第5話 誘導士、宿に宿泊する
「申し訳ございません。本当ならわたくしの方がドクス様のお世話をしなくてはいけないのに……」
「いや、気にするな」
俺はパウファをおぶって、ベクベホまでの道を歩いていた。
何しろ、俺もパウファも靴をはいていない。冒険者の俺はまだいいが、さすがに王女様のパウファを裸足のまま野外で歩かせるわけにはいかなかった。
とまあそれはいいのだが、困ったことにパウファは両腕で俺の首にしがみついていた。そのせいで体が密着し、大きな胸が俺の背中にぐいぐい押し付けられている。落ち着かないことこの上ない。
「あ、あのさ……」
「はい」
「……悪いんだけど、少し体を離してくれるか?」
「なぜでしょう? こうやってくっついていた方が、落ちにくくて良いと思うのですが」
「ええと、それは……」
「わたくしが納得できる理由をていねいに説明してください。でないと従えません」
「……いや、やっぱりいいです」
当たっていることには気付いていると思うのだが、そういうことには構わない性格なのだろうか。説得に失敗した俺は、押し付けられたままの状態でベクベホまで歩くことになった。
☆
ベクベホの町に着くと、道に石畳が敷かれているのでパウファも歩けるようになった。俺達はまず古着屋に向かい、二人分の服を買う。旅をするということで、パウファの服は動きやすいシャツとズボンにした。
「どうでしょうか……?」
「ああ……うわっ!」
奥で着替えてきたパウファを見て、俺は声を上げてしまっていた。前のボタンが腹より下しか閉まっておらず、胸の谷間が剥き出しの状態になっているのだ。パウファは不安そうな表情になる。
「似合っていないでしょうか、ドクス様……?」
「いや、そういうわけじゃないんだが、そのボタンどうにかならないのか?」
「閉めようとしたんですが、無理でした。きつすぎて……」
仕立て品ではないシャツなので、パウファの胸の大きさに合わなかったのだ。直してもらう時間も金もなく、今はこれで我慢するしかなかった。
☆
それから俺達は靴屋に行き、二人分の靴を注文した。出来上がるまでしばらくかかるということで、この日は代わりのサンダルを借り、宿に泊まって休むことにする。安宿を見つけて入ろうとすると、パウファが先に入っていった。
「ドクス様はここでお待ちください。召使のわたくしが部屋を取って参りますので」
「えっ……大丈夫か?」
王女様のパウファは、宿に泊まる手続きなんかしたことないだろう。俺が不安を口にすると、パウファは頬をふくらませた。
「失敬な。わたくしだって部屋を取るぐらいできます!」
「そ、そうか……それじゃ頼むよ」
勢いに押され、俺はパウファを送り出した。不安な気持ちのまま待っていると、しばらくして彼女が戻ってくる。
「ドクス様、部屋が取れました。どうぞ」
「あ、ああ……」
入口から中に入ると、女将さんらしい女性が俺達を出迎えた。そして部屋に誘導される。
「うちの部屋は壁が薄いから、ほどほどにしといてね」
「えっ……?」
ニヤニヤ笑みを浮かべている女将さん。何か誤解をしているようだったが、それを解く暇もなく女将さんは行ってしまった。後には俺とパウファが残される。
「あのさ……」
「はい。何でしょうか?」
「部屋、一つしか取ってないのか?」
「そうですが、何か?」
「え……? だって二人いるじゃないか」
「そこまで狭い部屋でもありませんし、二人で泊まれるかと」
「いや、さすがに同じ部屋に泊まるのはまずいだろ。もう一部屋取ってくる」
そう言って部屋を出ようとすると、パウファは俺の横っ面を平手打ちした。
パァン!
「え? 何で!?」
「何と軟弱なことをおっしゃるのですか、ドクス様!」
「な、軟弱……?」
「今の状況をよくお考えください。わたくし達の服と靴を買って、ドクス様は雀の涙ほどのお金しかお持ちではないのですよ? 二部屋も取るような無駄が許されると思いますか!?」
「いや、でも……」
「節約に努めるべきです。ぜいたくは敵! ほしがりません勝つまでは!」
「何だよ、その標語……? まあ確かに、所持金が心もとないのは確かだけど」
「でしょう? ここは一部屋で我慢するべきです」
「いや、でも、男女が同じ部屋に泊まるのはまずいんじゃ……」
「何がまずいのですか?」
「えっ?」
「えっ?」
「ええと、だから……」
何が問題なのか、パウファは全く理解していない様子だった。俺は遠回しに説明しようとしたが、首をかしげるばかりで一向に納得しない。やはり王族というものは、下々と常識が異なるのだろうか。
「その、何かあったら後でいろいろと……」
「何かとは何でしょう? 具体的に、詳細に説明していただけますか?」
「ううっ……」
前の日から寝ずに歩き続けた俺は、身も心も疲れ果てていた。説得を続けるのも不可能となり、引き下がることにする。
「悪い……俺が間違ってた。やっぱり一部屋でいい」
「ドクス様……お分かりいただけたのですね!」
「ああ……夕食まで時間があるから、ちょっと休む」
「はい……わたくしも休ませていただきます」
「それじゃベッドを使ってくれ。俺は床に寝るから」
「何ですって!?」
パウファはまた怒り出した。
「ドクス様はわたくしが、このベッドを一人で占拠するほど太っているとおっしゃるのですか!?」
「いや、そういうわけでは決して……」
「ではなぜ、ベッドがあるのに床で寝るなどという理屈に合わないことをなさるのですか?」
「そりゃ、そうしないと同じベッドに寝ることに……」
「それの何がいけないのですか?」
「…………」
警戒心というものが一切ないのだろうか。困ったものだが、今度も説得できないのは目に見えている。
「……じゃあ、一緒に寝るか」
「はいっ、ドクス様!」
こうして俺は、パウファと並んでベッドに寝ることになった。




