3 小さな王女の脱出劇
お隣の国、ディガイア王国。
我らが母国トガタン王国よりは、名前の響きが格好いいね。
……由来とかは分からないけれど。
このディガイア王国は、王妃ナスタージャ様の出身国でもある。
詳しくは聞いていないけど、隣国の王に嫁ぐくらいだから、平民は勿論、その辺の下級貴族の出身ということは無いだろう。
おそらく元々は、公爵家か王家の娘だったのだと思う。
で、ナスタージャ様は今や、両国の架け橋となる友好の象徴だ。
使節として故国に訪れることは、何の不思議も無い。
ただ、タイミングは最悪だったと言える。
魔物の群れが、ディガイア王国を襲ったのだ。
この国は魔王ウルティマの襲撃に対して、何も警戒していなかった。
まあ、だからこそナスタージャ様が訪問し、警戒を促そうとしていたようなのだが、そのタイミングでこの事態である。
警戒していれば、魔物の動きを事前に察知できていただろうに……。
いずれにしてもこの非常事態に、私と眷属達は城に呼び出され、私はとある一室に通された。
ここは王妃様達の居室だね。
「状況はどうなっているんですか?」
「よく分かってはおらん。
情報を持ち帰ったのは、子供達だからのぅ……」
私の問いに、クリーセェ様が答える。
そして彼女が向けた視線の先には、ベッドに横たわる少女の姿があった。
どうやらこの非常事態を報せてくれたのは、ナスタージャ様に同行していた第4王女のミーヤレスタ様だったらしい。
しかしディガイア王国の王都は魔物の群れに包囲されており、本来ならば脱出することは難しかっただろう。
子供の足ならば、なおのことだ。
だけど彼女には私が「下賜」したスキルや、ギフトの「巧みな逃げ足」がある。
それを駆使して彼女は、包囲網を突破してこの国へと辿り着いたのだ。
しかももう1人、ディガイア王国の王女も伴って──。
ミーヤ様が眠るベッドの脇には、10歳くらいの少女の姿があった。
彼女がその王女なのだろう。
彼女は今にも泣き出しそうな顔で、ミーヤ様の寝顔を見つめている。
自身を救ってくれたミーヤ様に対して、特別な感情を抱いているのかもしれない。
いい百合に育ってね。
でも、この王女がミーヤ様に傾倒するのも、理解できる。
まだまだレベルが低いミーヤ様では、長距離の「転移」ができるほどの魔力は無い。
魔力を回復させることができるスキルはあるから、「転移」を繰り返すことはできるけれど、魔力が回復するまでの間、魔物から逃げたり身を隠したり……と、幼い彼女にとっては生きた心地はしなかっただろう。
その上、もう1人の王女を守りながらとなれば、それがどんなに困難なことだったのか……。
それでも彼女は、死力を振り絞ってやり遂げたのだ。
実際、王国に辿り着いた時のミーヤ様は、息も絶え絶えの疲労困憊状態だったらしい。
そして魔物の襲撃を伝えた後、力尽きた彼女は気を失い、今も目覚めていないのは当然のことだと言える。
その必死の働きを間近で見てきた王女様にとって、ミーヤ様はまさにヒーローだったのだろうね。
確かにステータスを見ると、レベルも上がって一人前の冒険者程度には成長しているので、少なからず戦闘も強いられたのだろうし、その勇姿を間近で見るチャンスは何度もあったはずだ。
でも、私がミーヤ様に戦える手段を与え、多少なりとも使い方を教えてなければ、本当に危なかったと思う。
やはり事前に色々と、準備はしておくものだねぇ……。
「私が同行していれば、こんなことには……」
ミーヤ様の実姉であるクレセンタ様が、唇を噛む。
彼女としては妹に同行したかったのだろうけれど、王家において最大戦力である彼女が王国を離れる訳にもいかないし、そもそもアークリッチという魔物が正体である彼女が、他国に入るのはまずい。
万が一正体がバレたら、国際問題だ。
だから国で留守番せざるを得なかった彼女だったけど、その結果がこれでは歯がゆいだろうねぇ……。
「では、王妃様の救出が第1目標。
第2に余裕があれば魔物の群れを殲滅し、ディガイア王国を救う──それでいいですね?」
私達が城に呼び出された理由は、そんなところだろう。
「あとは、タルスの救出もじゃな」
ああ、第3王子も実母のナスタージャ様に、同行していたのか。
彼がミーヤ様と一緒に脱出しなかったのは、その脱出が確実に成功する可能性も無かったので、万が一を考えてどちらか一方が生き残る為に、振り分けたって感じなのだろうね。
王族は血を残すのが最優先事項だし、全員で同じ選択をして全滅するのは避けたい。
だからこそディガイア王国も、籠城した末に全滅するということが無いように、王女だけを逃がしたのだと思う。
誰かが生き残っていれば、王家の再興は可能なのだから──。
「それと可能ならば、義姉上も救出してほしい」
「義姉上……?」
クリーセェ様の言葉に、私は首を傾げる。
第2王女のクレセンタ様はここにいるから、違うよね。
となると、既に嫁いでいるという第1王女か。
「そこのポーラは、ディガイア王家に嫁いだ義姉上の娘じゃ」
ああ、そういうことか……。
ポーラ王女は、不安そうな顔で私の方を向いた。
さぞかし国に残してきた家族が、心配なのだろう。
そして──、
「我が国のこと、どうかよろしくお願いします。
ミーヤ様からは、頼りになる御方だと聞いております……」
ポーラ王女は私の前まで来て、頭を下げた。
私はそんな彼女の頭を、優しく撫でてあげる。
「うん、全力を尽くすから、待っていてね」
「……はい!」
そう答えたポーラ王女は、下を向いたままポタポタと涙を床に落とした。
やはりこの状況は彼女にとって、不安で仕方がないのだろう。
……こんな可愛い女の子を泣かせるとは魔物達め、絶対に許さないぞ……!!
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