。そんなものウチにあったかなと思いつつ、手にしたゲームを一旦床において窓の外を見やると。

 「ああ。ウチの道場?」

 「道場?」


 そこにあったのは、弓道場だった。僕の家は弓道の家系で、古くて立派な弓道場があったのだ。かく言う僕も幼い頃から弓を引いており、先程のゲームも、弓道の大会で結果を出した褒美としてもらったものだ。珍しく興味深々な様子に、僕はピコンと豆電球がついたような気分になった。余りに身近過ぎて考えてもいなかった。


 「よし!それだ!」

 「なにが?」


 突然の大声に驚いて振り返った彼を引きずって、ぼくは意気揚々と走り出した。


 厳かな空気を称えた場所に一礼して、僕はなれた仕草で道場に入った。後ろの彼は、おっかなびっくりついてきた。今までの経験から、逃げた所で後が面倒だと思って諦めたのだろう。いい判断である、と僕は頷いて、真っすぐ僕の弓が立てかけられている場所に向かった。その辺に座ってて、と彼に声をかけ、手早く弓を準備していく。本当は道着でも着た方が様になるだろうが、面倒だった。そのままの恰好でごそごそと弓を漁って来て、僕は的の真正面に立った。


 子供の力では、固い弓を引くのは一苦労だ。幼い頃から親しんできたとは言え、それでも難しいものは難しい。彼の視線を感じて、そこはかとなく居心地悪い中僕は弓を引く。音を立てて矢は僕の指を離れ。


 「……外した」

 「っ」


 勢いよく矢は的を外す。ぼそっとした呟きに顔を赤らめつつ、次の矢だ。そして、また外す。ええーと言わんばかりの視線を背にうけ、準備運動だと叫び返す。深呼吸して再度手順を最初からふむ。一回恥をかいたからだろうか、今度は自分に意識が向き、叩き込んだ動作が滑らかに再現される。先程とは全く別人の雰囲気を纏う僕に、彼が息をのんだのだが、全く気付くことなく。あ、これは当たるという根拠もない確証とともに引いた弓は。見事な弦音を立てて僕の手を離れ。的に的中する。真ん中から少しそれたが、それでも的中だ。くるっと振り向いた僕は、へへんと胸を張った。


 「どうだ」

 「……まじか」


 固まっていた彼は、それだけ絞り出すと押し黙った。いつもとは全く違う様子に、僕の方がたじろいだ。え、どういう状況?と疑問符を浮かべ、若干焦りつつ彼の様子を伺っていたのだが。おもむろに彼が顔を上げて手をのばしてきたのに首を傾げた。


 「なに?」

 「貸して?」


 威風堂々とした要求にうっかりつられて弓を渡すと、彼は見よう見まねのぎこちない様子で弓を構えた。そして、うまく引き切れないままに放った矢は、全くの明後日の方向に飛んでいった。そこまでの一連を呆然として見ていた僕は、うごきを止めた彼の滑稽な背中を見て、吹き出した。


 「うわ、ダサ!」

 「なんだこれ、全然うまく飛ばないんだけど」


 むくれたように弓を振っている彼に、僕は腹を抱えて爆笑した。何もかも完璧な彼は、流石に縁のない初めての弓道では上手くいかなかったらしい。僕はこれだ、と目尻に浮かんだ涙を拭ってニヤリと笑った。これならば、僕に一日の長がある。納得いかないような顔をした彼は、いつものつまんなそうな、飽きたような顔は全くなかった。僕はニヤニヤと彼に声をかけ。


 珍しく僕が稽古をしていると思って覗きに来た両親にしこたま怒られた。ぼく一人で稽古する時ですら、安全の為に声を掛けろと言われていたのに、素人の彼が弓を持っていたのだ。さもありなん。彼と正座でしおらしく説教を聞いた後。僕は両親に頼み込み、彼を門徒として迎え入れたのだ。






 その後。彼は突如として転校していった。普通に会社員をしていた両親の、普通の転勤だった。呆気にとられた僕に、「だから普通の家だって言っただろ」と呆れたように呟いた彼は、何処か不安そうだった。弓に夢中になっていた彼は、それまでの何処か虚ろな生活のむなしさを感じるようになっていたのかもしれない。彼の完璧さに遠巻きにする者が多い中、無邪気に近づき喧嘩を売っていたのは僕だけだったのだ。それは一種の依存だったのかも知れない。彼に似つかわしくないその顔に、僕は自分の寂しさとか整理できない感情とか置いておいて、宣言したのだ。


 「高校生になったら、部活の大会で会おう。それまでは、お互い稽古して力付けようぜ。その方が、きっと楽しいから。だから、また会おうぜ」


 その時、初めて彼の心からの笑みを見た気がした。






 そして今。ちらちらと白雪の舞う寒い冬、僕は寒さに体を縮めながらとある会場に来ていた。その年の春入学した高校の弓道部は、お世辞にも強いとは言えなかった。しかし、和気あいあいとした雰囲気を気に入り、僕は家の厳しい稽古の傍ら、弓道部で楽しく弓を引いていた。夏の大会には準備が間に合わなかったので、今回が高校入学後、初めての大会だ。雪にはしゃぐ部活のメンバーに呆れた視線を向けて、僕は弓を握った。


 「さぁ、頑張ってくれよ、我が部の天才様」

 「天才いわんでください」


 頼る気満々な先輩が腕を組んできたので、パッと外していーと歯を剥きだしにする。ニヤニヤと実に楽しそうである。とは言え、実際に大会ともなればこの先輩も真剣に弓を引く。成績は決して良くないが、それでも真剣に。だから僕も気合入れないとと思いつつ、天才という言葉に苦笑した。僕が幼少期から弓を引く事を知っており、それゆえにそれなりの成績を出せる僕に、先輩たちが揶揄い混じりにそう呼ぶのだ。


 僕は天才ではない。本物の天才を知っている。僕など及びもつかない天才を。だけど、それゆえに彼は世界に退屈してしまうから。僕が唯一彼に勝てる可能性がある弓で、引き留めなければならないのだ。


 「へぃへぃ。ま、とりあえず行きますか、エース様?」

 「エースなら謹んでお受けしますよ。僕がいちばん成績いいですし」

 「ちぇ。可愛くない後輩だことー」


 そんな風にじゃれ合いながら会場に向かっていた僕の足が、止まった。一瞬、本当に一瞬だったが、見えた気がした。僕が追いかけ続けた、天才の姿が。


 「どしたー?雪で凍ったかあ?」

 「……変温動物の先輩じゃないんですから、凍ってないですよ。寧ろ燃えてます」

 「おう、なぜ急に」


 ドン引きの顔をした先輩に舌を出して、僕は駆け出した。勝負の時は来た。

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