幕間 2人の冒険者の過去
私の名はエルシィ。
今は冒険者をしているけど、昔はこんな職業とは縁が無かった。
実際、私は大きな商家の4女として生まれ、「お嬢様」と呼ばれて将来の淑女となるべく育てられていたのだから。
それはギフトで「剣の心得」という、これまでの生活と縁遠いものを授かった後も、変わらないと思っていた。
たぶん私は、何処かの富豪や貴族へと政略結婚で嫁がされるのだろう──と、そんなことを漠然と考えていた。
それが嫌じゃないと言えば嘘になるけど、それが運命だと半ば受け入れていたんだよね……。
それが変わった切っ掛けは、カトラの存在だった。
カトラはうちの店に勤める従業員の娘で、私が小さい頃からの顔見知りだ。
私にとっては、姉のような存在だったと言ってもいい。
そう、姉のつもりだったんだ……。
あれは私が、14歳になったばかりの頃だっただろうか。
私はいつものように、カトラが魔法の練習をするところを見学していた。
カトラが授かったギフトは、「魔道の秘奥」というものらしい。
鍛えれば宮廷魔術師も夢じゃないほど、魔法に特化したギフトだ。
カトラはそのギフトで、出世の道を目指していた。
確かにこんな地方都市でくすぶっていては、カトラもお見合い結婚でもして家庭に入る以外の選択肢は無いと思う。
そう、私と同じだ。
そんな自由の無い人生になるのならば、王都にでも出て魔術師としての名声を得て欲しいと思う。
せめて私ができない自由で華々しい人生を、カトラには代わりに歩んで欲しい。
まあ……カトラと離ればなれになるのは寂しいけれど、彼女の出世は私にとっても夢だった。
「カトラ姉さん、そろそろ休憩にしましょう。
今日はおやつにパンを焼いてきたのよ」
「ありがとうございます、お嬢様」
それから私達は、おやつを食べながらとりとめもないことを話し合う。
「また、料理の腕が上がりましたね」とか、「魔法の調子はどうです?」とか、数日もすれば忘れてしまうような内容だけど、私はこの時間が好きだった。
だけどこの日のカトラは、少し元気が無いように見える。
「どうしたの、カトラ姉さん?
なにかありましたか?」
「……そんなことは、ないですよ?」
カトラは困ったように笑顔を浮かべた。
どう見ても、そんなことがある感じだ。
「私とカトラ姉さんの仲じゃない。
何か悩みがあるのなら教えて?」
「え……と……」
暫く沈黙したカトラは、ポツポツと事情を話し始めた。
「ええっ、シレンガー様に!?」
どうやらカトラは、シレンガーという貴族崩れに言い寄られているらしい。
彼は男爵家の4男坊である為、家を継ぐことができなかった男である。
貴族の親族ではあるが傍流であり、このまま孫の代くらいになれば、貴族としての権力も殆ど無くなって平民同然になってしまう家系だ。
ただ、現時点ではまだ貴族としての権力も使えるし、財力も有るので、そこへの嫁入りは必ずしも悪い話ではない。
だけど相手は40歳を超えて老いも目立ってきているし、その上酒癖も悪いという悪評が立っているような男だ。
「たぶん、このままでは断り切れないと思います」
「そんな……!」
相手は貴族の一員だ。
平民が拒否できるはずはない。
でも、それじゃあ……、
「それでは、カトラ姉さんが努力して習得した魔法は、無駄になるって言うのですか!?
王都に出て、出世するって夢は……!?」
「それは……諦めるしかないですね」
と、カトラは笑う。
だけどその笑顔の裏に、悲しみや憤懣が隠れていることが、私には分かった。
それにカトラには、私が叶えられないはずの夢を、せめて代わりに叶えて欲しい──そう期待していたのに……。
それを潰されるなんて……私には我慢ならなかった。
そして……いや、この時の私は何かに気付きそうになっていたけど、この時点ではまだ、それがなんなのかは分からなかった。
ただ、心の奥底で何かが引っかかっていて……。
私にはまだ、自分が知らない気持ちがあるような気がしてならなかったのだ。
「それで……婚礼が決まるとしたら、いつ頃に……?」
「さあ……、まだハッキリとはしていませんが、色々と準備があるので、冬が終わって春になってから……ではないかと」
「そう……ですか」
この日から私は、役に立つ機会が無いと思っていたギフト、「剣の心得」を鍛え始めた。
これで何がどうなるのかは、それはまだ分からなかったけれど、何かをするにしても力は必要だと感じたのだ。
そして日を追う毎に、この想いが一時的なものではないことを実感していった。
むしろ自分の気持ちが明確になっていく。
「ああ……私はカトラ姉さんを、誰かに盗られたくないんだ……」
それを自覚したらもう、自分を抑えられなくなった。
次回は今回の続きです。




