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緊急速報、王家直轄地襲撃! ー「朝」「苺」「穏やかな城」ー

 ピールルル。リラララ。可憐な鳥の鳴き声が、広く青い空に響いている。その女中はパキパキと動かしていた足を止め、空を見上げると目を細めた。


 「今日もいい天気ねぇ」

 「そうね、今日は洗濯日和よ」


 丁度通りかかった同僚がクスクス笑いながら、腕一杯に抱えた洗濯物を掲げて見せた。そうね、と微笑み合い一緒に歩き出す。通りがかる人、それぞれが穏やかな顔をして、しかし生真面目にそれぞれの職務を果たしている。


 「それで、今日は何が納品されるんだっけ?」

 「そうね、今日は食品がメインだから、装身具とかはそんなにないかも」


 ついでだから、と大量の洗濯物の処理を手伝い、返礼を申し出てくれた同僚と肩を並べて歩きながら、女中は細い指を顎に当てた。なんだ、と残念がる同僚。手伝いが本命でありつつ、もしかしたら自分の買い物もできるかもと思っていた事を察し、ちゃっかりした同僚に苦笑する。そう、今日は数日に一度の行商人が登城する日なのだ。基本的には消耗品や必需品を納品する為に訪れるのだが、それ以外の奢侈品も持って訪れることも多いため、城に勤めるもの達から人気なのだ。勿論、上層部もその楽しみを禁じる事はなく、仕事をこなすことを条件に好意的にとらえていた。むしろ、庶民的な王妃がお忍びで現れては、女中たちと一緒に買い物を楽しんでいるのだ。


 「いらっしゃい」

 「こんにちは。今日は何があります?」


 話しているうちに、行商人がいるエリアに辿り着き、既に人込みが出来ているところに割り込んでいく。二人に気付いた行商人が、やんわりと優しい微笑みを浮かべた。年若いこの青年は、穏やかな物腰と、端正な顔付きで多くの女中たちから人気であり。二人も例にもれず優しい微笑みに顔を赤らめた。とは言え、まずは仕事を、と気を持ち直して商品を除く。その腕の中で、小さな影がモゾリと蠢いた。


 心地よい低めな声に真剣に声を傾け、二人はそれぞれ品定めを始めた。



 自然豊かなこの国では、ここしばらく戦争という戦争をしていない。騎士団を有し、有事の際には民を守る為の戦力はありつつも、賢明で真面目な王族が治めるこの国は滅多な事は怒らない。自然豊か、といえば聞こえはいいが、自然以外の長所がない小さな国といえばその理由もわかるだろう。旨味がなさ過ぎて、そしてある意味いつでも侵略できるという弱い立場故に、周りの大国から放置されているのだ。もっとも、この国ではそれをいい事にうまく立ち回っているということもあるのだが。


 それゆえか、王族を始めとした国民性が、穏やかで優しい気性となっており。城下町は勿論、荘厳な空気の漂う王城もまた、何処か伸びやかな雰囲気を纏っている。


 そんなある日。いつも通りの朝を迎えた城に、一件の知らせが届き。


 ――凄まじい緊張が走った。





 「それで。状況は如何に?」


 質素でありながら、上品かつ荘厳に纏められた謁見室で。重厚な衣装をまとった初老の王が、憂い顔で重い口を開いた。玉座に座す王の元には、騎士団の長と宰相を始めとした文武の高官たちと、高位貴族が集まり、暗い顔を突き合わせていた。その視線の先には、知らせをもたらした一人の騎士が跪き、青い顔をこわばらせていた。


 「芳しくはありません。魔獣の群れは千を下らず、一体に対しても数人がかりの討伐になります故……」

 「最低でも数千の騎士が必要か……。厳しいな」


 宰相が重々しく呟き、その場に暗い沈黙が降り注ぐ。この国は小国で、そもそも兵の数はさほど多い訳でもない。その上で王国守護として控える兵力や、治安維持、各地の土木工事などを手分けして行っているのだ。魔獣退治にばかりかまけてはいられないのだ。


