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とある世界の片隅で。――いつか師匠の願いをかなえる日まで――  ――「静かな神社」「書類」「効く」

テーマは「静かな神社」「書類」「効く」

最初に謝罪します。まず、作品の雰囲気的に神社を神殿としています。また、なんとなくテーマをこなしきれていない感がありますが、作者の未熟さによるものです。ごめんなさい。。

なれない俺つえー系?に挑戦しようと思った事が敗因だと思います。。しかもつえー系になり切れてないという。。

※ちなみに、チート枠?は師匠です。




 「なぁ、聞いたか、噂?」


 グビりと手に持ったジョッキに並々と注がれた麦酒を煽り、その男は声を潜めて連れの男に囁いた。数人で丸いテーブルを囲んだ男たちは、誰も彼もが赤ら顔をしており、既に出来上がっているのが分かる。一仕事を終えた後の酒は上手い、としけこんだ男たちだったが、周りの客たちもまた似たようなものだ。


 生きて帰れた事にほっとした様子で、でもそれをなんとはなしに隠しつつ、いくつもの傷が残る巨体を甲冑に包みこんだ男。くたびれたローブに身を包んだ魔法使い。最低限、清潔さを保つパーティーの回復役の女。巨大な斧を持った小柄な、それでいてどっしりした風格を持つドワーフ。細身のレイピアを下げた、三角耳としなやかな長い尻尾を持った女。――それ以外にも、年齢も性別も、種族すらてんでパラパラな人々が、それぞれグループを作って賑やかに酒を飲み、豪快に食べ物を食らっていく。


 ここは、様々な種族の者達が共存しており、魔物の脅威から身を守りながら日々の生活を送っているとある世界。主要な各街には冒険者ギルドが設置され、脅威となる魔物の討伐から、街の人々から出される簡単な依頼までを一括で管理、冒険者が依頼をこなす事で人々は生活をしていた。ここは、そんな街のうちの一つであり、ギルドに併設された酒場である。


 「噂って?」


 よく日に焼けたいかつい顔を歪めて、囁かれた男はしゃがれた声で返した。すると、パーティーのべつの男がバシッとその頭を殴り、馬鹿と罵った。


 「アレだよアレ。最近この街にAランクパーティーが来ているってやつだ」

 「Aランク?珍しいが、そんな噂になるくらいかぁ?いねぇわけじゃねぇだろ。うちだってBランクのパーティーが常駐してるんだし」

 「それがよ、だたのAランクじゃないらしい。Sに限りなく近いというか、もう間もなく昇格らしいぜ?」

 「まじかよ?!」


 ひそひそと囁かれた噂に、流石の男も目を剥いた。AランクとSランクでは大きな差が存在する。実力と実績が必要となるSランクは滅多にお目に掛かれない存在なのだ。ひぇえと身を震わせた男は、麦酒を煽った。その時、ギルドの空気がざわりと揺れ皆の視線が入り口に集中した。つられて振り返ったパーティーメンバーは、慌ててこっそりそこを指さす。


 「あれだよあれ!あれが噂のパーティーだ!」


 口に含んだ麦酒を吹きだした男たちは、慌てて振り返った。





 「今日の依頼も無事完了。手続きしたら飯にしようぜ」


 パーティーの前衛を務める小柄なドワーフは、腹が減ったと呻きつつすでに何を食べようかと考えているようだ。その後に続いてギルドに足を踏み入れたエルフの少女は、その美しい顔に呆れた色を乗せため息をついた。


 「いいですけど。毎日毎日おなじ行動繰り返していますよ?いい加減、目的を果たしに行きません?」

 「そりゃあ、リーダーに言ってくれ。俺らは場所知らんのだから」

 「それもそうですね」


 ついとふりかえった先で、二人分の視線を浴びた人族の青年は、ユラリと視線を泳がせた。整った精悍な顔に冷や汗をかきつつ、引きつった笑みでギクシャクと頷いた。


 「あー、うん、その、なんだ。まだ心の準備が……」

 「生まれ故郷に戻るのになぜそんな心の準備が必要になるんだ」


 容赦ない仲間の台詞に、青年は撃沈した。もごもごと言い訳を口にしながらそそくさと受付に向かう姿は、とても人々の憧憬を集めるAランクパーティーのリーダーとは思えない。ドワーフとエルフは揃って深々とため息をついた。





