仮病という名の、不治の病を患っている
僕は、不治の病を患っている。
病名は、『仮病』だ。
仮病という大病は、大昔からこの国にも存在し、今日まで多くの人々の心身をおかしてきた。病原体は、未だに発見されていない。特効薬も、未だに開発されていない。あらゆるドクターが「治療のしようがない」と言って、さじを投げてしまう。まさに、不治の病だ。
「ケンちゃん、おはよう。どう? 今日は学校に行けそう?」
「ママ、僕、今朝は、なんだか頭が痛いんだ」
「まあ、それは大変ね。今日も、学校を休んで、お家で安静にしていましょうね」
仮病の厄介なところは、症状が特定できないというところだ。僕の症状も、頭痛、腹痛、発熱、悪寒、目眩、鬱、など、日によって変わる。差し当たって、今日の僕は、頭痛を理由に学校を休むことにした。
僕の病名が判明したのは、連日体調不良を訴えては学校を休む僕を見かねたママが、先日、僕を病院に連れて行った時だった。
ドクターは、体温計で体温を測る、聴診器で胸の音を聴く、トンカチで膝を数回叩く、目の下をアッカンベーするみたいに伸ばす、などの、最新医学を駆使した精密検査を行った後、いよいよ、診察室にママを呼んだ。
「お母さん、落ち着いて聞いて下さい。大変言いにくいのですが、息子さんの病名が分かりました」
「先生、覚悟はしています。ハッキリおっしゃって下さい。うちのケンちゃんの病名は何なのですか」
「それでは、お言葉に甘えて、ハッキリ言わせていただきます。息子さんの病名は――」
「ゴクリ。ケンちゃんの病名は?」
「仮病です」
「……仮病。……う~ん、聞いたことのある言葉だけど、聞き慣れない病名だわ。あの、先生、その仮病とやらは、どのような治療をすれば治るのですか?」
「治すもなにも、原因があってないようなものですからねえ。治しようがありませんねえ」
「先生! 要するに、僕は、不治の病におかされているってこと?!」
「そうだねえ。まあ、治しようがないからねえ。ある意味、不治の病と言えなくもないねえ」
「先生! 息子は! 息子は、あと何年生きられるのですか!」
「さあ、どうだろう。何事もなければ、あと60年とか、のうのうと生きるんじゃないっすか」
「余命60年! 我が命、幾ばくも無し!」
病院で、情け容赦なき仮病告知を受けたあの日から、僕は、闘病生活をするどころか、むしろ開き直って、毎朝、思いつく症状をママに訴えては、学校を休んで、一日中自室のベッドでゴロゴロ過ごす日々を送っている。
自宅の二階にある自分の部屋から、窓の外を眺める。
冬ざれた景色が、アルミ製の窓枠いっぱいに広がっている。
庭の樹木が、北風に揺れる。
枝から剥がれた沢山の枯れ葉が、宙を舞い、吹き飛ばされては消えて行く。
嗚呼、あの木の枝の葉っぱが、すべて無くなるころに、僕は……
嗚呼、すべて無くなるころに、僕は……
……嗚呼、このゲームソフトを、クリアー出来ているだろうか?
最近夢中になって遊んでいる、手元の携帯型ゲーム機の液晶画面に、一粒の涙を落とす。
そう、僕は、一生涯この部屋で仮病を患って暮らすのだ。
人生とは、なんと虚しいものだろう。
そして、人生とは、なんとチョロいものなのだろう。
その時だった。
ママが、ノックもせずに、僕の部屋の扉を豪快に開けて、中に入って来た。
「……どうしたのママ? 慌ただしいね。なにかあったの?」
「ケンちゃん、聞いて! あなたの病気の原因が分かったの! 仮病の病原体が見つかったのよ!」
「……仮病の病原体?」
「お隣の山田さんの奥さんに相談したら、しれっと教えてくれたの!」
「……お隣の山田さんって、あの超貧乏で、そのくせ子だくさんの、あの山田さん?」
「そう! 治療法も伝授してもらったわ! よかったわね、ケンちゃん、これでもう、あなたは、仮病を根治することが出来るわ!」
そう言って、ママは、僕の首根っこを掴み、僕を、強引に屋外へ放り出した。
パジャマのまま、寒波吹きすさぶ冬空の下に晒され、ガタガタと震える僕に向かって、ママが叫ぶ。
「KA・HO・GOですって!」
「え?」
「病原体は、KA・HO・GOと言うのですって!」
「……過保護っすか」
「こら、クソガキ! ガキはガキらしく、元気よく、お外で遊んできやがれ!」
おそらく、お隣の山田さんの奥さんの受け売りであろうセリフを、ぎこちなく叫び、ママは玄関の扉を閉めたのだった。