5.世界の終わり①
「勇者? なによそれ?」
この魔獣さん、わたしに【勇者】の力を授けるですって。
んん? どういうこと?
そもそも、勇者って女がなってもいいのかしら?
「なんじゃお主、勇者を知らんのか? やれやれ、モノを知らない小娘じゃな」
「いや、そうじゃないけど、勇者なんて……なんで急にそうなるのよ? 順を追って説明してちょうだい」
とりあえず話を聞いてみる。
そうするしかない。
「いいじゃろう。まだほんの一月前の話じゃ。ここから少し離れた近隣の街が、魔物に占拠されたという話。お主も耳にしておろうて」
「街が魔物に占拠された? えっ、大変じゃない⁉」
「なんじゃ、また知らんのか」
「ええ。だってわたし、新聞なんて読めないもの」
文字が敷き詰められてて苦手なのよね。
もっと絵とかあった方が分かりやすいのだけど……
「はあ、話の進まんヤツじゃな。これだから最近の若いモンは……」
「なによ? あなただって子猫じゃない」
「わしは魔獣じゃと言っておる。小娘なんぞとは年季が違う。比べるでない」
「ふ~ん、年季、ねえ」
「なんじゃ、何をみておる?」
そんなのどこにあるのかしら?
見た感じそんなオーラは何も出てないけど。
「まあよい。それで話を戻すが、一月前に起きた魔物の襲撃。単刀直入に言うぞ。それは”魔族”による仕業じゃ」
「魔族? それって神話とかに出てくる、あの魔族?」
”魔族”
それはわたしたちのいる地上よりもさらに下、深いところを住処とする者たち。
そこは光なんて一切届かない闇の世界。
彼らは永遠の暗がりを求め、ただ静かに生きている
その力は、わたしたち人間族よりも遥かに上。
とてもじゃないけど太刀打ちできない。
もし彼らが地上に降りてきたら、人類は為すすべなく蹂躙されることでしょう。
「……っていうのを小さい頃に本で読んだことがあるわ。まさか本当にいるの?」
「おお、大方合ってるの。にしてもお主、魔族のことは知っておるのか。だいぶ知識が偏っておるな」
「ええ。だってわたし、そういうオカルト話が大好きだから」
小さい頃はよく読んでたわね。
フフッ。たしかリーゼはそういうの苦手だったから、隠れて読んでたっけ?
わたしって良いお姉ちゃんでしょ?
「でもそれはおかしいわ。だって彼ら魔族は、わたしたち人間とは関わりを持たない。お互い不干渉のはずよ」
なのになんで街に魔物をけしかけるような真似を?
第一、わざわざそんなことする必要がある?
彼らがその気になれば、わたしたちなんてあっという間に滅ぼされるでしょうに……。
「もしかして本の内容とは違うってこと? まあ、所詮は神話のお話だし」
「よろしい。ではそのへんから詳しく教えてやろう」
なんだか面白くなってきたわね。
わたし、そういうお話は嫌いじゃないわ。
「まずは根本的な話、なにゆえ魔族だけに他を寄せ付けぬ力が備わっておるかについて……聞くがお主、お主には欲というモノはあるか?」
「欲? 人の三大欲求みたいなモノかしら? それなら普通にあるわよ」
食事に睡眠、そしてリーゼロッテ。
最近ならカトリーヌもトレンド入りね。
「違う。わしが言ってるのはそういったモノではない。基本的な欲求とはまた違う、その先にある欲望のことじゃ」
「その先?」
「そうじゃ。お主たち人間族で言うのなら、例えば承認欲、物欲、して征服欲など様々。あげればキリがない」
征服欲……か。
あのゴミ男、ロード=エクストリオを思い出すわ。
わたしの可愛いリーゼを……くっ
「ある程度知能が発達した生物は、次第に生きる以外の、何か別の欲望を見出すようになる」
「欲望……」
「なに、生物とは元来、皆そういう風に出来ておる。無限続く果てのない欲求に身を投じていく。従うも抗うも本人の自由、生きるとはそういうことじゃ」
欲望に忠実なのは、別に悪いことじゃない。
でも決して良いことでもない。
そういうことで良いのかしら?
「しかし、魔族は違う。やつらには生きる以外その他一切の欲求がない。その無欲が故に与えられし強大な力。唯一持つことを許されておる。そこが地上に住む者たちの大きな相違点じゃ」
「無欲、それが魔族の強さの理由……」
でもそんなのって、なんだか……。
「してようやく話に繋がるが、いま地上におる魔族というのは、その欲望というモノを持っておる。本来持ってはおらんはずの欲求をその身に宿しておる」
「欲を知った魔族さん?」
「さよう。してソレは人間で言うならば罪じゃ。欲望に目覚めた魔族、その代償は大きい。力の大半を失い、さらには魔界から追放される」
追放……。
「故郷を追いやられた魔族は下界、つまりこの地上で欲望の限りを尽くすようになる。自然とそういう者同士で集まり、組織が形成されていく。それが今の下界にいる魔族というワケじゃ。どうじゃ? 理解できたか?」
なるほど。
街が占拠されたのはその欲深い魔族たちのせいってワケね。
「でもそんな話聞いたことがないわ。魔族なんて実際に見たことないし、本を読むまで知らなかったもの」
「なに、奴らも馬鹿ではない。元は無欲者の集団、姿を出さないことに長けておる」
「そう、それは厄介ね」
「そうじゃ。奴らの魔の手は着実に、すぐそばまで迫っておる。確実に人間や他の生物に悪影響を与えておる」
「ふーん。でもあなたの言う魔族は本来の力を失ってるって話だから、そこまで大した脅威ではないんじゃないの?」
現に、隠れてるみたいだし。
「愚か者。奴らは腐っても魔族じゃ。決して甘く見てはならん。人間基準ではまだ計り知れん力を持っておる」
「……はあ、それじゃどうしようもないじゃない。わたしじゃ魔族になんてとても対抗できないわ」
アレね。
世界の終わりってヤツかしら?