26 置き土産
翌朝、里では騒動が起きていた。
それはかつての世界樹の、焼け残りがある場所でのことだ。
旧世界樹は、黒焦げになって完全に活動を停止している。
この残骸自体には何の問題も無い……はずだ。
「な……なんだ、これは……?」
エルフ達が旧世界樹の周囲に集まって、ざわめいている。
その視線の先には、異様なものがあった。
「セミの……抜け殻?」
私が見たところそれは、セミの抜け殻に似ていた。
ただ似ているとは言ってもそれは、「抜け殻」という一点のみで、形状は爬虫類とも人間ともつかないものだ。
大きさは2mくらいだろうか?
近くの地面には、そいつが這い出してきたと思われる、穴が空いている。
もしかしてこいつは、地中に潜んで私達の攻撃をやり過ごしていたというの?
そもそもこいつは、何千年も前から結界の中に封じ込められていたというのだろうか?
そして旧世界樹の根に取り憑いて力を吸収し、汚染していた……?
「ええい、近づくでない!
下がれ、下がれ!」
そこへ長老がやってきて、野次馬を追い払おうとがなり立てる。
「長老、あれが何か知っているの?」
私が聞くと、長老は──、
「人間には関係ない」
と、答えてくれない。
「長老……!」
「くっ……!」
しかし私が圧をかけると、あっさりと話してくれた。
「詳しくは知らぬ……。
……が、結界に凶悪な魔族を封じ込めた……という、古い言い伝えはある」
魔族……!
あれが魔族だって言うの……!?
その魔族は抜け殻だけを残して、何処へ行った……!?
それは分からないけれど、今後このエルフの里を襲撃する可能性も有り得る。
これは今後の対策を、練らなきゃいけないなぁ……。
そんな訳で私は、リーリエの家に戻る。
彼女や「女体化」させた眷属達にスキルを「下賜」して、エルフの里の戦力を強化した方がいいな。
それに近くにはキララの分身の巣もあるはずだから、彼女らに周囲の警戒を呼びかけるか。
それなら、ある程度は里のエルフ達と意思疎通もできた方がいいよね。
いや、いっそ里を丸ごと、領都の近くにでも移転するという手もあるけど……。
とにかくやらなければならないことは、沢山ある。
私もこの里にいつまでも滞在する訳にはいかないから、帰る時には不安を残さないようにしないと……。
──そんな訳で、今後の対応を考えていると、あの抜け殻が爆発したという急報が入ってきた。
あの抜け殻を撤去しようとした途端に、爆発したらしい。
「ええっ、なにそれ!?
抜け殻に術式でも仕込んでいたの!?」
私は再び旧世界樹のところへ、アイーシャさんを伴って駆けつけた。
爆発による怪我人もいるだろうから、彼女の回復魔法も必要だろう。
辿り着いた現場では、焼け残った旧世界樹の幹が、大きくえぐれていた。
ただ、元々ほぼ炭化して脆くなっていたから、爆発自体はそれほど大きいものではなかったようだ。
それでも、長老を含めて複数のエルフが重傷を負い、中には命に関わるほどの怪我をしている者もいる。
「大丈夫!
すぐ治すから!」
私達の回復スキルなら、即死じゃなければまあなんとかなる。
回復魔法での治療自体はすぐ終わったので、ついでに爆発した抜け殻の破片も、念の為に浄化しておこう。
そして作業を終えると、長老は──、
「一族を救っていただき、感謝する……。
これまでの非礼を詫びよう……」
ついに私へと頭を下げた。
自分自身が助けられたことと、魔族という差し迫った脅威を前にして、人間と争っている場合ではないと、考えたのだろう。
まあ、長老個人は許すつもりはないけど、一応こんなのでもエルフのトップなので、いなくなったら困ることもあるのだろうし、エルフ全体の為に遺恨は捨てようと思う。
とはいえ、長老の権力を他の者に移していくことは、考えさせてもらうが。
個人的にはリーリエに任せたい。
あの強運があれば、なんだかんだで里の運営だって上手くいくだろう。
ただ、リーリエが里に残るのかどうかは、まだ分からない。
父親と一緒に、人間の町へ移住を希望する可能性だってあるからね……。
そのことも話し合わないと……。
その後、リーリエの家に戻ると、玄関前にはお姉ちゃんがいた。
「マルル、昨晩変なのがいたぞ」
「え、まさか見たの、お姉ちゃん?」
「結界が無くなったばかりだから、念の為にクルルと警戒をしていたら、里に入り込もうとする魔物がいた。
一応撃退したけど、倒し切れなかった」
は!? お姉ちゃんとクルルでも倒せなかったの?
しかも相手は脱皮したばかりで、まだ全力は出せない状態だった可能性が高い。
万全な状態で戻ってきたら、この里は滅びてしまうかも……。
やっぱり里の安全な場所への移転を、考えた方がいいかな……。
新しい世界樹だって、今ならまだ植え替えることもできるし、エルフのみんなに提案してみようか……。
ただその提案は、簡単には受け入れてもらえなかった。
さすがに生まれ育った故郷を捨てることは、即断できるものではない。
たとえ危険があっても、この里に残ろうとする者は一定数いた。
一方で里の移転・移住に対して、積極的な者もいる。
そんな賛同者達は私達と一緒に領都へ行き、準備を整えてもらうことにした。
まずは住む場所さえ用意しておけば、何かあってもすぐに移住してくることはできるからね。
その為に働いてくれるメンバーの中には、リーリエもいる。
領都に住むことになる父親や妹と、離れたくないというのもあるのだろう。
それに彼女は言った。
「あの……これからも触りたくなったら、いつでも私の耳を触ってもいいんだからね」
エルフにとって耳を触るのは、求愛の行為だという。
それを許してくれるということは、つまりそういうことなのだろう。
でも、私の家に来たら、ライバルが沢山いることに驚くと思う……。
ともかく、一通りの準備を整えた私達は、一旦領都へと帰ることにした。
帰りは行きとは違い、「転移」で一瞬だ。
エルフの里に行っていたのはたった数日間だけど、我が家には久しぶりに帰ってきたような気がする。
思っていたよりも、色んなことがあったからなぁ。
で、帰宅した家には、カプリちゃんがいた。
こっちは本当に久しぶりに顔を見る。
「マルルー!
ただいまでーす!」
「ああ、おかえりなさい。
ご苦労様でした」
カプリちゃんには、私が頼み事をして、遠出をしてもらっていたのだ。
「で、どうだった?」
「はーい、魔王はマルルと会うと、言ってましたー」
私は王都での事件を終えた後、これ以上魔族と争わなくてもいいように、魔王と話し合いをしたいと思っていた。
だから魔王と知り合いだというカプリちゃんにお願いして、仲立ちを頼んだのだ。
あの世界樹の結界から外に出た魔族のことも気になるし、丁度いい。
魔王に聞けば何か分かるかもしれない。
さあ、次は魔界に行くぞ!
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