第9話
「お、お前さんたち腹が減って気が立っているのじゃろ? ほれ」
蹲っていた老人は、クッキーの欠片を差し出す。デリーターの2人は顔を見合わせ、ゲラゲラと爆笑する。その様子に一瞬彼は安心したものの、奪い取られた欠片はグチャグチャに踏み潰された。
「いい加減わかれよじじい。さっさと逃げろ」
デリーターの男は銃口を彼の額に向け、トリガーに指をかける。老人は黙り込み、ゆっくりと立ち上がって歩き出す。しかし、足元に弾丸が撃たれると歩幅が広がっていき、いつしか走り出していた。2人は銃弾の雨を浴びせるも、わざと的を外して楽しんでいる。正人はこちらに逃げてくる老人を眺め、本と本の段差へ身を隠した。
「俺を利用してすることがこれかよ......ふざけんな」
正人はアトラトルへ矢を装填するも、肩と背中の痛みに苦しむ。走る余力しか残っておらず、戦うことは困難だった。彼は肩を抑え、息を荒くした。
「なんで俺は利用されてばっかで、逃げることしかできないんだ」
彼の頭には、教室でクラスメイトが話していたことや父親に不要といわれたことが浮かんでいた。そして事故に遭い、小人になって琴葉と生活する日々が鮮明に次々と見える。その最中、琴葉の力を借りずに蛇を追い払った自身のことを思い返す。その瞬間、琴葉の「相手も危険と隣り合わせ」という言葉と利用される自分の人生に何かを思う。一方、老人は本の段差に足を引っかけて転んだ。立ち上がろうとするも、足が限界でガクガクとしていた。
「もう終わりかよ。つまんねー、他の探す?」
「あぁ、そうすっか」
2人はため息を吐き、照準を老人の頭に定めた。引き金に指がかかるその時、正人は老人の身体を自身の隠れている溝に引っ張り込む。2発の弾丸は空を切り、男たちは「何だ?」と困惑する。
「若いの、何故ここに」
「いいから、俺があの2人をやる」
「その身体じゃ無理じゃ!」
正人は立ち上がり、デリーターの2人に姿を現した。
「おい、なんか変なのいるぞ」
「おー、あの顔どこかで......まぁいいや、じじぃより楽しめそうだ」
彼らが発砲すると同時、正人はその場を動かずに横へ身体を移動させる。彼の立っている本が、人に引っ張り出されたのだ。彼らは撃ち続けるも、一発も命中することはなかった。
「クソ、運のいい奴だ」
正人は立っていた本から、上の段の本棚へと飛び上がる。片腕を器用に使って這い上がり、彼らのいた下の段と同じ位置まで駆けて行った。
「なぁ、隠れたじじぃどうする?」
「そうだな......!?」
話していると、上の段から勢いよく降りてきた正人によって1人が蹴り飛ばされる。男は叫びながら本棚から落ちていくも、「馬鹿、飛べ!」ともう1人に言われて慌てて背中の装置を起動した。しかし、彼へと注意を向けた男は自分へと攻撃が迫っていることを忘れている。
「あ゛ぁ゛」
正人は握り絞めた矢を振り下ろし、その男の鎖骨付近へと深く突き刺した。人を殺したことへの罪悪感を感じながらも、すぐに飛行している敵へと意識を向ける。
「てめぇ!!!」
残った男は空中から銃撃を放ち、本の上を走る正人へと猛攻撃を仕掛ける。走り続ける彼のすぐ後ろの本は、弾丸が直撃して次々と本棚から落ちていく。
「あ、すいませんお客様」
本が数冊落ちると、近くにいた店員はその本棚の前にいた客へ頭を下げた。
「邪魔だ!」
男はひたすら撃ち続けるが、たまに人間が遮蔽物のように現れて攻撃を中断させられる。その隙を突き、正人は本を跨いで走っていたが、一冊の本の背表紙とは反対の方向へ移動した。。彼は本から飛び降り、男の視界から姿を消した。だが、その本棚の段から移動した訳ではない。飛んでいる男が見た本棚の視点が表だとすれば、彼は裏側に本を物陰にして潜んだのだ。
「こいつさえ......倒せれば」
「どこ行きやがったあの野郎」
銃を構えた男は正人のいる本棚の段に着陸し、周囲を警戒した。彼は慎重に探すも、店員が落ちた本をその段に入れ直していることに気づく。慌てて背中の装置によって飛ぼうとするが、隠れていた正人が矢を投げつける。しかし、彼の放った投擲は男の背負う背中の装置に直撃した。致命傷に至らず、見つかった正人は銃口を向けられる。
「死ねや! ......!?」
男は店員が本を入れ直している作業が、すぐ近くまで迫っていることを気づかなかった。横を見ると、すでに落ちていた本が入れられている。彼の立っているところも、撃ち落とした本の入れる場所だったのだ。
「どけ! どけっていってんだ!」
正人は男と揉みあいになり、銃を奪い合った。
「どいて欲しければ、奪った魔法の場所をいえ!」
「いわねぇーよ。死ねや!」
男が引き金を引くと、正人の頬を銃弾がかする。片腕の力だけでは男には勝てず、彼は落とされることを危惧した。だがそれを逆手にとり、正人は男の正面から離れる。
「ばっ、てめー!」
正人が正面から移動すると、男は自身の前へ行こうとする力が有り余ってか、棚の縁から身を投げ出してしまう。しかし、落下しかけた腕を彼は掴む。
「最後のチャンスだ。いえ!」
「いうかボケ!」
男は銃を落としてしまい、正人の掴む腕に命運を握られていた。彼と男が睨み合っていると、老人は遠くから現れる。
「若いの、助けてやるんじゃ」
老人は落ちそうな男を見て、正人にそう伝える。しかし、彼は首を横に振った。
「ダメだ。こいつは情報を聞き出すまで絶対に引き上げない!」
男は下を見て、その高さに愕然としていた。正人の掴む手も弱まり、少しずつ落下死が現実を帯びる。
「わかった! わかったからまず助けろ!」
「いいからいえ!」
それから30秒ほどの間、男は正人へ人に戻る魔法の在処を話した。男は話終えると、「早くしろ」と焦りを見せる。しかし、正人は無言のまま手を離した。
「は? ふざけん......」
男はその言葉を言い終わる前に、床に身体を直撃して息絶える。彼の身体は潰されたクッキーのように、グチャグチャに骨が砕かれていた。
「お主、何故殺したのじゃ」
「うるせぇな。決めたんだよ」
正人は仰向けに倒れ込み、額の汗を拭いた。
「は?」
「お前らが利用してくるならよ、俺も俺の居場所を守るためだったら、何だって利用してやるってな」
数時間後、正人は彼を探し回っていた琴葉と再会する。彼女はボロボロの姿で歩く彼を見るや、すぐに肩に腕をやって助けた。
「正人、何故勝手に出ていった。わかってるのか? 今、君の父親が会見で......」
「俺を加藤のところへ連れて行ってくれ」
「え? あぁ、いいけど。正人、なんか顔付きが変わったな」
「あ、それとやって欲しいことがある」




