第4話 誘導士、美少女の懇願を聞き届ける
「こちらは、おたずね者討伐の賞金になります。本当はもっとさしあげたいのですが、我々の台所事情も厳しく……」
「いや、これだけもらえれば十分だ」
俺は警備隊の隊長から、いくらかの銀貨を入れた袋を受け取った。完全な一文無しである俺にとっては、日照りに降った恵みの雨である。
そして警備隊は、半死半生のチンピラと山賊と豚の魔物と小鬼の魔物を引きずっていった。彼らがこれまで何をやらかしてきたのか知らないが、己の所業にふさわしい罰を受けるのだろう。後には俺と、金髪の少女だけが残される。
俺は少女に聞いた。
「さて……君の家はこの近くなのか? なんだったら送っていくが」
「ええと、その……」
「……?」
「あの……よろしければ、少しお話しできないでしょうか……?」
「あ、ああ……」
そこで俺達は道をはずれ、森のしげみの中に入った。ちょうどいい岩が並んでいるところがあったので、向かい合って腰を下ろす。
「改めてだけど、俺はドクスだ。よろしく」
「ドクス様、ですね。わたくしはメル……いえ、わたくしのことはパウファとお呼びください」
「パウファか……」
偽名なのだろうか。別に構わないが。俺はパウファに続きをうながした。
「それで、話っていうのは……?」
「…………」
パウファはなかなか話し始めない。俺はふと好奇心に駆られた。さりげなく彼女の方に手をかざすと小さく呪文を唱える。
「鑑定」
説明しよう。鑑定とは人や物の情報の流れを自分の方に誘導することで、対象の本質をを知る魔法である。とりあえずはパウファの本当の名前と身元を確かめることにする。俺の前に手のひら大の、俺にしか見えない半透明の四角い板が浮かんでそこに情報が表示された。
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姓名:メルパウファディカ・アルセデラ・ロートハルゲンクス
年齢:17歳
職業:ロズリゴ王国第四王女
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王女、だと……?
俺は驚愕した。一国の王族が護衛も連れずに一人で外を出歩いているなんて、前代未聞のことではないだろうか。そんな非常識な話、一度も聞いたことがない。
「…………」
「ドクス様、どうなさいました?」
「あ、いや……悪い。何でもない」
俺は平静を装い、パウファの正体に気付いていないふりをした。偽名を使うということは、『王女です』と名乗る気がないのだろう。だとしたら、こちらからつきつけるわけにはいかない。
無断で情報を覗いた後ろめたさもあり、俺は黙ってパウファが話し出すのを待つ。やがて意を決したのか、彼女は顔を上げた。
「つかぬことをお伺いしますが……ここはどこなのでしょうか?」
「えっ?」
思いがけない質問に、俺は戸惑った。とりあえず答える。
「ここは、ミノソキアとベクベホを結ぶ街道の途中だ。どっちかと言うと、ベクベホ寄りかな」
「ミノソキア……ということは、ここはブムレクス帝国の領土なのですね?」
「そうだが……?」
俺が答えると、パウファは頭を抱えた。
「ああ……何ということ……」
「だ、大丈夫か?」
「はい……失礼いたしました。実はわたくしは、ロズリゴ王国に住まう者です。昨夜はいつもの通りに自分の部屋で休んだのですが、朝、気が付いたらシーツだけでこの森の中におりました」
「何だって……?」
「どうしてよいか分からず、とりあえずシーツで体を隠して歩き出したところ、先程の悪党共に……ドクス様に救っていただかなかったら、今頃どうなっていたか……」
「…………」
ロズリゴ王国からここまでは、馬車を使ったとしても十何日かはかかる。パウファが一晩の間に王宮からこの森まで移動したということは、転移魔法を使われたのだろう。誰が何のためにそんなことをしたのか、見当も付かないが……
「それで、なのですが……」
「うん……」
「わたくしを、ロズリゴ王国まで連れていってはいただけないでしょうか? いきなりこんなことをお願いするのは筋違いだと分かってはいるのですが、わたくしにはドクス様しか頼れるお方がいないのです」
「ロズリゴ王国まで、か……」
このままパウファを放っておいてまた何かのトラブルに巻き込まれたら、ブムレクス帝国とロズリゴ王国の外交問題になるかも知れない。それはまずい。何とか穏便にパウファを送り届けるのが、確かに最善だろう。
考えてみれば、俺がこのタイミングで帝都を追い出されたのも、何かのめぐり合わせなのかもしれない。一つ、やってみるか……
「もちろん、着いたら相応の謝礼をお支払いします。あっ、でも……今、一文無しのわたくしが言っても、本当にそんなお金があるか信用できませんよね?」
いや、王女だからお金があるのは分かってるんだが……
「では、こうしてくださいませんか? ロズリゴ王国に着くまでの間、わたくしはドクス様の召使になります。どんな扱いでも構いませんし、何を命令されても言われた通りに従いますので、それを報酬の前払い分にするということで……もちろん、着いてからの謝礼は別にお支払いします」
「え? それはちょっと……」
話が変な方向に行ってしまい、俺は焦った。別に報酬などなくても、ロズリゴ王国には連れていくつもりだったのだ。だが、俺の態度を見て断られると思ったのか、パウファは急に涙目になる。
「ううっ、そんな……ドクス様に断られたら、わたくしはここで死ぬしか……」
「分かった分かった! 俺が何とかする!」
慌てて言うと、パウファは顔を上げた。
「本当ですか!? ドグス様」
「ああ、俺は誘導士だ。誘導しろと言われればする。誰でも、どこへでもな」
「ああ……良かった……ありがとうございます、ドクス様!」
パウファは感極まった様子で立ち上がると、両手で俺の手を握った。ところがそのはずみで、体に巻かれていたシーツが地面に落ちてしまう。
バサッ
でかっ!
あらわになった胸元が目に入り、思わず声に出して言いそうになってしまった。パウファはシーツの下に、何も着けていなかったのである。見る気はなかったのだが、上から下まで全部見えてしまった。
「えっ……?」
自分の身に何が起きたのかすぐには理解できなかったようで、パウファはしばらくの間、俺の手を握ったまま固まっていた。しばらくしてようやく悲鳴を上げる。
「きゃああ! も、申し訳ありません! ドクス様の前ではしたないところを……」
「い、いいから早く直してくれ!」
しゃがんでシーツを拾うパウファ。俺はそんな彼女に背中を向け、シーツを巻き直すまで待ったのだった。