174 村の子供
遠くであたしたちを見ていた村人が、男の子が近づいたのを見て悲鳴に近い声をあげる。
「ひぃっ!」
「よりによって優しそうなご領主様じゃなく赤髪の幼女の前に!」
だが、男の子は無邪気に笑う。
「この子、お名前なんていうの?」
どうやら、レオナルドが気になるらしい。
「ばうばう!」
ダーウが遊ぼといって、棒を咥えたまま男の子の前で伏せをする。
「ひい! 恐ろしいでかい犬が! 子供を狙ってる!」「あぁ! 神よ!」
「助けたいが、……もう無理だ。ご領主様に逆らえば我らまで……」
ダーウが伏せをしたのを、獲物を狙うために姿勢を低くしたと一部の村人は誤解したらしい。
悲鳴をあげて、目を覆う。
きっとダーウにかみ殺されると思ったのだろう。
だが、男の子はダーウの頭をわしわしと、少し雑な手つきで撫でる。
「この子もでかいけどかわいい!」
「わふわふ~」
撫でられたダーウは嬉しそうに尻尾を振っている。
「こ、これ! ご無礼をお許しください、ご領主様!」
慌てた様子の母親が走ってきて、あたしに頭を下げながら、男の子の頭を押さえつけた。
母親は家の中にいて、村人の悲鳴を聞いて、男の子の状態に気づいたらしい。
「慈悲深いご領主様! 私の命を差し上げますから、どうか子供の命だけは! 命だけは!」
「だいじょうぶ。ルリアはご領主様じゃないからな?」
「え?」
母親は驚いている。やはり、大半の村人はあたしを領主だと思っているようだ。
領主はサラだと知っているのは、直訴に来た者と彼らに話しを聞いた者だけなのだろう。
「領主はこちらの、サラちゃんだ」
「これは、失礼いたしました。どうかお許しを。子供の命だけはどうか……」
怯える母親はサラに向かって懇願する。
領主という存在に対して、村人は怯えすぎだ。
前男爵がどのような領主だったのか、よくわかるというものだ。
怯える母親と、無邪気な男の子に、サラは優しく微笑みながら声をかける。
「いいよ、気にしないで? お話しよ」
そういってから、サラは男の子に尋ねる。
「うまがすきなの?」
「うん! こんなにおっきなうまみたことない! 犬もだけど!」
「わふ~」
「この子はレオナルド。でかい犬はダーウだ。レオナルドもダーウもかしこくてやさしい」
あたしは、皆に聞こえるように大きめの声でレオナルドとダーウのことを教えてあげた。
「そうなんだ、レオナルドもなでていい?」
「ぶるる」
「いいって」
あたしがレオナルドの言葉を通訳すると、男の子はレオナルドの鼻先を撫でた。
「おとなしいねぇ!」
「レオナルドはでかいだけでなく、力もちで、足がはやくて、かしこい」
「ほえー。でも、どうしてそんないい馬に領主様がのってないの?」
やはりいちばんいい馬に領主が乗るのが当然だと考えているらしい。
「レオナルドとルリアが、ともだちだからだな?」
「そっかー。あ、僕にも友達がいる!」
「それはいいな? ちなみにルリアとサラ、男爵閣下もお友達だ。スイちゃんもな?」
「えへ、へへへ」
スイが照れて、ゆっくり尻尾を揺らしていた。
「ぶるるる?」
そのとき、レオナルドが自分を撫でる男の子の右手をはむっと咥えた。
「ひぃ」
母親は悲鳴をあげたが、
「大丈夫! いたくないよ!」
男の子はうれしそうに、左手でレオナルドを撫でる。
「ぶるぶるぶる?」
レオナルドはしきりに男の子の右手首のにおいを嗅いでいる。
「レオナルド、どした?」
「ぶる~」
レオナルドはどうやら、男の子が右手に巻いているリボンが気になるらしい。
それは元々白色だったようだが、薄汚れていて灰色に見えた。
「申し訳ありません。臭いますでしょう?」
母親が頭を下げる。
「ぶるる」
