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第4話

 東京のとある高級ホテル。そのホテルのボールルームには、50人ほどが座れるパイプ椅子が均一な配置で壇上の手前まで並べられていた。その会場はゴーという空調の音が聞こえるほど緊張感に満ち、カメラやメモ帳を手にする報道陣が座っている。そして彼らの前に高齢の男と、身体が180とスタイルのいい端正な顔立ちの男が一礼をして現れる。


「おい、ここも撮れ!」


 座っていた報道陣は、彼らが登場するやカメラのフラッシュを照明が不要なほど発した。眩しい壇上側を神妙な面持ちで歩き、2人の男は席へ着く。


「会場へお集まりの皆様、本日は貴重なお時間をいただき誠にありがとうございました。本会見は私の行方不明となった息子の楠正人の、捜索を強化していただくことを目的としております。えーっ」


 白髪の男性は楠ホールディングスCEO•楠正信くすのきまさのぶと書かれた名札の後ろに座り、説明を続けようとした。しかし彼が少し間を置くと、報道陣側の席から手が挙がる。


「あの、まだ正信の方から説明が……」


 楠正信の隣には、楠正樹くすのきまさきと書かれた名札があった。そこに座る彼は、弱々しく注意を促そうとする。


「質問です。交通事故の映像を拝見しましたが、何故行方不明と断定しているのですか? あの様子を見る限り、車から脱出した姿はありませんでしたが」


 記者の1人が声のボリュームを上げ、正樹の話を遮る。正樹は何か言いたそうな顔をするも、圧に屈してか縮こまる。彼の黙り込んだ表情を呆れるように横目で見て、正信はマイクを握った。


「はい。その件に関してはこちらも警察と連携して捜査を進めていますが、正人の死体は車内で発見されませんでした。なので、どういう方法かはわかりませんが、息子はまだ生きていると考えています」

「本当に生きてるんですか? こうやって世間に注目されたいだけでは?」


 配慮のかけらも見られない質問を投げつけられ、正信はマイクから口を離した。


「あのー、早く答えてもらえます?」


 目を落として顔を暗くする正信は、尚も口を閉ざしていた。数秒後、ゆっくりと立ち上がって彼は報道陣を見渡す。


「仰るとおり注目が欲しいです。ですが、それは全て息子を探すため……どうか、皆様もそしてテレビでこの会見をご覧になる方々にも、何でもいい。情報を、息子の手がかりとなる情報を私にください! お金はいくらでも払います。どうか、この通り!」


 彼は深々と頭を下げ、目元から涙をポツポツとテーブルに落とした。その瞬間、再びシャッター音が会場中に鳴り響く。


 その映像は、電車内の液晶画面でも流れていた。しかし車内にいるほとんどの人は、スマホ画面で暇つぶしに耽っている。そんなどこにでもある昼間の車内の網棚には、液晶画面に目を釘付けにされている正人がいた。彼が映像を眺めていると、琴葉はポンと肩に手を置く。


「良いお父さんだね。羨ましい。けど、戻ることはできないよ」


 彼女が悲しそうな顔で見つめると、彼は置かれた手を払う。


「わかってる! 全部遅いんだ」


 背を向けたまま、彼はその場に立ち尽くした。


「さ、今日は私のおすすめのデパ地下だ。たらふく試食品食うよ!」


 正人は哀れむようなジト目をし、ようやく彼女を見た。


「あのさ、俺らゴキブリみたいだよな。存在がバレたら駆除される気がする」

「ハハハ。調子戻って来たね。じゃ、そろそろ次の駅だし行こうか」


 琴葉は網棚の上を歩き、ドアの方へと進んでいく。一方、正人は「あぁ」といって彼女の方へ身体を向ける。しかし、動かなかった。彼は液晶画面から視線を落とし、その下にいたドアの隅の女子高生を見ている。


「ここに美少女がいるのに浮気ですかそうですか」

「ババアだろお前!」

「何だとクソガキ! あっちょっと! そっちは人が多くて降りれないでしょうが!」


 正人は彼女の話も聞かず、突然女子高生のいる方へと走り出した。彼は女子高生がいるドアの反対側の網棚にいて、そこから様子を眺める。女子高生の背後には、恰幅のいい男が立っていて怪しい動きをしていた。僅かに見える彼女の横顔は、明らかに怯えている。