 「ああ、この状況を打開できるような一騎当千の勇者でもいれば……」

 「ば、ばかものっ!」


 会議の運営を補佐していた、下級官僚が思わずといったように呟く。彼の故郷が魔獣発生地の近くにあり気が気ではないのだろう、ある意味致し方ない呟きではあるのだが、それを聞いた近くにいた貴族の一人が一気に顔色を失って叱責する。はっと下級官僚は我に返り、まるで化け物でも見たような顔をする面々を見つめ、ざざっと血の気が引くのを感じた。


 「も、もうしわけ……」

 「よい。そなたの立場であればそう思うのも当然で、そうでなくとも全員気持ちは一緒……」

 「王よ!そ、そのような事をおっしゃっては……っ!」


 寛大な王が下級官僚を慰めようとしたのだが、別の高位貴族が悲鳴を上げる。そんな事を言っては、フラグが立ってしまう……!あまりの恐ろしさに最後まで言えず尻すぼみになる貴族に対し、王は引きつった顔でまぁまぁと宥める。


 「だ、大丈夫だろう。ヤツの耳には入れないようにと……」


 と盛大なフラグを立てた次の瞬間。荘厳な会議場の、重厚な扉の外で。厳重な防音対策がされているであろうはずにも関わらず、何故か凄まじい轟音と、地獄を見たかの絶叫がとどろき。会議の出席者は全員、音を立てて固まった。


 次の瞬間、荘厳な見た目に見合った重さを持つ扉が宙を舞い。どこからともなく、もうもうと立ち昇る土煙の中、一つの人影がむくりと立ち上がり。キラン、とその身に纏う鎧が光を反射して。


 「失礼仕ります!王!恐れながら、憎き魔獣どもが恐れ多くも申請な王家直轄地に出没し暴れているとのこと、この私も王家に使える騎士として目に物みせてやりましょう!それでは出陣いたしますので、さらば!」


 それはそれは美しい笑みを浮かべた、美貌の女騎士。いっそ華奢とも思える細身の騎士は、黙っていれば深窓の令嬢もかくやという笑みを浮かべ、ノンブレスで一気に宣言し、それはそれは颯爽と身を翻していった。最早止める間もない。そして、彼女の歩く道先には、呻き声を上げる兵士《死体》達が山積みで。


 「あ、いや、ちょっと、まって……?」


 頭上の壁に巨大な扉が突き刺さったままの王が、もはや魂を飛ばしながらなんとか制止しようとしたが時すでに遅し。嵐は過ぎ去った後である。






 場所は変わり、王家直轄地。数時間前まで悲壮な顔で覚悟を決めて戦っていた騎士たちは、小高い丘の上で無の境地に辿り着いていた。彼らの視線の先。全身を真っ赤に染め上げた細身の女が、幾千の魔物を相手にケタケタと甲高い笑い声を上げながら暴れ回っている。剣がひと振りされると山が麓から吹き飛び、細い体が跳ねまわる旅に巨大なクレーターが発生し、天は割れ、大河はその流れの向きを変え……。


 「だれだよ、あの悪魔召喚したの……。」

 「本人自ら降臨したとか……。」

 「ああもう、わが国最強最悪の最終兵器。無理無茶無謀を全て力で解決する理不尽の権化。化け物の代名詞。アレが暴れる方がよっぽど魔物たちに暴れられるより被害デカいんだが……」


 言いたい放題である。責任者としてこの地に来ていた壮年の騎士は、とてもいい笑顔で空を眺めている。目の端に何か光るものがあり。それを見た補佐官はそっとその肩を叩いた。


 「……地図、頑張って書き直しましょうか」


 この国の騎士団に入団して、まず最初に覚えさせられるのは地図の書き方と測量の仕方。何故ならば。

 この国の地図は頻繫に書き換えが発生するからである。





 嵐を吹き飛ばす巨大ハリケーン到来。(哀れな)魔物たち、残らず駆逐される。そんな見出しが尽きそうなくらい見事にその地もろともに吹き飛ばした事は、すぐに国中に伝わった。