 サクッと依頼完了の手続きを終えた三人は、そのまま酒場で夕食をとる事にした。冷ややかな二人の視線に、青年は気付かないフリで食事をかきこんだ。最後に残ったひとかけらの肉を口の中に放り込んで、青年は漸くぼやいた。


 「何が悲しくてあの村に戻らんきゃならんのだ……」

 「Sランク昇格も目前だし、一度故郷に挨拶したらどうかといいだしたのは貴方では無くて?」

 「ああ。俺たちはもう行ったしな。そうなるとお前だけだ」

 「いや、家族に溺愛されているおエルフや、親兄弟に仕送りしているおドワーフは、家族に報告したら喜んでくれるかと思ったというか、折角だからそれを口実に顔を見せに言ったらどうかなーと思っただけで、俺は別に……。孤児だし……」


 「だが、育ての親がいるんだろう?なら行けばいいだろうが」


 うんうん、と頷くエルフ。そもそも最寄りの街まで来ていて往生際が悪い!と睨まれ、青年は肩を落とした。ここまでも非常に時間がかかり、いまだにうじうじとしている彼に、何がそこまで嫌なのかと二人が顔を見合わせたその時。


 「緊急事態だ!動けるヤツは集まれ!」


 突如として大きな叫び声が響き渡り、間髪入れずに椅子が引かれる音や引き倒される音が響いた。青年達のパーティーも例にもれず、パッと立ち上がり頷きあう。手早く荷物を集めると緊迫した空気を纏うギルマスの元へと駆け寄っていった。



 「で、その結果がこれかい」


 青年は額から垂れてきた汗を乱暴に拭い、剣を構えつつ苦笑した。前衛で攻撃を弾いているドワーフが、うまく衝撃を受け流しつつ後退してきて、やれやれと息をついた。


 「お前さんに巻き込まれて色々な魔物と戦ってきたし、何度も死にかけたが、まさかここにきてSSランクの厄災に巡り合うたぁなぁ。お前、いちど厄払いして来たらどうだ」

 「やめてくれ。俺はまだ死にたくない」


 何故か一気に顔色を失った青年に、ドワーフが怪訝な顔をする。しかし、次の瞬間二人は声もなく飛びのいた。同時に鱗に覆われた巨大な足が振り下ろされ、轟音をまき散らす。ひゅうと口笛を吹いたドワーフは、間髪入れずに展開された回復魔法を察知し、後衛のエルフを一瞥した。視線だけで礼を言ったドワーフは、うんざりした顔で武器を構えなおし、顔を上げる。小柄なドワーフでなくとも見上げる程の巨体。蝙蝠の様な薄く、それでいて巨大な羽。強固な鱗。強靭な体。1体で街一つを簡単に消滅させられるドラゴンが、余裕しゃくしゃくな様子で天に向かって咆哮した。


 突如ギルマスに呼び集められた後、何とか迎撃態勢を整えて迎え撃ったのが、この巨大なドラゴンだった。噂ではこれでもまだ脅威的には中程度のドラゴンらしいが、本当に勘弁してほしい。何とか街から遠ざける事が出来ているが、と青年はチラリと背後を見やり、意識を戦闘に戻した。さて、どうやって鱗をたたき割ってやろうか、と思った瞬間。上空から気配を察知し、無造作に剣を振るう。断末魔の叫びを上げて真っ二つになったのは、ワイバーン。何故かドラゴンに従うようにして、無数のワイバーンなどの魔物たちが暴れていたのだ。周囲でパーティーを組んで何とか魔物一匹一匹に対処していた冒険者達が、驚愕の視線を向けているが無視する。とてもワイバーン如きに手間取っている場合では無いのだ。仲間のドワーフと視線を交わすと、連携してドラゴンへと立ち向かっていく。


 「出来ればサクッと片を付けたいなぁ」

 「本当にお前は口を開けば無茶しか言わん」


 クスッと笑ったドワーフが、ドラゴンの攻撃を受け流す。その隙を見逃さず、攻撃役の青年が剣を振るっていく。防御と回復は後衛のエルフに任せ、ただひたすらに。





 しかし、青年の祈りは通じず、戦闘は三日三晩続いた。冒険者達は交代制で何とか戦線を維持しているが、ドラゴンに対する有効手段がない。それが自体を膠着させていた。せめて追い払えれば、と奮起しているものの、SSランクの魔物に一矢報いる事が出来るものは一人としていなかった。グビっとポーションを飲んだドワーフはため息をついた。今は休憩しているエルフもまた、険しい面持ちを隠せない


