5 マルル対ラヴェンダ
無数のナイフが、縦横無尽に空中を駆け巡り、私に襲いかかってくる。
これだけの数を同時に操る技術は、私には真似できないかも。
それでも躱すだけなら、なんとかできる。
ただ、当たったら痛いでは済まない。
私ならば障壁で防ぐことは可能だけど、最早ナイフとは言えない威力が伴っているからなぁ。
目標を外したナイフが、大木に直撃して貫通したところを見て、さすがにちょっと肝を冷やした。
どうやら私が「下賜」した「暗黒闘気」を、ナイフに纏わせているらしい。
「凄ぇ……あれが姐さんの本気か!」
「でも、その攻撃を躱し続けている、あの子供は何なんだ!?
俺達だって手も足も出なかったし」
「強くて可愛いとか、ずるい……」
うん、獣人達からの私への評価も、かなり上がったようだ。
そういう意味ではもう目的を達したし、これ以上はこの戦いを続ける必要も無いかな。
そろそろこの勝負を、終わらせようか。
というか、周囲を飛び回ったナイフに繋がれていた糸が、あちこちに張り巡らされて私の逃げ道を塞いでいた。
まるで蜘蛛の巣だ。
この糸も「暗黒闘気」で強化されているみたいだから、不用意に触ったら骨まで切断されるかもしれない。
まあ、私も自分の身体を、「暗黒闘気」で覆うので問題無いけど、触らない方がいいことも間違い無い。
となると、そろそろナイフの攻撃を避けるのは、難しくなってくる。
これはすぐに勝負を決めないと、万が一も有り得るぞ。
──しかし、
「!」
私の動きが限定されて鈍ったタイミングで、ナイフが一斉に上から降り注ぐ。
まだ躱せないことはないけど……。
あっ、でもこれって──!?
私に当たらなかったナイフが、地面へ刺さろうとしていた。
そこには私の影がある。
これ、影を刺すことで動きを止める、「影縫い」のスキル!?
それなら「万能耐性」で抵抗できるはず。
それとも──、
「痛っ!?」
影にナイフが刺さった瞬間、私の身体に痛みが走った。
これはラヴェンダがレベルアップによって手に入れた、「影斬り」のスキルか。
おそらく「影は魂の一部」という魔術的な概念から、身体の防御力を無視して、魂に直接ダメージを与える攻撃なんだろうな。
ある種の呪いのようなものだ。
まあ、実際には魂なんて大げさなものではなくて、生命力とか魔力、そして精神への直接ダメージなんだろうけれど、常人なら「影縫い」と「影斬り」のコンボで、何もできないまま命を削られていくなんてことにもなりかねない、恐ろしい技だねぇ……。
私も思わぬところでダメージが通って、驚いたよ……。
今度からは影も防御しておこう。
いずれにしてもこの「影斬り」だけでは、私を倒すにはまだ足りない。
しかしさすがにラヴェンダも、奥の手である「即死突き」は私相手には使ってこないだろうし、もう八方塞がりだろう。
一方私は、まだまだ動けるし、使っていないスキルも山のようにある。
「よっと!」
「うわっ!?」
私は跳んできたナイフの1本を掴み取り、あらゆる強化系のスキルを融合させて作った「万能強化」で身体能力を上昇させて、ナイフに結びつけられていた糸を思いっきり引いた。
するとその糸に引っ張られて、ラヴェンダが影の中から出てくる。
まさに一本釣りだ。
あれだけ多くの糸を操っていたのだから、おそらく糸のそれぞれを10本の指先に結んでいたのだろうと予測していた通りだった。
ただ、身体が浮き上がるほどの力が指先にかかったのだから、レベルが高いラヴェンダじゃなければ、指がもげていたかもしれない。
まあ、今も脱臼くらいはしている可能性はあるけど、彼女にも「無限再生」は与えているからすぐに治るし、「万能耐性」で痛みも軽減されるから、戦闘不能になるほどのダメージではないと思う。
決着を付ける為には、もっと強い一撃を加えなきゃならない。
それも獣人達から見ても、私がラヴェンダよりも上だということが分かりやすいように──だ。
でも、大怪我はさせたくないから、手加減が難しい。
勿論、今の彼女ならば、ちょっとやそっとでは死にはしないだろうけれど……。
「ぐえっ!?」
まず、空中高くへと一本釣りしたラヴェンダが地面に落ちる前に、空気の塊を下から噴出させて、再び上空へと打ち上げる。
そして私は「転移」で更にその上へと移動し、上昇してきた彼女を受け止めて羽交い締めにした。
「さあ、ラヴェンダ。
どこに落ちたい?」
「ちょっ、えっ、ご主人!?
あっ、ああぁぁ~~っっ!!」
そして私達は、地面へと向かって落ちていく。
しかも「自由飛行」のスキルを使って、落下スピードを加速させながらだ。
この勢いで地面に激突したら、さすがにラヴェンダも無事では済まないだろう。
私だって怖い。
「ご主人、とめて!
降参、降参ですからぁ!!」
ラヴェンダ叫んだ瞬間、凄まじい衝撃音が周囲へと轟いた。
それが静まる頃には──、
「あ……ああ……」
ラヴェンダの茫然とした声だけが聞こえる。
逆さまになった彼女の髪は、ギリギリで地面には触れていない。
触れたのは「万能障壁」だけだ。
障壁と地面の衝突によって軽く爆発のようなものが発生したけど、障壁の内部にいて浮いている私達にダメージは無かった。
「こ……怖かった……!」
私がラヴェンダを地面に降ろすと、彼女はへなへなと膝を突く。
ちょっと涙目になっているのが可愛い。
そして徐々に落下の恐怖が薄れてきた彼女は、自嘲気味に笑った。
「やっぱり私では、ご主人にはまったく敵いませんでした……」
「ううん、ラヴェンダの強さを知ることができて嬉しいよ。
頼もしい仲間がいて、私は幸せ者だね」
「ご、ご主人……!!」
嬉しそうに尻尾を振るラヴェンダを、私は抱きしめて頭を撫でる。
「ふへへ……」
だらしなく表情が緩むラヴェンダを見て、獣人達は少し羨ましそうな、それでいて悔しそうな、複雑な顔をしていた。
でもこれで私の実力も、ラヴェンダとの関係も、理解できたと思う。
少なくとも獣人に差別意識を持っている人間は、獣人とこんな風に抱き合ったりはしない。
私とラヴェンダの関係が良好だということだけは、伝わっていると思いたい。
……まあ、ラヴェンダを半分ペット扱いしていると指摘されたら、否定できない部分もあるけれど……。
だけど彼女の行動がまるっきり犬と同じ時があるんだから、仕方がないじゃん……。
それにペットとは、キスとか……それ以上のことを、色々したりはしませーん!!
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