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君か、世界か【ウラ】 ――「未来」「神託」「破壊」

テーマは「未来」「神託」「破壊」

今回は、以下に登校している内容とリンクしています。ファンタジーの裏は魔王視点。恋愛の表は別視点となります。宜しければご覧くださいませ。


色とりどりの世界を覗き見る ―三題噺―

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 もうすぐ、勇者一行がやってくる。巫女を代償に、魔王を討つために。


 「愚か者め」


 暗く湿った森の奥。苔むした大きな岩の上に、片膝をついて座っていた魔王は、ゆるりを目を開けて呟いた。七色に光る瞳を遥か先にある小さな村の方向へと向け、小さくため息をついた。本当に愚かだ。大して力を持たないくせに、自分を倒すなどと大言壮語をほざいているらしい。他を隔絶するほどの力を持った魔王にとって、多少離れた場所にいる者の力を図る事など造作もない事だ。彼らが到着した時点で、彼らに勝ち目がない事はすぐに分った。


 ――だが、それでいい。いや、別に勇者たち

が魔王に遠く及ばなかろうが、関係ない。意味がないのだ。何故ならば。そのすべてが、茶番であるからだ。

 魔王は静かにめを伏せ、立てた片足に乗せた腕へと顔を埋めた。瞼の裏に、悪戯っぽい笑みを浮かべた、《《幼馴染の少女》》の姿が浮かんだ。

 魔王はかつて、人間であった。


 魔法を極めた人間は、魔物へと堕ちる。その身に宿す魔力によって汚染され、その身は人のそれから大きくそれる。魔物とは、魔物から生まれたもの、濃い瘴気によって発生したもの、人間や動物の慣れの果て、そのどれかの事を示すのだ。そうして魔物へと堕ちた存在は、特定の条件を満たす事で更なる強大な力を得る。その存在を、人は魔王と呼び、恐れたのだ。




 魔王となった青年の足跡は、幼少期に遡る。その青年は、生まれつき膨大な魔力を持って生まれてきた。その魔力故に、親を傷つけ、幾度もの暴走により周囲から孤立した。そして、とうとうその絶大な力に根を上げた両親や周囲のものたちによって彼は捨てられたのだ。本来ならば親の庇護が必要な程に幼い時分に。捨てられた等の本人はというと、そのような環境でまともな情緒が育つわけもなく。ただ、ああ、捨てられたのかと、皮肉にも生まれ持った聡明な頭で冷静に思っただけだった。


 彼にとって幸運だったのか、不幸だったのか。死ぬ直前、彼は拾われた。後に救世の巫女として名をはせる少女の父の手によって。少女の父は神官だった。傷つき、痩せ細った子供を見過ごせなかった男は、神殿へと連れ帰り、甲斐甲斐しく世話をした。


 周囲の心配をよそに、青年は徐々に回復していった。拾った状況が状況だったので、生きようとはしない、そうでなくとも癇癪くらいは起こすのではと思われたのだが、青年は淡々と与えられたものを享受し、回復した。何てことはない。生きる意味はないが、死ぬ理由もない。それだけの事だった。


 「それじゃあつまらないじゃない。一緒に見つけましょうよ。私も、探している最中だから、丁度いいわね」


 その想いを見抜いたのはたった一人。小さな体で、力など全くもたない、無力な少女。幼馴染として一緒に育つ事となる少女は、ひたすらに聡明だった。自分のために生きろと言って笑った少女は、何が愉しかったのか、ずっと青年に構い続けた。




 「女神様の恩寵と言われているわ。時折、あなたのようにとてつもない力を持って生まれる人がいると」

 「女神、ねぇ」


 青年は、成長して魔法使いとなった。神官に制御を教わっていこう、青年は一気に力をつけ、気付けば並ぶもののない世界最強の一角となっていた。埃と微かなカビの匂いに満ちた書庫の中で、青年は鼻を鳴らした。その間も手元の本から視線を動かさない青年に、巫女となった少女は苦笑した。


 「女神様に失礼よ」

 「そりゃどうも。生憎と女神様なんて興味ないんでな」

 「魔法以外に興味持たないなんて今更じゃない。もう少し周りの人にも気を配ってくれると嬉しいけど?」

 「めんどうだ」


 バッサリと切り捨てられ、巫女は肩を竦めた。幼少期の影響か、本人の気質によるものか。魔法の才能は他を隔絶していたが、同時にそれ以外の才能は全くと言っていいほど持ち合わせていなかった。彼に構うのは最早巫女しかおらず、神は二物を与えず、何てよく言ったものね、とクスクス笑う。そんなんじゃ友達出来ないわよ、と揶揄ってくる幼馴染を、心底うんざりしたように一瞥した青年は、パタリを本を閉じて踵を返した。


