幕間 姉の気持ち3
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「これから、人間の都市に総攻撃をかける。
貴様も行ってこい」
ツングーダがあたしことアルルに、そう命じた。
「人間の都市……」
「そうだ、我らの餌が狩り放題の場所だ」
「餌……?」
確かにその言葉通りのはずだが、何かが引っかかる。
あたし達吸血鬼にとって、人間はただ消費するだけの存在のはずなのに、そう思ってはいけないような……。
「そうだ……餌だ。
軍の指揮は、上位オーガのガグドに任せる。
貴様は自由に、そして好きなだけ、人間の血を吸ってくるがいい。
吸血鬼の本能のまま、暴れてくるのだ」
「はぁ……」
あたしはツングーダから言われるままに、その戦いへと参加することになったが、どうにも気が進まない。
だから町へと攻撃を仕掛けるオークやゴブリン達を、遠くから傍観するだけにした。
あまり戦いの場に近づくと、流れ出る人間の血の臭いで、正気を保てそうになかったからだ。
血を吸ってもいいはずなのに、何故か激しい抵抗感がある。
それに……あの町に近づくのは危険だ。
無数のオークやゴブリンの軍団をものともせず、次々に撃破していく化け物がいる。
あれはもしかしなくても、ツングーダよりも強くないか……?
オーガのガグドが町に潜入して、内部から切り崩す手はずにはなっているが、これでは我々が負けるのも時間の問題だな……。
実際、ほどなくしてガグドは、町から脱出をせざるを得なくなったようだ。
……?
なんだかガグドのサイズが……というか、性別も変わっているような……。
それよりも問題なのは、奴が抱えている少女の存在だ。
その血が凄く美味しそう……と感じると同時に、何が何でも守らなければならない存在だと思える。
彼女がこのまま連れ去られれば、ツングーダかガグドの毒牙にかかることは間違いないだろう。
だからあたしは、ついガグドの首をはねてしまった。
自分でも何故、人間を助けるような行為をしてしまったのか分からない。
「あ……アルルお姉ちゃん……!?」
「!!」
しかもあたしは、その少女から逃げた。
今の自分の姿を見られたくない──そして自分の手で傷つけたくない。
……切実にそう思ってしまったからだ。
何故そう思ってしまったのか、その理由が分からないことにあたしは混乱し、そのままツングーダが拠点としている遺跡まで逃げ帰ってしまった。
「負けただと!?
数千の軍勢が、国でもないたかが一地方都市に!?」
この事実にツングーダは怒り狂っていたが、あたしはあの少女のことで頭が一杯だった。
また会いたいと思う一方で、もう二度と会いたくないという、相反した気持ちがせめぎ合っている。
たぶん会えば、あたしはあの子を傷つけてしまう。
だから会わない方がいい。
あたしはそう思っていたのに……。
それなのにあの少女は──あたしに会いにきた。
会いにきてしまった。
そしてあたしが頑なに拒んできた、吸血行為をさせてくれた。
これであたしはもう、後戻りできない。
人間を餌とする、怪物になり果ててしまった。
それでもその少女は──あたしを「お姉ちゃん」と呼ぶ少女は、あたしのことを受け入れてくれたのだ。
望外の喜びだった。
あたしの全身に、歓喜が広がる。
ああ……この子はあたしの妹だ。
あたしの宝のマルルだ。
なんで忘れていたんだろう?
そのマルルがあたしを受け入れてくれるのなら、人間とか吸血鬼とか、そういう細かいことはどうでもいい。
あたしはマルルがいれば、それだけで満足だ。
こうしてあたし達は、再び姉妹に戻ったのだった。
……しかし暫く見ない間に、マルルの周囲は凄いことになっているなぁ。
あのツングーダを一方的に倒した化け物もマルルの仲間らしいが、マルル自身もかなり強くなっていた。
もうあたしが知っていた頃のマルルとは、大分違ってしまっている。
マルル自身がそれだけ変わっているのだから、当然人間関係も変わっていて、マルルの周囲には沢山の女がいた。
……そしてその大多数と、身体の関係もあるらしい。
まさかあのティティまで、マルルにぞっこんになって……というか、崇拝に近い感情を持つようになっているとは思わなかった。
もうある意味マルル以上に、別人へと変わっている。
まあ、分かるよ。
マルルは魅力的だから、いろんな娘を惹き付け、変えていくというのは理解できる。
あたしもその1人だから……。
正直言って嫉妬を感じるけれど、たぶんマルルが村も家族も失って1番大変な時に、傍にいることができなかったあたしが、傍にいてマルルを支えてきた者達のことを否定する資格は無いよね……。
それにマルルとの「姉妹」という、唯一無二の関係は揺らぐことは無いし……。
あたしはそれで我慢しよう。
「お姉ちゃん、この『下賜』というスキル、自分が持っているスキルを眷属に与えることができるみたいなんだ。
取りあえずお姉ちゃんに、「万能耐性」を付けてみたよ。
これで吸血衝動を、抑えることができるんじゃないかな?」
「本当か!?
それはありがたい!」
ありがたい……が、あの芳醇で濃厚で、身に染み渡るような美味しいマルルの血を、また味わうことができないのは残念だな……。
そんなあたしの内心を見透かしたのか、マルルは──、
「でもお姉ちゃんが飲みたいのなら、いつでも飲んでいいんだよ?
私の血を飲んでいいのは、お姉ちゃんだけだから……ね?」
と、首筋を露出させてあたしを誘う。
「マルルぅ~!」
あたしはその誘惑に抗うことができず、マルルの首に噛みついた。
もう、あたしにこんなことをさせるなんて、マルルは本当に悪い子だ。
でも、美味しい……。
もうマルル無しでは、生きていけない。
ずっと大好きだよ、マルル……!
次回から新章です。




