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第5話

 電車での戦闘から逃れた正人と琴葉は、夜中にドールハウスへと戻った。2人は扉を閉めるや「疲れた」と口を揃えていう。正人は呼吸が整い出すと肩の負傷による痛みをジンジンと感じ始めた。彼が苦悶の唸り声を上げると、琴葉は怪我してない方の彼の肩を担いで2階の寝室まで運ぶ。


「あ、ありありありありがとう」

「はいはい。よく言えましたね〜」


 礼の言葉を恥ずかしがった正人は、琴葉のあしらうような反応によってさらに顔を赤くする。彼女はタンスから布と試供品の正方形の袋に入れられた消毒液を取り出した。消毒液を布に馴染ませ、彼の弾丸が入った肩に当てる。


「いてっ」

「今から弾丸取り出すから、痛み和らげる話をしてやる」

「は?」


 そう言って何かを語り始めた琴葉だが、グリグリと肩に何かを突っ込まれて彼は悶絶する。


「あの軍服の連中はリバイバーといって、私は創設メンバーの1人だった。当初は苦しむ人を助ける目的だけだったが、私が抜けた後にリーダーになった橋本という男によって変えられた。おい、聞いてるのか?」

「馬鹿野郎! 痛くてそれどころじゃねぇ!」

「仕方ない。では最初から……」

「待て待て、聞くから! 聞くから続き!」

「よし、続けるぞ。橋本は人間の暗数となっている認知されていない犯罪を見つけては、小人化させて殺し回るようになった。奴は身内には寛容だが、それ以外には容赦がない。今後見つけたら、迂闊に関わらないことだ」

「……くっ」

「いいな?」


 身体中から汗を噴き出し、正人は首を何とか縦に振った。その間、カランと皿の上に鉛玉が落とされる。布で出血箇所をキツく締め上げ、止血が終わった。


「ほい、後は安静にしてなさい」

「お前お母さんみたいだな」

「お母さんか......」


 琴葉はどこか遠くを眺め、何かを考え込んだ。しかしすぐに頭を振り、立ち上がった。


「そういえば、正人のお母さんは?」

「あぁ、母親は俺らを生んですぐ離婚を言い渡されたらしい。俺は顔も知らない」

「そうか。私は水を汲んでくる」


 正人は首を傾げ、「何だあいつ」と口にして彼女を見送った。部屋で1人になると、彼は再び肩の痛みに意識が向く。


「考えられない。......寝るか」


 目を閉じて横になると、彼の頭にある映像が浮かぶ。父と兄と、テーブルを囲んで食事をしている風景。だがその光景は揺ら揺らと動き、一定の形を保たない。「考えるな。考えるな」と痛みの影響がイメージした映像へも影響を及ぼしていたことに気づく。思考回路がぐちゃぐちゃになり、気持ち悪くなった彼は思わず瞼を上げる。


「おはよう~。さっきは助けてくれてありがとっ。金持ちくん」

「おまっ......んぐっ!」


 彼の視界には唐突に、加藤アリスが現れる。彼女は彼の身体に馬乗りになり、首にナイフを当てた。同時に口を塞がれ、首から伝わる刃物の冷たさによって大声を発しないことを瞬時に誓う。


「物分かりいいねぇ~」


 ギャルのような口調で話す加藤は、残った手を妖艶に腹で這わせ傷口の近くで止める。


「さて、楠くんはデリーターなんだよね? 何故私たちを狙っているのか、教えて」

「俺はデリーターじゃ……ぐぁ!」


 彼女は正人の発言が気に食わなかったのか、傷口を圧迫する。包帯に染みる血の量がじんわりと増えた。声を発するもすぐに口を塞がれ、自然と涙が頰を伝う。


「私の仲間を殺しておいてよくいうね。あんまり生意気なこと言うと、グサっと刺すよ?」


 加藤はナイフを包帯の上に乗せ、瞳を揺らす彼を笑みを浮かべて見下ろした。


「へっ。お前らも人を殺しまくってる癖に、都合が良いんだな」


 正人はプライドが許さなかったのか、震えた声色ながらも、加藤のように笑い返した。直後、彼女は眼光を光らせて勢いよくナイフを振り下ろす。とてつもない痛みになると身構えた彼だったが、刃は肩の少し上に振った。耳たぶをギリギリ掠らないほどの距離で、彼は大きな息を吐く。


