11 エレンとジュリエット
『お姉ちゃん、エレンはどうしてるー?』
私はお姉ちゃんに、「念話」で話しかけた。
別々の部屋にいて、直接会話することができない時には便利だ。
『ん? 今は地下室に入れているなぁ。
もう陽が沈んでいるから、出てきても大丈夫だが』
あ、そうか。
まだ「万能耐性」を「下賜」していないから、吸血鬼になったエレンは日光が弱点なんだっけ。
「下賜」は最低でも、ステータスが閲覧できる眷属が相手じゃないと使えないみたいだし、後で従属度を上げる為に、レベリングも兼ねて魔物を狩りに行く必要があるなぁ。
でも、まずはジュリエットとの再会だな。
そんな訳で私は、ジュリエットを伴って地下室へと向かった。
「ここにエレンがいるって」
「エレン!
私です、ジュリエットですわ!」
ジュリエットが扉越しに呼びかけてから、ノックをすると──、
「お、お嬢様!?
何故ここに……?」
エレンの戸惑いの声が返ってくる。
「マルル様にお願いして、連れてきていただきました。
あなたの無事を確認したくて……!」
そんなジュリエットの呼びかけに、エレンは、
「こないでください!!」
と、拒絶の声を返す。
変わり果てた自分の姿を、見せたくないってことかな?
その元凶である私としては、エレンの気持ちを尊重してあげたいところだ。
が──、
「何を言っているのです!
開けますよ!」
ジュリエットが扉を開けて、中に入る。
地下室の中は当然真っ暗なので、私は照明魔法で室内を照らした。
だけど照らし出された室内の中で、エレンの姿が見えな──あ、部屋の角で、こちらに背中を向け、毛布にくるまって蹲っている。
一瞬ゴミの塊かと思った。
「エレン……無事で良かった。
心配しましたわ」
ジュリエットはエレンに歩み寄っていくけど、エレンは振り向こうともしない。
「……お嬢様、こんな姿になってしまった僕を、見ないでください!」
そしてジュリエットから逃げるように、頭から毛布を被って身を丸める。
しかし──、
「何を言っているのです!?
まずは元気な顔を見せなさい!
話はそれからです!」
ジュリエットはエレンから強引に毛布を剥ぎ取り、顔を両手で掴んで振り向かせる。
あ~、うん。
なんとなく普段の力関係が見えたな。
身分の差というのもあるのだろうけれど、それを抜きにしてもジュリエットがエレンを振り回すことが、日常茶飯事であることが察せられた。
それでもエレンとしては、ジュリエットに淡い想いを抱いていたのかもしれないねぇ。
異性として、恋愛対象として、ジュリエットから見られたい──そう思っていたからこそ、彼女と同性になってしまった今の姿を見せたくないのだろう。
だが、ジュリエットは──、
「え……」
驚愕に目を見開き、一瞬絶句していたが……、
「かっ、可愛いですわ!
ええっ、これがエレン!?
どうしてこんなに可愛く……!?」
むしろ大好評であった。
ただこれは、エレンのことを異性としてはまったく意識していなかった──その証拠でもある。
エレンが男ではなくなってしまったことに対する残念さというのが、まったく感じられないし、あくまで弟分に過ぎなかったということなんだろうなぁ……。
そんなジュリエットの反応に、エレンは茫然とした顔で固まってしまった。
だけどその目には、一粒の涙が……。
う~ん、可哀想だから、ちょっと助言してやるか。
そもそもエレンを女の子にしたのは私だし……。
では、「念話」で──。
『諦めるのはまだ早いよ、エレン」
「!?」
「あら、どうしたの、エレン」
念話を初めて経験したエレンは、キョロキョロと周囲を見渡した。
『君の頭に直接話しかけているから、大人しく聞いて』
ジュリエットの背後で私は手を振り、私が「念話」をしているのだと教える。
『女の子になったことで、もうジュリエットと恋人同士になれないと思うのはまだ早いよ』
「!?」
私の指摘にエレンの顔が赤くなる。
ジュリエットへの恋心は秘密にしているつもりなのだろうけど、分かりやすいぞ。
それに私は、眷属の感情はなんとなく分かるし。
『女の子同士でも恋愛できるよ。
むしろ私の周囲には、そういう人しかいない。
私の周囲の女の子は、みんなそうなっていく。
だから今の方が、君とジュリエットが恋人同士になれる可能性は高くなっていると思う。
そもそも性別が変わった程度で、君のジュリエットに対する気持ちは、消えてしまうものなの?
その程度のものじゃないのならば、諦めずにジュリエットを愛し続けなさい』
「……!!」
エレンはハッとした表情になった。
そしてそれは徐々に、決意に満ちたものへと変わっていく。
おっ、私への従属度もちょっと上がっているな。
「お嬢様、僕の為にわざわざここまでお越しいただき、ありがとうございました。
今後とも僕はお嬢様の傍で、あなたに尽くしたいと思います」
エレンは跪き、ジュリエットに対して誓約する。
まずは彼女の従者としてでもいいから、その隣に立ちたいということなのだろう。
しかしジュリエットは──、
「あなたの気持ちは嬉しいですが、今や私はマルル様の小間使い……。
まずはその誓いを、マルル様に捧げなさい」
「お嬢様……!」
うん、これはエレンの気持ちが、まったくジュリエットに伝わっていないね……。
でも、いつか『百合』の効果があることを信じて、強く生きるんだ、エレン。
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