3.この子の名前は……!
それから、チクタク♪ チクタク♪
2日が経ったわ!
ここはわたしの行きつけの宿屋。
朝、昼、晩、毎日お食事つきで、しかも個室用バスルームとトイレも完備!
完全なるプライベート空間がここに!
お値段は……まあ安くはないけれど、相場としては結構良心的ね。
冒険者や商人とかにはピッタリ。
旅の疲れをこれでもかと癒してくれる。
これを見ているそこのあなた!
立ち寄ったらぜひ一度は泊まっていってね!
……と、一人遊びはここまでにして、
「う~ん、まだ起きないわね」
2日前に保護した子猫ちゃん。
あれからお医者さんに診てもらって、一通り手当てを受けた。
命に別状はないそうだけど、しばらくは安静に、だそうよ。
だから、今はわたしの部屋で休ませてるって感じね。
えっ? 勝手にそんなことしていいのかって?
心配には及ばないわ、ここはペット可よ。
「それにしても、この子……結構変わった見た目ね」
毛色は黒と紫の真ん中くらい。
尻尾はとても細長くて、先端がハートの形。
お顔とかフォルムはもう完璧にネコちゃんなんだけど……。
なんでしょうね、この何とも言えない違和感は。
それに、今はお布団で見えないけど、背中には小さな翼が生えてる。
もしかして飛べる個体?
お医者さんも言ってたけど、やっぱり魔物か何か?
「本当にネコちゃんなのかしら?」
う~ん……
「まっ、可愛いから何でもいいわね!」
すっごいキュート。
アレね。ずっと見ていられる可愛さだわ。
「この子、どうしようかしら?」
首にリボンが付いてるってことは、やっぱり誰かに飼われてたってこと?
飼い主がどこかにいるのかしら?
う~ん、分からないわね。
「ビ、ビニャ……」
「ん?」
「ビニャ~……?」
あらっ、ようやくお目覚めね。
「おはよう、子猫さん。気分はどうかしら?」
「ビニャ?」
周りを見てる。
警戒しているわ。
「怪我はお医者さんに治してもらったからもう大丈夫よ。それにここはわたしの部屋。あなた行くとこが無さそうだったから、わたしが勝手に連れてきたの」
「ビニャ~」
「そっ、だからもう動けるはずよ」
ヒョイッ、ちょこん。
ベッドから出てきたわ。
「あっ、そうだわ。ちょっと待っててね」
「ビニャ~?」
ガサゴソ、ガサゴソ
「お待たせ。さあ、まずはご飯にしましょうか」
ネコちゃんの前に、はい。
「どう? お腹すいてない? 市販のペットフードだけど」
「ビニャッ⁉ ビニャニャニャ!」
あらっ、ウフフッ。
飛びついちゃった。
「良い食べっぷりだわ。フフッ、よほどお腹がペコペコだったのね」
気に入ってくれたみたい。
きっと幸せ~って感じでなのしょうね。
ガツガツ! ガツガツガツ!
……ちょっと食べ方が汚い気がするけれど。
「仕方ないわね。ほらっ、ほっぺについてるわよ?」
「ビニャニャニャニャ!」
まあ、わたしなんて視界に入っていないご様子ね。
あとでお掃除するのはわたしなのに、良いご身分だこと。
「生意気に頬張ってるわね……そうだ!」
夢中になってるうちに、あなたの膨らんだほっぺを、ちょんちょん、ちょんちょん。
あらっ、イ、イヤだわ……なんて柔らかさなのかしら⁉
脅威に触り心地ね。
「や~ん! 可愛い~!」
ウフフッ、ちょんちょん、ちょんちょんちょん。
「ビニャ~?」
「とりあえずこの子、どうしようかしら?」
飼い主を探してあげる?
というか、そもそも野良?
母親とかいるのかしら?
「ねえ、子猫ちゃん。あなたはどこからやって来たの? 自分のお家とかあるのかしら?」
「ビニャ~!」
……ネコちゃんの言葉は分からない。
わたしに翻訳のスキルがあればよかったのだけど、残念。
あいにく無能力者だもの。
こればっかりは仕方ないわね。
とりあえず、この子がどこから来たのかを探りましょうか。
それまでは、わたしが預かることにするわ。
「ちょうど良かったわ。リーゼはネコが苦手だから」
子猫を拾ってきたら、あの子になんてドヤされるか分かったモノじゃない。
アレルギーとかではないはずなんだけど。
何がそんなに嫌なのかしらね?
