4 領主の言葉
会場に現れた領主・ソイゲント男爵は、50代ほどの痩せた男で、何処となく神経質そうな顔付きをしていた。
あ……これは、私と相性が悪いな……というのが、第一印象だ。
取りあえず私達は──いや、会場にいる全員が頭を下げて立礼をする。
ここは町長の屋敷の庭なので、下は地面だ。
さすがに礼服を着たまま平伏などをして、土で衣装を汚すのは逆に見苦しいので、この場合は立礼だけで許される……と、キャロルさんが言っていた。
もしもマナーに関して想定外のことが起こったとしても、念話でキャロルさんや仲間達に助言を受けることができる。
なお、ティティは領主の視界に入らないように、私達から離れた場所へとすでに移動していた。
メイドは身分の低い者だとみられがちなので、変なケチを付けられない為の方策だ。
で、頭を下げたまま、私達は動くことができない。
領主から許可があるまで、別のアクションを起こすことは許されないそうだ。
「皆の者、面を上げよ」
許可がおりたので、顔を上げる。
「魔王候補を倒した冒険者は……?」
領主は問うけど、ここで私達は何もしない。
基本的に貴族と平民が、会話することは厳禁なのだ。
むしろ私達と親しげに会話してくれた、ラムラス様やクリーセェ様が異端だったのだと思う。
そんな訳で、町長が会場にいる人間を代表し、代理で答える。
「こちらのエルシィ、カトラ、マルルでございます」
ここで私達は再び礼をする……が、今度はすぐに顔をあげる。
あくまで今のは、名前を呼ばれたのが私達だと、領主にも分かりやすくする為だ。
「若いな」
若いねぇ……。
特に私は異例の若さ……というか、幼さだろうねぇ……。
いや、中身はともかく。
「しかし、その若さで、魔王候補の討伐に、新たな遺跡の発見……。
実に見事な功績であった。
褒美を取らせよう、何か望みはあるか?」
「発言を許す」
ここでようやく、領主と直接会話することが許される。
私達を代表してエルシィさんが答えることになっているが、それは事前に相談して決めてある。
「ありがとうございます。
私達の望みは、この町の復興でございます。
領主様には、その支援をしていただければ……と」
私達は、ぶっちゃけ地位には興味が無いし、財産もある。
それに貴族から何かを受け取ると、後で面倒臭いことになりかねないからなぁ……。
だから私達個人としては何も望まない。
あとこれは、町の復興に対して何もしてくれなかった領主に対する、当てつけでもあるが……領主の表情は変わっていないので、通じていないな。
「そうか……殊勝な心がけだ。
復興の件については、前向きに考えよう」
あ、町長が嬉しそうだ。
このまま終われば、平和でいいんだけどなぁ……。
「しかしそれでは、そなた達に対して何もしないことになる。
では代わりに、そなたらを我が配下に加えようではないか。
将来的には、騎士の身分も夢ではないぞ?」
来た──……。
やっぱり私達を部下にして、その力を利用とするのが目的だったか。
だけどこれにも、対策は考えてある。
「お誘いは光栄ですが、我々はすでに第3王女クリーセェ殿下を主としております。
2人の主に仕えることはできません」
「なんと、殿下の……!?」
領主の顔色が変わる。
さて……これが吉とでるか、凶と出るか……。
「はい、これは殿下から預かったものです」
エルシィさんが、クリーセェ様からもらった紋章入りのコインを取り出す。
歩み寄ってきた領主がそれを手に取り確認すると、驚きを隠しきれないように目を見開いた。
「これは確かに王家の紋章……!
王族が信頼した者にだけ、与えるといわれているものだ。
これを持つ者は、貴族でもその行動を止めることは難しいとされている」
へぇ……そういう意味があったんだ。
つまり王族の後ろ盾が通じる範囲で、やりたい放題できる……と。
それから領主は、コインをエルシィさんに返しながら、
「なるほど……。
残念だが、そなた達のことは諦めよう。
……だが、本当にいいのか?」
念を押すように問う。
「それはどういう……?」
「クリーセェ殿下は、王都で幽閉されていると聞く。
その殿下に付き従うことは、身の破滅を招くかもしれぬぞ……?」
は、幽閉!?
なんでそんなことになっているの?
政敵にハメられた!?
「そ、それは真ですか!?」
私は思わず問い返した。
領主に対して無礼かも……と、少しは思ったけれど、そんなことを気にしていられるような場合ではない。
「うむ……詳しいことは知らぬが、王都でそのような噂が流れている。
事実、国王陛下の後継者選びは進んではおらぬし、王女殿下も公の場に姿を現しておらぬ。
失脚した者に付いても、ろくなことにはならぬぞ?」
……領主の言うことは正しいかもしれないけれど、相応しくない者が王座に就くことは正しくない。
平民にも豊かな生活を……と、考えているクリーセェ様が王になることは、平民にとっては勿論、国全体にとっても間違い無く利益になる。
国全体が豊かにならなければ、平民の生活も豊かにはならないのだから。
その可能性を潰すのはいけない。
「我々が誰を主とするのか……。
それは王都で、真実を確かめてからにしたいと思います」
「……そうか」
領主は私の言葉に対して、否定も肯定もしなかった。
少なくとも、邪魔する気は無いってことかな?
第一印象とは裏腹に、案外話が分かる人なのだろうか?
いずれにしても、王都へ何が何でも行かなければならなくなったなぁ……。
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