170 謎の化け物
あたしは大きな声で言う。
「そなたたち。こちらが男爵閣下のサラちゃんだ」
あたしはサンダーに乗るサラを指さした。
サンダーに乗ったサラはゆっくりとあたしの隣までやってくる。
「ばうばう!」
「ひぃ~」
張り切ったダーウが棒を振りながら吠えるので領民が怯えてしまう。
「ダーウ、しずかにな? すこしさがって?」
「わふ」
ダーウを一歩下げると、あたしはレオナルドの上から言う。
「それで、今日はなんのようだ? サラちゃ、男爵閣下はいそがしいからな?」
「は、はい。実は……」
領民はダーウをチラチラ見ながら話し始めた。
ダーウはとても可愛い顔をしているが、とても大きい。
そして、出会い頭に大きな声で吠えられて、領民は完全に怯えてしまった。
ダーウが怖くて、あたしとサラが幼女であることを気にする余裕がなさそうだった。
「川の上流に化け物が住み着いて、水をせき止めており、非常に困っているのです」
「ほう? 化け物? どんな化け物?」
「はい、なんとも言えぬ恐ろしい姿で、ものすごい悪臭を発しており……」
領民達はその化け物のせいで川の水量が減って困っているという。
それだけでなく、化け物が水を汚しているせいで病気が広まっていると考えているようだ。
「このままでは、農作物は全滅なのです。それに病気で我らもみな倒れてしまいます」
「特に農作物の方は、一刻の猶予もありません!」
水が足りないと農作物が枯れる。
そうなれば、後で水量が元に戻っても手遅れだ。
「そうなれば、男爵閣下に税も支払えなくなります!」
だから早くなんとかしてほしいと考えているようだ。
「化け物を討伐しようと、我らは何度か狩人を集めて向かいましたが……」
「化け物は姿を現さないのです。それでダムを壊そうとすると……」
突如現われて暴れるという。
化け物はとても強くて恐ろしく、狩人達は必死に逃げるしかない。
「わずかに壊したダムも、次に行ったときには直っており、どうしようもないのです」
「ずいぶんと、ダムにこだわってるのだな?」
「はい、理由はわかりませんが……」
そして、領民達は土下座する。
「我らも自分たちで何とかしようとしましたが、どうにもなりませぬ」
「もはや、閣下のお力をお借りするしかないのです!」
「じじょうはわかった」
あたしは厳かに領民達に告げると、サラに小声でささやいた。
「……サラちゃん、どうおもう?」
「……化け物って……呪者かな?」
サラも小声で話してくれる。
「……かも? だけど、ちがうかもな?」
呪者というのは精霊を食らい呪いをまき散らす悪しき存在。
呪者から精霊を守るのがダーウ達、守護獣の役割だ。
そして、精霊が精霊力を持つように、呪者は呪力を持つ。
人が精霊から力を借りるのが魔法なら、呪者から力を借りて行うのが呪術である。
「呪者って、ダムとかつくらないきがする?」
「そうなの?」
「わかんないけどな?……ロアとかスイちゃんみたいに、呪者になりかけているだけかも?」
「りゃむ?」
ロアは呪われて、呪者になりかけて苦しんでいた。
スイは呪いを押さえ込むため自ら犠牲になり、長い時間かけてむしばまれた。
あたしが初めて会ったとき、ロアもスイも、恐ろしい姿だったのだ。
「……ルリア。あれは辛いのである。もし、呪われた者がいるなら助けてほしいのである」
スイがスレインを寄せてきて、あたしに小声でささやくように言う。
「ルリアちゃん、たすけられないかな?」
「うん。きっと助けられる。クロ」
あたしが魔法使用の相談をするためにクロを小声で呼ぶと、地面からぬっと現われる。
『もちろん呪者がいたり、呪われた者がいるなら、非常事態といっていいのだ。でも……』
「でも?」
『川から呪いの気配はしないのだ』
「……む?」
『水から呪いの気配がしたならば、ルリア様はきっと気づいたはずなのだ』
なぜなら、川の水は飲料水や生活用水に使われるからだとクロは言う。
水を使うときに、あたしなら呪いの気配を感じるはずらしい。
『化け物っていうのが何かわからないのだけど……きっと呪いとは別のものなのだ』
「ふむ~。たとえば?」
『毒とか病気のもとかもしれないのだ』
「ふむ~。ヤギたちはなんていってる?」
『…………』
すると、クロは無言で、すーっと地面に潜ろうとした。
「ダーウ」
「ぁぅ」
ダーウにお願いして、クロを口で咥えることで、地面に潜るのをとめてもらった。
『な、なに、なにもないのだ? ヤギ達は何も気づいていないのだ?』
「…………あやしい」
『あ、あやしくないのだ』
クロは慌てていて、明らかに怪しい。
「ヤギたちもみえないし、鳥たちもいないな? みんなどした?」
『か、風邪をひいたのだ』
「え? みんながか?」
びっくりして大きな声が出てしまった。