「楠くん、相当プライドが高いんだね。正直、あの時助けてくれなかったら刺してたよ」

「お、おう」


 殺気だった顔から一変し、彼女はとろんとした目つきになった。頰を少し染め、紅のインナーカラーの髪を耳にかける。そしてゆっくりと身体を倒し、彼の身体に密着させた。もちろん、正人はピンクな妄想を頭に浮かべる。彼女の胸の柔らかな感触は、肩の痛みを忘れさせていた。


「さて、じゃあやり方変えようかな」

「あ、お前、俺はい、色仕掛けには騙されんぞ!」


 しどろもどろになる彼をお構いなしに、加藤は耳元に口を近づけた。


「色仕掛けじゃないけど、いい事だよ」


 加藤の吐息と甘い声は、さらに正人の脳を狂わせる。


「私ね、失敗って言葉嫌いなの。でも助けてくれた君はちょっと気に入ってる。だからさ、取引しない?」

「とと、取引!?」

「そう。私がデリーターの内部情報を教えてくれたら、逃してあげるし、何なら人間に戻る方法も教えてあげる」

「人間に戻れる? 嘘つくなよ、琴葉はないって……」


 2人が顔を見合わせている最中、一階から「きー」という扉を開く際の木が軋む音が鳴る。


「ほら、早く答えて」

「俺は……俺は人間には戻らなくていい」

「は?」

「俺はこの世界で初めてちゃんと生きてることを実感した。それに、琴葉は俺を裏表なく受け入れた。確かにお父様が自分のことを気にかけていたのは嬉しかったが、俺はここで生きる! そう決めたんだ」

「何それ。私たちは世捨て人っていわれてるの知ってる? そんな世界がむしろ楽しい? 意味がわからない。人間のまま普通の暮らしができた方が、いいに決まってるじゃん!」


 加藤は突き刺したナイフをもう一度握り、殺気立つ。


「もういいから、さっさとデリーターのこと教えてよ!」

「俺はデリーターじゃない。その通信機を貸せ。琴葉はリライバーの創設メンバーだ。知り合いのやつがいれば、俺らが無害だとわかるはずだ」

「おーい、正人生きてるか?」


 睨む加藤は階段を上がる音を聞き、汗を垂らす。舌打ちをし、通信機をオンにした。


「もし嘘だったら、殺すから」

「加藤、今まで何をしていた!」


 通信機から音が漏れ、正人にも聞こえるほど相手は声を張っていた。


「ごめんなさい。でも、デリーターらしき人物を尋問していたんです」

「本当か?」

「はい。でもそいつがなんか、琴葉っていう元リライバーの子と知り合いらしいんです。で、覚えはありますか?」

「琴葉? ……知らなっ」


 彼女の話しかける相手は突如音を途切れさせた。そして数秒後、「こほん」と別の声が入る。


「ボス!?」


 加藤は明らかに声色を変え、パチクリと瞬きをした。


「加藤、琴葉は俺の昔の仲間だ。そいつらはデリーターじゃない。解放してやれ。お前もすぐ帰れ」

「嘘でしょ? こんなことって」


 加藤は通信機から手を離し、顔を俯いた。そこへ琴葉が扉を開けて現れ、正人が彼女に馬乗りで襲われてる場面に遭遇する。


「正人……それは殺されそうなの?」


 咄嗟に剣を取り出した琴葉だが、頬を赤くしている正人の顔や、露骨に落ち込んで殺意を見せない加藤の様子で少し戸惑っていた。



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