 晴れた青空が美しい朝。本来英雄として凱旋するはずの騎士たちはもはや引きつった笑いでパレードに出る始末。国民たちもそんな彼らに哀れみの視線を送っていた。そうして辿り着いた先の王城。一見穏やかな雰囲気の城だったが、魔物たちを撃退したことへの高揚している……事もなく。騎士たちは王の前に跪いた。顔を上げる許可を得た彼らの顔を彩る色は一色。絶望。それだけである。


 「此度の一件、大義であった。して、時に、その……その様子では、その」

 「はっ。誠に、申し上げにくき、ことなれど。……はい、その、御察しのとおりかと。もうしわけも御座いません」


 刹那、王城に響き渡る絶叫。広々とした接見の間にある大きな窓。ぎぎぎ、とその場に居合わせた者達は油の切れたブリキ玩具のような動きでその外を見て。ああ、終わった、と全員の体を絶望が襲う。


 彼らの視線の先。よく王城へと物を卸しに来る行商人の青年がおっとりと立っていて。その前に女騎士が崩れ落ちていた。青年は慈悲深い笑みを湛え、しかし女騎士を助け起こすでもなく見下ろしていて。


 「今回は致し方ありません。また次回にお願いいたします」

 「そ、そんな……。そんな無体な!せめてあともう少しだけ!」

 「申し訳ございません。次の国での予定もございますので、ご容赦を……」


 これだけ聞けば、女騎士が青年に惚れて少しでも一緒にいることを希望している……、ともとれる。が、しかし、違う。涙する女騎士の視線の先は青年……ではなく、青年が抱えた小さな可愛らしい獣。きょとんとした顔で、くりくりした大きな瞳で女騎士を見つめている。青年はやれやれと言わんばかりに苦笑して、その小さな頭を撫でた。嬉しそうに鼻を鳴らす獣に、女騎士はユラリと手を差し伸べるが。


 「ぴっ」


 人見知りの獣は怯えたように震えて、青年の胸に顔を隠してしまう。女騎士はこの世の終わりのような顔をして地に伏せる。


 そう。女騎士の目的は青年に抱えられた獣。その有する圧倒的な武力に反し、可愛らしいものが大好きな彼女は、行商人が釣れている獣に一目ぼれ。希少な獣であり、親元からはぐれたその仔を甲斐甲斐しく面倒見てきた青年にとっても大切で、譲り受ける事はもってのほか。そして力が強すぎる事を本能で察しているのか、徹底的に避けられており、女騎士はそんな獣の仔の気を引こうと必死なのである。そして、年に1回その仔を伴ってくる青年の事を待ちわび、貴重なふれあいの機会を楽しみにしていたのだ。好意の証として、その獣の好物である、苺を貢ぐことで。そして、その獣はこともあろうか、王家直轄地で栽培されている苺が殊の外お気に入りで。


 ここまで来ればお分かりだろう。今回の魔物の襲来により、王家直轄地は襲撃された。苺の栽培地もろとも、もはや更地である。つまり、女騎士は獣に貢ぐ苺を守ろうとして出陣し、守り切れずに貢ぐことが出来ず、獣に袖にされて涙しているのだ。そして、行商人の青年は次へ旅立つ。つまり、獣の仔もそれに同行してこの地を去るわけで。


 「あ、まずい」


 謁見の間で、誰かが呟いた。次の瞬間、庭で巨大な爆発が生じ、その衝撃派が止んだ時、謁見の間にいる者達は、虚ろな笑みで空を見上げ、それはそれは美しい青空・・を眺めた。


 「……ああ、魔物に国を滅ぼされるのが先か。他国に滅ぼされるのが先か。あるいは、ヤツに滅ぼされるのが先なのか」


 大暴れする化け物を横目に、王は今日の夕食のメニューを予想していた。ああ、化け物、もとい最強最悪の女騎士を野放しにしてはならない。とりあえず、どうやってうまい苺を集めるか。それを栽培して、なにをおいても守る方法を考えなければ。


 そうして、この国の最も有名な特産は苺になるのであった。

 

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