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神殺しの竜 ー「雨」「竜」「激しい恩返し」ー

テーマは「雨」「竜」「激しい恩返し」

激しい……かどうかは分かりませんが、一応恩返しのつもり。

若干の恋愛要素もありつつなファンタジーです。




 それは冷たい雨が降りしきる夜のこと。冷たい雨は静かに佇む華奢な少女の体躯を濡らし、少女はそれに構う事なく目を閉ざした美しい顔を昏く淀む天へと向けていた。


 少女は巫女であった。慈悲深き女神を祀る神官であり、同時に国の王女として生を受けた少女であった。そっと繊細な白い手を天へと翳し、ゆっくりと指を組む。優雅な仕草で組んだ指を胸元に引き寄せ、姫巫女は祈る。


 「……果たして、私は誰に祈るべきなのでしょうか。今までの私の祈りは、何のために会ったのでしょうか」


 ポツリと零された囁き。少女の開かれた瞳には、悲しみの色が宿っていた。振り返る事もなく、雨の降りしきる天から視線が逸らされることもなく発された問いは、暗い雨の夜に溶けて消える……その直前に、いつの間にか背後に現れた巨大な影にのみ届いた。


 巨大な影はそっとその緋色の瞳を伏せた。そして、おもむろにその大きな翼をひろげ、そっと姫巫女の体を冷たい雨から庇った。


 姫巫女はゆっくりとふりかえると、微笑して手を伸ばす。その小さな手に、大きな影――巨大な竜は首を伸ばして頬を預けた。小さな手が固い鱗を撫でるのを気持ちよさそうに享受する。


 「古来より、私たちは止む事のない永遠の雨の中で生きてきました。日々を必死に生き、雨による災害に耐え、協力してその生を繋いできた。稀に、本当に稀に手を差し伸べてくださる女神の慈悲を願い、その加護に感謝して生きてきたというのに」


 ――まさか、この地獄がかの神によるものであったとは。


 小さく零される嘆き。竜は慰めるかのように、小さなその手にそっとすり寄った。







 この世界では、雨が止む事はない。永遠に続く雨により、太陽の存在は最早おとぎ話の様なものである。


 なぜそうなったのかは定かではない。悪魔によるものとか、呪法を操るものによるものとか、そもそも世界創造の時点でそうであったとか。もはやどうしてそうなったかは定かではない程に時は流れ、そういうものであるとしか人々は意識しない。そんな世界。


 そんな世界の片隅で、姫巫女は竜と出会った。竜は、ひん死であった。


 姫巫女はすぐさま竜を治療した。危険だと止める父王と取引をしてまで、彼女は竜を助けようとした。三日三晩の懸命な治療、その後の1カ月にも渡る看病によって竜は一命をとりとめた。瀕死の重傷から目を覚ました竜が最初に目にしたのは、神の加護とまでされる希少な神聖魔法の多重行使によって青ざめた少女が浮かべた優しい微笑みだった。


 むろん、竜としてもどうして助けられたのか、何を対価とするつもりなのかと疑った。グワッと牙をむき威嚇する竜。しかし、慌てふためく周囲の騎士たちとは対照的に、どこまでも静かな笑みを浮かべた少女はただ一言。


 「だって、目の前で消えようとしている命があった。私にはそれを助ける力があった。ただ、それだけのこと」


 甘い理想論だった。だが、彼女は本気で言っていた。彼女は「甘い理想論を吐くのが仕事だ」と後に竜へと零した。彼女は世間知らずのお姫様か?否、彼女はその力を民の為に役立てる事を自らに課しており、父王や兄王子と同等以上に現実を知った姫出会った。その上で、理想を語るのが姫である自分の役目であると決め、そのために足掻く覚悟を持っていたのだ。雨により、日々人が死ぬ。どれほど生きる場所を確保しようにも、明日どうなっているかは知れたものではない。だが、理想を失ったら人は生きたまま死んでいるようなものだと、姫は無様に足掻いていたのだ。竜を助けたのもその一環であった。竜は気高くも愚かしいその姫を嗤った。――同時にどうしようもなくその愚かさに引かれてしまったのだ。


