第6話
加藤は床に座り込むと、頭を深く下げる。
「勘違いしてごめんなさい」
「ごめんで済むか! 肩の怪我悪化させやがって!」
正人は頭を下げた加藤を睨みつける。彼女は「ですよね〜」と言いながら立ち上がり、軍服を脱ぎ始める。彼女の白い肌が露出すると、彼は顔を赤くした。
「煮るなり焼くなり好きにしてください」
「そんなことしなくていい」
琴葉は脱ぎ捨てられた軍服を彼女に羽織らせ、鼻の下を伸ばす正人に冷ややかな目を向ける。
「で、どういう流れ? まだよくわからないんだけど」
「私がお2人をデリーターの仲間だと勘違いして、軽く尋問したんです」
「尋問じゃねぇ拷問だろ!」
「うぅ、それで人間に戻れる魔法があるといっても白状しないから通信機で直接ボスに聞いたら……勘違いだったんです。はぁ、この私がこんな失態するなんて」
加藤は再び落ち込み、部屋の隅で三角座りをして縮こまる。
「に、人間に戻れる魔法!?」
冷静に話を聞いていた琴葉は、突然動揺を隠しきれない反応をした。しかし、正人は「ふっ」と嘲笑うように息をする。
「ハッタリだよハッタリ。よくある女の嘘だ」
「え、あるけど? ボスが開発した聖印っていう魔法がそうだよ。ま、人間に戻りたいと思う奴がいないから誰も使わなかったけどね」
正人は驚きながらも、琴葉が興味を示してることに気づく。そんな中、加藤は羽織った軍服を着直して窓へ立つ。
「それでは、ボスに言われた通り帰ります。迷惑かけてごめんね〜」
彼女が窓に足をかけると、正人は腕を掴んで止めた。
「俺たちもリライバーの本部に連れて行ってくれないか?」
「え?」
「正人、私は別に」
「お前には今までの借りがある。もし人に戻りたいなら、俺は協力したい」
琴葉は何故か感激したのか、「成長したな」と言葉を漏らした。
「その母面やめろー!」
「悪い悪い。でもな、私はいいよ」
「は?」
「300年の間、私は幾度も目の前で人が死ぬ光景を見てきた。この世界はあまりに厳しい。人に戻ればそんな誰かが簡単に死ぬようなことはなく、私も恋人や家族というものを知れたかもと考えたことはある」
加藤は窓に乗せた足を下ろし、「あ、私早く帰らないとまた怒られそうなんですけど」と呟く。しかし、彼女の呟きはスルーされた。琴葉は背伸びをし、ため息をしながら胡座をかいて座り込んだ。
「だが300年前の時代の人間が、戻ったとしてどう生きる? それに、私が戻ればまだまだ半人前の正人を1人残すのは不安だ」
「な、何だと! 俺はもう1人でやってけるわ!」
「そういう訳で、加藤だっけ? 帰っていいよ」
「あ、はーい。いや、何で許可待ってるんだ私」
加藤はブツブツと愚痴を吐きながら、窓へと向かった。しかし、今度は通信機から受信を受けて立ち止まる。「も〜」と髪をわしゃわしゃする彼女だが、通信がオンになると冷静になった。
「はい。こちら加藤、あ、すぐ帰還するのでもう少しだけ……」
「加藤! こちらリライバー本部、現在デリーターの襲撃を受けている。幹部のお前らが出払っているため、本部の戦力では持ち堪えられそうにない! 至急帰還し、応援を頼む」
「本部が襲撃!?」
加藤の声色が緊張感を帯びると、2人も意識が向いた。
「了解〜すぐ行く」
加藤は通信を終えると、琴葉に近寄った。彼女の手を取り、「お願い」と口を開く。
「ボスが琴葉の力が必要といっているの。一緒に来てくれない?」
「はぁ!?」
正人と琴葉は顔を見合わせ、目丸くした。
「ボスが、ボスが危ないの!」
「知らねぇよ。何で俺らを危ない目に合わせた奴らを助けにゃならんのだ」
正人は拒否するも、琴葉は支度を始める。
「正人は怪我してるし家にいな。橋本は私の知り合い。襲われてると知ったら助けに行かなきゃ。じゃっ」
琴葉が準備を済ませ、加藤に合図を送る。彼は痛みに耐えながら身を起こし、壁に立てかけていた弓を掴んだ。
「おい、何して......!?」
正人は掴んだ弓を折ったり削ったりと加工を始める。「こんなもんか」と言いながら彼が立ち上がると、弓は原型を留めず棒切れのようになっていた。
「へへっ。見てろ」
彼はそういって棒の上に矢を挟み、片腕だけでビュンと投擲した。矢は勢いよく棒の上から発射し、壁へと突き刺さる。
「片腕だけでなんて威力なの」
「お前、どこで覚えた?」
2人が興味を示すと、正人はチッチッと舌打ちしながら人差し指を振った。
「これはアトラトルという。大昔の人間が狩猟で使用していた武器だ。俺は頭がいいからな、こうやって授業で覚えたものは......て、聞け!」
加藤が窓から飛び降りると、後に続いて琴葉も降りようとした。彼女はそれでも首を横に振る。
「でも来ない方がいい。死ぬよ」
「俺が弱くないってところ見せてやる。そしたら、琴葉も自分のしたいことのために生きれるだろ? 今度は俺が借りを返す番だ」
「正人......あんた」
「おい、そのノリ流石にスルーするぞ」
「うぅ、反抗期」
「無敵かお前!」