 「どうするかねぇ」

 「私たちではどうしようもないですね。剣も魔法も全く通じて居ません。力が全く足りて居ないです」


 周りの冒険者達も、そのセリフに苦々しい顔を隠せない。にげることはできない。逃げたら街が焼かれる。しかし、打開策もない。絶対絶命だった。そして、徐々に口数が少なくなっていた青年はというと。もはや青を通り越して白い顔をしてドラゴンを見つめていた。がむしゃらに向かっていく青年を止め、回復も大事だとむりやり引きずってきたドワーフは、気遣わし気な顔をする。


 「大丈夫か」

 「大丈夫な訳あるか。まずい、このままだと、マジでまずい」

 「落ち着きましょう。確かに、戦場が故郷へと近づいていっている状況は気がかりでしょうが、焦っても状況は打開しません」


 今にも飛び出していきそうな彼の顔付きに、流石にエルフが宥めるような声だした。そのセリフを聞いて、冒険者達は納得したように頷いた。そうか、近くに故郷があり、そこに戦火が広がる事を懸念しているのか、と。いけ好かないやつだ、とそっぽを向いていた冒険者ですら、故郷を大事にする熱い奴だと感心した様に青年を見つめ、同じ立場だったらと想像した冒険者達が熱い思いに突き動かされたように体に力をみなぎらせる。何もできなくても、せめて一矢報いる。それすらできなくとも、力を尽くすだけだ、と雄たけびを上げている彼らの傍で、青年は半ば放心状態で呟いていた。


 「ちがう、ちがうんだよ、マズいって、まずいのは、ああ、これ、どうしろってんだ、ちくしょう」


 うつろな目で呟き続ける青年を囲み、やる気満々の冒険者達。さあ、交代の時間だと腰を上げたそのとき。ドラゴンの牽制をしていた最前線のパーティーが焦ったように叫んだ。


 「全員回避!撤退!身を守る事を最優先しろ!」


 慌ててそちらを向くと、ガバリと口を開けたドラゴンの姿が。その全身にまがまがしいまでの魔力を纏い、その双眸がニヤリと笑った気がした。ブレスだ。しかも、高威力、広範囲。魔法職が咄嗟に魔法障壁を展開するが、間に合わない。間に合ったとしても、意味はないだろう。一瞬で結論づけた青年は唇を噛む。傍らのドワーフも、状況を正しく判断できる者達も、一様に悔しそうな顔を隠せない。万事休す。ドラゴンの眼がカッと見開かれ、ブレスが放たれた――。


 次の瞬間、強烈なブレスはふっとかき消され、当たりに静寂が満ちた。冒険者達も何が起きたか理解できずに動きを止め、ドラゴンですら制止して驚愕しているようにも見える。


 その時、ふわりと柔らかな花のような甘いかおりが微かに漂い、青年の鼻腔を擽った。瞬きをした次の瞬間、その視線の先に突如として純白の神官服に身を包んだ細身の人影が顕現した。ゆるりとふりかえったその人影は、繊細な美貌に優し気な笑みを浮かべ、嫋やかに手を振って見せた。


 「こんにちは。久方ぶりですねぇ。随分と賑やかな帰省のようですが」

 「し、ししょう……?」

 「ええ、それ以外に誰に見えます?」


 呆然と呟く青年に、同年代に見えるその神官はきょとんと首を傾げて見せた。ドワーフとエルフがぎょっとしたように振り返り、冒険者達も「師匠」というワードに驚いた様な顔を見せた。しかし、その背後でドラゴンが苛立ったように咆哮したことで、顔色を一片させた。何が起きたかは分かっていないものの、好機とばかりに陣形を立て直し始めたギルマスの指示に従い、冒険者達がドラゴンへと殺到していく。口々に「神官さんは早くにげろ」と叫び、時間稼ぎをする構えだ。