 「お前こそ、よく神なんて不確かなものを信じるもんだ」

 「信じているわ。信じる者に救いがある、そうして世界は回ってきたのだもの」


 薄い胸を張って巫女が断言する。その根拠なき断言をする顔が、思いのほか気に入っていたのだと。彼はその笑顔を失った後に気付いたのだった。




 それは冷たい雨の降りしきる日。いつもの様に、古ぼけた小さな小屋で、頼りない蝋燭の火を頼りに本を読んでいた日の事だった。突如として家の外に気配を感じ、青年は顔を上げた。この家を尋ねる人物など、一人しかいない。だが、この様な時間に前触れもなく現れる性格ではない。それ以前に、最近護衛になった騎士に夢中な幼馴染は、ここから足が遠のいていたのだ。女好きのしそうな整った甘い顔立ちをした騎士の顔を思い浮かべ、青年は嫌そうに顔を顰めつつ立ち上がった。騎士の事自体は嫌いではないのだが、兄弟同然に育った幼馴染がウットリと赤く染めた顔で永遠に惚気るのに付き合う身にもなって欲しい。今日もその件か、とうんざりした気持ちで「出直せ」と怒鳴る為にドアを開けて。


 「――どうした」


 倒れ込んできた小さな体を受け止める事となった。その痩身は雨に濡れ、顔は土気色になっていた。闊達な色を浮かべていたはずの瞳は虚ろで。青年は顔色を変えた。手早く抱き上げて家に入れると、近くに放ってあったローブを乱暴に掴んで巫女を包む。手早く家の中を暖めつつ、その濡れた体を手早く乾かす。それでもなお、巫女の体は冷え切ったままだった。


 じっと座り込んで動かない幼馴染に、青年はどうしたものかと思案する。そして、ふと、常に傍に居る騎士がいない事に気付き眉を寄せた。


 「アイツは何している。呼ぶか」

 「だめ」


 魔法を発動する為に手を上げた瞬間、パッと巫女がその腕に飛びつき、激しく首を振った。青年は逡巡したが、諦めて手をおろした。じっとうつむいたままの幼馴染にため息をつき、どかりと近くの椅子に腰を下ろした。そのまま近くにあった本を開き、話し出すまで待機する構えだ。暫くパラパラとページがめくれる音だけが響き、ようやく巫女が小さく呟いた。


 「嘘だった」


 視線を向けてきた青年に対して、泣きそうな顔をした巫女は嘘だったの、と再度呟いた。何が、と視線だけで問う幼馴染に、巫女はポツリポツリと語り出した。この世界と女神の関係、その真実を。




 「嘘だったの。私たちが信じていた事、そのすべてが。女神はこの世界の守護神ではなかった。女神は、戯れに厄災を起こし、もがき苦しむ私たち人間を見て楽しむ狂った存在だったの。試練を越えた先に、女神の加護も救いも無かった。戯れに救いがあるのは、救いという希望があった方が、絶望がより大きくなるからと。その苦痛の顔が何よりも愉悦なのだと、そんな事信じられる?」


 そう語った巫女は、この世界で最も力を持った神官で。女神に最も近しい存在で、寵愛を受けていた。だからこそ、女神の神託を人に告げる役目も負っていたし、女神と直接接触できる稀有な存在だったのだ。今日は、一生に一度の神事の日で、その身を女神へと捧げ、より結びつきを強くするための日だった。純粋に女神をしたい、人々の為に一生を捧げる覚悟を持った優しい少女に、女神は歪んだ愉悦を思いついてしまったのだ。


 ――この少女に、真実を教えたら。誰よりも熱心に信じていた存在に裏切られたとしたら。その美しい顔を、どれだけの絶望に染め上げるであろうか、と。


 女神の耳障りな高笑いが、いまだに耳から離れないの。巫女は涙を流す事すらできず、呻いた。どれほど否定しても、試練なのだろうと叫び声を上げても、女神は歪んだ嗤いと共に、彼女に真実を突き続けたのだという。


 「貴方の方が正しかったわ。神なんて、信じるものではなかったわ」

 「そうか」


 それでもなお、その言葉を口にするのも苦し気な幼馴染。青年はただ、ポツリと呟くだけだった。再び本へと視線を落とした青年を、巫女はじっと見つめていた。そして、囁いた。


 「あの邪神を、討ちます」

 「正気か」


 流石に本から視線を上げた青年に、巫女は頷いた。復讐か、と問う青年に巫女は頭を振った。巫女の瞳は、真っすぐと揺らぐことなく強い光を灯していた。


 「このままでは、あの邪神によって世界は支配され続ける。そして苦痛は続き、救いない世界が、永劫続く。そんな未来をしって、どうしてそのままにしておけると思うの?これまでの人々の痛みを、そしてその苦労を、無かったものに何て、させない。させる訳には、いかないのよ」

