第8話
楠グループの地下一階にあるとある部屋。そこに現れた東堂は、橋本の右手を床に投げ捨てた。その手のひらには刻印があり、邪印の形と対になるように描かれている。
「おい、正樹だか知らないがとってきてやったぜ」
正樹は死んだ目をしながら、「あぁ」といって部下へ紙に文字を書くよう指示する。正信は紙に「聖印を手に入れました」と文字が書かれると、ニヤリと笑みを浮かべた。そしてメモ用紙を取り出し、「私を小人にしろ」と話す。正樹は言われるがまま邪印をかざし、彼を小人化させた。
「おー、これが小人か。素晴らしい」
正信は認識できるようになった正樹や東堂らなどを気にも止めず、腰や肩の可動域が向上したことを実感する。
「気を付けなじじぃ。その魔法、腕の持ち主が言っていたぜ。人に戻れば2度と小人には成れねぇってよ」
東堂は酒を飲み、ゲップをしながら正信へと近寄った。
「ふん。元より不老長寿に成れさえすれば、この姿など不要」
「そうかい。じゃ、報酬をそろそろ頂こうか」
「報酬? まだ仕事は終わってない」
「はぁ!? ふざけんな!」
正信は彼の方を振り向きもせず、聖印の方へと歩いた。
「日本中の小人を全て狩れ。お前らの仕事はそこまでやって終わりだ。」
「ぜ、全部って何万人いると思ってんだ!」
東堂の仲間が正信に近づくと、彼の首輪が赤く点滅する。「や、やめっ」彼がその言葉を言い終わる前に、首輪は爆発した。彼は仰向けに倒れ込み、東堂を含めた小人らに冷や汗をかかせる。
「認識できないところで何をするかわからぬ害獣など、気持ち悪くてたまらんからな。任せたぞ。何、人員はこちらで補充してやる。それと正樹、お前もこいつらの管理を続けろ。いいな?」
正信はそういって聖印に触れ、人の姿へと戻った。しかし、ここで彼らの想定外のことが起こる。人間に戻った彼は、小人の姿が認識できるようになっていたのだ。彼は何かを察したように、手のひらを見る。左手には聖印、右手には邪印が残っていた。
「ハハハ、なるほど。不老長寿と同じく、刻印の効果は維持される訳だ。これはいい。じゃあな」
正信が去った後、東堂はウイスキーのボトルを破壊して苛立ちを露わした。
一方、琴葉らがいる部屋の窓から降りた正人は、ひたすら歩き続けシャッター街へと来ていた。路肩を這うねずみに混ざり、疲れて電柱の下で休む。
「俺がいるってバレたら、琴葉もデリーターに襲われるかもしれない。もう、誰とも関わらない方が......」
そう頭を抱えていると、野良猫が正人へ忍び寄る。彼はねずみが慌ただしく走る姿を見て、その存在に気づく。しかし、振り返る時には背中に痛みが走った。猫の足で叩かれ、排水溝に身を投げ出される。彼は片手で縁を掴み、九死に一生を得るも自重を支えるのにも限界が訪れた。
「ほれ、掴まるんじゃ」
正人が手を離した瞬間、誰かが身体を引っ張り上げる。彼を助けた杖を付く小人の老人は、息を切らしながら懐から何かを取り出した。老人の取り出した小瓶から粉がばらまかれる。道路に散布されると、猫は2人に目も暮れず地面に身体を擦り始めた。「今のうちじゃ」と老人は走り出し、ボロボロの正人をどこかへと案内する。
「ふぅ、ここなら安全じゃ」
そういってショッピングモールの施設内へと侵入した2人は、多目的トイレの棚で腰を下ろす。周囲には蚊が一匹飛んでいる以外は外敵らしき存在は見当たらなかった。ヘトヘトになる正人は、「た、助かった」と息を吐く。
「なんじゃ若いの、見ない顔じゃな。最近来たのか」
「ま、まぁな。爺さん、助けてくれたのはありがたいが俺とはあまり関わらない方がいい」
「ほれ」
