第9話 誘導士、模擬戦でギルドマスターに勝つ
ギルドマスターとソンザーバは、冒険者ギルドに所属している回復術師の治療を受けた。傷の癒えたギルドマスターは、立ち上がって俺に言う。
「どうやら、ほんの少しは魔力の制御ができるようだな。全くの無能ではないのは認めてやろう」
「それで、合格なのか?」
「まだだ! ズブの素人よりは攻撃魔法ができるという程度で、うちのギルドに登録させるわけにはいかん!」
「なんかもう、意地になってるな」
さんざん俺を無能だ、役立たずだと言った手前、引っ込みがつかないのだろう。これはもうパウファの言う通り、別の働き口を探すことも考えた方がいいのかもしれない。
まあ、せっかくここまでやったし、もう少しだけやってみるか……
「……で、次はどうするんだ?」
「多少魔法が使えても、現場まで行けなくては話にならん。冒険者たるもの、依頼とあらばどんな険しい山や谷へもおもむく必要がある。つまり体力が肝心だ。次の試験では剣術の模擬戦を行う!」
「……今の理屈だと、足さえ頑丈なら剣使えなくてもいいんじゃないか?」
「わしが対戦相手を務めてやる。勝ったら合格はもちろんのこと、即日Sランク冒険者に昇格させてやるぞ。もっとも、貴様がわしに勝つなど、天地がひっくり返ってもあり得んがな」
「そうか……」
ギルドマスターは剣術に相当な自信があるのだろう。どうあっても俺との剣術勝負に持ち込みたいらしい。パウファが不安そうに言う。
「ドクス様……このような不公平な勝負、無理にお受けにならなくても……」
「まあ、やるだけやってみるよ」
「マスター……いくら何でも大人げなさ過ぎます!」
「ええい黙れ、この乳だけ女が! お前達、早く模擬戦の準備をしろ!」
ギルドマスターはメランダの抗議をはねつけると、職員達に準備を命じた。やがて訓練用の木剣が運ばれてきて、それを持った俺とギルドマスターは、修練場の中央で向かい合う。さらに職員達は先端に小さな水晶玉の付いた杖を何本も持ってきて、俺とギルドマスターの周りを囲むように地面に突き立てた。
「これは……?」
「言い忘れていたが、この試験では身体強化を含め、一切の魔法は使用禁止だ。貴様がズルをして魔法をこっそり使おうとしたら、水晶球が魔力に反応して光る仕組みになっている。そうなったらもちろん不合格だ」
ギルドマスターの言葉を聞き、ソンザーバが愉快そうに言った。
「ざまあ見ろ! このインチキ誘導士め! パパは現役時代、伝説のSランク冒険者で何体もの凶悪モンスターを剣で倒したんだ! 魔法が使えないお前なんか、一瞬でボコボコになって惨めにはいつくばるのがオチだ!」
「そうか……」
「フハハハハッ! ソンザーバの言う通りだ! これまでのうらみ、今こそ晴らしてくれるぞ! 無様に血を吐いて死ね! 底辺職の誘導士めが!!」
ギルドマスターは木剣を振りかぶり、真っ向から俺に打ちかかってきた。
☆
「…………」
模擬戦が始まって数分後、俺は修練場の真ん中に立っていた。そして俺の足下には、ボコボコになったギルドマスターが転がっている。
「ぐうう……ど、どういうことだ……?」
「いや、どういうことだも何も、剣術が苦手だとは一言も言ってないんだが」
「く、くそっ……」
俺の木剣で全身をメッタ打ちにされたギルドマスターは、それでも自分の木剣を地面について立ち上がろうとする。その根性は大したものだが、これ以上戦うのはさすがに無理だろう。
「もうやめておけ。これ以上やったら死ぬぞ」
「まだだ……わしはまだ負けとらん……」
「そうか。なら、もういい」
俺は木剣を地面に置くと、ギルドマスターに背中を向けた。
「ど、どこへ行く!?」
「試験は辞退する。行こう、パウファ」
「はいっ! ドクス様!」
飛びついてきたパウファが、俺の左腕を抱きかかえる。俺達は修練場を後にしようとした。
「ま、待て!」
「?」
振り向くと、ギルドマスターが立ち上がって木剣を構えていた。その木剣は淡い光を放っており、周囲に並ぶ水晶玉も光り出している。
「魔法の使用は禁止じゃなかったのか……?」
「愚か者め! それは貴様だけの話だ! 試験官のわしは何を使っても許される!」
「試験は辞退すると言ったはずだが?」
