2 商人との接触
そこは町の商店街から外れた場所で、周囲は少し閑散としていた。
そんな区画の中に、カラフルな壁や屋根の店がある。
看板も可愛らしいロゴで……いや、私にはなんて書いてあるのか読めないけど。
そろそろ字の読み書きを、習った方がいいのかもしれない。
「これ、なんて読むんです?」
私はカトラさんに聞いた。
そして返ってきた答えは、
「キャロル商会ですよ」
名前も可愛らしかった。
小さな店だけど、これは目立つなぁ……。
この異世界でも、かなり特異な店なのでは?
客が寄りつくのだろうか?
それでは店に入ってみようか。
「ラヴェンダは、外で周囲を警戒していてね」
「はい、お任せを」
彼女が裏切るとは思わないけど、まだ隷属度が100%には達していないので、念の為に外で待たせて、商談内容を聞かせないようにする。
それに蜂蜜の秘密を、まだ嗅ぎ回っている者達がいる可能性もあるし、警戒は必要だ。
ちなみに、クルルは森に行っている。
町の中を歩き回るには、「透明化」の持続時間が足りないんだよね。
精々家から町の外に出るまでの距離を走る間、スキルを維持するのが限界のようだ。
だから昼間は、森に隠れていてもらった方がいい。
狭い庭に隠れていたのでは、息苦しいだろうし……。
なお、町の門が閉まっていても、クルルは余裕で高い塀を越えられるので、出入りに関しては問題無い。
熊って木登りが得意だしね……。
「ごめんくださーい」
店に入ると、中には沢山の商品が並んでいた。
武具から雑貨まで──中には高価そうなものもあり、品質を売りにしているのではないかということが察せられる。
「はーい、只今~」
店の奥から、野太い声が聞こえてきた。
……野太い?
私の希望は、女性の商人だったよね……?
そして奥から出てきたのは、2m近い大男だった。
……? ……男か?
なんだか、フリフリのエプロンドレスみたいのを着ているんだけど……。
「よお、商売の話を持ってきたぞ」
「あら、カトラとエルシィ。
久しぶりね。
それと……可愛いお嬢さん、いらっしゃ~い」
「は……はじめまして」
やっぱり声は野太いな!?
でも口調は女性的……。
つまり精神は女性というタイプか!
う~ん、これ『百合』が効くのだろうか?
できれば効いてくれる方が、裏切りの心配が無くていいんだけど……。
……ん?
「あの……お肌が綺麗ですね?」
「あらぁ、分かるぅ。
お手入れには、余念が無いつもりよぉ」
この人、確かに身体は大きくて骨格も男の人だけど、顔は整っていて化粧もナチュラルメイクだから、美人と言えば美人なんだよね……。
それに肌は赤ちゃんのようにツルツルだし、これはかなり美容に力を入れているな?
少なくともその辺の村娘よりは、身だしなみのレベルが高いと思う。
これはかなりの信念を持って、この格好をしている──それだけは確かだろうね。
……まあ、この世界では奇人変人として扱われるだろうし、それは商売的にも不利なのかもしれないけれど、それでも店を持つことができるのは、彼女の実力が確かな証拠なのではなかろうか。
なるほど、エルシィさんとカトラさんが、戸惑いつつも推薦してくれた理由も納得だ。
「あ、あの!
買い取ってもらいたいものがあります」
「あら、何かしら?」
私はキラービーの巣箱|を差し出して、その中身を見せた。
「……!!」
さきほどまでニコニコしていた店主の顔が、真剣なものへと変わった。
「これは……キラービーのものね?」
「はい」
「……この前、久しぶりに市場に流れたとは聞いていたけど、あなたが?」
「はい。
斡旋所は信用できないので、直接納品できるほど信用できるお店を探していました。
これを、定期的に納品できるアテがあります」
「…………!!
定期的に……!?」
私の言葉に、店主は更に真剣な顔となる。
安易に「棚からぼた餅」とか考えていたら、こんな表情にはならないだろう。
おそらくキラービーの蜂蜜を、独占的販売できることで生じるメリットとデメリットを、慎重に天秤にかけているのだと思う。
そういう判断ができる時点で、たぶん商売人としての腕は確かなのだろうし、欲望に身を任せて破滅を招くこともないのかもしれない。
「条件は何かしら……?」
店主のその言葉は、条件次第で販売契約を結んでもいいということだ。
少なくとも、私が持ち込んだ取り引きに魅力は感じている。
そもそも、この話を聞いたからには、後戻りは難しいと思うけれど……。
「私が納品したということは、秘密にしてもらいたいです」
「……当然ね。
私、まだ死にたくないわ」
ああ、馬鹿な男の死は知っているのか。
さすが商人、情報を得るのが早い。
「それと、できるだけ身分のある女性に売ってもらいたいです。
私も同じ女性の、後ろ盾が欲しいので……。
信用できる相手ならば、私のことを紹介しても構いません」
「分かったわ。
他には?」
「以上です」
「そういうことならば、喜んで契約を結びたいわ。
あら、自己紹介が遅れたわね。
私はキャロルよ」
「私はマルルです」
キャロルね……。
おそらく偽名なんだろうけれどね……。
ん……?
ステータスに何か?
最近は新しい項目が増えると、自動でお知らせしてくれる。
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親密度 クルル 100%
カトラ 100%
エルシィ 100%
従属度 ラヴェンダ 92%
同盟度 キラ 88%
ケヴィン 53%
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ケヴィン!?
誰それ!?
いや、知ってるけどね!?
というか、『百合』が効くんだ!?
誤字報告、ありがたいです。




