お茶会の相手1
「こちらでございます」
イグニス・アンヴィルと名乗った男性が優しく王宮の中を道案内してくれる。
「はい」
にこやかに答えながら、おかしい、と不安いっぱいのこの気持ちが顔に出ていないか、真面目に心配している。
今日は約束の王子とのお茶会だ。
招待状に書いてあった時間に馬車が迎えに来たのが、どう見ても王家の紋章じゃない。
直ぐにお母様とカッフィーが気づき私に教えようとした所を、まるで邪魔するように遮り、このイグニス様がさっさと私を馬車に乗せた。
私が知らない紋章だが、馬車の豪華さと、イグニス様の雰囲気と、お母様とカッフィーの驚いた顔から、中級、もしくは上級貴族の紋章なのだ。
イグニス様も従者ではない。
何故って、馬車に一緒に乗っているけど、ずっと仕事らしき書類を見ていて、殆ど話をしなかった。
そんな従者、見たことない。
それも、王宮に着いたら着いたで、見ていた書類を、
これを急いでアトラス様に渡してくれ、
と言ったの。
アトラス様、とは、この国の王子なのに、名を呼ぶ事を許されている上に、これからお茶会をする筈なのに書類を渡すの?
おかしな事ばかりだ。
帰りたい。
でも、帰れない。
「こちらです」
全くもって、どう歩いてきたのか覚えてもいないが、いつの間にか大きな扉の前に案内されていた。
月の間、
と書いてある。
普通に考えれば、サロンの部屋、
であってほしい!
まさか本当に、パーティーの時に失態をおこして、叱責されるんじゃないかなぁ、
と怖かった。
「ニルギス子爵令嬢スティール様をお連れしました」
イグニス様が扉を叩き扉越しにそう伝えると、男性の声が聞こえたが何を言っているか分からなかったが、イグニス様はわかったようで小さく頷くと私に微笑んだ。
「どうぞ」
そういうと扉を開け、中へ促すように目線を向けてきた、
が、
私の足は動かなかった。
帰りたい。
全身と私の魂が、訴えている。
扉が空いた幅だけ部屋が見えたが、
超豪華なサロンだ!
甘いいい匂いが鼻をくすぐり、開放感を感じる窓が見え、その窓を開けているのだろう。風が拭く度に揺らめく薄い桃色のカーテンが気品を醸し出していた。
それにお茶の香りと、お菓子の香りがする。
だから、サロンに間違いはないが、あまりの場違いに足がすくむ。
「どうした?入ってこいよ」
奥から聞こえた、
声に、
「帰ってもいいですか?」
と、イグニス様に私は微笑みながら聞いた。
「ニルギス子爵令嬢、申し訳ありませんが中にお入りください。このまま部屋に入らず帰られると、ニルギス子爵様の評判が落ちます」
イグニス様が困惑しながらも、私を気遣うように中へ、と促してきた。
評判、と言われれば従うしかなく、渋々中へ入ると直ぐに扉が閉められた。
「待ってたよ」
椅子から立ち上がり、楽しそうに笑う銀色のイケメンが得意げに立ち上がった。
ちっ。
「今、ちっ、て言ったか?」
白シャツに黒いパンツというシンプルな服装なのにとても様になる。軽く首を傾げ近づいてくる整った顔。
一足一足歩く度に軽く揺れる銀の髪が太陽の光を浴びて、よりキラキラと光り、眩しいくらいだ。
確信した。
イケメンは怪しい奴が多い、
という事だ。
「とんでもございません」
にっこりと微笑み会釈したが、ここからは動きません。
部屋を見回すと、私を含め3人しかいない。
つまり、私だけが呼ばれたんだ。
それに、テーブルに菓子が並べられていると言うことは、この男性と2人でお茶会をする段取りになっているという事だ。
冗談じゃない。
「恐れ入りますが、王子よりの招待状でしたが、違いましたでしょうか?」
帰りたい。
「俺がアトラスの名前を借りたんだ。立って話もなんだから、こっちでお茶にしようぜ」
アトラス、と王子を呼び捨てにした時点で、普通の貴族では無い。それもいつの間にか離れてしまった、イグニス様よりもずっと上の人だ。
絶対に、帰るべきだ!
「恐れ入りますが、招待主以外の方とはお茶をする気はございません」
角をたてず、柔らかに断った。
すっ、と目の前で止まり、身長的に私を見下ろす格好になるが、その瞳に揶揄や、見下しはなく、ただ子供のように目を輝かせ私を見てきた。
それが、また胡散臭く見えた。
やはり、この間ダンスを踊った人だ。
だから、また、と言ったのか。
「アトラスが良かったのか?」
探るような言い方に、首を振った。
「そうではありません。招待状に参加、不参加を選ぶ言葉がありませんでしたので、渋々、参りました」
「そうだろうな。あえて、そこは書かなかったんだ。不参加に丸をしてもらっら困るからな」
「ああ、そうですか」
にこにこ。
「まあアトラスに興味があるのなら、意地でもアトラスと踊る為にもっと前に出ただろうな。あんな隅にいないだろうな」
「分かってるなら、わざわざ聞かないで下さい」
にこにこ。
「それに王子を狙ってるのなら、俺を知っているだろうが、知らないんだな」
「知りたくありません」
にこにこ。
「その作り笑い、似合ってないぞ」
「本心が顔に出ているのです」
にこにこ。
「ともかく、座ろうか。珍しい菓子を用意したんだ」
いらんわ。
「恐れ入りますが、」
そこで言葉を切り、これでもか、という程満面の微笑みを見せた。
「興味のない殿方とお茶をしたくありません」
ハッキリ、キッパリ、言ってやった。
一瞬、真顔になったかと思うと笑いだした。
「くっくくくくくく、いいな、その素直な顔と、さっきからの素直な言い方。いいぜ、いい。やっぱり、いい女だな、気に入ったよ」
「気に入らなくて結構ですので、帰ってもいいですか?」
「いや、駄目だ。まだ、俺の紹介が終わってないだろ」
「いりません。先程言いましたよね。興味の無い殿方ですから、紹介はいりません」
私の言葉に、また楽しそうに目を細めた。
「聞いて損はないぜ」
「だったら、他の令嬢に教えて上げてください。貴族が損得勘定を出してくるのは、野心を持っている方です。私には、無縁ですので権力が欲しい令嬢に教えてあげてください」
「おれは、スティールを気に入って呼んだんだ」
「残念ですが私は興味ありませんから、必要ありません」
「だが、俺がスティールを知っているのに、スティールが俺を知らないのは平等じゃないだろ?」
「いいえ。貴方様と私の立場は雲泥の差。つまり、始めから平等ではありませんので問題ありません」
「何言ってるんだ。俺がそんな事気にしていないんだ」
ああ言えばこう言う、ということわざ通り、のらりくらりと躱すので、さすがに腹が立ってきた。
「しつこい!私は、貴方に興味無いの!関わりたくないの!私は、穏やかに過ごしたいの!!」
堪忍袋の緒がとうとう切れて言ってしまった