「そんなことないよ? 臭くない」
レオナルドとサラが同じことを言った。
「この子はこのリボンをずっとつけていて、めったに洗わせてくれないんです」
「そっか、大切なりぼんなんだね?」
「うん! 友達のあかしなの!」
男の子はサラに向かって嬉しそうに語る。
五年前、男の子が小さかった頃、川で溺れたことがあった。
そのときに、川の主が助けてくれたという。
そして、男の子達は川の主と友達になったのだ。
「でも、川であそんだらダメって言われて……。ずっとあえてないの」
男の子はしょんぼりしている。
「当たり前です! 川で死にかけて、どれだけみんなに迷惑かけたと思ってるの!」
母親の気持ちはわかる。川は本当に危険なのだ。
「川は、あぶないからな? ルリアもダメって言われた」
「……うん」
そして、男の子はサラを見た。
「あの! ご領主様! お願いがあるの!」
「や、やめなさい! 分別のない子供のやったこと、どうか、どうかお許しを!」
慌てたのは母親だ。
直訴は禁じられているのだ。
お願いを直訴と受け取られたら、厳罰に処されかねない。
前男爵の時代なら、殺されていてもおかしくないだろう。
そして、サラは優しそうに見えて、前男爵の娘なのだ。
母親が慌てても当然といえた。
「……サラは何も聞いてないよ? ルリアちゃん、おねがい」
「うむ。ルリアにまかせろ」
あたしは男の子に笑顔で言う。
「ご領主様はいそがしいので、おねがいはきいてない」
「そんな……」
「でも、独り言をいってもいいよ?」
「え?」
男の子はきょとんとしている。
お願いを言えば、独り言として処理してやると言っているのに察しが悪くて困る。
いや、普通の子供はそんなものかもしれなかった。
あたしがなんと言えば伝わるか少し考えていると、
「スイに任せるのである!」
スイが自信満々にいった。
「スイちゃん、おねがい」
スイは「うむ」と言って頷くと、男の子に向かって言った。
「少年! お願いって何であるか? スイは領主でも何でもないが気になるのである!」
「えっとね、友達はね。川で暮らしているの」
「ふむ。川の主だものな?」
あたしの言葉に男の子は頷く。
「うん。だから、きっと、病気になってると思うの」
「かもしれないな?」
「あの、僕達のお友達を助けてあげて」
男の子は真剣な表情をしていた。
「友達はどんなやつだ?」
「えっとね。ビトって言う名前で、このぐらいの大きさで~泳ぎがとくいで~」
男の子は友達の特徴を教えてくれる。
どうやら、ビトという名の友達は、サンダーの体高ぐらいある大きな動物らしい。
茶色い毛で、水かきがあり、両手で物を掴むことができるようだ。
尻尾は黒くて、平べったくて、鱗みたいなのが生えているという。
「聞いたことない動物だな?」
「かわいいからすぐわかるよ。それにビトは右腕にリボンをつけてるんだ!」
「そっか、ちなみにビトと最後にあったのはいつ?」
「えっと四年前」
「そっか。四年前か……」
野生動物にとって四年はとてつもなく長い。
もう、子供達のことを忘れていてもおかしくない。いや忘れているのが自然だ。
リボンだって、破れて無くしているに違いない。
いや、そもそも、四年もあれば死んでいてもおかしくない。
ビトが生きている可能性のほうが低いだろう。
だが、それは言わない方がいい。
「もし、ビトにあったら、病気じゃないかみてみるな?」
「うん! おねがいね!」
男の子と話している間に、村の狩人達の準備が終わったようだ。
「じゃあ、ルリアたちはいってくるな?」
「うん! またね! ビトをおねがいね!」
子供はあたし達が村を出るまで手を振ってくれていた。