「こういう時は、見えないに越したことはないな」


 彼は矢筒から矢を取り出し、男の手に狙いを定めた。しかしその直後、正面の網棚からワイヤーのような物体が発射される。


「いてっ……気のせいか?」


 太った男は、首に確かな針を刺すような痛みを覚えた。しかし、すぐにどうでも良くなったのか下衆な笑みを浮かべて女子高生の方へと顔を戻す。正人にはその痛みが、ワイヤーのような物体が首元に突き刺さったからだと見えていた。


「加藤アリス、現着しました〜」


 そのワイヤーのようなものを装置によって手繰り寄せ、正人と同じ小人らしき女性が太った男の肩に乗った。彼女はナチスドイツを思わせるような軍服を着込んではいるが、セミロングの黒髪に赤のインナーカラーを入れている。奇抜な見た目をした彼女のすぐ後に、同じ軍服を着た者が2人降りた。


「本部〜、やっちゃうけどこいつで間違いないの?」


 彼女は耳元に装着した通信機を使い、指示を仰いだ。


「あぁ。痴漢常習犯の熊脇健二くまわきけんじに間違いない。やれ」

「はぁ〜い」


 加藤は手袋を外し、手の平に刻まれた魔法陣を熊脇の首にかざした。その瞬間、首に魔法陣の写しが刻まれる。彼の巨大は一瞬にして縮小し、彼女らと同じサイズになった。その間、加藤らは再びワイヤーを発射して網棚へと戻る。


「さて、何分待つかな〜」


 彼女が見下す先には、自身の小人の姿に混乱している熊脇がいた。


「な、何だこりゃ」


 その直後、電車は大きく揺れて立っていた乗客の何人かは立ち位置をずらした。


「うわぁ! やめろ危ねぇだろ!」


 彼らの足は、熊脇の周囲に鉄槌の如く降り注ぐ。間一髪で避けるも、熊脇はぺちゃんこに潰される自身をイメージして毛穴から汗が吹き出した。


「ゆ、夢だよなこれ」


 彼が現実を直視できずにいると、痴漢した相手の女子高生の足が迫る。彼女の足が床に着くと同時、落としたトマトのように血が撒きちった。しかし彼の血は人には認識できず、ほんの少し足裏に変な感覚を抱くのみだ。その光景に唖然とする正人とは反対に、加藤はニヤりと笑った。


「5秒かぁ、おっさん早すぎ。ま、任務完了っと」


 加藤は少し退屈そうに、仲間に撤退を指示した。


「人を……いや、ここにいたら俺も」


 正人は危機感を感じ、咄嗟に彼らから離れようとした。しかし、身を翻すことができない。彼の背後に、人の気配があったからだ。咄嗟に、気づいた反応を見せることを躊躇った。後ろの人影はまだ察したことを知らないはず。


「あいつら銃も持っていた。動けば反撃する間もなくやられる」


 何かアクションをとって逃げようと模索するも、時間切れだった。背後の者は彼の背中に銃口を突き付ける。


「隊長、怪しい小人を発見しました」

「ほんとだ。君、楠正人くんだよね? どうしたのかな?」


 加藤は彼の前に回り込み、谷間を見せつけるように立つ。


「くっ、何で知って」

「何でって、さっきの会見で顔出てたよ? 確か見つけたら賞金1億円だっけ? いいなぁ」

「お前ら、何で人を殺した。てか何者だ!」


 正人が睨みつけると、彼女は彼の腹部に拳を放つ。痛みで蹲ろうとするが、彼女の靴で顎を持ち上げられる。


「それがリバイバーの仕事なの。で、今のは質問に答えないお仕置き。さぁ、早く仕事終わりたいからちゃちゃっと答えてよ。君、最近噂のデリーターなんでしょ?」


 笑みを浮かべて余裕そうな加藤だが、奥から走ってくる小人のオーラにより、その顔は崩される。琴葉は双剣を握り、鋭い目つきで3人を視界に捉えた。


「隊長、銀髪の女が!」

「うん。撃っちゃっていいよ〜」


 彼らが構えると同時、琴葉は網棚の縁から飛び降りる。銃弾は飛び降りる前の彼女のいた場所で空を切った。彼女を探そうと、2人は小銃を構えたまま網棚の下を見渡した。彼らの見える範囲には、人々がただ立っている様子しか確認できなかった。


