186 サラ対化け物
あたしは大量の毒水を解毒しながら、ナザニンに抱きしめられるビトをみた。
「ビト、良かったなぁ」
「むっむ!」
ビトは傷だらけで、皮膚も腐り、腫瘍に覆われており、非常に痛ましい姿だ。
だけど、ビトはとても嬉しそうにみえた。
「ビト! 少しまってな! すぐになおすからな!」
「むっむ!」
改めてみれば、すぐにわかる。
ビトは毒に侵され、呪われた守護獣だ。
「ビト! 呪われたのは最近だな?」
「む~」
毒に侵されたのはずいぶん前に見えるが、呪われたのは直前だろう。
きっとヤギ達が呪われたのと、同時期に呪われたに違いない。
「だいじょうぶ。すぐなおる!」
「む~」
ダムをすぐに修理するとビトがいいはじめた。
「うむ。ダムはなおさなくてていい。すぐに解毒するからな?」
ダムをなおすためには、ビトは毒水の中に入らねばならない。
それは、ビトにとって非常に苦痛なはずなのだ。
「もう、ビトはじゅうぶんがんばった」
「む。む~」
あたしがビトのことを見つめていると、突然ダーウが吠えた。
「ガウッ!」
「ダーウ、どした?」
ダーウは変わらず動かない化け物とあたしの間に立って、化け物をじっと睨んでいる。
次の瞬間、化け物の体の一部が、あたし目がけて飛んできた。
「がう!」
それをダーウはかっこいい棒でたたき落とし、爪で斬り裂く。
先ほど、サラを守るように言ったとき、ダーウはあたしの指示を無視した。
それは化け物が動くことを警戒していたからかもしれない。
「ダーウありがと!」
「ガウガウガウ!」
あたしがお礼を言っても、ダーウは吠えて警戒を促がし続けている。
「みんなけいかい……」
そのとき、周囲で止まっていた幼い精霊達が一斉にあたし目がけて飛んできた。
「ど、どした? お? おお?」
そして、精霊達は、あたしの体の中に入り込む。
「おおおおお?」
あたしの体内に精霊力があふれる。
『精霊達は化け物がいなくなったから、ルリア様の体の中で、傷を癒やそうとしているのだ!』
「まだいるよ!?」
あたしの方に飛んできてダーウに叩き落とされたのは化け物の一部だ。
まだ化け物の体の大半はその場に残っている。
『あれは、もう死体なのだ!』
最後の力を振り絞ってあたしに飛びかかったのかもしれない。
これまで精霊達は、あたしの指示に加えて、化け物が怖くて近づかなかったのだろう。
「というか、ルリアの体の中でいやすとか、そんなことできるの?」
『普通はできないけど、ルリア様は特別なのだ!』
「ふむ? そんなもんか」
詳しい理屈はわからないが、クロが言うならそうなのだろう。
『ルリア様の体内には精霊力があふれているはずなのだ!』
「うん」
『その精霊力を使って、毒水を解毒するのだ!』
「それ、精霊たちはだいじょうぶか?」
『大丈夫なのだ! 精霊達はルリア様の中にいるだけで安全で、傷は癒えるのだ』
クロがそういうのならば安心だ。
「じゃあ、いくな?」
あたしは体内にあふれる精霊力を使って、毒水を一気に解毒していく。
「おお! さすがルリアなのである! みるみるうちに飲めそうな水に!」
「すごいのは精霊たちだ」
これで、なんとかなった。みんなが助けてくれたおかげだ。
「みんなありが――」
「ガウッ!」
お礼をいいかけると、ダーウが油断するなと鋭く吠えた。
そのとき、サラの近くで嫌な気配が急に現われた。
「化け物が地中をもぐっていたのである!」
死んだふりをして、あたしに攻撃を仕掛けたりしながら、地中を潜っていたらしい。
「サラちゃん!」
「サラ。たすけておくれ」
あたしの声と化け物の声が重なった。
「意地悪な奴らが、お父さんをいじめるんだ」
その声は一度だけあったことのある前男爵、サラの父の声だった。
人の頭ほどの大きさの黒光りする金属質の化け物は、サンダーの足元からサラを見あげる。
