171 男爵閣下の決断
こそこそ話すあたし達の様子をじっと窺っていた領民達がびくりとした。
「またせて、すまぬな? 男爵閣下はかんがえちゅうだからな?」
「い、いえ。閣下があやまることなど、なにも……」
「ありがと」
そして、あたし達は密談に戻る。
「クロ、ルリアにかくしてたな? 」
『だって、ルリア様、治しに行くのだ』
「そりゃいく」
『でも、風邪なのだ。……たちの悪い風邪が流行っているだけなのだ』
風邪をひいたヤギ達や鳥達を治し始めたら、全員治してしまうだろう。
そうなったら、マリオンや姉、続けて領民達も治したくなるに違いない。
そうなったら、精霊力を消費しすぎる。
そうクロは判断したらしい。
「むう……それは当たってるけどな?」
『だから、隠していたのだ。すまぬとは思っているのだけど……』
「ルリアちゃん、クロを許してあげて?」
「怒ってない。でも、正直におしえてほしかったな?」
『すまぬのだ』
「クロ、こっちこい」
あたしはクロを呼び寄せる。そうしてクロのことを優しく撫でた。
「クロがあたしのことを思っているのはしっているから、あんしんしてな?」
『うん』
「りゃむ~」
ロアも一緒になってクロを撫でる。
「……問題は……化け物だな?」
化け物の正体はわからない。
だが、化け物のせいで、皆が病気になって、水量が減って困っているのは間違いなさそうだ。
「川にながれた病気……はっ! ダーウも川にはいったな?」
「わふ?」
ダーウも風邪になる前日、はしゃぎまくって川の中をバシャバシャ走っていた。
「あれのせいだったか?」
「わぁぅ~?」
ダーウは大きなあくびしていた。
「……ルリアちゃん、スイちゃん。サラはみんなをたすけたい」
「うん。いいよ。てつだう」
「うむ。スイも手伝うのである」
「ばうばう」
サラのいうみんなにはマリオン、姉、侍女達や領民だけでなく、化け物も含まれている。
「でも、ルリアちゃん。どうしよっか? ママはダメって言うよね?」
「そだな。ぜったい、いうな?」
ただでさえ、川には近づくなと言われているのだ。
そのうえ化け物がいるところに向かうと言えば、止められるに決まっている。
マリオンはなによりも、それこそ世界よりサラが大切なのだ。
自分の命ととサラの命を比べたら、当然サラの命を取る。
領民の生活と安全を犠牲にしてでも、サラの安全を取る。
「……相談はできないな?」
「うん。相談したら、ママが化け物のところにいっちゃう」
サラの言うとおりだ。
マリオンに相談したら、体調が悪いのを推して自分で対応しようとするだろう。
マリオンは責任感のある良い領主だ。
領民を救うために自分の身を犠牲にすることもいとわない。
だが、体調の悪いマリオンが、病気をばらまくという化け物と対峙したら大変なことになる。
「……ママが死んじゃうかも」
それは絶対に避けなければならない。
「サラちゃん。スイちゃん。おこられてもいい?」
「うん。おこられてもいい」
「覚悟しているのである」
「ぁぅぁぅ」
ダーウも覚悟しているようだ。
「……トマス。すまぬな?」
トマスには申し訳ないが、このままでは領民の生活が立ちゆかなくなる。
それに今はまだ風邪で死者が出ていないとはいえ、いつ悪化するかわからない。
「ダーウとヤギ達や鳥達まで風邪ひいたものな?」
「うん。ただの風邪じゃないかも……」
『だからといって、全員に治癒魔法をかけようと思ったらダメなのだ!』
クロが釘を刺してくる。
全員を治すとなると、精霊力がいくらあっても足りないからだ。
「ルリアちゃん。このままいこ?」
サラがそう言うと、スイがうんうんと頷く。
「そだな。それがいいかもな」
そしてあたしは領民達に向けて言う。
「男爵閣下がしさつするから、その化け物とやらのところにあんないしてな?」
「お、お待ちください」
「トマス。男爵閣下のごめいれいだよ?」
「ですが」
「もう、命令はだされたからな? ほら、あれ……あせみたいなものだし?」
「綸言汗のごとしですか? ですが、あれは王の……」
「男爵閣下は、領主だからな?」
この地においては法律を定め、裁判を取り仕切る絶対的な存在なのだ。
その男爵が、一度発した命令を翻すわけにはいかない。
「トマス。ママには内緒ね?」
「いえ、それこそ……」
「ママは病気。きいたら絶対自分でサラたちをおいかけちゃう」
「…………ですが」
「これは男爵としての命令」
「……わかりました。ですが、少しお時間をください。根回しをします」
トマスは侍女に事情を説明し根回ししてくれる。
マリオンと姉にあたし達の不在を気づかれないようにするためだ。
トマスと一緒に馬に乗り、周囲を散策しに行ったことにしてくれた。
「終わりました。私も同行いたします」
「ありがと、トマス」
サラは笑顔でお礼を言った。
「じゃあ、案内をたのむな?」
「はい。こちらです」
そして、あたし達は、領民の案内で、化け物の元へ向けて出発したのだった。