第7話
燃える木の下で呆然とする加藤。しかし、通信機が作動すると瞬時に我に返った。
「加藤か」
「ボス、今どこに!?」
3人は巨大樹から離れ、街の中にあるほったて小屋ほどの小さな神社にいた。賽銭箱の裏にはデリーターの生存者おり、彼らの中心には手首を切り落とされて衰弱しきった橋本恭弥がいた。彼は見た目は35歳に見え、レンズが丸く茶色がかったサングラスをしている。また軍服を着崩し、ハット帽子を被っていた。そんな彼が横になっているのを発見するや、加藤は涙を流しながら駆け寄る。
「ボス、死なないで!」
彼女が泣いていると、後から来た琴葉と彼は目を合わせる。
「琴葉か、変わらないな」
「お前もな」
2人は悲しむ加藤をよそに、一瞬喜ぶような顔をした。だか直後、橋本は加藤の頭に手を置く。
「私のせいでボスが、私がこの2人じゃない方を追っていれば」
「落ち着け加藤、お前のせいではない」
「でもボスが……」
「全て私が悪い。私は認知されない犯罪者を殺していけば、小人となる普通の生活を歩めなかった者たちを減らせると考えていた。しかし、私は今いる君たちを危険に晒していることを気づいていなかった」
橋本は切断された手首を見る。
「ここに刻んだ私の魔法はデリーターに奪われた。彼らの上には、どうやら楠ホールディングスCEO楠正信がいるようだ。人の手にあれが奪われれば、この世界へ何かしら危機が及ぶだろう」
「はぁ!? ……んぐっ」
正人が動揺して声を漏らしかけるも、琴葉は彼の口を塞いでそれを防いだ。彼女は小声で「あまり目立たない方がいい」と伝える。
「加藤、お前は新参だが1年で幹部に登り詰めた。君ならリライバーを託せる。頼む、皆んなを守ってくれ」
「嫌だよ。私にはできない。ボスがやってよ。ねぇ、ボス!」
橋本は最後の言葉を振り絞ると、加藤の両手を握り返していた手の力が抜けていった。加藤は彼の胸に顔を埋め、泣き続ける。彼女同様に、リライバーの面々も悲しみに暮れた。琴葉は泣き崩れる加藤を慰めるように、彼女の肩に触れる。しかしその時、背後で物音が。
「いってぇな」
正人はリライバーの1人に蹴飛ばされ、賽銭箱に背をぶつけた。
「おい、てめぇ楠正人だろ?」
「確かに、この顔見た気が……」
「お前ら、ボスの仇だ!」
「おう!」
彼らは正人が起き上がる間に、周囲を取り囲む。
「ま、待て! 俺は何も」
彼らは聞く耳を持たず、一斉に抜刀してワイヤーを発射する。賽銭箱に打ち込まれたワイヤーを手繰り、彼らは正人へ急接近した。彼は剣が振り下ろされる最中、賽銭箱の下に身を屈めて逃げ込む。しかし隠れたものの、彼らも腰を落として中へと入り、ワイヤーを銃弾代わりに手当たり次第に打ち込んでいく。賽銭箱の下は暗がりではっきりとは視界がとれず、彼らのワイヤーの刃は空を切っていた。
「クソ、早くそいつを外に追い出せ!」
さらに賽銭箱の中へとリライバーの隊員は入ろうとする。だが、彼らの前に剣が突き刺さる。琴葉は殺気だったオーラを放ちながら、彼らに近づく。
「正人は多分、関係ない。争うな」
「何だこの女?」
「知らんが、ボスと面識があるらしい」
一部の隊員は彼女の言葉で動きを止める。しかし、頭に血が登り切った数人はワイヤーを発射する装置を彼女の身体に狙い定めた。切先が飛び出ると、彼女は目の前に落ちていた5円玉を剣で浮かせる。小銭は、カチンという音と共にワイヤーの軌道を逸らした。同時に彼女は盾とした5円玉を踏み台に、彼らの近くに一瞬で着地するほどの素早い跳躍を見せる。
「速い!」
琴葉は地面に突き刺していた剣を抜き、狙ってきた2人のリライバー隊員の首元にチェックメイトをかける。首に刃を当てられ、2人は静かに両手を上げた。