老人はクッキーを半分彼へ渡し、残りを食べ始めた。
「聞いてねぇな」
「ハハハ、わしはもう何百年も生きておる。老い先短いと、人助けをして良い気分のまま死にたいんじゃ。今日こうやって寝ている間にぽっくりいけたら最こ......」
彼はそういって食べ終わるとすぐに横になり、「ガーガー」といびきをかいた。
「はやっ!」
正人は貰ったクッキーを眺め、「何が居心地がいいだ。こんな生活、何年も」と自分に呆れる。翌日、彼はガラガラとトイレのドアが開く音で目が覚めた。人間が現れ、彼の存在を気づかぬまま便器へと腰を下ろす。隣で寝ていたはずの老人は、食糧を手に入れてくると書き置きを残したまま姿を消した。
「手に入れてくるって、待ってなきゃいけないじゃねぇか」
しかし鼻をつまんでいるのも限界が来て、彼は用を済ませた人間と共にトイレを後にした。トイレから出ると、ショッピングモールには人が溢れていた。家族連れやカップル、様々だ。行き交う人の足に踏みつぶされそうになりながらも、彼はモール内を歩き回る。周囲を見渡し、小人らしき存在を探そうとした。
「ねぇまたこの人会見してるよ」
正木は手すりの上を歩いていると、すぐ近くのベンチから会話が耳に入った。ベンチに座る女性はスマホを横に傾け、巨大なモニターの横に立つ楠正信を見ていた。
「おと、あいつ」
彼は手すりからスマホ画面を眺め、映像に映る父親に怒りを沸々と沸かせた。
「えー、皆様にお集まりいただいたのは他でもありません。我が息子、楠正人の捜索状況についてあることが判明しました。こちらです」
彼がリモコンのボタンを押すと、モニターには小人の姿が映った。正人は瞬時に、視点は同じく小人が撮影していたものだと気づく。
「あれは、デリーターの」
デリーターの隊員らが、人を小人化して殺される直前までが流れていた。スマホ画面を見ていた女性は、「えぇ、小さい人間!? きっも。てか、怖くね?」と隣の女友達に話しかける。
「ご覧の通り、私たちには認識することはできませんが小人という生物が街には蔓延っているようです。私らの息子も恐らく、この憎き虫けらにやられたのでしょう。そこで皆さん、現在私は息子を殺したこの害獣どもを駆除する活動をしています。しかし奴らはあまりに多く、皆さんのご協力をいただければと考えた次第です。1匹10万から、駆除した報酬を支払います。詳しくは私どもの募集サイトを確認ください」
会見の会場では、小人という未知の生物の発表により、シャッターの光が鳴り止まなかった。一方、スマホで話を聞いていた女性らは「10万だって、やってみる?」と話題のタネにしていた。正人は小人狩りと書かれたサイトの画面を見て、唖然とする。
「あいつ、どこまでも俺を利用しやがって!」
彼は手すりから降り、先ほどよりも真剣にモール内を駆け回った。大声で老人へ何度も呼びかけるも、それらしい反応は未だない。そして服の店やフードコートなどをくまなく探し始め、残るは書店の中だけだ。彼は棚のあちこちを見て回るが、姿は確認できない。
「おいじじぃ、ちゃんと逃げなきゃ遊びに何ねーだろ? こっちはイラついてるんだからよ、楽しませてくれよ。……なぁ!」
しかし、諦めかけた彼のすぐ近くで小人の姿が目に入った。棚に置かれた本の上には、正人を助けた老人と、デリーターがいる。
「デリーター、あいつらもう始めていたのか」
正人は影に隠れ、蹲る老人を見た。デリーターの男は小銃を放ち、老人の周囲に弾丸を飛ばした。銃声が鳴り響くたび、丸まった身体がビクッと震えている。すぐに助けようと身を乗り出した彼は、何かを躊躇って再び元いた場所に戻った。