1 まだ平和な世界
新章開始です。
魔界から「転移」でランガスタ領に帰還すると、まだ異変は起こっていないようだった。
ただ、太古の魔王ウルティマが、この大陸からはるか離れた魔界まで移動できた事実を考えると、いつ何処に現れるのかはまったく予想できない。
おそらく奴は、「転移」のスキルを駆使している。
それはさておき……、
「お帰りなさいませ、使徒様」
転移場所に、聖女のアイーシャさんが待ち構えていて驚いた。
事前に連絡なんかしていないのに、何故ここにいる!?
あ……「直感」のスキルか。
でも、私じゃこんな正確にタイミングや場所を、特定することなんてできないよ……。
「ああ……使徒様ぁ……マルル様ぁ」
アイーシャさんは私に抱きつくと、匂いを嗅ぎつつハァハァと息を荒らげた。
ちょっとやめて欲しいんだけど……。
「ああ……マルル様がいない間、禁断症状で死にそうでございました……!」
「う~ん……」
そう言われると、強く言えない。
眷属の中でも、アイーシャさんは特に私への依存が強いからなぁ……。
あとで時間を作って、たっぷりと可愛がってあげなきゃ……。
ただ、今は色々とやることがあるし、そんなに時間は無いので、私の体臭を嗅ぐだけで我慢してもらおう。
これから各所に報告を入れて、色々と確認しないと。
「ラムちゃんは、お父さんに報告してくれる?」
「承った」
ラムちゃんの父親はランガスタ領の領主だから、ここは彼女に任せよう。
「それとカプリちゃんとカトラさんは、王都のクリーセェ様に、魔王ウルティマの復活について説明してきてくれるかな?」
「オーケーでーす!
でも、デリシャスなディナーをお願いしますよー!」
カプリちゃんくらいじゃないと、王都まで一気に「転移」できないからねぇ。
ただ、カプリちゃんがしっかりと説明できるのかはちょっと不安なので、カトラさんも同行させる。
「分かりました」
「じゃあ、私も」
自動的に恋人のエルシィさんも、付いていくことになった。
「ラヴェンダは、獣人の冒険者達の様子を見てきてあげて。
最近あった事件や噂話とか、情報も集めてきてくれると嬉しいかな。
あ、お姉ちゃんは、先に帰って寝ていてもいいよ」
「承知しました、ご主人」
「ああ、先に休ませてもらうよ」
最近のお姉ちゃんは、吸血鬼なのに昼間に起きていることが多かったし、夜も睡眠中の私を護衛していたので、ちょっと眠そうだ。
なんだかんだで魔界という未知の土地を、警戒していたのだろう。
さて、次に私達は、エルフの入植地へと「転移」する。
「チエリーさん、リーリスさん、問題は起こっていない?」
「あ、マルルさんに、お姉。
順調だべ」
入植地を任せていたハーフエルフのチエリーさんとその父親は、笑顔で私を迎え入れてくれた。
以前はどこか自信が無い態度が見え隠れしていたけど、今の彼女は充実しているようだ。
まあ、彼女の「自然支配」を使えば、荒れ地の地面を操って宅地や農地を作るのは簡単だし、他のエルフからも頼られているのだと思う。
「うん、そのようだね。
はい、ご褒美」
「ふにゃあ……!!」
私はチエリーさんの耳を揉みほぐした。
耳が敏感な彼女は、フニャリと身体を弛緩させる。
それを見た姉のリーリエとアイーシャさんは、私の耳を弄び始めた。
自分達にもしろということらしい。
「はいはい、後でね。
ところでリーリスさん、やっぱりエルフの里からの入植を急いだ方が良さそうな情勢なので、受け入れの準備を整えてもらえませんか?」
「それは良いが、まずい状況なのか……?」
「そうですね。
次に例の魔族が里を襲ったら、全滅も覚悟した方がいいです」
「そうか……急ぐとしよう」
リーリスとしてはエルフの里との軋轢もある為、色々と思う所はあるのだろうけれど、それでも了承してくれた。
情には厚いようだ。
「お願いします」
現状ではここの位置を知っている者は限られるので、ウルティマに襲撃される可能性は格段に下がるはずだ。
そんな訳で、今度はエルフの里へ行って、長老を説得する。
最初、長老は里の移転を渋っていたけど、魔界で1つの都市がウルティマに滅ぼされたことを聞くと、さすがに考えを変えてくれた。
これから里の者を集めて事情を話して、入植を促してくれるそうだ。
ただ、強制はできないので里に最後まで残る者も出そうだけど、それでも結果的に犠牲者が減るのならば、その方がいい。
それにしても、なんでエルフの方には、ウルティマについての詳しい情報は残っていなかったんだろう?
数千年前の話だとしても、エルフだって魔族と同じように長命のはずだし……。
当時のエルフは文字を持たない文化で、何代も口伝を繰り返した結果、情報が歪んで伝わってしまい、失われた部分があるってことなのかな……?
重要なことは石碑でも何でもいいから、長持ちする形で残しておいた方がいいってことだね。
で、夜──。
入植を決めたエルフを運ぶなど、一通りの作業が終わったので、久しぶりに帰宅する。
『お帰りなさいませ、ご主人様』
メイドのティティが出迎えてくれたけど、彼女の顔を見ると家に帰ってきたことを実感できて、ホッと安心する。
「ただいま。
留守番ありがとうね。
……寂しい想いをさせたから、今晩は可愛がってあげるね」
私のそんな言葉に、ティティは顔を赤く染めながら、
『……期待しています』
と、笑顔を浮かべて答えた。
明日は用事があるので、更新は休みます。




