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第1話

 東京のどこにでもある通り道の横には、どこにでもある薄暗い路地裏があった。路地裏に棲む生物はドブネズミと……。


「はい援交おじさん一本釣り!」


 柄シャツを着た男たちは、スーツ姿の中年男性を取り囲んでいた。


「なっ、人違いだ。私は失礼する」


 男たちはニヤニヤしながら、奥から現れた顔に傷のある男に視線を集めた。その男は懐から280mmのサバイバルナイフを取り出すと、中年男性の前へ回り込む。


「なっ、銃刀法違反だぞ!」


 中年男性は動揺しながらも気丈な態度を続けた。ナイフを握る者は、スマホの画面を彼へ見せつける。画面にはSNSがあり、女の画像と「家出しています。拾ってくださる方を募集しています」と書かれた投稿があった。


「わかりやすい釣りに引っかかった馬鹿がよ。大人しく帰れると思うなよ」

「そういうこったおっさん。勉強代置いてけよ」

「......」

「あぁ? ハハハ、ビビって声も出せねぇってか?」


 男たちが中年男性に近づこうとしたその時、バチバチと奇怪な音が響く。一瞬、彼らは意識をその音に奪われて動きを止めた。その瞬間、ナイフを握っていた男は白目を剥いて倒れ込む。


「と、東堂さん!」


 東堂と呼ばれるナイフ男の背後には、スタンガンを持つスーツ姿の男たちがいた。


「安心したよ。踏みつぶしても誰も困らないゴミたちだ」


 中年男性も懐からスタンガンを取り出し、柄シャツの男たちを気絶させていく。


「社長、小人化する人員確保しました」

「ご苦労。これで研究が捗るな」


 スーツ姿の集団の1人は、スマホで誰かに報告をした。その路地裏を一歩出ると、密かに行われた惨事を知る由もなく、平然と行き交う人々がいた。 


 一方、同じく東京の高級住宅街の一等地にある屋敷。朝霧が薄っすらとまだ残る時間帯に、チリチリと目覚まし時計が鳴り響く。その時計が鳴り響く屋敷の寝室には、執事服を着た男が冷や汗をかいて入ってきた。


「正人様、も、申し訳ございません」


 ダブルベッドで寝ていた正人は、上半身を起こして苛立ちを露わにした。


「目覚まし時計は音が鳴り響く前に止めるよう伝えたはずだ。黒井、お前は次のミスで首だ」

「はい。大変申し訳ございません」


 正人が両腕を水平に伸ばしたまま立つと、黒井は流れ作業のように寝間着を脱がせ、学生服を着こませた。「ふん」と嘲笑うように息を漏らし、彼は食堂へと向かう。


「ふむ。まぁまぁだな」


 彼は長い部屋の長いテーブルの中央の位置で椅子に座り、コーンスープを口にしていた。彼の周りには使用人が並んで立っているが、テーブルの前に置かれた椅子には誰もいない。彼一人がポツンと腰をかけ、朝食をとっていた。食後、彼が屋敷を出ると門の前にはリムジンが待機している。


「ったく、俺だけのけ者か。解せんな」


 走行中の車内で、正人は父親と兄のことを考えながら舌打ちをした。数十分後、リムジンは聖カトレリア学園と刻まれた表札の前に停車する。彼がその車内から降りると、校門をくぐろうとした生徒の何人かは振り向いた。


「あ、正人様だわ」

「正人様、私最近バッグに興味が出たんです。よければ今度デートでも行きませんか?」


 ものの数秒で正人の周りに女子生徒が群がり、上目遣いでお願いをしたり、抱き着いて胸を押し付けたりとした。彼は鼻血を垂らしながらも顔色1つ変えず、彼女らを押しのけた。


「貴様らの相手はまた今度だ」


 そう彼は一言だけを残し、彼女らから離れていく。


「この問題、誰か解けますか?」


 授業が始まり、教卓の隣に立つ教師は手を上げるものを待った。しかし、10秒ほど経過しても腕は伸びない。落胆のため息を吐く教師は、チョークを手にしようとした。だが、そのチョークは他の誰かの手に握られてしまう。教師がその手の主を見ると、そこには正人がいた。


「答えはこれです」


 教師が彼を見ると、丁度黒板に答えを書き終えていた。


「おぉ、流石楠家のご子息だね」

「先生、この程度の問題解けて当然です。もう少しレベルの高い問題を用意してください」

「お、おうわかった」


 正人は手に着いた粉を払い、澄ました顔で席へ戻った。


「楠ってなんでもできるよな」

「ねぇ。弓道も百発百中、勉強はオール5、おまけに大金持ち」

「いいなぁ。羨ましい」


 教室中でヒソヒソと噂話が聞こえ、彼は「ふん」と僅かに口角を上げる。

放課後、オレンジ色に染まる空の下、正人は校門前に停車したリムジンへと向かった。その最中、スマホで女性たちからの通知を処理していた。


「えーっと、この子は昨日遊んだからなし。この子はシャネルね、いいよっと。まったく、モテる男は大変だ」

「正人様、カバンはどうされたのですか?」


 ドアを開けていた黒井にそう聞かれると、正人はハッとして校舎へと戻っていく。怠そうな顔をした彼が廊下を歩いていると、教室にはまだ数人の人影が。


「ねぇ、いくらあった?」

「聞いて驚くなよ? 30万!」

「まじ? やったー」


 教室に残っていた彼女らは、正人の置いていったカバンから財布を取り出していた。札束を取り出すと、雑にそのカバンと財布を床に落とす。彼らの行動に面を食らった正人は、ドアノブにかけた指を放す。


「てかさ、楠ってマジでうざいよね」

「それな。貴様らの相手はまた今度だ! とか言ってキモかったぁ」

「あんなブサイク、金以外取り柄がないのにね! アハハ」


 正人は彼らの笑い声を聞き、その場を去った。カバンを持って帰らなかったが、黒井は彼のただならぬ雰囲気を察して無言で運転席に座る。


「黒井、明日から俺もお父様とお兄様の仕事の手伝いができぬか頼んでくれ」

「えっ、恐らく断られますよ」


 正人は車内の収納スペースからティーカップを取り出し、紅茶を注いだ。


「どうしてだ?」

「いや、それは私の口からは……」

「クソ、自分でやる」


 彼はスマホで父親にメールを送った。


「お父様へ、私には学園の人間はレベルが低くて困っております。以前も話しましたが、私にもお兄様のように仕事をください」


 送信すると、すぐに彼の元へ通知が来た。


「いらん。正樹で事足りている。それに、お前はまだ高校生だ。学業に専念しろ」

「足りてるってなんだよ。じゃあ俺を生むな!」


 正人は父のメールを見た直後、思わずティーカップを床に叩きつけた。カップが砕け散る数秒前、走行中のリムジンに一台の車が猛スピードで接近していた。


「と、止まれ!」


 黒井が叫ぶと、カップの破片に混じって車窓のガラスが車内に飛び散った。ガコンと鈍い音と共に車体が凹み、運転席にいた彼は頭から血を流して生き絶える。後方にいた正人も衝突の衝撃によって天井に頭を強打し、意識を朦朧とさせた。彼は薄れ行く意識の最中、ぼんやりと視界に何かを見た。その何かは手の甲に収まるほど小さく、人の形をしていた。 彼女はゴーグル付きの革帽子を被り、2つに結んだ銀髪を靡かせていた。スチームパンクを感じさせる服装をしている。


「誰だ……お前」


 そう口にし、正人は目を閉じる。

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