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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

報酬は既に

作者: Lance
掲載日:2022/01/25

 この鼻は戦のにおいを嗅ぎ、この耳は戦の噂を聴く。

 夜空は黒ではない。紫がかっている。それも濃い紫だ。だとすれば、俺の甲冑は夜空よりも黒く暗い色をしているだろう。

 野宿なら慣れっこだし、孤独も寂しくはない。俺には鎧兜に剣がある。見ろ、孤独ではない。

 野宿は慣れっことは言ったが、ここは酷い。大規模都市の吹き溜まりスラム街だ。戦争に左右され、行き場を失った人間が来る最後の場所だ。戦争が無ければ良いのかもしれない。だが、俺のような不器用な剣しか取り柄が無い奴にとって戦争こそ食い扶持を稼ぐ唯一無二の働き場だ。通りの粗末な崩れかけ、朽ちかけた家屋の中からはこちらをジロジロ見る視線ばかりを感じた。剥き出しの殺気も幾つか感じる。

 俺もわざわざこんなところには来たくない。だが、酒が猛烈に飲みたかった。お上品な街中にある酒場よりも寂れたスラムの酒場の方が今の気分には合っている。

 街の物乞いに金を渡し、酒場があることを知った。

 そうして闇夜の支配する道の果ての一つの建物から明かりが漏れているのが目に入ったのだった。



 2



 扉を開けると、大声で談笑する声が耳に入った。

 意外に小綺麗なスラムの酒場は男達で大繁盛だった。

「いらっしゃい。ここ空いてますよ」

 店主の若い青年が言った。

 粗末な服を着ていて所々修繕の跡がある。見た感じ、優男風だった。だが、サーディスには彼に女の気配を感じた。

「エールくれ」

「はい、ただいま」

 運ばれてきた木杯を呷りサーディスはゲップをする。スラムはスラムで人情味に溢れている。互いの連帯意識が強い場所だ。愉快そうに笑う声ばかりが聴こえた。

 その時、扉が開き、使い古し色落ちした朱の服を着た若い女性が現れた。人々の間を進む度にその顔が貧民街に似つかわしくないほどの綺麗な顔をしている事に気付いた。

「ラナさん」

 店主が声を落として言った。

「孤児院は?」

「お婆ちゃんが見てくれてるわ。それよりも傭兵に出るって本当なの?」

 会話が止んだ。客達は青年とラナと呼ばれた女性を見ている。

「ここでその話は……」

「ねぇ、止めて傭兵だなんて。生きて帰って来れないわよ」

「……俺達みたいな貧乏人が華を咲かせられるのは傭兵ぐらいしか無い」

 青年の言葉に男達の顔が暗くなる。

「今のままだって充分、生活できるわ」

 必死な女性の懇願に青年はかぶりを振る。

「もう、決めたんだ」

「アラン!」

「さぁ、もう店仕舞いだよ帰った帰った」

 青年が言うと男らはさっさと引き上げて行った。静まり返った店内にはアランとラナ、そして忘れられたようにサーディスがその間に座って居た。

「お客さんも、来たばかりで悪いけど、今日は店仕舞いだよ」

 アランが言った。

「そうかい」

 サーディスは立ち上がった。床が軋む。

「もう少し飲みたかったんだがな。釣りは要らねぇ。精々命を大事にすることだ」

 サーディスは支払いを置くと、出口へ向かって行く。

 外に出ると生憎の曇り空が、戦士達の星々を隠してしまっていた。

 サーディスは街へ戻ろうとしていた。

「待って下さい!」

 女性の声が呼び止める。顔を見なくとも分かる。ラナとかいう女だ。

「あなた、傭兵ですか?」

 ラナが駆けて来てサーディスの前に立ち塞がる。

「だとしたら何だ?」

「お願い、アランを守って。……報酬は身体で払います」

 ラナの覚悟を決めた目を見てサーディスは溜息を吐いた。

「身体は大事にしな。じゃあな」

 サーディスは街へ向かって歩んで行った。ラナは追って来なかった。



 3



 大将の名乗りから行儀良く始まった侵略戦争だが、早々に敵の堅守の前に敗戦が濃厚になる。

 矢の嵐が襲い来る。敵の迫る地鳴りはまるで深海の鮫のようだった。鮫に脚は無いが、サーディスにはそう思えた。

 悲惨なまでに瓦解する軍勢の中、サーディスは敵と打ち合っている兵の中にアランの姿を見つけた。

「ようやく発見か。よく生きていてくれたな」

 サーディスは笑い声を上げると、血の滴る剣を振り、アランの元へ駆けた。アランは長剣を二つの腕で持って、慣れない動作で、死神の群れと相対していた。

「そらああああっ!」

 サーディスは咆哮一閃、敵の首を飛ばした。凄まじい剣の風に敵勢は目を覚ましたかのようにこちらを注視する。

「あなたは」

「何で逃げねぇんだ? 負けたんだよ、報酬なんて貰えやしねぇのに」

「まだ戦っている人達がいます」

 律儀だな。だが、それも良い、嫌いじゃない。

 ラナの懇願が思い浮かぶ。身を捧げてでも思い人を救って欲しいという一途な心を。

「聴け、お前はもう報酬を手に入れてるんだ。何にも代えがたい人生の報酬をな。行きな」

「あなたは?」

「あいにく俺はどこで野垂れ死んでも良い身分なんでな。お前にとっては都合が良いだろう? 一度失った戦意は戻らないぞ。帰ってその腕で報酬を抱き締めろ! それで一生放すな! そらああああっ!」

 サーディスは敵勢に飛び込んだ。右に左に剣を振り回し、未だ完成していない粗雑な剣術でそれでも敵勢を次々切り崩す。

 敵の甲冑が破裂し、血煙が上がり、悲鳴が轟く。我武者羅に剣を振りながらも、心を研ぎ澄ませ、あらゆる箇所から迫る敵の凶刃を避けて避けて反撃する。刃は新鮮な血を次々かぶり、周囲に雫を撒き散らす。この戦場で誰よりも血に染まった剣を持ち、誰よりも敵を斬り裂き、誰よりも踏み止まったことをサーディスは理解している。チラリと背後を振り返る。アランの姿は無かった。兜から覗く口元からニヤリと笑みが零れる。

 戦場の勝敗は既に決していた。留まる兵は無く、敵勢が勝鬨を上げた。

 さぁて、今回は失敗だな。

 刃を大薙ぎにして敵兵を牽制すると、サーディスもまた背を向けて戦場から離脱した。

 そしてひとしきり駆け、追撃が無いことを知ると、脚を緩める。丘に辿り着いた頃には空は暗くなっていた。

 今夜も曇り空だ。影の様になった彼はそんな空を見上げて思いを馳せる。

 アランにラナか。あいつらなら上手くやっていけるだろう。貧しさに挫けそうになるかもしれない。だが、互いに手を取り合い、愛で何事も乗り越えて、精一杯生きていくさ。

 丘陵を上りきり、残された篝火が消え、敵勢が撤収する様子を見ながらサーディスは今夜の寝床と新たな戦場を求めて再び歩み出したのであった。

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