第8話 誘導士、的を壊す
失神して動かないギルドマスターとソンザーバを見下ろし、パウファが言った
「ドクス様……差し出がましいようですが、このような方々の下で働く必要が本当にあるのでしょうか? お金を稼ぐのであれば、他にも場所はあるように思うのですが……」
「待ってください! ドクスさんのように優れた魔道士がお金を稼ぐなら、冒険者ギルドが一番効率的ですよ! よそへ行っても、ここよりずっと少ないお金しかもらえないはずです!」
メランダが俺を引き留める。俺としても、できればここに決めてしまいたいところだった。
「……パウファの言うことも分かるけど、ちょっとの間だけだからな。登録させてもらえるんだったら、ここで稼いでいこうと思う」
「ドクス様がそうおっしゃるなら……」
パウファがうなずく。そうこうしているうちに、ギルドマスターとソンザーバが起き上がってきた。
「ぐうう……」
「ううう……」
「大丈夫か?」
声をかけると、よろよろと立ち上がったギルドマスターが俺を指さした。
「き、き、貴様……よくも水晶玉を壊しおったな! 高価な魔道具だというのに……」
「いや、ありったけの魔力を込めてみろって言うから、その通りにしただけだが」
「ぐぬぬ……」
「それで、どうなんだ? 水晶玉が割れるまで魔力注いでも不合格だって言うなら、もう帰るぞ」
「ぬうう……まあいい。魔力量が多いことだけは認めてやろう。だが、それだけでは登録させられん!」
「じゃ、どうするんだ?」
「こっちへついて来い!」
ギルドマスターとソンザーバは部屋を出ると、建物の裏口から外に出た。ついて行ってみると、広めの運動場のようなものがある。そこでは何人かの冒険者が剣を振るって稽古したり、魔法を発動させる練習していたりした。
「ここは、ギルドに登録している冒険者のための修練場だ」
「そのようだな」
「あれを見ろ」
ギルドマスターが指さす方を見ると、修練場の反対側の端に、金属製のカカシのようなものが五体、並んでいた。
「遠距離魔法の試し撃ちに使う標的か」
「そうだ! いくら魔力量が多くても、それで攻撃魔法を形成し、相手に当てることができなくては意味がない。ここから魔法を撃ってあの的に当ててみろ。それができなければ不合格だ!」
「分かった」
俺がうなずくと、ギルドマスターは腕組みをして的の方を向いた。メランダがうんざりしたようにつぶやく。
「まったく……マスターは人によって登録試験の内容を変えるんですから。若い女の子の冒険者なら、水晶玉がちょっと光っただけで合格にするのに……」
そうなのか。まあ、合格すれば済むことだが……
俺は右手を上げ、的にむかってかざした。
「…………」
「どうした? 早くやってみろ! できないのか!?」
「いや、的の前に人がいるじゃないか。どかせてくれよ」
「バカなことを言うな! うちの冒険者はそんなにヤワじゃない! 最弱職の誘導士が放つ魔法など喰らっても、びくともせんわ!」
「えぇ……」
仮にそうだとしても、まさか本当に無断で魔法をぶつけるわけには行かない。それなら……
「土精回家弾!」
俺は魔法を発動させた。修練場の地面の土が、拳大の塊となって宙に浮かび上がる。
説明しよう。土精回家弾とは周囲にいる土の精霊を誘導し、土や砂、石などを好きな場所に飛ばす魔法である。拳大の土は大きくカーブを描いて飛び、鍛錬していた冒険者達をよけて的の一つに命中した。
「どうだ?」
「ハッハッハ! 何だ今の弱々しい魔法は!? 所詮は役立たずの無能誘導士だな!」
「的に当てればいいんじゃなかったのか……?」
「誰がそんなことを言った!? 的に傷一つ付けられん最弱魔法で合格にできるか! 合格したければ壊してみろ!」
「なっ! あの的はオリハルコン製じゃないですか! 最上位級の攻撃魔法でもない限り破壊なんかできませんよ!」
メランダが抗議するが、ギルドマスターはどこ吹く風で聞く耳を持たなかった。
「…………」
俺は的の方を見る。鍛錬をしていた冒険者達は、的当ての試験が始まったことに気付いてそそくさと退散していた。
「……壊せばいいんだな?」
「ふん。できるものならな」
「分かった……」
俺は手を下ろすと、別の魔法を発動させた。
「無導隕落弾!」
説明しよう。無導隕落弾とは、圧縮して細長く伸ばした土や砂、石の塊を誘導してはるか上空に打ち上げる技である。打ち上がった後は引力に従って落ち、あらかじめ狙った目標に高速で命中する。
打ち上がった土の塊はあっという間に見えなくなった。ギルドマスターが笑う。
「ハッハッハ! 何だあれは? あらぬ方向に飛んでいったぞ」
「もうすぐ落ちてきて、的を壊すよ」
「馬鹿々々しい。そんなことがあるものか」
そう言うと、ギルドマスターは歩いて的の方に行ってしまった。ソンザーバもそれに続く。俺は慌てた。
「おーい! 危ないから戻って来い!」
「うるさい! 悔しかったら次の魔法を撃ってみろ! もっとも貴様ごときの魔法では、何発撃ってもこの的に何のダメージも与えられんだろうがな!」
そう言って的の後ろに隠れ、俺を挑発するギルドマスターとソンザーバ。無導隕落弾は威力が高い代わりに、落ち始めるとほとんど向きを変えられない。
俺は急いで土精回家弾を放ち、無導隕落弾にぶつけて威力を削ごうとしたが間に合わなかった。上空から落ちてきた土の塊はオリハルコン製の的を破壊し、爆風と飛び散る破片がギルドマスター親子を襲う。
ドゴーン!
「「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ!!!!」」
もうもうと立ち上る土煙がおさまると、的は跡形もなく砕け散っていた。そしてその側には、ギルドマスターとソンザーバが倒れている。
「あーあ……これで合格、なのかな……?」
俺はぽつりとつぶやいた。そして、爆音が中まで聞こえたのか、ギルドの建物から人がわらわらと出てきて口々に叫ぶ。
「見ろ! オリハルコン製の的がこっぱみじんに壊れてるぞ!」
「信じられない! 今まで誰が何度やっても、傷一つ付けられなかったのに!」
「さっきの男が魔法で破壊したのか! 何という天才だ!」
「「「わっしょい! わっしょい!」」」
やれやれ。目立つのは嫌いなのにまた目立ってしまった。やれやれ。やれやれ。