小さかった化け物は、みるみるうちに人の形に変化して、質感が金属から人の肌に変わる。
前男爵が着ているのは、一度だけあったことあるあの日に着ていた衣服だ。
いまや、化け物は、あの日の前男爵そのものだった。
「男爵閣下?」
サラは驚いて目を見開いた。
ここにいるはずのない父が、急に現われたのだ。驚かないはずがない。
「なんと! 水臭い! お父さんとよんでおくれ、可愛いサラ」
前男爵は大げさにそういうと、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
『まずいのだ! 父親の姿をみたら、サラは攻撃できないのだ!』
クロが悲鳴を上げる。
「サラ、可愛いサラ。私の宝。愛しているよ」
前男爵はまるで愛情深い父親のような台詞を並べる。
「キャロ! コルコ!」
「きゅきゅ!」「ココ!」
あたしが叫ぶとキャロとコルコが前男爵に攻撃を開始する。
「なんと! 領主たる我を攻撃するとは! 無礼な!」
そう言いながら、前男爵は辛うじてキャロとコルコの攻撃を腕でふせぐ。
キャロの牙とコルコの爪が前男爵の腕に当たった瞬間火花が散った。
人の姿を真似ているが、中身が明らかに化け物だ。
「ルリア! すぐに解毒して化け物を倒すのである!」
「わかってる! キャロ! コルコ! 時間をかせいで!」
あたしがサラを前男爵から守らないといけない。
前男爵からいじめられ続けた、サラは怖くて動けない。
だが、速く解毒を終えないと、毒水を抑え続けているスイの魔力はもう持たない。
まだ、あたしとスイには、サラを助ける余裕がなかった。
あたしは大急ぎで解毒を進める。あと少し。
「キュッ!」「ココ!」
キャロとコルコは激しく攻撃を仕掛けるが、前男爵は硬い。
だが、少しずつキャロとコルコが追い詰めていく。
「サラ、皆がいじめるんだ! 助けておくれ。この乱暴者を止めておくれ」
「…………」
哀れっぽく前男爵はサラに声をかける。
「私は、私はお前の父だ。助けておくれ。それが人の道ではないか?」
「…………」
体を小刻みに震わせながらも、サラは前男爵から目をそらさない。
サラが返事をしないことに苛ついたのか、前男爵の声はどんどん大きくなる。
「サラ! 親の言うことを聞くんだ! 言うことを聞けっ! サラァッ!」
最後に前男爵は大声で怒鳴った。
それを聞いて、狩人親子はびくりと震えたほどだ。
「…………」
そんなサラの手をミアがぎゅっと握る。
「ミア。お願い」
「…………」
サラが一言つぶやくと、ミアがサンダーの背から跳ぶ。
そして、前男爵の顔面を蹴り飛ばした。
「ぶべえぇぇ。父に向かってなんてことを!」
地面を転がってから、前男爵はよろよろと立ち上がろうとする。
「もう、お前におびえてなんか、やらない」
「な、何を言う! これほどまで愛情を持って育てたというのに」
前男爵の目は本気だ。
自分が愛情を持って育てたと言うことをかけらも疑っていない。
記憶を改ざんしているのか、そもそもいじめていた認識が無いのか。
「お前は偉大なる親になんということをいう! 父に謝りなさい!」
「お前は親なんかじゃない!」
「…………」
サラの言葉と同時に、ミアが前男爵の胴体を思いっきり殴りつけた。
濃密な精霊力で覆われた木製のミアの右腕は、変形し鋭くとがる。
「ぐはっ」
ミアの一撃は前男爵の胴体に大きな穴を空けた。
前男爵は、ショックを受けたかのような表情でゆっくりと倒れた。
「きゅう~」「ここここぅ」
即座にキャロとコルコがとどめを刺した。
前男爵を倒したミアはすぐにサラの元に戻る。そしてぎゅっとサラを抱きしめた。
サラもミアを抱きしめ返す。
「……サラはママの宝物だから」
「…………」
「ありがと。ミア」
「…………」
サラは涙を流していた。





