王子からの招待状
「スティール、あなたに王子からの手紙が来たわ。どうなってるの!?宮殿のパーティーで知らない男性と踊ったと言っていたけど、王子だったの!?もしかして、親密な関係になったから嘘を言ったの!?」
「お姉ちゃま、親密になったの?」
「落ち着いてくださいませ、奥様」
「それとも、グレンとの口論で腹が立って王子に失礼なことをしでかしたの!?」
「お姉ちゃま、親密なのに、失礼なことしたの?」
「奥様落ち着いてくださいませ」
「それとも、他の方に嫌がせをして、騒ぎを起こしたの!?」
手紙を握りしめ矢継ぎ早に質問攻めしてくるお母様の、不安の圧に押され言葉が出なかった。
王子!?私、会ってないけど!?
一気に食堂の空気が緊迫感に変わった。
でも、何度思い出しても、私、王子に会ってませんし、かすめてもいません。
流石に踊った相手が王子なら、間違えたりしない。
王宮のパーティーからたった1週間しか経ってない普段の夕食時に、慌てて召使いの1人が手紙を持ってきて、こんな騒ぎになった。
パーティーでの様子は帰ってきからすぐにお父様、お母様に、説明したから、質問攻めの内容になったのだ。
それなのに、王子からの手紙?
多分お母様が握りしめている手紙の封蝋が王子専用の封蝋なのだろう。
そうでなければ中身を見ずに、王子、と言ってこない。
「どうなの、スティール!?」
まるで泣きそうな顔で攻めてくるお母様に、どう答えていいの頭が真っ白になった。
お母様が心配性なのは知ってるが、今は更に、輪をかけて心配性が大きくなる。
「奥様、スティール様の説明を聞きましょう」
そしていつも冷静沈着の執事であるカッフィーが、この時のお母様の相手をしてくれる。
40歳と言う若いながらも、我がキルギス子爵に代々遣える執事の家柄だ。
チラリと、私を見るカッフィーの余計な事をするな、と言う執事なのに、まるで上から目線の態度にいつもながら負けた気分になる。
何故お母様が輪をかけて心配性になるかと言うと昨日からお父様とイアンが領地の視察に出かけたからだ。王国アカデミーの中等部に通うイアンだが、貴族の嫡男が領地の視察は勉学の一貫とされ出席と見なされる。
今は夏の終わり。
つ夏の野菜や果物の後処理の確認した後、冬野菜などの種うえに向け、大事か時期だ。
特にイアンはこの冬野菜の種うえは初めてなので、2人ともかなりの気合いの入れ方で出かけた。それまでは、私が一緒に行っていたが、そろそろという事で一緒に出かけた。
只でさえ仲睦まじい2人で、夜会の席や、何かの出席には必ず夫婦揃って参加するが、領地の視察には流石に夫婦揃っては特別な理由がない限り行かない。
何故なら夫婦揃って出かけたら、屋敷の主が不在、となる。
つまりは、お父様不在の時はお母様が当主代理、となるからその重責から不安になるのは仕方ない、
のは、
分かってるけど、
流石に王子からの手紙に本気で泣きそうな顔を見ると、辛い気持ちになってしまう。
「お母様」
「ですが奥様その前に、大きく息を吸ってください」
私の言葉を遮り、カッフィーがいつの間にかお母様の背後につくと、声を出した。
「ええ、ええ、わかったわ。ふうううううう」
そうね、お母様。いつもながらお父様がいない時は、私の言葉よりもカッフィーよね。
ちっ。
だから、カッフィーその面倒を起こすな、という目で睨むのはやめてよ。
「はい、止めて!」
うっ、という顔でお母様は呼吸を止めた。時間にして5秒。
「はい、吸って」
「ふうううううう。ああ、落ち着いたわ。ありがとう、カッフィー」
「いいえ、奥様お茶を入れ直します。ああ、申し訳ありませんスティール様。お言葉を止めてしまいましたね」
にっこり笑いながら言う、カッフィーに苦笑いしか出なかった。
「いいわよ別に。いつもの事よ」
「恐れ入ります、スティール様。空気を読むことが出来ることは良い事ですね」
つまり、深呼吸させてから話すべきだと言っているのだ。
ハイハイ、そうね。
「奥様、よくよく考えて下さい。スティール様が王子の気を引く、もしくは、王子に嫌がらせをするような、度胸は持っておりません」
一言どころが、10口くらい多いのだ。
むかっ。
