9 正体不明令嬢
カップァ様の本名は、おそらく「ラムラス」だ。
じゃあ、今ラムラスを名乗っている少女は、一体何者なのだろうか?
おそらく伯爵令嬢のラムラス様よりも、もっと上の身分の人がお忍びできていて、正体を隠す為に新興でマイナーな伯爵家の令嬢を名乗っているのではないだろうか?
まあ、正体を隠したいのならば、いっそただの庶民に扮すればいいのかもしれないけど、あのラムラス様は明らかに庶民ではない言動をとっているから、無理だったのだろうなぁ……。
演技ができるタイプには見えないし。
……おいおい、これは思ったよりもヤバイ依頼だぞ!?
ラムラス様に何かあったら、私達の首が物理的に飛びかねない……というのは元々だったけど、その可能性が跳ね上がったような気がする。
ただの伯爵令嬢と、それ以上の身分の者とでは、当然扱いは違ってくるはずだ。
ましてやラムラス様は、何故か私の『百合』が通用していない可能性が高い。
彼女の機嫌を損ねたら、『百合』の力でもどうすることもできないのだ。
まあ……カップァ様には通用するので、なんとか間に入ってもらうしかないな……。
「あの……ラムラス様は、どのような御方なのですか?」
私はカップァ様に聞いてみる。
正体不明の存在の情報は、多い方がいいよね。
でも、本名がラムラスのカップァ様に、ラムラス様のことを聞くのは、なんだか変な感じだなぁ……。
「お嬢様は、意志の強い御方だな。
こうだと決めたことは、最後までやり通す……そんな御方だ」
つまり頑固者なのかな?
扱いにくいってことじゃん……。
「その為に竜を倒して、家督を継ごうとしているのですか?」
「そうだな。
お嬢様は今の貴族だけが富む状況が、良いとは思っていない。
庶民も豊かになれるようにしたいと考えているが、その為には家督を継いで権力を手に入れる必要がある」
「それは……素晴らしいお考えです」
へぇ……あんなに我が儘そうなのに、意外だなぁ……。
でも年齢的にはまだ子供だし、重い物を背負っている分、こういう開放的な状況で「遊びたい」とか、「誰かに甘えたい」とか言う気持ちが出てきているのかもしれない。
ラムラス様には、これから少し優しくしてあげよう。
「おい、熊が止まったのじゃが?」
おっと、そのラムラス様からお呼びだ。
「獲物を察知したのだと思います。
ラムラス様も、お降りになってください。
人を乗せたままでは、狩りはできません」
「む~、まだ乗っていたいのじゃが?」
「このまま狩りができなければ、夕食に肉は食べられなくなりますが?
狩りが終わってから、また乗りましょう」
「そうか……そうじゃな……」
ふむ、言えばちゃんと聞き分けてくれるくらいの分別は、一応あるようだ。
なお、私の空間収納の中には肉が入っているので、この狩りが失敗しても、夕食で肉が絶対に食べられないということはない。
でも、保存食として入れてあるので、これは万が一の時まで取っておく。
その後、クルルは大きな鹿を仕留めてきた。
「おお、凄いのぉ! 凄いのぉ!」
ラムラス様はクルルの戦果を見てはしゃいでいるけど、これから解体という大変な作業がある。
「解体作業は、見ない方がよろしいかと。
最悪、夕食が食べられなくなるかもしれません」
「いや、見るぞ。
なにごとも経験じゃ」
「それでは、私も……」
「では……まず鹿を逆さ吊りにして首を切り、血を抜きます。
これで肉の味がかなり変わってきます。
そして魔法で肉を冷やしつつ、肉の鮮度を落とさないように内臓を抜いていきます。
なお、ここで内臓を破いてしまい、中身が漏れ出すと、汚染された肉は食べられなくなります」
「ほうほう」
ラムラス様は向上心が強いようで、何にでも興味を示して学ぶ姿勢があるね。
一方、カップァ様は、上の者に付き合って嫌々……という感じだ。
そしてやはりと言うか、グロ耐性はあまり持っていなかったらしく、解体が終わった頃には、口元を手で覆い、吐き気をこらえていた。
そんなんじゃ、戦場で人を切ったら心が折れるんじゃないかな……?
それに反してラムラス様はケロリとしていて、夕食でもお肉を沢山食べていた。
これは結構大物になりそうだ。
しかしカップァ様は青い顔をしていて、食事があまり喉を通らなかった様子……。
……もしかして、この人の方が面倒臭いのでは?
仕方が無いなぁ……。
私は食後、あまり食べられなかったカップァ様に、ある物をこっそりと手渡した。
「こ、これは……!」
「蜂蜜を固めて作った飴です。
栄養があるので、食べておいてください」
空腹のままでは、いざという時に戦えないし、体調は万全な状態にしておいてもらわないと困るからね。
「お、美味しいぃ~」
カップァ様は、目を軽く潤ませながら飴を頬張る。
泣くほど!?
きっと普段から、甘い物が好きだったのだろうなぁ……。
見た目の武人キャラに反して、結構可愛いぞ、この人……。
それから2日後、クラグド山脈に1番近い村へと到着した。
残念ながら馬車は、ここへ預けて行くことになる。
ここから先は道が険しいので、どうしても途中からは徒歩で進むしかないらしい。
その間、馬車はともかく、馬はその辺に繋ぎ止めておくという訳にはいかない。
狼などに襲われてしまうと、帰りに馬車が使えなくなってしまうので、村に預けて世話をしてもらうことになる。
で、徒歩で山脈に向かう訳だけど、いかにもお嬢様なラムラス様は、さっそくへばっていた。
最初はピクニック気分なのか、楽しそうだった彼女だけど、それも最初の2時間くらいの間で、その後は「足が痛い」とか「疲れた」とか、不満を言い出した。
「おい、熊を貸すのじゃ」
「はい……。
クルル、お願いね」
ラムラス様は、クルルに乗って移動することになった。
まあ、厄介な人だな……とは思うけど、狡いとは思わない。
このままラムラス様のペースに合わせると、確実に予定は遅れていくので、クルルに乗せることでそれが解消されるのなら、その方がいいからね……。
そんなこんなで、一応順調と言える感じで旅は進んでいたんだけど、山脈に入って山道を歩いていると、なにやら謎の圧迫感を覚え始める。
周囲に文明を感じさせる物が一切無い。
今歩いている道だって、獣道のようなものだ。
広大な自然に囲まれていると、「逃げ場が無い」という現実を突きつけられたような気分になってくるんだよね……。
……こんな場所で魔物や猛獣に襲われたら、万が一のことがあっても助けも呼べないんだよなぁ……。
そう思うと、自ずと緊張してくる。
そして、ついにそいつが現れた。
「来ました、魔物です!」
「戦闘の準備を!」
先行していたエルシィさんとカトラさんが、何かを見つけたようだ。
私が彼女達の100mほど先を見ると、何かが動いているのが確認できる。
まだ距離が離れているので、それが何なのかはよく分からないけれど、人型の存在であるようだ。
「トロールです、かなり強い相手ですよ」
トロールだって……!?
確かムー●ンもトロールの一種だよね?
可愛いのか!?
私の胸は高鳴った。