 竜は命を救われた対価として、姫に誓った。雨を晴らして見せると。


 姫は頷いた。どんなに小さく困難な希望であったとしても、抗いたいのだと。


 竜は世界のあちこちを回りつくした。その大きく頑丈な体は過酷な長旅に耐え、強靭でしなやかな翼は果てしない距離の旅路に適していた。各地の長名種を尋ね、古代の遺跡を探り、竜は真実に辿り着いた。


 ――その事実が、怖ろしく絶望的な物であるとも思わずに。







 「……この雨は、女神によってもたらされたものであった。何てことはない、女神は雨に苦しむ人々を憂いて慈悲を与えていたのではなく、ただ苦しむ人々を見て愉しみ、時折与えられる慈悲という希望と対照的な絶望に呻く人を見たいがために雨を降らせ続けていた」


 竜は姫巫女の手の冷たさを感じつつ、呟いた。この世界の創造主たる女神が本気になれば、一瞬で人など全滅できるであろう。にも関わらず、雨を降らせ続ける、という至極単純かつ残酷な方法によって、少しずつ、真綿で首を絞めるように人々に絶望を植え付け、楽しんでいたのだ。ただ、「面白いから」という理由で。


 「すなまい」


 敬虔なる巫女として女神に仕え、その奇跡によって人々を救い続けた姫巫女。彼女にとって心の依り代であり、存在の根幹にかかわる存在の否定をすることになった。その為に、竜と姫巫女は対立し、激突もした。それでも事実は変わらず、竜はただ、その大きな体を縮めて謝る事しか出来なかった。姫巫女はそっと首を振ると腕を広げて、その大きな顔を包み込んだ。


 「こちらこそ謝罪すべきです。貴方の集めた証拠、我が王家に伝わる伝承、その他様々なことの辻褄があう事実を、貴方は誠実に知らせてくれただけ。それがなければ、私たちはいつまでも女神の謀略に苦しみ続ける事だったでしょう。受け入れがたく、暴れる私は面倒であったでしょうに、ずっと向き合い続けたことに感謝しています」


 そして、今、私は恩人である貴方に、更に苦役を課そうとしている――。


 小さく震える華奢な体に、竜はふっと息をついた。気にすることはない、全ては自分が勝手にやる事だ。そう告げようとした竜に、少女は凛とした声で告げた。


 「いいえ。……いいえ。その咎は人である私も背負うべきもの。そして、実際に痛みを背負う貴方にこれ以上の罪は背負わせられないから。私もその罪を背負う覚悟くらい、有るつもりです。これは、私が私の意志で貴方に命じるのです」


 ゆっくりと体を起こした彼女は、覚悟を決めた姫としての顔で告げた。止めようとした竜であったが。


 「いやはや、嫌な雨が続くものだ。こうも雨が続くとうんざりもするな」


 突然割って入った声に勢いを奪われる。王宮の柱の陰に隠れたその人影は、独り言を呟く体で、竜や姫巫女へと呟いた。


 「例え何が起ころうと、暴動だの、天変地異だの、なにがあっても(王太子)は生き残るさ。(国の民)を守るためにな。――それこそ、竜が神に喧嘩を売ろうとも。そこで負けようとも、神の怒りを買おうとも、な」


 ――だから、なにも憂うことなく一矢報いてやれ。


 言外に告げた姫の兄は、ふらりと姿を消した。詳細は何も告げて居ないのに、何事か察するものもあったのだろう。万一に備えて、王太子は知らなかったから咎はないと女神に嘆願できるようにと王が決めた事も、国を守る為に次代を紡ぐ王太子を残そうとした意志も理解したその上で。


 じっとその背を見つめる竜に、巫女は微笑んだ。


 「竜よ」


 竜と巫女は向かい合う。


 「その命を救った返礼として、我が名において命じます。――神を、討ちなさい」


 その夜、冷たい雨と重苦しい闇を切り裂く竜の咆哮が響き渡った。





 

 むかしむかし、あるところに、とある一匹の竜がおったそうな。


 竜は美しき姫巫女と出会い、邪悪なる女神を討つ決心をした。姫巫女は神殺しの大罪を負う竜とともに、罪を背負う覚悟を持って、邪神討伐を命じたという。


 これはそんな神を殺す竜のはなし。



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