幕間 私がメイドになるまで
今回はちょっと陰惨な話になります。
私はティティ。
私のお祖父様は、名も無き小さな村で村長をしているわ。
小さな村でも、そこで1番偉いのよ。
そしてその孫娘である私も、偉いのよ!
いずれは次期村長になるお婿さんをもらって、この村を治めていくことになるのだから。
その予行練習として、私は同い年以下の子供達を子分にした。
みんな私の言うことをよく聞いてくれる……けど、マルルという子だけは使い物にならなかったわね。
いつもぼんやりしていて、私の言っていることが分かっているのかどうか……。
でも、私の子分なのだから、ちゃんと面倒は見てあげるわ。
……というか、この子をいじめると、姉のアルルが怖いのよね……。
だけどそのマルルも大怪我をした時から、なんだか反抗的になった。
私を馬鹿にしたような態度が、見え隠れするようになったわ。
確かに急にかしこくなったような気がするけど、マルルのくせに生意気よ!
ともかくその所為で、マルルとは疎遠になってしまった。
でもいいわ。
もうすぐ12歳になってギフトを得たら、私はもっと素晴らしい存在になれる。
そうなればマルルも私のことを、きっと見直すわよね?
ところが私が授かったギフトは、『忠実なる家政婦』だった。
なんでよ!?
いずれは村の指導者になるはずの私が、こんな誰かの召し使いになることが決まっているかのようなギフトに……!
一方のマルルは、『百合』とかいう訳の分からないギフトを授かったらしい。
その時から不思議とマルルからカリスマのようなものを感じるようになり、他の子供達も──いや、それどころか何故か大人の女の人達もマルルに一目を置くようになった。
これじゃあ完全に、立場が私と逆転しているじゃない!?
悔しい……。
でも、私だって疎遠になっていたマルルとの関係を、修復したいと思い始めている。
なんなの、この気持ち……?
だけどマルルとの関係を元に戻すことができないまま、その日が来てしまった。
村がオークの襲撃を受けたその時、マルルとアルルの姉妹は前線で戦っていたわ。
マルルは我が村の最高戦力であるアルルを上手く使って、オークの侵攻を食い止めていた。
落とし穴を使った戦法を立案したのも、あの子だという。
一方の私は、後ろの方で物陰に隠れ、震えることしかできない。
ここで私は、理解してしまった。
私はきっと、村長の一族である器ではないのだ──と。
村を率いていくのは、きっとマルルのような子の方がいいのだ。
この戦いが終わったら、私はあの子を盛り立てていこう。
そうすればこの村は、もっと発展する──そう思い始めていた。
しかしそんな日は二度とこなかった。
巨大なオークの出現によって戦線は崩れ、オークが村になだれ込んできて──。
私達は村を捨てて逃げることを決めたけど、オークに回り込まれ、お祖父様やお父様はあっという間に殺されてしまった。
若い女の人は、抵抗しなければ殺されることはなかったけど、連れ込まれたオークの巣では地獄が待っていたわ。
私達がオークにされたことは、口にするのも悍ましいもので……。
痛くて、苦しくて、血が沢山出て……だけど私は声を上げずに、必死で我慢した。
だって、最初に大声を上げて抵抗したお母様は、オークの怒りを買ったのか、それとも見せしめ目的だったのか、グチャグチャに引き裂かれて殺されてしまったのだから……。
嫌だ、あんな風になりたくない……っ!!
私は我慢して、我慢して、我慢し続けて……するといつの間にか私の口は、声を出そうとしても、声が出ないようになってくれていた。
……そういえば、連れ込まれた者の中には、マルルやアルルの姿は無かったわね……。
もしかして何処かで生きていて、私をこの地獄から救い出してくれるのかしら……?
それが私の唯一の希望になり、それは数日後に実現することになる……けど、この時の私はもう、心身共に疲れ果てていて、助けられたという実感なんてなかった。
そして気がつくと、隣村に私達は預けられていたのだけど、それからも大変だったわ。
私達は未だにオークの影に怯え続けていたし、隣村の人達も食べ物を運んでくれること以外は何もしてくれず、私達の心身について慮ってくれることもなかったのよ。
まあ……後にして思えば、あの人達も私達に対してどう接していいのか、分からなかったのだろうけど……。
どのみち私達はすぐにいなくなるのだから、人間関係を構築するのが無駄だと判断されたのも無理はないのかもしれないわね……。
そもそも私達の存在は、非常に厄介なものだったのだろうし……。
そして実際に、私達は誰にも解決できない問題を抱えていたのよ……。
サンディという年上のお姉さんの、妊娠が発覚したわ。
彼女は狂乱し、泣き叫び続けた。
おぞましいオークの子を、その身に宿したのだから当然よね……。
そのまま産むという、選択肢は無かった。
だけどこんな田舎の村では、「処置」する人材も施設も無いんだって。
──だからサンディの母親は、娘の首を絞めてお腹の子諸共その命を止めた。
そしてその後は、自ら命を絶ったわ。
私達はそれを止めることもできずに、呆然と見ていることしかできなかったの。
折角、母娘で生き残ったのに……とは、思えなかったわ。
彼女達に起こったことは、私達にとっても他人事ではない絶望で、私もいつああなってしまうのか、怖くて怖くて仕方がなかった。
……幸いなのかどうか、残った私達には妊娠の兆候は無かったけど、だからと言って私達は未来に希望を持てずにただ生きているだけで、押し込められた小屋から一歩も出ず、息を殺すように状況が変わるのをただ待っている。
きっと村から放逐されるとか、奴隷商に売られるとか、ろくでもない結末になるのだと思い込んでいたわ。
でも、それに抵抗しようという気力は、もう私達には残っていなくて、この命が終わるのならはやく終わって欲しいとすら思っていたのよね……。
だけどある日、マルルが迎えにきてくれた。
あの子は私達に寄り添い、そして私達の未来も考えてくれていた。
私達には新たな家と役割が与えられて、そのおかげで少しだけ生きる意味と希望を得ることができたわ。
私達はたぶんここで、ようやく救われたことを実感できたのよ。
この恩は一生かかっても、きっと返せない。
だから私はマルルに──いえ、マルル様に、永遠の忠誠を誓うのです。
ああ……私の『忠実なる家政婦』は、この為のものだったのですね……!
私はこれからマルル様が帰ってくるこの家を、身命を賭して全力で守りましょう。
私のすべては、マルル様の為に──。