ねっ? こんなに可愛いのに。
「ほ~らっ、アゴの下を差し出してなさ~い。チョロチョロしてあげるわよ」
「ビニャ~」
「ここが良いんでちゅか~? 良い子でちゅね~、よちよちでちゅね~」
ええ、とても気持ちよさそう。
「名前は何にしようかしら? このまま子猫ちゃんだとちょっとアレだし。にゃんにゃんにゃん……ニャン吉? ポン太? あっ、チョビスケとか?」
う~ん、悩ましいわね。
何か、この子に相応しい名前は……と。
ウムムム……
ポンッ!
「あっ! カトリーヌなんてどうかしら? この優雅な感じにピッタリだわ!」
な、なんてことなの……。
我ながら良ネーミングすぎる。
こ、この圧倒的センスは……一体⁉
「そもそもメスかオスかもわからないし、呼び方なんて何でもいいわよね?」
「ビニャー!」
「気に入ってくれた? ウフッ、よろしくね! カトリーヌ」
うん、やっぱり可愛い。
い〜っぱいナデナデしてあげる!
──それから、チクタク♪ チクタク♪
今度は4日が経ったわ!
「う~ん。結局、あれから手がかかり一つなかったわね」
色々な人に聞いてみたり、張り紙だって配ってみた。
だけど何も情報は得られなかったわ。
ちょっと残念ね。
「でも、代わりに物とかペットフードなんかはいっぱい貰っちゃったけど……」
「ビニャ~!」
「あらっ、カトリーヌ。こんなところにいたのね! ほらっ、あなたの大好きな猫じゃらし~」
「ビニャッ⁉ ニャニャッ!」
「ウリウリ~、ウリウリ~」
まあ、この子ったら。
寝っ転がりながらお腹なんて向けちゃって。
わたしに甘えてるのかしら?
いいわよ。
「ほ~ら、あなたのママはここでちゅよ~」
「ビニャ~」
はあ、すっかりわたしに懐いてる。
今ではご飯もお上品に食べてくれるし、おトイレの場所だってちゃんと分かってる。
ええ。とっても良い子だわ。
「……この子、結局なんなのかしら?」
街中を調査したつもりだけど、カトリーヌに関することは何も出てこなかった。
母親も見つからなかったし……。
じゃあ遠くの街からやってきたの?
ということは、やっぱり捨て猫?
ならこのままわたしが飼ってもいいってこと?
「幸いにもここはペット可だし……いいえ、いっそのこと新しいお家でも買おうかしら?」
ずっと宿屋で暮らすのってどうかと思う。
この子のためにも、もっと安全な場所に移した方が良いかもしれない。
ええ。そうした方が良さそうね。
「……そうね、そうしましょう!」
ポンッ!
「よし! そうと決まればさっそくお引越しよ!」
まずは住居を探しましょう!
一人と一匹だから、そんなに大きくなくてもいいわ。
それにわたし、案外こじんまりした所の方が落ち着くし。
あっ、でも素敵なお庭のある家がいいわね。
お花とか植えて綺麗にしてみたい。
それでね、そこでカトリーヌと一緒に──
「──どれ、ここいらが潮時じゃろう」
「……へっ?」
な、何かしら?
いま誰かの声が聞こえたような。
この部屋にいるのはわたしだけ……。
気のせい、よね?
「うん。気のせい気のせい。さてと、気を取り直して──」
「──こっちじゃ、こっちをみい」
ゴ、ゴクリ、だわ⁉
この部屋にわたし以外に誰かいる……。
でも姿が見えない。
これは……
「はっ、まさか⁉ 心霊現──」
「わしじゃ! 猫の方じゃ! いい加減にせい!」
「……えっ?」
そ、そんな……。
い、いま、わたしのカトリーヌが、
「やっと気づきおった。やれやれ、困った娘っ子よ」
喋ったわよ⁉