「そんな度胸があれば、とっくに、グレン様に婚約解消をご自分から突きつけております。それが出来ないからこそ、無駄な婚約期間を過ごされ、また、ご自分をへりくだった態度で婚約者様にゴマをすっておいででした」
むかっ。
「ですが、その結果としてグレン様の素行の悪さを露呈する事となりました。だが、あまりに無駄な時間を過ごさ、復讐心というひねくれたお気持ちが芽生えてしまったのではないか、と奥様が心配されているのは、私はよく理解しております」
「さすがカッフィーだわ。その通りよ。スティールはとても優しいもの。だからこそグレンの逢い引きを目の当たりし、パーティーでの酷い対応に、堪忍袋の緒が切れてあ暴れてたのでないか、思ったの。この子が王子に見初められなんて初めから思っていないわ」
最後はとても断言しながらカッフィーと頷き合い、次に2人は私に同意を求めてきた。
酷い言われようだが、カッフィーが1番お母様の気持ちを理解し落ち着かせてくれるのは、お父様も認めているから口が多いと分かっているが許している。
それに、お父様がいない間、お母様の補佐、も言うよりもカッフィーが屋敷の事も、領地からの問題も難なく解決してくれるから、その点もあり信頼されている。
只、何故か私には塩対応なのよ。
「ともかく中身を確認してください、奥様」
カッフィーがお茶を入れ直し、デザートを2つ食べ落ち着いたお母様に、穏やかにいった。
「そうね」
「おかわり頂戴」
アルニーリがデザートのメロンシャーベットを至福の顔で頬張り、カッフィーに催促した。
「かしこまりました。奥様とスティール様の分をお持ちします」
お母様と私の皿を確認し、そう言った。
メロンシャーベットはとても美味しくてお母様も私も、勿論アルニーリもペロリと食べてしまった。
今年のメロンも甘いながらも、甘さだけでなく独特なメロンの濃厚さを舌に残し、それでいてすっと去っていく。
領地の皆の努力の賜物だし、それと料理長の腕もだな。
「お茶会の招待状だわ。それも、明後日よ」
お母様が封を開け読み終わると、私の前に置いた。
確かに、お茶会の招待の手紙だ。それ以外は、特に何も書いていない。
「何故こうなったの?」
「分からない。パーティーの時は本当に会ってないもの。というか、そういうのに興味がないからあえて逃げたもの」
「もしかしたら、未婚者に手紙を送っているのかも知れませんね。私もこのような手紙などは聞いた事がありませんが、王族が何をするかは、基本流布されないようになっております。未婚の貴族令嬢とお茶をし、お相手を探されているのかもしれません。手紙を受け取った、と大騒ぎした後王子となんの進展もない場合、醜聞となりますからね」
カッフィーがメロンシャーベットを置きながら、考えながら言った。
「そうかもしれないわね。それに、他の方も招待されているでしょうから、そんな中で言いふらしてしまっては恥ずかしいわね」
「あの、これ、参加しないとダメ?」
シャーベットを食べながら正直に聞いた。
「私、興味無い。王子なんてどうでもいいし、王宮のパーティーだって、もう参加するつもりは無い。それなのにお茶会に参加したら、他の令嬢から、あなたも狙っているのね、というふうに思われちゃうでしょ?」
それは、大変困る。
只でさえイケメングレンの浮気発覚で婚約解消して、目立っているのにこれ以上、目立ちたくない。
「残念ですが、お嬢様。こちらの招待状には参加、不参加の返事を選ぶ項目がありません。つまり、強制参加です」
カッフィーがさすがに冷たい言い方ではなく、言葉を濁しながら手紙を指した。
「どうされますか、奥様?」
静かに聞くカッフィーの言葉に、私とアルニーリがお母様を見た。
最終決定は、今はお母様だ。
「仕方ありません、参加しなさい。でもね、絶対に目立たないでよ」
不安そうに渋々言った。
「勿論よ」
「で?お姉ちゃま親密になったの?」
そのくだり、わざと言ってるわね。
「なったら困るでしょ?」
でも、心配しているのも分かっている。
「当たり前よ。お姉ちゃまは私が面倒見るんだからね」
「ありがとう。じゃあ私はお父様とイアンの為、全力で領地を豊かにするわ」
「その志の高さは素晴らしいです」
カッフィーの言葉に、大きくお母様が頷いてくれた