 「あ、いや、この人は……」

 「ああ、お気遣いなく。自分の身は自分で守れますので」


 のほほんと笑う神官に対し、何故かさらに顔色が悪くなっている青年。さて、と柔らかな仕草で神官が青年を見下ろし、青年が身を竦ませたそのとき。


 「危ない!逃げろ!」


 苛立ちのままに、ドラゴンが飛び上がり冒険者達の頭上を飛び越えて青年達の方へと突っ込んでくる。とっさに叫んだもの達のお陰で、パッとドワーフとエルフが臨戦態勢をとったが、何故か青年については正座の構えである。はぁ?と目を剥いたドワーフの眼前で、優雅に振り返った神官はそれはそれは美しい笑みを浮かべて。


 「煩いですよ。トカゲの分際で」


 すっと白魚の様な手を伸ばし、ゆるりと振った瞬間。凄まじい量の魔力がその痩身からほとばしり、ドラゴンの巨体を魔法で捕縛した。あちこちから驚愕の呻き声が聞こえるがさもありなん。それまでどんなに手を尽くしても、強力な魔法を使っても効果がなかったのだ。それがいとも簡単効果が発動したともなれば、呻き声も出よう。無様に地に落ちたドラゴンへと歩み寄った神官は、憎々し気なその瞳を見て、ふわりと微笑む。その笑みが癇に障ったのだろう。カッとドラゴンが目を見開き、全身の力を振り絞って拘束を解いた。どうだ、この程度の魔法が効くものか、と言わんばかりに羽を広げて威嚇するドラゴンに、神官はほほに手を当て困ったように首を傾げた。


 「やれやれ困ったトカゲですねぇ」


 鋭利な爪を持つ巨大な前足が迫ってくる――。が、突如としてその動きを止めたドラゴンは、次の瞬間見事に細切れになって崩れ落ちた。


 はぁ?と冒険者達が目を疑うが、それまで脅威を巻き散らかしてた存在はすでに影も形もなく。代わりに、何処からともなく取り出した一振りの剣を手に持った神官は、優雅な動きで振りかえった。


 「さて?」


 とまるで何事も無かったように微笑んだ神官は。それはそれは美しい笑みを浮かべ、しかしその瞳をよく見ると、見事なまでに冷たい色を宿していて。ゾクッと百戦錬磨の冒険者達が背筋を震わせる中、青年に近づいた神官はにっこり笑って。


 「帰ってくるなら先にそうといいなさい!それに何ですかこのさわぎは!本当にお前は昔から変わらない悪戯坊主ですね!いい加減反省して大人になりなさいな!この馬鹿者!」

 「……俺のせいじゃない……」


 全くもってその通りの青年の呟きは何のその。SSランクのドラゴン襲来というとてつもない出来事が、まるで子供の悪戯があっただけの様な顔をして、神官が雷を落とす。いやいや、おかしいだろうとドワーフが頭を抱えた隣で、エルフがはっと息をのんだ。


 「神官、剣、魔法……そう言えば、剣技と魔法を極めた十二使徒の一人が辺境で隠居生活を送っているという噂をきいたことがあります。この世の頂点を極めたにも関わらず、俗世の喧騒を疎い、神官として神に祈りを捧げる生活をしているとか……」

 「おい、まじかよ?!アイツの師匠が十二使徒だと?!強いのも納得だが、何処から突っ込めばいいんだか……」


 強張った顔のエルフに、ドワーフが愕然と口を開けて振り返る。会話が聞こえていた者達も、騒然として神官を見つめていた。世界最強の代名詞、一生に一度巡り合う事もないと言われる程のレアな存在が現れたら呆然ともするだろう。とは言え、正座をした青年に懇々と説教する神官というなんとも間の抜けた光景では力が抜ける。


 「おい、十二使徒なんて一生かかってもなれない存在だろうが。本当にあの人がそうなのか?エルフには見えないが、だとすると若すぎないか?」

 「若すぎる、という意見ならば意味ないですよ。超越者、俗に言う十二使徒は寿命すら克服すると言われています。我々も長名種ではありますが、不老不死という訳ではないので……。彼の師匠であってもおかしくはありません」


 ぼそぼそと会話をしていたのだが、ふいと神官が振り返った事で二人とも飛び上がった。冒険者達も緊張を隠せず、いつもだらしない者達なのに背筋が伸びている。すすす、と近づいてきた神官は、困ったように眉を下げて微笑んだ。