「今さら辞退など認めん! 貴様のような最底辺のゴミクズにやられっぱなしで終わらせられるか! 冒険者ギルドマスターの真の力を見せてやる!」
「マスター!!」
メランダの制止の声が響くが、構うことなくギルドマスターは魔法を発動させた。
「見るがいい! 幻刃翔空破!」
ギルドマスターの木剣の周りの景色が、蜃気楼のようにぐにゃりと歪んだ。さらにギルドマスターが下から上に木剣を振り上げると、景色の歪みが木剣を離れて飛んでいく。それは俺達の方には向かわず、冒険者ギルドの建物に当たって屋根を半分ほど吹き飛ばした。
「…………」
「どうだ! 次にああなるのは貴様だ! 今更ションベンを漏らして命乞いしても遅いぞ!」
ギルドマスターは、完全に見境をなくしているようだった。あの屋根、誰が修理するんだろう。
さらにギルドマスターは、パウファに視線を向けて言う。
「もっとも、その金髪の女を差し出して、わしに絶対服従の奴隷になるというなら考えてやらんでもないがな! 三つ数えるまで待ってやる! 三、二……」
「…………」
ギルドマスターの技は目で追える速さだが、俺の後ろにはパウファやメランダ、それに他の冒険者達もいる。よけるわけには行かない。
とは言え、もう試験の不合格は覚悟している。魔法禁止のルールに縛られる必要はない。魔法でギルドマスターの技を消滅させて、終わりにするか――
「……一、時間切れだ! はあああああぁ!!」
ギルドマスターがかけ声を出すと、木剣が一層強い光を放った。同時に、ギルドマスターの髪の毛はどんどん白くなっていく。体力の限界以上に魔力を集中して、最大の威力で俺を倒そうというのだろう。
「死ねええええええぇ! 幻刃翔空破!!」
ギルドマスターは木剣を大上段に振りかぶった。だが、その後の魔法が来ない。それどころか木剣を振り上げた姿勢のまま、ギルドマスターはぴくりとも動かなくなった。
「「「……?」」」
迎撃の魔法を準備していた俺は、肩透かしを喰らって戸惑った。見物の冒険者や職員達もザワザワし始める。そこへ医者が現れ、ギルドマスターの脈を取ってこう言った。
「老衰です」
「えぇ……」
「つつしんで、お悔やみを申し上げます」
体に負担がかかり過ぎたのだろうか。こんなことなら、模擬戦を受けるんじゃなかった。さすがに後悔する。
そんな俺の心を見透かしたかのように、パウファが言った。
「ドクス様のせいではありません。この者が身の程をわきまえず、勝手に自滅したのです」
「あ、ああ……」
「さあ、参りましょう。このようなところに、もう用はありません」
「待ってください!」
そこへメランダが飛び出してきた。彼女は勢いよく宙に跳び上がると、ギルドマスターの胸に膝蹴りを入れる。
ドスッ!
「ぐはっ!?」
あ、生き返った。
さらにメランダは水の入ったバケツを持ち上げ、中身をギルドマスターの顔面にぶちまける。
ザバッ!
「ぶはあっ! ううっ、わしは一体どうしたのだ……? 確か、魔法であの無能誘導士を攻撃しようとして……」
「マスターはドクスさんに惨敗したんですよ」
「な、何……? このわしが、惨敗……?」
「そうです。約束通りドクスさんをSランク冒険者として登録しますか? しますよね?」
メランダにつめよられたギルドマスターは、助けを求めるように周囲を見渡した。だが、どこからも助け舟は出されない。ついに観念したのか、ギルドマスターはうなずいた。
「ううう……仕方あるまい。登録を認める……」
「大変結構です。では、この登録証にサインを」
メランダがボードに貼り付けた登録証を突きつけると、ギルドマスターはうつろな目つきでサインをした。メランダはボードをギルドマスターからひったくり、俺の方に駆け寄ってくる。
「おめでとうございます! ドクスさんはSランク冒険者として登録されました!」
俺を祝福するメランダ。周りにいる冒険者や職員達も、口々に叫んだ。
「おおっ! あのドクスという男、頭が固いので有名なうちのギルドマスターを認めさせたぞ!」
「しかも登録即Sランクなんて、ベクベホの町始まっていらいの快挙だ!」
「こんなすごい冒険者、帝都でも、いや、帝国中探してもいないんじゃないのか!?」
「「「わっしょい! わっしょい!」」」
やれやれ。俺、また何かやっちゃったんだろうか。知らんけど。