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電車と新幹線を乗り継いで三時間半、連行された警察署のある町から自宅へと帰ってきた。終電に間に合って本当によかった。
昼の狂気はどこへやら、夜道を独りトボトボと歩く。警察に連行されたからと言って、迎えに来てくれる人はもういない。
俺はいわゆる、できちゃった婚で生まれた子供だった。
母は父に熱をあげ、父は仕事と母のことばかりで、俺のことなんか見向きもせず、家での会話もなかった。
親にとっては、俺なんかいてもいなくても同じようなものだ。
外聞のために最低限の生活は保障してくれ、一見普通の親のように振る舞ってはいたが、ある程度育ったら俺を放って、旅行三昧。
そんな両親も、俺が高校を卒業するころには飛行機事故で死んでしまったわけだが。
親が死んだとて、別に寂しくも悲しくもなかった。先々には少し困るだろうが、それくらいの感想だった。
そんな両親とは違い、こんな時迎えに来てくれそうな人間は、俺と同い年の幼馴染であった彼女、清水玲奈くらいだろう。
ギシギシと音を立て、鉄製の階段を上る。寂れたアパートの一室にたどり着いた。相変わらず趣味の品は特になく、唯一、小説が何冊かあるのみで、殺風景な部屋だった。
「健也っていっつもつまらなさそうな顔してるわね、あんた情緒というものを育てなさいよ。そしたらその能面顔も少しはましになるでしょうよ。ほら、いい物を貸してあげる。この本、又隣の町が舞台になった小説なんだけど、面白いから読んでみなさい」
「小説って学校の国語の授業で読んでるけど、なんか堅っ苦しくて嫌なんだよな」
「これはそんなことないわよ。いいから読んで、そして私に感想を語らせて頂戴」
「なんだよ、俺のためって言っときながら結局自分のためかよ」
読書が好きなあいつは、よく気に入った本を貸してくれた。俺は渋々最後まで読み、あいつが話す本の感想を聞くという毎日が楽しかった。
ぐぅ、とお腹が鳴る。
そういえば昼から何も食べていない。さすがに腹が減ったので、ケトルで湯を沸かし、カップ麺にお湯を入れる。
「健也、あんたまたこんなちょっとしかお昼食べてないの? ほら、このミートボールあげるから食べな。もっとたくさん食べないと、いつまで経ってもガリガリのままなんだから」
「昨日の夜ごはんまたカップ麺だったの? そんなんじゃ体壊すわよ。今日お母さんに頼んでおくから、晩御飯食べにおいで」
お湯を捨て、薬味とソースをいれ、勢い良くかき混ぜる。
本当に小さなオカンみたいなやつだった。今日もこんな飯を食ってたら、延々と小言を言ってくるだろうか。
カップ麺をすする。 ズルズル。
添加物の多い、脂っこくて濃い味がした。
食べ終えたプラスチックの容器をゴミ箱にスローインして、服を脱ぎ、風呂に入る。
今日は、桃の木の町から警察署のある俺の故郷、そして今住んでいる町へと、なかなかの長旅だった。かかとやふくらはぎが痛む。長時間座っていたせいか、首回りも凝っているような気がして、思いっきり伸びをしておいた。
そういえば、今日見つけた人骨の享年もあいつと同じ十二歳だったな。
俺の幼馴染である清水玲奈は、水難事故で亡くなっている。死因は溺死。足を滑らせて川に落ちたのだろうと言われている。死体があいつとよく行った川の下流で見つかったそうだ。
あの時はさすがの俺も取り乱し、散々泣いた。あいつのいない生活は、まるで終盤の倒れかけのジェンガのようで、胸にぽっかりと穴が開いた気分だった。
親に見向きもされずふてくされていた俺を、なんだかんだ世話を焼いてくれ、支えてくれていたことが、今ならよくわかる。
風呂に入っていると、ついどうしようもない事をつらつらと考えてしまうな。
浴室から出て、パジャマにそでを通す。
最初はもう彼女がこの世にいない事を信じたくなくて、墓参りに行けずにいた。それから十一年間ずるずると機会を逃している。今日一度、図らずもあの町へ戻ることができたのだから、今なら行けるかもしれない。
次の休みには花を買っていこう。
とりあえず、おやすみ。