 「ちがうな」


 青年は容赦なく切り捨てた。巫女は唇を噛む。付き合いのながい幼馴染だ、ごまかしは聞かない。たとえ、先の台詞が嘘でなかったとしても、本心全てを言っていないことはすぐに露呈した。神殺しという大罪を犯すのだ。相応の覚悟と理由がいる。それを言え、と青年に無言で要求され、巫女はきっと青年を睨みつける。


 「嘘ではないわ。ただ、全てではないだけ。ええ、そうよ。一番は、あの人がいるこの世界を、あの人が生きるこの世界を、未来を。あの邪神に汚されるなんて御免だわ。あの人のいない未来なんて、想像もつかない。そんなこと、させるものですか」

 「なるほど。ヤツの命を担保にしたわけだ」

 「ええ。本当に人が絶望する方法には詳しかったわ。だから、取引を、――いいえ、ゲームをすることにしたの。たとえなにがあろうとも、貴様を討って見せる、と」


 勝利条件は、巫女の心が折れる前に女神を討つこと。女神はこの先、巫女を絶望させるためにありとあらゆることをしてくるだろう。巫女は騎士を愛していたが、同時にこの世界と人々のことも大切にしていた。故に、この先は多くの犠牲が予想される。巫女の役目は、その犠牲を最小限にすること。そして、そのための策として。――最初の犠牲者を、自らの手で作り出すと決めたのだ。


 「貴方の命を、私に頂戴」


 幼馴染に乞われた青年は、じっとその瞳を見つめたのち、ゆっくりと息を吐くと。徐に口を開いて――。






 「やれやれ。突然魔王になれと言い出すだの、自分を使って神を殺せというだの。相変わらず無茶苦茶だ。というか、結局他力本願じゃねぇか」


 すっと目を開けた魔王は、ため息をついた。自分が真実を知ったとはいえ、人々にそれを告げるのはリスクが高い。かといって、何事も無しに神を殺せる様な力を使用できるわけもない。ならば、それに匹敵するような脅威をでっちあげ、その脅威との激突という形で事を起こせばいい――。なんとも無茶苦茶な作戦である。しかし、実際に魔王を倒す為、という名目ですすめられている準備は、たしかに神へと一矢報いるための準備であった。そこは巫女の見事な手腕によるものだと褒めるべきだろう。


 「余計な手腕だがな」


 頭が痛いと言わんばかりにため息をつき、そもそも規格外の人間であったとはいえ、無造作に魔王になれなどと言い出すバカだったなと諦める。なろうと思ってなれるもんじゃないんだぞ、と自分のことを棚に上げて罵る。それどころか、勇者と魔王の激突に見せかけて、自らの体に神を降ろして封じるからそれを殺せなど、情のある人間にいう事ではない。極めつけに、神殺しの術式は難易度が高すぎて、ほとんどの確立で術者も死ぬと来た。無茶苦茶である。酷い幼馴染を持ったものだ、と頭を振る。


 そうして今、約束の時は来た。巫女の《《偽りの》》神託によって、魔王はまだ覚醒していないとされているが、実際は違う。魔王は既に万全の状態である。全ては、たった一つの願いの為に全てを捨てた、愚かしくも大切な幼馴染の為に。


 家族の無い自分に温もりをくれた、愛すべき妹の願いをかなえると決めた。その結果、その妹を失う事になろうとも。君と世界を天秤にかけ、――君の願いの通り、世界をとる。


 「……あの、愚か者が」


 そういって、魔王は静かに腰を上げた。






 「魔王がこの地に降り立ちました。数年前に発生した彼は、潜伏して力を蓄えた数年の後。世界を、破壊します。ありとあらゆる加護、守護を越えて、全てを破壊するのです。しかし、諦めてはなりません。今こそ立ち上がるのです。自らの足で立ち、考え、闘うのです。自らの未来を、その手で切り開くために。その為であれば、私は私のすべてにかけて力を尽くしましょう」

 「さぁ。約束の時は来ました。明日、私を連れて魔王へ挑んでください。そして、――私を生贄に、敵を、討って」





「魔王がこの地に降り立ちました。数年前に発生した彼は、潜伏して力を蓄えた数年の後。世界を、破壊します。ありとあらゆる加護(しがらみ)守護(呪縛)を越えて、全てを――女神が支配し、戯れに遊ぶこの憎い世界を、破壊するのです。自らの未来を、その手で切り開く、そんな世界にするために。」

 「さぁ。約束の時は来ました。明日、私を連れて魔王へ挑んでください。そして、――私を生贄に、神を、討って」




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