「……!? その男の腕!」


 加藤は驚いた表情をしながらも、拳銃で吊り革を掴んでいる男の手の周囲へ弾丸を飛ばす。サラリーマンの男性の裾の中から現れた琴葉は、吊り革を握る手を伝って再び網棚に戻る。彼女は剣の届く範囲まで3人との距離を縮め、1番近くにいた男に狙いを定めた。


「く、何だこいつは!」


 男は素早く動く琴葉に圧倒され、双剣の柄で拳銃を握る手首を突かれる。銃が手元から離れ、さらに追撃の蹴りで吹っ飛ばされた。


「隊長、一旦逃げた方が……」


 残ったもう1人は、銃を構えながらも後退りしていた。一方加藤は、焦りながらも「逃げる? ふざけんな」と舌打ちをする。彼女は正人のこめかみに銃口を近づけた。


「はい終了。こっちには人質がいるよ〜」


 血走った目をした琴葉は、振り下ろそうとした切先を皮膚に触れる寸前で止める。彼女は加藤の腕にある腕章のマークを見て、何かに気づく。


「リライバーか。橋本はそんな手癖の悪い教育をしてるの?」


 橋本という名前を聞き、加藤は露骨に動揺する。


「な、なになになに? あんたボスと知り合いなの?」


 2人の間に妙な緊張が走る。そんな中、正人は頬を赤くしていた。背中にぷにゅっと押し付けられる胸の感覚は、危機感を薄れさせていく。


「隊長!」


 静寂と化した空間で突如、加藤の仲間の1人が叫んだ。1発の銃声が響くと、叫んだ彼は胸を弾丸で貫かれる。


「みーっけ。お前らリバイバーだろ?」

「うひょー東堂さん。可愛い子が2人もいますよ!」


 倒れた彼の方に視線をやると、東堂と仲間数人が立っていた。彼らは背中にジェットエンジンのような機械を装着しており、ボボボという音を発する。その1秒後、彼らは空を飛んで正人らに攻撃を始めた。戸惑う加藤へ向け、東堂の仲間の1人は狙いを定める。


「……!?」


 正人は自身が狙われたと考え、矢筒に当たるよう背中を向けた。その動作の最中、状況的に加藤を庇う形になる。バチンと矢筒に弾が直撃し、威力が半減したものの彼は肩を負傷した。


「はぁ!?」


 庇われたと思った加藤は、ドキッと鼓動を一瞬早める。正人は2発目の間に彼女の持つワイヤーの発射装置を奪い取り、吊り革の前に立っている女性の首元に放った。「きゃっ」と艶かしい声を漏らした彼女は、恥ずかしそうに俯く。


「……死にたくなきゃ掴まれ!」


 正人がワイヤーを装置で手繰り寄せると、彼女は何も言わずに彼のお腹に腕を回す。一方彼女の仲間は、さらに1人銃弾に倒れる。


「きゃきゃきゃ死ねや!」

「テメェがな」


 加藤らに2発目を撃とうとした男は、東堂によって射殺される。彼の凶弾により、仲間に動揺が広がった。


「と、東堂さん?」

「女は殺すなっていつも言ってるだろ? わかれよ」

「……はい」


 彼らが空中で動きを止めたその僅かな時間。琴葉は剣の柄をヒモで巻きつけ、東堂目掛けて投げつけた。

 

「……あ゛ぁ゛」


 東堂は左眼と頬を縦に一撃を受け、ゆらゆらと網棚の上へ落下する。正人らが女性の肩に着地すると、琴葉も近くの網棚まで来ていた。彼女も女性の肩に飛び乗ると、電車のドアが開く。女性はドアをくぐって駅のホームへと降りた。


「正人、怪我はないの?」


 心配そうに駆け寄った琴葉は、彼に抱きついた加藤に気づくと、顔を強張らせる。


「な、なるほどね。内輪揉めって訳。私の仕事の邪魔して、ただじゃ帰さな……あっ!」


 正人から離れた加藤は、銃を構えようとするも2人に逃げられてしまう。


「加藤、戻って詳細な報告を送れ! おい、加藤!」

「うるさいなぁ。私はね、失敗したくないの。部下2人殺されて、何もなしで帰る? ありえないね」


 加藤は通信機をオフにし、ポケットから液晶端末を手にした。液晶にはレーダーが表示され、正人らの位置情報が映し出されている。彼女は乱れた服を整え、2人を追跡した。

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