2人がいつものやり取りをしていると、加藤は外から手を振った。
「早くして! 置いてくよ」
それから数時間後。真夜中を丁度過ぎ、明かりがなければ周囲が見えないほどの暗さ。だが彼らの視界ははっきりとしていた。目の前で巨大樹がメラメラとひたすら燃え上がり、夜中だというのに唖然とする3人の姿を露わにする。
「そんな本部が......」
加藤は受け止めきれないのか、燃える大樹をひたすら見続けた。
「ねぇ......正人は、この残酷な世界で1人で生きていける?」
琴葉は悲しそうな表情をしながらも、慣れているのか涙を流さなかった。
「......」
彼らの前には、燃える火によって晒された小人たちの、無残な死体があった。正人は琴葉の問いかけに何も返すことはできず、加藤同様に明るくなった周囲を見続ける。
一方、彼らがデリーター本部の壊滅を知る数時間前。楠ホールディングスの保有するとあるビル。一見するとどこにでもあるオフィスフロアが連なっている。しかし、エレベーターで階数をある特定の順番でタッチすると、パネルに表示されていないはずの地下1階へ行ける。「ウィン」とエレベーターの開閉音が鳴ると、ガラス張りの部屋が奥の扉まで続いた。そのガラス張りの部屋には白衣を着た研究員がいて、ホワイトボードに小人の研究データを張っている。彼らを後にし、さらに奥の扉へ進む。その部屋では、虫かごのような簡素な作りの小さな透明な箱が、左右の棚に無数に置かれていた。そのかごが置かれた棚には番号が割り振られており、その中の1つにポツンと暗い顔で座り込む小人の女性がいた。
「やぁ、久しぶりだね美紀ちゃん」
彼女の前に現れたのは、小人となった楠正樹だった。彼は美紀と呼ばれる少女の横に腰を下ろした。しかし、彼女は警戒するように間を大きく開けて座り直す。正樹は若干の動揺をするも、気さくな笑顔を浮かべる。
「美紀ちゃんがリライバーのこと教えてくれたから、今日中には小人から人間に戻る魔法を入手できそうだよ」
「......じゃあ、私は用済みってこと? よかった。早く殺してください」
美紀は虚ろな顔をし、入ってきた正樹とやっと目を合わせた。その瞬間、正樹は弟のことを思い返した。彼は捜索願いを出した会見の夜、父の正信に呼び出される。
「正樹、君が依頼した殺し屋のせいでこんな無駄な労力を費やすことになった。何かそれを帳消しにできる物を出せ」
正信は正樹から背を向け、ビルから夜景を見下ろした。彼がグラスを揺らし、ワインを口に運ぶまでの間、正樹は答えることができず黙り込んだ。
「お父様、何故正人を殺そうとするんですか。僕たちは家族なんですよ」
精一杯絞り出した正樹の言葉に、正信は呆れたため息をつく。
「わからんか。会社のイメージだ」
「イメージ? よくわかりませんが、正人は俺よりも頭が良い。正直、会社の仕事だってあいつの方が......」
「そこじゃない。あいつとお前の差は単純明快......顔だ。私の倅があんな顔では、会社のイメージに関わるのだよ」
「顔って、そんな理由で僕に正人を殺させたんですか!」
正樹が叩くように机に手を置くと、正信はギロっと横目で睨みつける。
「死んだかはまだ不明だ。だから見つけ次第殺す。私はこの会社を世界一にしたい。アメリカに負けぬ大企業にな。その為には何でも利用し、何でも切り捨てる。お前は出来は悪いが顔がいい。それだけで残す利用する価値がある......と、思っていたんだがな」
「も、申し訳ございません。お父様のお考えをまだ、理解していませんでした」
彼は焦って頭を下げる。正信は「まぁ」といって椅子を回し、夜景に顔を戻した。
「貴様らには期待してはいない。小人から人に戻る実験が成功すれば、私はこの老体を貴様らの一生が終わるまで引き延ばせる。お前は引き続き、あの輩どもに被験体を集めさせろ。......いいな?」
「......はい」
正樹は向かい合わせた美紀を、正人と重ね合わせる。
「だ、大丈夫だよ。僕が必ず、君を逃がしてあげる。約束だ」
そう口にした瞬間、呼び出された日に見た正信の鋭い目つきを頭に浮かぶ。
「いいよ。お父さんもいないし、もう生きたくない」
「ダメだ! 僕はもう、こんなことをしたくないんだ。だから、君だけでも生きてくれ。......頼む」
「正樹さんには恨みはないよ。あなたが担当じゃなきゃ、目の前の小人みたいになってたでしょ。私の知っている情報なんてたかが知れていて、それなのに清潔な服、暖かい料理をくれた。感謝してるよ」
彼女の目線の先には、同じように虫かごに捕らえられた小人がいた。その小人は手足が欠損し、生き永らえているのも不思議な状態で横たわっている。
「......美紀ちゃん」
翌日、正樹は美紀の部屋を訪れた。彼女は横になり、顔を白い布で覆われている。その状態から一切、動くことはなかった。彼は冷たくなった手に触れ、膝を床に落とす。
「僕が死ねばいいのに。僕は......死ぬのも怖い」