8 大誤算
本作の総合評価が、2000ポイントを突破しました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。
小鬼が大鬼に──オーガへと変身した。
立ち上がると筋骨隆々の体躯は3mほどもあり、先程よりも力強さを感じさせる。
う~ん、これはクルルとエルシィさんを呼ばなきゃ、勝てないんじゃ……。
取りあえず念話で連絡を入れておくけど、間に合うかな?
最悪の場合はカプリちゃんを呼ぶ手もあるけれど、まだ町の外での防衛戦は続いているようだから、防衛の要である彼女は外したくないし……。
そんなことを考えている間に、オーガは動き出した。
えっ、さっきよりも全然はや──。
「ぎゃんっ!!」
オーガに殴られて、私は大きく弾き飛ばされた。
「マルルちゃん!!
──っっ!!」
キャロルさんが私に気を取られた隙に、オーガは彼女へと間合いを詰めて、攻撃を仕掛ける。
こうなると彼女も、私のことを気にしていられるような場合ではない。
まあ私については、心配する必要はないけどね。
ギリギリで魔力障壁が間に合ったから、致命傷は受けていない。
ただ、間に合わなかった場合は、どうなっていたのか分からなかったねぇ……。
実際、今の一撃だけでも、生命力を半分近く削られたし。
一方キャロルさんも「金剛身体」という、防御力を大幅に上げるスキルを使って、なんとかオーガの攻撃を耐え凌いでいるようだけど、長くはもたないだろうな……。
これは今すぐに、オーガをどうにかしないと駄目だ。
『キャロルさん、ちょっとだけでいいので、そいつの気を私から逸らせてください!』
『……ええ、任せて!』
私が送った念話にキャロルさんが答えた瞬間、彼女は残った力をすべて使い切る勢いで、オーガに攻撃を仕掛けた。
あんな無茶な動きは、たぶん30秒ももたないだろう。
でも、それだけあれば十分だ。
まず、「気配隠蔽」のスキルを使用。
そして念の為に「透明化」。
これでオーガが、私の存在を感知することは難しくなった。
準備が整った私は、移動してタイミングを見計らう。
狙うのはキャロルさんが力尽きて、攻撃が途切れたその時。
そしてオーガがその隙を突いて、反撃に出ようとしたその瞬間──だ!
その時には、オーガにだって隙が生じる。
よし、今っ!!
私はオーガの背後から近づいて跳躍し、そのうなじ目掛けてナイフを突き立てた。
ラヴェンダからコピーした、「即死突き」のスキルだ。
だが──、
「効かないっ!!」
オーガに即死耐性でもあるのか、それとも圧倒的に私の攻撃力が足りていないのか、ナイフは刺さりすらしなかった。
しかも攻撃したことで、オーガに私の位置が悟られてしまったことだろう。
すぐに反撃がくる。
だけど私の攻撃は、まだ終わっていない!
私は役に立たなかったナイフを捨て、素手でオーガに触れる。
最初から密着するのが目的で、背後に接近したのだ。
あのスキルは、相手に触れていないと使えないのだから──。
「即死突き」は、ついでにやってみただけでしかない。
「女体化!!」
「ぐ……が……!?」
筋骨隆々のオーガの姿が、しなやかでメリハリのあるものへと変化していく。
よし、成功した。
これでオーガは、私に敵対できなくなったはずだ。
クリーセェ様のような例外はあるけれど、私の『百合』は上位竜のカプリちゃんですら抵抗できなかったのだし、オーガも止めることができると思う。
上手くいけば、オーガから他の魔物達を止めるように働きかけてもらうことだって……!
で、そのオーガだけど、今は自身の身体に起きた変化が理解できず、混乱しているようだ。
「あ、あの……お願いだから、もう暴れないでね?」
私が呼びかけると、オーガはこちらの方を見た。
その途端、彼女はニヤリと唇の端を吊り上げて嗤う。
なんか、嫌な感じ……。
そして次の瞬間、オーガはこちらに向かってきて──、
「えっ……わっ!?」
「マルルちゃんっ!?」
オーガは私を抱きかかえ、走り出した。
向かっているのは、町の外……!?
「ちょっ、なに……っ!?
どうしたのっ!?」
オーガは答えない。
じゃあ、「念話」で。
これなら言葉を持たない存在でも、ある程度は会話をすることができる。
『ねえ、私をどうするつもりなの!?』
念話が初めてなのか、オーガは驚いたように私を見た。
そして──、
『オレ、巣に帰ってオマエと番いになる。
それから交尾して、喰う』
へぇ~、交尾をして…………喰う!?
『な、なんでそうなるのっ!?』
『強い子を産む為に、強い奴を喰って栄養にするの当たり前』
女の子同士では、子供は産めませーんっ!!
でもオーガはまだ雄だった頃の感覚が残っているのか、その辺が理解できていないようだ。
それでいて、本能に従って子作りをしようとしている。
このオーガ、野性味は溢れているけど意外と美人さんなので、行為の相手として有りか無しかで言えばギリギリ有りなんだけど、その後がいただけない。
なんなの、「喰う」って……!?
あ……でもカマキリや一部の蜘蛛の雌とかって、交尾後に雄を食べて卵を産む為の栄養にしちゃうんだっけ……?
このオーガにも、そういう習性があった……?
しまった~~っ!!
まさか『百合』に、こんなリスクがあったなんて~っ!?
愛情が食欲に直結するとか、特殊な精神構造を持つ者が相手だと、むしろ私への害意を増幅させることになるのか……。
でも本当にどうしよう!?
早くオーガから逃ないと、食べられちゃうよ!!
だけどこんな密着した状態だと、転移魔法じゃオーガごと移動しちゃうし、大規模な魔法攻撃は私自身も巻き込んじゃうから逃げられない。
他に何か使えるスキルは…………あ~っっ、今は有効な手段が思いつかないっっ!!
誰か~~っ、助けて~~っっ!!
もう誰でもいいから、救出してくれることを期待するしかない。
こうなったらカプリちゃんを呼ぶしか──そう思い始めたその時──、
「えっ……?」
水しぶきを浴びた……と思い、その水が飛んできた方を見ると、オーガの首が無くなっていた。
私が水しぶきだと思っていたものは、切断されたオーガの首から溢れ出た血液だったのだ。
「わっ!」
首を失ったオーガの身体は、当然すぐに力を失い、地面に倒れ込んだ。
私も地面に投げ出され、強かに背中を打ち付けることになる。
「痛たた……何があったの?」
私はオーガの首を切断したであろう、何者かの姿を探した。
すると上空に、何者かの気配があった。
「あ……!」
そこには空中に浮かぶ、人影が──。
もう夜になっていてハッキリ見えないけど、なんとなくそのシルエットには、見覚えがあるような気がした。
マルルが冷静になってスキルを駆使すれば、自力で逃げることも可能だったんですけどね。
 