 「すみませんねぇ。きちんと躾はしたつもりなのですが、悪戯坊主なのは変わらないようで。今日も書類仕事をしていたらこのさわぎでしょう?地面は揺れるし、煩いしで仕事にはならないどころか、神殿が壊れる始末。本当に困ったものです。あなた方にも迷惑かけているのでしょうね。申し訳ない事です」

 「あ、いや、そんな、ことは」


 いや、そんな軽い出来事だったか?と思わず現実逃避していたのだが。ふと視線に気付き目の前の神官を見る。そして、その視線が恐ろしく冷たいことに気付き、嫌な予感がした次の瞬間。


 「とはいえ、あなた方もあなた方ですよ?たかがトカゲと戯れるのは結構ですが、人様に迷惑をかけるなど言語道断。いい迷惑です。もちろん、神殿の修復、して貰えますね?」

 「……喜んで」


 絶対的強者に屈した瞬間であった。そうして彼らは古びた神殿の修復を総出でする事となり、ズルズルと引きずられていく青年は、神官の書類仕事を手伝わされるようだ。厄災との戦闘に、急転直下の解決、無理無茶無謀にはなれているつもりだったがあまかったか、とドワーフとエルフが思ったかは定かではない。




 そうして、冒険者達は神殿の修復、ついでのように村の手伝いを終え、宴としゃれこんでいる中。青年は積み上げられた書類の最後の一枚に、疲労で震える指先で何とかコメントを書き残し声もなく机に突っ伏した。彼のいる神殿は、既に人気がなく静かだ。ここを管理する神官の影響を受けているのか、幼い頃から相も変わらず心地よい静寂に包まれた神殿。これからも、小さな村を静かに見守り続けるのだろう。懐かしみながら視線を巡らせると、もはや外は真っ暗である。やいのやいのと賑やかな外を恨めし気にみて、青年は大きくため息をついた。


 「ああ、お疲れ様でした」

 「相変わらず容赦ないです、師匠」

 「何か言いまして?」


 暖かな食事を持ってきた神官は、笑顔で青年の恨み言を叩き潰す。恨めしそうな視線にクスクス笑って盆と机に置くと、青年の短い髪を優しく撫でた。文句の一つも言いたいところだが、青年以上の仕事を先に済ませている超人である。渋々何も言わずに起き上がると、盆を引き寄せる。頭を撫でられていることには文句を言わないどころか、どことなく気持ちよさそうな青年に、神官は優しく目を細めた。


 「大きくなりましたねぇ」

 「そりゃ。師匠は全く年とらないから分かんないかもしれないけど、ちゃんと時間経ってるし」

 「おやおや。ジジイに対して年の話はしないで欲しいものですねぇ」


 とてもジジイに見えない神官がころころと笑う。雰囲気だけは普段寄り付かない孫が帰ってきた事を喜ぶ好々爺である。年よりを嘯く師匠にため息をついて、青年は懐かしい味のするスープを啜った。


 「……あちこち巡って、強くなったし。Sランク、もうすぐだし」


 ちらっと視線を向けてきた弟子に、神官は微笑した。見ればわかる、本当に強くなった。「師匠の願い事、俺が叶えるね」と無邪気に笑った幼い声が脳裏に響く。孤児を拾って育てたのはつい先日のことの様なのに、と神官は青年の額を弾いた。


 「まだまだですねぇ。トカゲ一匹倒せないようじゃあ、強くなったとは言えません」

 「ちぇ」


 いい加減、願い事がなにか教えてくれたっていいじゃんか。青年は拗ねたように呟いて、スープをかきこんだ。具体的な内容を教えて居ないのに、神への祈りを見ていた優しい子がしてくれた無邪気な約束。強くなったら願い事を教えるから叶えてね、と約束した自分は、必ず地獄に落ちるだろう。自分はいいが、青年を自分の業に巻き込むのは心苦しい。願い事が叶えてくれることを夢見つつ、叶わないことも願っていた。うとうとと眠りに落ちた弟子にそっと毛布を掛けて、神官は踵を返した。


 「おやすみなさい。いい夢を」


 その背に、九本の狐の尾が一瞬だけ揺らめいて掻き消えた。

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