幕間 犬の気持ち
いつも応援ありがとうございます。
私はラヴェンダ。
犬型獣人の生まれだ。
だけど私は、この身体に流れている血が嫌いだ。
獣人というだけで差別され、私達家族は町に入ることもできなかった。
だから私達は森に潜み、ひっそりと人目から逃れて暮らしてきたのだ。
まあ……耳や尻尾を隠してなら町に入ることもできるが、もしも正体がばれたら、嫌がらせなどの酷い扱いを受けることは必至だ。
それで命を奪われたり、奴隷商に売り払われたりした同族もいるという。
だけど町には入れないということは、働いて金銭を稼ぐことも、その金銭で薬などの必需品を手に入れることが難しいということでもある。
結果、私達家族の生活は、最底辺のものだったと思う。
実際、弟は生まれつき身体が少し弱かったが、もう少し栄養のある食べ物や薬があれば……きっと今も生きていただろう。
それがあれば、風邪程度であんなにあっさりと死ぬこともなかったはずだ。
私はそんな生活に嫌気がさし、冒険者をはじめることにした。
強くなって実績を積んでいけば、差別だってはねのけられる──そう考えたのだ。
ただ、実際にはそれは甘い考えで、正体を隠していた私は、それがバレるのが怖くて、固定のパーティーを組むことができなかった。
私は誰かと親しい関係になる前にパーティーから抜けて、別のパーティーに入る……ということを繰り返していた。
しかしそんなことでは冒険者として活動するには効率が悪く、私の能力は伸び悩んだ。
それならばギフトを授かれば、私は大きく成長できるのでは──と、考えた。
ところが私が冒険者として稼いだ、なけなしの金を教会へ持ち込んで、ギフトを授かる為の儀式を受けた結果──、
「『暗殺術』……!?」
それはとても表の世界で生きていく為に、必要なギフトではなかった。
むしろこんなギフトを持っていることを他人に知られたら、獣人であることよりも忌み嫌われることになるかもしれない。
それでも私は、そのギフトから得られたスキルを活用するしかなかった。
それを使う仕事は汚いことばかりで、私は少しずつ裏の世界へと落ちていくことになる。
結果私が受ける依頼は、斡旋所を通したものではなく、私に直接持ちかけれる非合法のものが増えていった。
ただ、私も正体不明の相手からの依頼は信用できないので、その身元をしっかり特定しておくことは欠かさない。
今回の依頼主は、ロゴムドという商人だった。
これさえ分かっていれば、万が一彼が私を裏切った時に、対抗手段を打つことができる。
そしてその依頼とは、斡旋所にキラービーの蜂蜜を持ち込んだ者が誰なのか、それを特定するというものだ。
それならば、斡旋所の職員に聞けば良い。
職員には冒険者の情報を秘匿する義務があるらしいけど、男なんて酒を飲ませて、ちょっと色仕掛けをしてやれば、口が軽くなるものだ。
まあ……私は裸になると獣人であることがばれてしまうので、色仕掛けとはいっても、できることは限られているが……。
精々、胸を少し露出させて、身体を密着させることくらいか。
それでも、口が軽い男がいて助かった。
キラービーの蜂蜜を持ち込んだのは、マルルという私よりも年下の女の子らしい。
キラービーと言えば、一刺しで人を即死させるほどの猛毒を持つという。
しかも巣に近づけば、その猛毒を持つ蜂が数千匹も襲いかかってくる。
特殊なスキルを持っていなければ、蜂蜜の採取など不可能だ。
でもだからこそ、その価値は高く、少量でも莫大な金に化ける。
くそ……私はこんなに貧しいのに、羨ましい話だ。
そんな嫉妬から、ロゴムドから追加の依頼があった時、私は迷うこと無く受けた。
それはマルルという少女の、誘拐だ。
しかしそれは、簡単な依頼ではなかった。
まず町の中で単独行動をしている標的を、尾行することにした。
私の他に3人の冒険者が雇われていて、全員で襲いかかれば幼い女の子を攫うのは簡単な仕事だろう。
しかしどういう訳か、すぐに標的を見失ってしまうことが多い。
あんな子供が、私達よりも素早いとでも言うのかい!?
しかも町の外では仲間や熊まで連れていて、手出しできない状態になっている。
あのエルシィとカトラという2人組は、女だてらに腕利きの冒険者だという評判で、少ない戦力で襲えば、返り討ちに遭ってしまうだろう。
そこで冒険者崩れの破落戸を更に雇って、襲撃をしかける予定だったのだが──。
「馬鹿な……挟み撃ちにする前に、全滅だって……!?」
我々は二手に分かれて標的を挟み撃ちにするつもりだったのだが、その前に片方が全滅してしまった。
そんな……数の上では奴らの倍以上だったのに……!?
だが、標的も消耗しているかもしれない。
我々は慌てて標的達に攻撃を仕掛けたが、いきなり半数がやられた。
つ……強い!?
本当は標的とその護衛は全員生け捕りにするつもりだったけど、最早そんなことは言ってられない状況になった。
標的以外は殺すつもりでかからなければ、こちらの命が危ない。
私はカトラとかいう魔法使いに、飛びかかろうとした。
が──、
「駄目っ!!
やめてぇっ!!」
そんな標的の声で、何故か私の身体は止まった。
えっ、なんで!?
直後、反撃を受けた私は──……
「ん……ひっ!?」
気がつくと私は、拘束されていた。
そして目の前には、大きな熊がいる。
私はその熊を使って尋問されるという、これまで生きてきた中で1番の恐怖を味わった。
だが、怖いのは熊ではない。
いや、熊も怖いが、本当に怖いのは、このマルルという少女だ。
マルルの言葉に、私は何故か逆らえない。
まるで私の意思を無視して、身体が勝手に従ってしまうかのような……。
私はこの小さな少女に、支配されようとしている。
私の心が、勝手に作り替えられようとしている……!!
しかもそれが、段々嫌ではなくなりつつある。
このままでは、私が私ではなくなってしまうのではないか……。
それが恐ろしい……!
これは一体何なんだ!?
確かに犬型の獣人は、本来群れで生活していて、その群れのボスには従う習性があるという。
群れの中での上下関係は、絶対なんだとか。
これが……そうなのか?
私はこのマルルという少女を絶対的強者と認識し、ボスとして受け入れようとしているのか……!?
私はこの心の急激な変化に戸惑いつつも、身を置くべき群れを見つけたことに歓喜を感じ、更に困惑するのだった。
マルル様が、私を自宅に招き入れてくれた。
それは嬉しいが、今度はすぐに追い出されるのではないかという、不安感が湧いてくる。
今はいいけど、私が獣人だということが分かったら、マルル様はどんな反応をするのだろうか?
やっぱり蔑まれるのだろうな……。
ところがマルル様の反応は、予想とまったく違った。
私が獣人だと知ると、マルル様はむしろ私を可愛がり、沢山撫でてくれた。
マルル様には、獣人とかそんなことは関係ないの……?
ああ……マルル様の……ご主人様の為なら、私なんでもするぅ……!
私は大好きなご主人様に、一生の忠誠を誓うことを決めた。
……その晩は、ご主人様の艶めかしい声で、私はどうにかなってしまいそうだったけど、私もいつかご奉仕しなければならないのかな……?
今からその日がくるのを、期待している私がいた。
次回から新章です。




