15 慰 め
『うん、そういうことだから、みんなにはよろしく伝えておいて。
いつでも動けるように、準備だけはお願いね』
『ああ、お姉ちゃんに任せておきなさい』
あれから私はラムラス様を自室のベッドへと運び、未だに目覚めない彼女の様子を見る為に、今晩は伯爵邸に泊まり込むことにした。
とは言え、ラムラス様の身体的な傷はすべて癒やしたので、特にすることも無い。
だから眷属達と「念話」で連絡を取り合って、色々と打ち合わせを進めている。
キャロルさんに頼んでおいた家の購入の方も、問題は無さそうだ。
そして夜明けが近くなってきた頃──。
「う……?」
良かった!
ラムラス様が、目を覚ました!
「ラムラス様、もう大丈夫ですよ。
ここはあなたのお部屋です」
「マ……マルル殿……!?
わ、私は……い、一体……」
ラムラス様は混乱した様子だったけど、その顔は徐々強ばっていく。
あ……これ、これまでのことを思い出しているな……?
「う……わああああぁぁ──っ!!」
次の瞬間、ラムラス様は飛び起きて、窓の方へと走る。
くっ、予想していた通りの行動!
ここは3階で、彼女は飛び降りるつもりなのだろう。
私はすぐさま、背後からラムラス様を羽交い締めにして止める。
もう「力」のステータスも私の方が上なので、止めることはできるはずなのだが、身長差がある所為で私の身体が浮きそうになって、ちょっと手こずった。
「死なせてくれぇ、マルル殿!
私はあのような辱めを受けては、もう生きてはゆけぬ……!
どうか、このまま死なせてくれぇ……!!」
「駄目です、ラムラス様!
それではお父様も、クリーセェ様も、そして私も悲しみます。
そもそもあなたのステータスでは、ここから飛び降りても死ねません!」
もう基本のスペックでも即死は有り得ないけど、更に私が「下賜」した「無限再生」などのスキルがある限り、即死以外のダメージでラムラス様が死ぬことも有り得ない。
それでもラムラス様は、私の拘束から逃れようと藻掻いていた。
そこで私は、ある事実を彼女へと告げる。
「その下着姿で外に飛び出して、無様な姿を不特定多数の人々に見せつけるつもりですか!?
みんなの記憶に残るあなたの最後の姿が、それでも良いなんてことは無いですよね!?」
「……うっ!」
ラムラス様を部屋に運んだ際に、全裸だった彼女に一応下着を着せてはいたのだが、それだけだ。
さすがに自身の格好に思い至り、彼女も少しは冷静になったのか、抵抗は弱まっていく。
そして──、
「ふえぇ~ん……」
幼い少女のように泣き出した。
ラムラス様の身体はダランと力を失ったので、私は抱え上げてベッドへと連れ戻す。
まあ、泣いて気が紛れるのならば、いくらでも泣いてもいいよ。
「辛かったですね。
でも、もう大丈夫ですよ。
私が一緒にいてあげますから。
あ、飴食べます?」
ラムラス様が好きな、キラービーの蜂蜜から作った飴だ。
「……食べりゅ」
……精神的な負荷が限界に達して、幼児退行しちゃってる?
私はラムラス様を抱きしめ、頭を撫でてあげた。
こうすればオークに怯えていたティティも落ち着いていたし、これで彼女も落ち着いてくれればいいんだけど……。
「は……母上みたいだ……」
「えっ?」
私、まだ12歳なんですけど?
う~ん、前世を足した私の精神年齢から、母性が滲み出ちゃったかなぁ……。
「そうですね、私で良ければ、お母様の代わりでもなんでもしますよ。
でも、ラムラス様のお母様は……?」
「ラムちゃん!」
「んっ?」
「母上は私のことを、ラムちゃんと呼んでいた!」
私にその呼び方で、呼べと!?
「……え~と、ラムちゃん?」
「なぁに、ママ!」
あれっ、「母上」呼びは何処に行った?
子供の頃は、そう呼んでいたってことかな?
まあ、乗ってあげよう。
「今は無理でも、ラムちゃんは強い子なんだから、いつかちゃんと立ち直ってね。
ママとの約束だよ?」
「……」
そんな私の言葉に、ラムラス様は言葉に詰まる。
そして沈黙したままの彼女の頭を、私は無言でなで続けた。
すると彼女は、ポツポツと語り始めた。
「私……強くなんてなりたくなかった。
ずっと、ママに甘えていたかった。
でも、ママがいなくなって、寂しくて……。
だからそれに負けないように、強くならなくちゃ……って」
「そうなんだ……頑張ったね」
おそらくラムラス様は、幼い頃に母を死別か何かで失い、あまり大人に甘えることができない状態になっていたのだろうな。
それを我慢し続け、今は立派な騎士のように振る舞えるようになったとしても、心の奥底では誰かに甘えたい気持ちがあったのだと思う。
そして心が折れた今、それを抑え切れなくなっちゃったのか……。
「分かったよ!
これから私が、ラムちゃんのママになってあげる!
好きなだけ甘えていいよ!」
「本当!?」
「うん、本当だよ」
「じゃあ、オッパイ!」
……うん?
「ママのオッパイ飲みたい!」
まだ出ないんだが!?
というか、オッパイと言えるほど、私のは大きくないのだが……。
でも期待に満ちたラムラス様の顔を見ると、断れないな、これ……。
というかこの子、元に戻るの……?
パソコンの調子が悪くて、「寿命か!?」と焦りました。今は安定しているが……。