「まだやる?」
「……」
それでも彼らと琴葉は互いに緊張状態のままだった。一方、暗闇の中を走る正人はようやく外に出るも、追ってきていたリライバーの隊員にまたしても囲まれる。今度は後ろにも人がいて、逃げ場はない。
「みんな頑張ったね〜」
彼らが血走った目で迫ると、突然加藤が現れる。彼女は正人を蹴り飛ばして気絶させた。
「加藤、殺さないのか?」
「うん。人質として利用しよう。そうすればデリーター(奴ら)を引き摺り出せるかも知れないよ」
彼女が倒れ込んだ正人に触れると、背後に琴葉が立つ。
「君も、楠くん殺されたくなければ大人しく従ってね〜」
「……加藤」
「おぉ、あの化け物女を大人しくさせやがった。流石ボスが推薦するだけある」
「加藤、俺らもお前が次のボスで依存はない。これから頼む」
「う、うん〜おっけ〜」
数分後、気絶した正人を抱えて加藤、琴葉、リバイバーの隊員らは、ドールハウスへと着いた。2人は彼をまたベッドで横にさせる
「じゃ、私はこれから2人を拷問するから、待っててね〜」
加藤は2階へ登っていった。彼女が正人のいる部屋へ戻ると、琴葉は「ありがとう」と喋る。
「やめてよ。仕方なくなんだから」
加藤はまた部屋の隅へ行き、三角座りで座り込んだ。太ももの間に顔を埋め、「私には無理」と弱音を吐く。
「……」
数十秒ほどの沈黙が続き、加藤はゆっくりと口を開いた。
「私ね、7年前まで国民的人気を博した子役だったの」
「……すまん。流行りには疎いのでわからない」
「ほら、ハリウッドに呼ばれて怪獣から逃げながら鼻水垂れ流して逃げるシーンで天才子役って騒がれたの覚えてない?」
「悪い、300年生きているから色々ありすぎてわからん」
「そ、そうだった。あなたもボスと年齢近いんだよね」
「なっ、私はまだ300歳だ! あいつより100歳若いのに同じにするな!」
「……」
加藤は話しづらくなり、口を閉ざした。琴葉はハッとし、あたふたと両手を動かす。
「すまん。続けてくれ」
「でね、まぁ人気子役だったんだけど13歳になったら今まで褒めてくれた大人たちが一切仕事をくれなくなった。オーディションもいきなり落ちまくって、理由を聞くと年齢だといわれた。笑えるでしょ? 私はそれなりに頑張ってきたつもりだったけど、全部関係なかったの。おまけに演技のこと碌にわからない親なんか態度変えて、何で失敗するの? あなたはもっとできる子でしょ? って、追い討ちかけてきてさ」
「君も辛かったんだな」
加藤は「ま、子役あるあるだけどね」と笑いながらいう。
「で、ボスに自殺するところ助けてもらった。けど、失敗したらすぐ落ち込むへこたれ虫なんかじゃリーダーなんて無理。やっぱボスがいなきゃ……」
加藤は堪えていた涙をまた流した。琴葉は彼女にそっと手を差し伸べる。
「加藤、失った人は帰ってこない」
「な、何知ったような口を……」
「何人も大切な仲間の死に立ち会ってきた。それに、私も虐待でこの身体に落ちた。君の気持ちはよくわかる」
「は? あ、あんたも」
「あぁ。私も橋本の暴走から離れるのではなく、止めてあげるべきだった。だが大事なのは、この失敗を糧に次の失敗をしないことだ」
「次の……失敗」
「君にとって、今失いたくない者は何だ?」
加藤は顔を上げ、琴葉と見つめ合った。そして鼻水を垂らしながら、唇を震わす。
「わ、私を信頼してるリライバー(あいつら)」
琴葉は彼女の涙をそっと指で拭き取り、微笑む。
「そうだ。困ったら私を頼れ」
「……はい」
「さて、正人の様子でも見る……か」
琴葉は立ち上がってベッドを見るが、そこには正人はいなかった。彼女が窓の方を向くと、開いていてカーテンが風で靡いている。
「あいつまさか」